Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Saturday, May 01, 2010

●子育て失敗例

●子育て失敗論

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子育てには「失敗」はつきものだが、
親は自分で失敗してみて、はじめて、それを
失敗と気づく。
それまでは、わからない。
「私にかぎって……」とか、
「うちの子はだいじょうぶ……」とか考えて、
その兆候を見過ごしてしまう。

今までにいろいろな例がある。
私の立場で言えば、いろいろな経験をしてきた。
が、そのつど、私は口を閉じてきた。
今も、閉じている。
というのも、子育てには、その人の
全人格、全人生、さらには哲学が集約される。
それを批判するなどということは、
危険と言うより、あってはならないこと。
また私のような者が、それを指摘したところで、
親は納得しない。

よく誤解されるが、受験産業があるから、
受験競争が過熱するのではない。
親たちが、それを求めるから、受験産業は
存在する。
だから今日も、一式80万円もするような
教材を、なけなしのサイフをはたいて買う。
そういう親がいる。
子どもがそれを求めるわけではない。
親は親で、自分の人生を通して、社会の
不公平性をいやというほど、感じている。
だから「何としても……」となる。

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●内政不干渉

 この浜松市には、静岡県でもナンバーワンと言われる進学高校がある。
K公立高校である。
しかしそのK公立高校でも、満足しない親たちがいる。
理由はさまざま。
それぞれの親には、それぞれの事情がある。
もちろん子どもの能力の問題もからんでくる。
中には飛び抜けて優秀で、「田舎のK高校なんて!」と言って、都会の高校を
求めていく子どももいる。

 一方、私たちには、『内政不干渉の大原則』というのがある。
その親や子どもが、どんな選択をしようとも、内政には干渉しない。
言われた範囲で、かつ与えられた範囲で、自分の仕事をする。
できるだけ親や子どもの希望に添うような形で、自分の仕事をする。
しかし明らかに失敗するだろうなというケースも、少なくない。
それでも黙って、仕事をする。

●80万円の教材 

 冒頭で、80万円の教材について書いた。
悪徳商法として、ネットでも叩かれている。
こえについて、少し書いておきたい。
方式はこうだ。

 「一式、80万円。中学3年分の教材」。
そんな教材を売りつける。
80万円の中には、テキスト代はもちろんのこと、FAXによる添削、電話相談料が
含まれている。
で、80万円を、3年分の36か月で割ると、月額約2万2000円となる。

ワークブックということなら、自分で書店で選んだ方がよい。
ワークブックには、「相性」というのがある。
その相性が合わないと、高価な教材と共に、「勉強心中」ということにもなりかねない。
「勉強心中」というのは、教材が負担で、方向転換できず、そのまま教材と共に、
勉強ができなくなってしまうことをいう。

 大切なのは、「達成感」。
その達成感が、子どもに自信をつけさせ、子どもを伸ばす原動力となる。

 それはともかく、月に1冊、1000円のワークブックをこなすだけでも、たいへんな
こと。
それを考えただけでも、2万2000円というのは、メチャメチャな額といってよい。
が、買う人は買う。
子どもにやらせる。

●私の経験

 私もある時期、市販の教材づくりに命をかけた。
毎晩、2時、3時まで、ワークブックの原案を考えた。
そんなある日、奇妙な仕事が依頼された。

 大手出版社のX社からのものだった。
「都内の小学校の入試問題集を制作してほしい」という依頼だった。
わたしは即断で、それを承諾した。

 で、しばらくすると、ダンボール箱に入った資料が、ドサッと送られてきた。
過去問題に関する資料である。
全部で、40校あまりあった。
が、傾向はどれも似たようなもの。
たがいに隣の小学校の入試問題を見ながら、自分の学校の入試問題を制作していた。
それが私にも、よくわかった。
つまり私には、楽な仕事だった。

●別会社

 が、「?」と思われるような申し入れが、つづいた。
まずその教材は、「X社」の名前では売らない。
書店にも並ばない。
もちろん「はやし浩司」の名前は入れない、と。
そのかわり、高額な制作料を支払う、と。
私には、どういうことか理解できなかった。
が、やがてわかった。

 X社は、ダミーの子会社(販売会社)を立ち上げた。
その子会社名で、セールスマンを雇った。
そのセールスマンに、訪問販売の形で、教材を売らせた。
あとで聞いたら、40校あまりの問題集が、1セット、200万円とか!
この金額には驚いた。
当時はバブル経済、華やかりしころで、200万円でも、飛ぶように売れた。

 が、この方式、つまり親会社がダミー会社を立ち上げ、自分の名前をけがさない
ように、悪徳商法を繰り返すという方式は、けっして珍しいものではなかった。
さらにあくどい販売会社となると、倒産した教材制作会社の教材群をまとめて
買い上げ、それを再印刷し、同じ方式で売っているところもあった。
(今も、それがふつうのやり方になっている。)

昨年(09年)も、この浜松で、悪徳教材会社が摘発された。
同じような手口で、親をだまし、高額な教材を売りつけていた。
が、刑法上の罪は軽い。
表紙だけを取り替えて、また別の販売会社を立ち上げる。
社長(=責任者)は、そのつど、別の人物にすえ替える。

 いろいろな教材を手がけてきたが、これほどまでに後味の悪い仕事はなかった。

●勉強心中

 「勉強心中」の話が出たので、一言。

 たとえば難解な、その子どもの能力を超えたワークブックを1冊、買ったとする。
するとそのワークブックが足かせとなって、子どもの勉強がそこでストップしてしまう。
「あのワークブックがあるから、つぎの新しいのが買えない」と。
こうしてそのワークブックとともに、心中する。
それを「勉強心中」という。

 よくあるケースは、(1)こまかい文字で、たくさん問題が出ているワークブック
ほど、よいワークブックと誤解すること。
ワークブックは、ショッピングセンターの商品とは、ちがう!

(2)「○×大学教授監修」という「飾り」のあるワークブックほど、よいワークブック
と誤解すること。
大学の教授で、そんなヒマな教授はいない。
いるとしても、タレント教授。
はっきり言えば、インチキ教授。
そういう教授なら、自分が指導したこともない教材に、自分の名前を貸しても、みじんも
恥じない。

 ほかにもいろいろあるが、たかが1000円、2000円程度のワークブックで、
「勉強心中」するほど、バカげたことはない。
そういうときは、そういうワークブックは、思い切って捨てる。
ワークブックは、「本」ではない。
「トイレットペーパー」である。
一度、だれかが使ったら、つぎの人は、使えない!

●思春期

 話が脱線した。
もとに戻す。

 浜松市内から都会の学校へ、子どもを送る。
先にも書いたように、それぞれの家庭には、それぞれの事情がある。
考え方もある。
だから「内政不干渉」。
それはそれとして、失敗するかどうかは、私には、わかる。
「失敗」というのは、親の思惑どおりには、いかないことをいう。
というのも、この時期、子どもは、心理的にも大きな転換期を迎える。
「思春期」という転換期である。
この思春期という転換期は、人間が動物的になるという意味で、扱い方をまちがえると、
たいへんなことになる。
勉強どころか、そのまま「遊び」の世界に転落してしまう子どもも、少なくない。
非行に走る子どもさえ、いる。

 親は、小学生の子どもを見て、「うちの子は、すなおで、明るい」と思うかもしれない。
が、そうはいかない。
そうはいかないことは、あなた自身が、いちばんよく知っているはず。

●ドラ息子性

 私の経験でも、浜松市を離れて、たとえば東京の有名中学校(こういう言い方は、
本当に不愉快だが)に、入学して、そのままうまくいくケースと、そうでないケースは、
フィフティ・フィフティとみている。
つまり50%。

 その(差)は何かというと、その子どものもつ(ドラ息子性)ということになる。
自分勝手でわがまま。
享楽的で精神的基盤が軟弱。
そういう子どもが親元を離れて都会へ出ると、とたんに(誘惑)の餌食になる。
もちろん勉強など、そっちのけ。
遊びに遊んで、そのまま……?

 もちろん、そうでない子どももいる。
そういう子どもは、小学生のとき、すでにどっしりとした(重み)を感ずる。
目的意識も強いため、(誘惑)にも強い。
そういう子どもなら、都会へ出ても、それなりに学生生活をやりこなす。

●「やればできる」と思ったら、「やってここまで」

 どんな親も、自分の子どもに対して、「やればできる」と信じている。
「できないのは、やらないから」と。
しかしそういうふうに思ったら、すかさず、「やってここまで」と思いなおす。
それが子どもの心を救う。

 その子どもに能力があるかないかということは、小学3、4年生ごろになると、
はっきりしてくる。
能力のある子ども、つまりいわゆる(Gifted Children=恵まれた
子ども)のばあい、この時期、メキメキと頭角を現してくる。
が、そうでない子どもは、そうでない。
いくら教えても、ザルで水をすくうような感じになる。
その(差)を埋めることは、容易ではない。
実際には、不可能。

 が、親にはそれがわからない。
わからないから、無理をする。
「やればできるはず」と。
少しでも成績があがったりすると、「もっと……」「さらに……」と、がんばる。
親の希望には際限がない。
この無理が、子どもを勉強から遠ざける。
遠ざけるだけならまだしも、そこで子どもをつぶしてしまう。

 だから「やってここまで」と思いなおす。
親としてはつらいところかもしれない。
それまでの人生観を、へし曲げるような衝撃を感ずる人もいる。
しかし「やってここまで」。

●結論

 私はこうした「失敗」(失敗という言葉には、少なからず抵抗を感ずるが、ほかに
適切な言葉がないので、「失敗」と書く)を、無数に見てきた。
が、この問題だけは、親自身が、自分で気がつくしかない。
それまでは、わからない。

 一方、私たちの世界には、『10%のニヒリズム』という言葉がある。
どこかの塾教師の人が、教えてくれた言葉である。
「どんなに子どもの教育に没頭しても、最後の10%は自分のために、残しておく」。
それを守らないと、時に、火傷(やけど)する。
さらに身も心も、ズタズタにされる。
予期しないトラブルに巻き込まれることもある。

 だから明らかに失敗するとわかっていても、黙る。
そっと見守る。

が、あえて言えば、もしあなたが今、子どもの勉強問題で悩んでいるなら、この
エッセーを何度も読み返してみてほしい。
読み返せば、今のあなたが抱えている問題に、解決の糸口を見つけるかもしれない。
そのために、このエッセーを書いた。

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