Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Saturday, October 16, 2010

●あるがままを生きる

【虚栄論】(満63歳まで、あとxx日)

●見栄張(みえはる)君

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今日、車の中で、ワイフと「見栄」について
話しあった。
世間体、メンツ……総じて「虚栄」ともいう。
世の中には、見栄を張る人は多い。
「見栄張君」という。
「君」をつけるが、男性とはかぎらない。
女性にも多い。

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●グーグルアース 

 グーグルアースというサービスがある。
それを使うと、宇宙から見た地上の様子が、そのままわかる。
そんなことは、インターネットを楽しんでいる人には常識かもしれない。
しかし読者の中には、インターネットをしていない人もいる。
だからもう少し詳しく説明する。

 グーグルアースというサービスを立ち上げて、ボックスの中に住所を書き込む。
すると自動的にその住所の上空に、視点が移動する。
あとはマウスを使って写真を拡大する。
解像度によっては、数10メートル上空から地上を見ているような写真が浮かびあがって
くる。

 たとえば「浜松市西区入野町xxxx」と書き込む。
視点は私の家の上空に移動する。
私の家には、□のマークが表示される。
その状態で写真を拡大する。
私の家がそのまま見えてくる。
私の家の庭には、庭灯がある。
直径は20センチくらい。
そんなものまで、グーグルアースを使うと、識別できる。

●U氏

 たまたま今夜、夕食のあと、グーグルアースを立ち上げてみた。
アメリカに住む二男の家をさがしてみた。
が、そのあとのこと。
ふと、若いころからの知人のU氏のことを思い出した。
かなりの人物らしい。
U氏は、自分ではいつもそう言っている。

 「隣人は、医師とか弁護士ばかりでね。
高級外車がずらりと並んでいるよ」と。
「芦屋(あしや)でもx丁目といえば、そういうところで、よくテレビの取材
なんかも来るよ。うるさくて、たまらないよ」とも。

 関西でも芦屋と言えば、高級住宅地。
それは私もよく知っている。
その中でも一等地に住んでいるということだった。
で、私は彼の住所をボックスの中に、打ち込んでみた。
軽い好奇心だった。

●自己嫌悪

 私もときどき見栄を張る。
こうしてもっともらしいエッセーを書くのも、そのひとつ?
実力以上の自分を、演出する。
寛大なフリをしたり、金持ちのフリをしたりする。
大物ぶることもある。
時にウソを混ぜることもある。
しかしそこには一定の限度がある。
あとで自分を追い込むようなことはしたくない。
どうせバレるような見栄は、張らない。
また見栄を張るにも、相手を選ぶ。

 が、見栄を張るというのは、疲れる。
神経をすり減らす。
が、それ以上に、そのあとやってくる自己嫌悪感には、相当なものがある。
そのときの自分を消し去りたいような衝動にかられることもある。
だから……。
私は見栄を張らない。
努めて張らないようにしている。
ありのままをそのままさらけ出して生きる。
そのほうが、ずっと気が楽。

●路地

 知人の家は、すぐわかった。
その家をズームアップ。
その家を中心に、5、6軒の家が並んでいた。
が、私は住所をまちがえたのではないかと思った。
が、再三住所を確かめてみたが、まちがいなかった。
そこに見たのは、狭い路地。
道幅は、車一台分くらいしかない。
しかも畑につづく袋小路。
知人の家は、その袋小路の奥の家から、2軒目の家だった。

 私が頭の中に描いていたイメージとは、あまりにもちがった。
高級住宅地?
医師や弁護士の家?
高級外車?

 私はその映像をワイフに見せた。
ワイフも驚いた。
「この家が、あの人の家?」と。
「そう、これがあの人の家……」
「でもあの人、退職したら、市長になるって言っていたわよ」
「あのとき、お前もいたのか?」
「横で聞いていたわ」と。

●自我の同一性 

 人はなぜ見栄を張るか。
先に書いたことを、もう少し深く考えてみる。
が、これについては、ワイフが単純な答を用意した。
「自分がないからよ」と。

 自我の同一性といっても、若いころだけの問題ではない。
人は、老後を迎えるまで、自我の同一性をめざす。
もがく。
「こうでありたい」という自分と、現実の自分を、一致させようとする。
自分と闘う。

 しかしそれは簡単なことではない。
ありのままに生きるためには、自分をさらけ出さなければならない。
さらけ出すためには、さらけ出しても、それに耐えうる自分を用意しなければ
ならない。
「恥」という言葉は好きではないが、つまりは「さらけ出しても恥ずかしくない」
自分を用意しなければならない。

 その構築に失敗すると、人は自分を飾るようになる。
それがやがて見栄、世間体、メンツへとつながっていく。

●快感

 が、それだけではない。
人は見栄を張ることで、相手を自分の支配下に置こうとする。
支配欲のひとつと考えてよい。
「私はあなたより、すばらしい人間だ。私の言うことを聞け」と。

 といっても、実利がそれほどあるわけではない。
自己優越感を満足させるだけ。
あるいは自分の居場所の居心地をよくするだけ。

しかし見栄を張る人は、それだけではない。
そうすることによって、快感を覚える。
「快感」には、当然、中毒性がある。
見栄を張りながら、さらに見栄を張る。
それが加齢とともに、エスカレートする。

●Gさん(50歳)

 ワイフの知人に、Gさんという女性がいる。
今年、50歳になるという。
そのGさんが、見栄張君と、ワイフは言う。

 自分では「学習院大学卒」と言っているが、本当は名古屋市にある高校を
出ただけ。
「夫は、ソフト会社の社長」と言っているが、大型電気店の店員をしているだけ、
などなど。
何も高卒がどうとか、店員がどうとか書いているのではない。
高卒でもよいではないか。
店員でもよいではないか。
ついでにいえば、路地裏の家でも構わないではないか。
が、Gさんのばあいは、少しちがう。
わざと人前で、こう言うという。

「今度、学習院大学の同窓会がありましてね」とか、
「社長業も楽じゃありませんのよ。人づき合いがたいへんで」とか、など。
それとなく、自分の会話の中に、そうした言葉を混ぜる。
つまり相手をだます。

 が、その一方で、こうも言う。
「近所に、独居老人の人がいましてね。私、毎週、一度は訪問をし、声を
かけたり、食事を分けてあげたりしていますの」と。
 
●統合性

 さらに老齢期を迎えると、今度は統合性の問題が起きてくる。
知人のIK氏(藤沢市在住は)は、「還元」という言葉をよく使う。
自分の生きてきた人生を、つぎの世代の人たちに還元していくという意味で、
そう言う。
「統合性」とは、つまるところ、「還元」の問題ということになる。

 「人間として最後にやるべきことを求め、そこに自分を統合させていく」。
それが統合性ということになる。
が、その最大の障害物が、見栄ということになる。
つまり見栄を張るようになると、統合性の構築ができなくなる。
言うまでもなく、統合性は、無私、無欲でなければならない。
ほんのわずかでも、功利、打算が混入すれば、統合性の確立は霧散する。
それだけではない。

統合性の確立には、長い時間と、準備が必要。
「退職しました。明日からゴビの砂漠で、ヤナギの木を植えてきます」という
わけにはいかない。
またそんなことをしても、長つづきしない。

●ありのまま生きる

 先にも書いたように、私も見栄を張ることがある。
大物ぶってみせることがある。
そういう自分の弱さをよく知っている。
だからこそ、いつも、……ほとんどいつも、自分にこう言って聞かせている。
「ありのままをさらけ出そう」と。

 一方、自分の息子のことを書くのも気が引けるが、それを私は二男から学んだ。
現在、アメリカに住んでいる。
インディアナ大学で、コンピューター技師をしている。
CERN(スイス)のスパコンを通信衛星を介してつなぎ、それをさらに世界中の
コンピューターとつないでいる。
何でもCERNからあがってくるデータは、ぼう大なものらしい。
そこらのスパコン程度では、役に立たないという。
それで世界中の科学者のもつ中型コンピューターとつなぎ、データを解析している。
何やら、とんでもないことをしているらしい。

 その二男が、日本へ帰ってきたときのこと。
地元の中学校から、講演会の講師に招かれた。
そのときのこと。
二男は穴のあいたTシャツとジーパン姿で、講演会に出かけていった。
「もう少し、ましな服を着ていけ」と私が言うと、二男はこう言った。
「ぼくは、いつもこのままだよ」と。

 どうしてそういう生き様を身につけたのかは、私にはわからない。
しかし私はそういう二男に、畏敬の念すら、覚えた。

●あとxx日

 さて私のこと。
今日は日曜日。
いろいろある。
で、心に決めた。
「今日1日だけでも、ありのままをさらけ出して生きよう」と。
これが今日の目標。

2010年10月17日。
私の満63歳の誕生日まで、あとxx日。 
62歳をどう生きたか。
その日までに、結論を出さなければならない。


Hiroshi Hayashi+++++++OCT. 2010++++++はやし浩司・林浩司