Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Monday, February 20, 2012

●关于南京大屠杀  我们正在努力,以反映与谦卑。

●关于南京大屠杀
 我们正在努力,以反映与谦卑。

【はやし浩司 2012-02-21朝記】(南京虐殺事件について)


●南京事件

 名古屋市の河村市長が、「南京事件はなかった」と発言したとか。
ときどき、こういうバカなことを発言する首長が現れる。

いわく、『河村たかし名古屋市長は20日、同市役所を表敬訪問した中国共産党南京市委員会の劉志偉常務委員らとの会談で、旧日本軍による「南京大虐殺」について「通常の戦闘行為はあったが、南京事件はなかったのではないか」(ロイター伝)と発言した。

 ロイターが伝えているとことろから、すでにこのニュースは、中国本土にも広がっているはず。

 が、南京事件、南京虐殺事件はあった。
かりにそれが小さな事件であったとしても、どうしてそのとき、その場に、日本兵がいたのか。
日本人は、そのあたりから、自らを反省しなければならない。
南京虐殺事件はなかったと主張する人たちは、かならず、その数字をあげる。
「30万人というのは、ウソ」と。

 3万人でもよい。
3000人でもよい。
300人でもよい。
300人でも殺したというのが、問題。

 それについては、何度も書いてきた。
原稿をさがしてみる。
日付は、2005年5月11日になっている。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●南京虐殺事件

 日華事変の最中、1937年(昭和12年)の12月12~15日。
当時のK内閣は、南京攻略に対して、三光作戦を発令した。

 三光作戦というのは、(殺しつくし、奪いつくし、焼きつくす)という作戦をいう。

 その結果、日本軍は、中国全土で、強姦、虐殺、略奪をほしいままにした(エドガー・スノー「アジアの戦争」)。
その「アジアの戦争」によれば、南京だけで、4万2000人以上、また南京への進撃途中で、30万人以上が、日本軍に殺されたという。

 うち、そのほとんどが、「無抵抗の婦人、子どもであった」(同書)という。

 どうやら、このあたりが、最大公約数的な事実のようである。

 で、ここで注意しなければならないのは、日本側は「南京では、30万人も殺していない」と主張しているのに対して、スノーは、「日本軍は南京に向って、南京を攻略する過程で、30万人殺している」「南京では、4万2000人」と書いている点である。

 ここに時間的錯誤がある。
また、「三光作戦」というのは、現存したし、それに基づいて、日本軍は、中国人(中国軍ではなく、中国人)を、(殺しつくし、奪いつくし、焼きつくした)というのは、動かしがたい事実である。

 これに対して、こんな記事(04年11月)を書いたことがある。改めて、ここに掲載する。

+++++++++++++++++

10年ほど前のことだが、こんなことを言ってきた女性(当時、35歳くらい)がいた。

 「先生、どうして中国人は、ああまで日本を悪く言うのですか! 私は許せません。日本軍が南京で殺したのは、30万人ではありません。せいぜい、3万人です!」と。

 そこで私が、「3万人でも、問題でしょう。3000人でも、300人でも問題でしょう。どうしてそのとき、日本軍が中国にいて、三光作戦を展開したのですか」と。

 あれこれ議論をしたあと、最後に、その女性は、こう叫んだ。
「あんたは、それでも、日本人か!」「即刻、教育者をやめろ!」と。

 もちろん南京虐殺事件だけではない。
中国全土はもちろん、東南アジア(マレーシア、シンガポール)でも、日本軍は同じようなことをしている。
しかし日本は、一度だって、アジアの人たちに向って、その戦争責任を認めたことはない。
ナーナーですませてしまった。

 戦争責任ということになれば、その責任は、天皇まで行ってしまう。
天皇を最高権威として、つまり日本国憲法の象徴としていだく日本としては、これは、まことに、まずい。

 が、しかし、ものごとは、逆の立場で考えてみようではないか。

 あるとき、平和に暮らしていた日本に、となりの軍事大国K国が、侵略してきた。強大な軍事力をもつ、K国である。

 そしてそのK国が、K国の言葉を強要し、金XX神社参拝を強要し、それに従わない日本人を、容赦なく処罰した。
三光作戦とやらで、大阪の人たちが、30万人近く、殺された。(3万人でもよい。)そのほとんどが、婦人や子どもたちである。

 ……という私のような意見を、現在の文部科学省大臣は、「自虐的史観」と言うらしい。
「日本人が、どうして日本を悪く言うのか」と。

 しかしどう冷静に考えても、私はK首相の言っていることのほうが、おかしいと思う。
わかりやすく言えば、ドイツのシュレーダー首相が、ヒットラーの墓参りをするようなことを繰りかえしながら、「不戦の誓いを新たにするものだ」とは!

 そんな詭弁(きべん)が、はたして、世界で通るのだろうか。
(少なくとも、韓国、中国の人たちは、そう見ている。)

 だいたいにおいて、私の姉夫婦ですら、父親がY神社に、A級戦犯として、祭られている。
にもかかわらず、一度も、Y神社を参詣していない。
むしろ、無実の罪で、処刑させられたことを、うらんでいる! それを「不戦の誓い」とは……!?

 むしろ、K首相の行為は、中国人や韓国人の逆鱗に触れ、戦争の火種にすら、なりかねない。

 日本軍による大陸侵略戦争を、肯定する人は、いまだに多い。
「日本が、道路や鉄道を敷いてやった。学校や公共施設を作ってやった」「日本のおかげで、中国や韓国は発展したではないか」と。

 しかしもし、こんな論理がまかり通るなら、日本よ、日本人よ、逆に、その反対のことをされても、文句を言わないことだ。
あの中国にしても、5500年の歴史がある。
韓国にしても、2000年以上の歴史がある。

 私たちが使っている言葉は、韓国を経由して日本へ入ってきた。漢字は、まさに中国語。その漢字から、ひらがなが生まれ、カタカナが生まれた。
文化の優位性ということを言うなら、日本は、中国や韓国に、もとから、かないっこないのである。

 ……私は、今、かなり過激な意見を書いている。
自分でも、それがよくわかっている。

 しかしこれだけは、よく覚えておくとよい。

 もしこれだけの警告にもかかわらず、K首相が、Y神社を参拝するようなことがあれば、日中関係や日韓関係はおろか、アジアの国々からも、日本は、総スカンを食らうだろうということ。
いや、総スカンどころでは、すまないかもしれない。先にも書いたように、「戦争の火種」にすら、なりかねない。
K国に、日本攻撃の口実を与えることになるかもしれない。

韓国のN大統領ですら、公式の場で、K首相のY神社参拝に触れ、「日本人よ、いい気になるな」(04年春)と、K首相を口汚くののしっている。

つまり、この問題は、それくらいデリケートな問題だ、ということ。

 日本の首相がすることだから、あなたや私も、その責任を負うことになる。
「私には関係ない」ではすまされない。

 最後に一言。
K首相は、「心ならずも戦場で倒れた人への慰霊の気持ち」と述べている。
だったら、なぜ、「心ならずも日本人に殺された人への慰霊の気持ち」と言わないのか。
たしかに300万人もの日本人が、あの戦争で死んでいる。

 それは事実だが、しかしその日本人は、同じく300万人もの外国人を殺している。
しかも、日本の外で!

 先週も、韓国の新聞は、慰安婦問題についての最高裁判決、日本の文部科学大臣の、「(教科書から日本批判の記事が減って)、よかった」発言などを、トップで紹介している。
が、日本では、それを知る人すら、少ない。

 それでもK首相が、Y神社参拝をつづけるというのなら、どうぞ、ご勝手に。
私は、もう知らない! 
知ったことではない! 

 ついでに、もう一言。H元首相の1億円政治献金問題がある。日本S医師連盟から、旧H派への1億円の小切手が渡された。
だれがどう見てもワイロなのだが、H元首相は、「記憶にないが、事実なんだろう」(041130)と逃げてしまった。

 そういう政治家を見るたびに、私は愛国心とは何だろうと、考えてしまう。
いざ、戦争ともなれば、若者たちを戦場に立たせ、自分たちは、イの一番に、その戦場から逃げてしまう。
H元首相の、ニンマリと笑った顔を見ていると、そんな感じがする。

そういう政治家の大の仲間が、「正義」だとか、「不戦の誓い」だとか言うから、おかしい。
本当に、おかしい。
(04年12月1日記)

(補記)

 しかし……。この無力感は、いったい、どこから来るのか? 
「もう、考えるのも、いやになった」という思いすら、ある。

 何も「不戦の誓い」くらいなら、Y神社へ行かなくても、できるはず。
だいたいにおいて、「不戦の誓い」とは、何か? 
相手を怒らせ、敵意をかきたてるようなことをしながら、「不戦の誓い」とじゃ? 
私には、K首相が、まったく、理解できない。

(補記)

 日本S医師会(日歯)側から自民党旧H派への1億円ヤミ献金事件で、政治資金規正法違反(不記載)の罪に問われた同派政治団体「HS研究会」(平成研)の元会計責任者・TT被告(55)の判決が12月3日、東京地裁であった(04年)。
OD裁判長は禁固10月、執行猶予4年(求刑・禁固10月)を言い渡した。

++++++++++++++++++++

 話を石原S氏にもどす。

 石原氏は、「なぜ中国の教科書に、文革の記述がないのか」と、中国を批判している。
「(文革で)2000万人の同胞を殺した記述がないのは、おかしい」(97P)と。

 しかしそれこそ、いらぬお節介。
つまり石原氏は、中国だって、国内でひどいことをしているではないか。
だったら、日本軍がしたことなど、問題にするなと言いたいのだろう。
あるいは、日本人が、日本の教科書に何を書こうが、日本人の自由だ、と。

 そして結論的に、「日本には経済力がある。中国など、問題ではない」という趣旨の文章がつづく。

 また「尖閣諸島に自衛隊を常駐させろ」と説き、もし中国軍が攻撃してきたら、日米安保条約が発動されて、アメリカ軍が応戦してくれるなどと、説く。
「尖閣諸島は、日米同盟の試金石になる」とも。

 きわめて自己中心的な国家論である。
平和論である。忘れてならないのは、古今東西、「戦争」というのは、こうした政治家によって始められているということ。

 あのネール(インド元首相)は、こう書いている。

 『ある国の平和も、他国がまた平和でなければ、保障されない。この狭い相互に結合した世界では、戦争も自由も平和も、すべて連帯している』(「一つの世界を目指して」)と。

 それについて書いたのが、つぎの原稿である。

●平和教育

 人格の完成度は、その人が、いかに「利他」的であるかによって決まる。
「利己」と「利他」を比較してみたばあい、利他の割合のより大きい人を、より人格のすぐれた人とみる。

 同じように国家としての完成度は、いかに相手の国の立場でものを考えることができるかで決まる。
経済しかり、文化しかり、そして平和しかり。

 自国の平和を唱えるなら、相手国の平和を保障してこそ、はじめてその国は、真の平和を達成することができる。
もし子どもたちの世界に、平和教育というものがあるとするなら、いかにすれば、相手国の平和を守ることができるか。
それを考えられる子どもにすることが、真の平和教育ということになる。

 私たちは過去において、相手の国の人たちに脅威を与えていなかったか。
 私たちは現在において、相手の国の人たちに脅威を与えていないか。
 私たちは将来において、相手の国の人たちに脅威を与えるようなことはないか。

 つまるところ、平和教育というのは、反省の教育ということになる。
反省に始まり、反省に終わる。
とくにこの日本は、戦前、アジアの国々に対して、好き勝手なことをしてきた。
満州の植民地政策、真珠湾の奇襲攻撃、それにアジア各国への侵略戦争など。

 もともと自らを反省して、責任をとるのが苦手な民族である。
それはわかるが、日本人のこの無責任体質は、いったい、どうしたものか。

 たまたま先週と今週、2週にわたって、「歴史はxxxx動いた」(NHK)という番組を見た。
日露戦争を特集していた。
その特集の中でも、「どうやって○○高地を占領したか」「どうやってロシア艦隊を撃滅したか」という話は出てくるが、現地の人たちに、どう迷惑をかけたかという話は、いっさい、出てこなかった。
中国の人たちにしてみれば、まさに天から降ってきたような災難である。

 私は、その番組を見ながら、ふと、こう考えた。

 「もし、今のK国が、日本を、ロシアと取りあって、戦争をしたら、どうなるのか」と。

「K国は、50万人の兵隊を、関東地方に進めた。それを迎え撃つロシア軍は、10万人。K国は箱根から小田原を占領し、ロシア軍が船を休める横須賀へと迫った……」と。

 そしてそのときの模様を、いつか、50年後なら50年後でもよいが、K国の国営放送局の司会者が、『そのとき歴史は変わりました』と、ニンマリと笑いながら、得意げに言ったとしたら、どうなるのか。
日本人は、そういう番組を、K国の人たちといっしょに、楽しむことができるだろうか」と。

 日露戦争にしても、まったく、ムダな戦争だった。
意味のない戦争だった。
死んだのは、何十万人という日本人、ロシア人、それに中国人たちだ。
そういうムダな戦争をしながら、いまだに「勝った」だの、「負けた」だのと言っている。
この日本人のオメデタサは、いったい、どこからくるのか。

 日本は、歴史の中で、外国にしいたげられた経験がない。
それはそれで幸運なことだったと思うが、だからこそ、しいたげられた人の立場で、ものを考えることができない。
そもそも、そういう人の立場を、理解することさえできない。

 そういう意味でも、日本人がもつ平和論というのは、実に不安定なものである。
中には、「日本の朝鮮併合は正しかった。
日本は、鉄道を敷き、道路を建設してやった」と説く人さえいる。

 もしこんな論理がまかりとおるなら、逆に、K国に反対のことをされても、日本人は、文句を言わないことだ。
ある日突然、K国の大軍が押し寄せてきて、日本を占領しても、文句を言わないことだ。

 ……という視点を、相手の国において考える。
それが私がここでいう、平和教育の原点ということになる。
「日本の平和さえ守られれば、それでいい」という考え方は、平和論でもなんでもない。
またそんな視点に立った平和論など、いくら説いても意味はない。

 日本の平和を守るためには、日本が相手の国に対して、何をしたか。何をしているか。
そして何をするだろうか。
それをまず反省しなければならない。
そして相手の国の立場で、何をすべきか。
そして何をしてはいけないかを、考える。

 あのネール(インド元首相)は、こう書いている。

 『ある国の平和も、他国がまた平和でなければ、保障されない。この狭い相互に結合した世界では、戦争も自由も平和も、すべて連帯している』(「一つの世界を目指して」)と。

 考えてみれば、「平和」の概念ほど、漠然(ばくぜん)とした概念はない。
どういう状態を平和というか、それすら、よくわからない。
が、今、平穏だから、平和というのなら、それはまちがっている。
今、身のまわりで、戦争が起きていないから、平和というのなら、それもまちがっている。

こうした平和というのは、つぎの戦争のための準備期間でしかない。
休息期間でしかない。
私たちが、恵まれた社会で、安穏としたとたん、世界の別のところでは、別のだれかによって、つぎの戦争が画策されている。

 過去において、相手の国の人たちが、自分たちについて、どう考えていたか。
 今、相手の国の人たちが、自分たちについて、どう考えているか。
 さらの将来、相手の国の人たちが、自分たちについて、どう考えるだろうか。

 そういうことをいつも、前向きに考えていく。またそれを子どもたちに教えていく。それが平和教育である。

++++++++++++++++++

【母親のみなさんへ……】

 勇ましい好戦論にだまされてはいけない。
振り回されてはいけない。
それがわからなければ、あなたの子どもが、戦場に行く姿を想像してみればよい。
あなたは子どもの安否が心配で、夜も眠られなくなるだろう。

 で、石原氏は、「日本の尖閣諸島が中国に攻撃されたら、日米安保条約は発動されるべき。
アメリカは、当然、中国に反撃すべき」という論法で記事を書いたのち、こうつづけている。

 「ニューヨークタイムズの記者が、当時のモンデール駐日米国大使に、『尖閣諸島で、扮装がさらにエスカレートしたら、日米安保条約は発動するのか』と質問したところ、大使は、言下に、『NO』と答えた。

 国会議員を辞職したばかりの私は、(この言葉に)、驚きと同時に怒りを感じましたが、なぜか日本政府も、国会も、それを問題としなかった」(99P)と。

 ならばあえて言おう。

 私の息子の嫁は、アメリカ人。
孫もアメリカ人。
今度生まれてくる二人目の孫も、アメリカ人。

 その孫たちが、日本の尖閣諸島を守るために、極東のアジアへやってきて、中国軍と一戦を交えると言ったら、私は、こう言うだろう。

 「来なくていい。来るな。こんなところで、命を落すことはない。ぼくたちで、何とかするから」と。

 石原氏の論文には、そういう原点的なものの視点が、欠けている。
記事の中には、「お国のために……」という表現すら、ある。私たち1人ひとりの命を、まるで、モノのように考えている感じすら覚える。

 ……と書いても、私のような意見は、この日本では、少数派。
たいていの人は、石原S氏のような人の意見に耳を傾け、それに同調する。
しかし念のために申し添えるが、私は、だからといって、左翼ではない。
もちろん社会主義者でも、共産主義者でもない。
ただおかしいものは、「おかしい」と言っているにすぎない。

 あとの判断は、読者のみなさんに任せる。
みなが、それでよいというのなら、それでよい。私も、それに従う。

(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 南京事件 南京虐殺事件 はやし浩司 三光作戦 はやし浩司 平和論 平和主義 はやし浩司 平和とは はやし浩司 平和について はやし浩司 ネール首相 はやし浩司 ネール元首相)
2012-02-21日記


Hiroshi Hayashi+++++++Feb. 2012++++++はやし浩司・林浩司

 ●南京事件

河村,名古屋市的市长或发言,“南京事件是不是”和。
不时,酋长说,出现这样的蠢事。

,说“在名古屋隆河村,20天,及其常委会委员会志伟刘委员会南京中国共产党的党的会议上市长,支付礼节性拜访市政厅说,”帝国日本军“作战的南京大屠杀”在正常的“,但是,南京事件或没有“与(DEN路透社)发言。

托罗告诉记者,从这个消息,TOKO,路透社应该已经蔓延到中国大陆。

然而,南京,南京大屠杀事件是。
即使是一个小的事件,当时,在原地,是否有一个日本兵为何卡氏肺囊虫。
日本,从该地区,应该反映自己。
那些没有声称南京大屠杀,一定要提高这个数字。
“这是30万人,谎言和”。

可能是30000人。
可能是3000人。
可能是300人。
这也是造成300人死亡,一个问题。

关于它,我们已经写了很多次。
试图找到手稿。
2005年5月11日,日期应该。

浩林,宏林+ + + + + + + +

●南京大屠杀

议员,在事件中,12 - 1937年12月15日(1937年)。
ķ内阁时,对捕获南京,发出了一个战略三光。

我叫三光策略指战略(杀马尾,马尾抢,烧)。

因此,日本军队,在全中国,(由埃德加•斯诺在亚洲的“战争”),然后沉溺于强奸,屠杀,掠夺。
据“在亚洲的战争”,只是南京,在三月中旬到南京,30多万人,被日军杀害的,也被称为超过42,000。

出,其中大多数是,“不抵抗的夫人,是一个孩子”(同上)。

显然,这一地区是最低的为事实的共同点。

的是,这里必须指出的是,日方“在南京,不杀,甚至30万”它一直声称,斯诺,日本军队“前往南京,南京在南京,42,000点的“,这是”杀“的开发过程中写有300,000。

时间有,这里是一个错误。
此外,它被称为“三光行动”是的,我住在它的基础上,日军,中国(而不是中国军队,中国),(马尾马尾被杀,抢劫,吃尽)这是因为是一个事实,很难移动。

另一方面,有这件事,我写了一篇文章(11月04日)。再次,它张贴在这里。

+ + + + + + + + + + +

但是,10年前,谁也说这样的事情(当时,35岁)的妇女。

“老师,中国人,你说日本坏话,直到啊!我是在南京杀害不饶人。是不是日本军队30万。充其量,30,000人为什么”和。

“30,000人,即使在人类3000会发出,当时,如果中国的日本军队,为什么你展开战略三光原因。会发出300人,”有。

经过讨论Arekore,在年底,女人,哭了。
“你是,但仍然!日本吗?”立即“,”停止教育家。

南京大屠杀是不是唯一的课程。
全国各地,当然,(马来西亚,新加坡),但日军已经有类似的东南亚。
日本,因为在同一时间,以便向亚洲人民,承认责任,但是,有没有战争。
娜娜已经完成。

当它涉及到战争的责任,其赔偿责任的,去了皇帝。
皇帝作为最高权力机构,作为日本的象征,是日本宪法的熊市,这是,事实上,坏。

然而,有事情,但我们会考虑在反向位置。

在一个点上,居住在日本的和平,周边国家的军事超级大国K时,已被入侵。随着大规模的军事力量,是一个国家的K。

毫不手软,日本的国家进行了处罚,钾,迫使该国的语言钾,迫使神社第XX金,不服从。
三光和战略,大阪人,近30万人被杀害。他们(可能是30000人),大部分是妇女和儿童。

教育部长,文化,体育,科学和当前的......显然,简称为“历史自虐观”,看来,我喜欢。
“日本人民,还是不好说,为什么日本和”。

还要考虑如何冷静,我觉得总理说,K,但有趣的。
明确表示,德国总理格哈德•施罗德,像参观了希特勒的坟墓,而重复的事情,“我要重申的承诺,不要再打仗”是!

真的,是这样的诡辩(诡辩),将它在世界传递。
(至少,韩国,中国,它在寻找)

在大多数情况下,甚至我的妹妹,父亲的Y向靖国神社,为战犯类,已载入。
然而,甚至有一次,不要有一个圣地朝圣Y.
相反,铀,诬告,被执行!和“不战誓言”......! ?

相反,钾的行动是总理,接触到中国和韩国,甚至是战争的火花的愤怒,也可能是。

积极的人,日军大陆的侵略的战争,但还有很多。
由于“确实使学校和公共建筑,日本,铺平了道路和铁路没有”在日本,中国和韩国的“没有。

如果你未提及的,如果这个逻辑,我新日铁,日本,相反,它也可以是与此相反,但不抱怨。
那即使中国有5500年历史。
即使韩国,是有两千多年的历史。

我们使用的话,通过韩国来到日本。汉字,正是中国。从汉字,平假名出生,出生片假名。
如果说,文化的优势,从原来的日本,中国和韩国,这是不慈不接受。

我......,现在已经写了一个相当激进的意见。
它自己,它是很好的理解。

这才是一个好主意,但记得很清楚。

尽管只有这样,总理ķ,参观神社Ÿ如果有这样的事情,与日本和韩国的关系,白天的关系,更不用说来自亚洲国家的警告,日本将吃的Scandic总事情。
没有,远远没有总的Scandic,我可以请你原谅。正如我之前写的,即使是在“战争的火花”,它可能是。
K国,可能是给日本一个借口攻击。

即使氮韩国,在现场的一名官员,总统,总理Y K触摸参拜靖国神社,“日本的我,我不知道如说,”(04)春季,总理宣誓滥用K。

换句话说,这个问题是,这是一个微妙的问题很多。

因为这是日本首相,即使你和我,那将是负责任的。
“我什么都没有做”苏马-SA。

最后一个音符。
k个素部长曾表示,“纪念不由自主地倒在战场上的人的感觉。”
如果是,什么也不说“,以纪念日本人民的感情不由自主地被杀害了,”为什么。
多达三百万日本人肯定在那场战争中死亡。

这是事实,日本也杀害外国人,而且300万美元。
此外,日本以外的!

就在上周,南韩国报纸,在有关的安慰妇女问题,日本文部科学省大臣,最高法院法院的裁决“(降低的批评,来自日本的教科书的文章),是良好的,”是介绍在上面,并发言。
然而,在日本,人们对它的认识甚至更少。

K是总理,如果你继续访问Ÿ仍称为神社,请在你的手。
我不知道了!
不知道!

顺便说一句,一个字。有一个问题与前总理H. 100万日元的政治捐款日本的医生联合会,为100万日元的支票,以老学校H获得通过。
卢武铉受贿,但无论你如何看待它,前首相H,“但不记得,是不是事实”,并跑开(041130)。

每当我看到政客等,他们认为,我会做与爱国主义。
紧急情况下,如果成为一场战争,去战场的年轻人,自己在大部分的胃,一通,运行远离战场。
当我看到,面对前总理笑了H,笑嘻嘻一样,向。

“正义”,和资深政治家或大,或因为他们说:“不战誓言”,滑稽。
真的,有趣。
(日记,12月01日,04)

(宝龟)

但....这种无助感,心里很不舒服,在哪里,他们来自?
“另一个,甚至认为”我认为,即使有,累了。

如果“不战誓言”的东西,没有去参拜靖国神社Ÿ,应该能够。
对于大部分的再见的“誓言”,或者什么?
激怒了对手,而这样的事情挑起敌意“和”不战誓言“?
对我来说,ķ总理,在所有你不明白。

(宝龟)

在100万日元捐款从“日本医学协会小号(没有太阳),违反”政治资金控制法“,前自民党派系Ĥ的情况下被指责的(非上市)的研究小组”房协“派的政治组织2000( •TT原被告负责会计)肯判断(55)12月3日,东京地方法院(04)。
审判长被判处月外径监禁,4年缓刑(10月监禁,起诉)。

+ + + + + + + + + + + + +

石原先生回来的故事。

石原:“中国的教科书,为什么我没有”文化大革命“的描述”,并批评中国。
“这不是在”文化大革命“(),死亡20万同胞,有趣的”(97页)。

它所需要的,但不请自来的意外。
石原慎太郎,即使是中国,是他们没有在该国是一个可怕的事情。
她一定想说,如果是这样,不这样做,如日本的军事问题。
另外,日本,但在日本的教科书尝试写东西,和日本的自由。

总之,“日本经济强国,如中国。,是不是一个问题”和判刑的效果,其次。

和鼓吹“EY自卫队部队驻留的尖阁列岛群岛”此外,当中国军队已袭击,如果你已经激活了日美安全条约“,并然后回到火,如美军,宣讲。
“尖阁列岛将成为美日同盟的试金石,”她补充说。

国家的理论是非常以自我为中心。
是一个和平的理论。它不应该被遗忘,它被称为“战争”,是所有年龄段,这些政客已经开始。

尼赫鲁(前总理印度),写道,。

在某些国家的和平“,其他国家也必须是和平的,是无法保证。耦合,这种狭隘的,自由,和平与战争,都是个别及连带“(”“走向世界的一个)在世界上的其他。

我写的,是下面的手稿。

●和平教育

成熟人格的人,如果它是一个“利他主义”如何确定。
如果您尝试比较“利他”和“自私”,看到越来越多的人的优秀品格,无私的人的比例较大。

作为一个国家的成熟是确定是否有可能觉得位置以同样的方式在其他国家如何。
噌噌和平经济,文化的责骂。

如果你念该国的和平,保证了其他国家,该国的和平,这是首次实现了真正的和平。
如果儿童的世界里,如果有所谓的和平教育,是否,如何或可以保护其他国家的和平。
它被认为是一个孩子,它涉及到真正的和平教育。

在过去,我们既没有在其他国家的人构成威胁。
目前,我们正在,或在其他国家的人不构成威胁。
我们在未来的事情喜欢受援国的人或不构成威胁。

毕竟,这是和平的教育,它涉及到教育悔恨。
开始反思,并结束与反思。
这日本对战前的国家,亚洲,尤其是自由自在的花式一直。
在满洲殖民政策,偷袭珍珠港,如到其他亚洲国家的侵略战争,。

最初对自己的反映,要承担责任,是身体虚弱的人。
据了解,这种不负责任的日本宪法,地狱,或做什么。

上周和本周,两个多星期,“历史已经搬到XXXX”看到了机会呼吁协会(NHK)的表演。
已经具有了日俄战争。
故事也是在功能,被称为“你摧毁俄国舰队如何”或“被占领的高地○○如何”即将到来,给当地人民交谈,我是困扰铜,没有了。
如果你看看中国人,是一场灾难,如从天上降下。

我一边看演出,突然,我记得思考。

“如果国家现在是钾,控股,并与俄罗斯,日本,战争结束后,将发生”和。

国家“K时,俄罗斯军队进行伏击关东地区,士兵50万人。它的国家。K是即将从小田原到箱根占领横须贺,俄罗斯军舰休息100000和......“。

有一天,也许50年后如果50年后,当时的格局,,在国营广播电台,国家ķ,和主持人“的历史,当时改变,”和笑和笑嘻嘻地说,自豪和如果你是,会发生什么。
日本,与K国人民一起,和“什么就能享受,这样的程序。

即使日俄战争时,确实是一场战争不必要的。
是一个毫无意义的战争。
它是死的,数以十万计的日本人,俄国人,这是中国人。
说,而这种浪费的战争,它仍是“拿下”,我们没有“丢失”。
日本Omedetasa它,心里很不舒服,在那里,他们来自。

日本在历史上,没有在国外被压迫的经验。
我认为这是一个幸运的事情,为什么,在被压迫人民的立场,不能想的事情。
首先,你可以甚至不明白,这样的人的立场。

从这个意义上说,它拥有日本和平理论确实是不稳定的。
在此期间,日本吞并韩国“是正确的。
即使是那些鼓吹日本,铺设铁路“,并建设道路。

如果这个逻辑听之任之,相反,如果该国甚至是相反的K,日本的是,你不能抱怨。
事情突然有一天,该国军队已飙升钾,即使对日本的占领,不抱怨。

认为......在其他国家,一个角度。
当谈到我在这里说,和平教育的起源。
理念,以“保护,即使日本的和平,说:”所以这是没有任何和平理论。
理论是没有意义的,如和平是这样一个观点,但也多少说教。

为了保护在日本对其他国家的和平,你做了什么,日本。你在做什么。
你会是什么什么。
首先应该反映它。
在其他国家的立场,做什么。
认为,你不应该。

尼赫鲁(前总理印度),写道,。

在某些国家的和平“,其他国家也必须是和平的,是无法保证。耦合,这种狭隘的,自由,和平与战争,都是个别及连带“(”“走向世界的一个)在世界上的其他。

来关于“和平”的概念,认为它的概念是模糊的(模糊)不。
我的意思是什么和平和的状态,即使它,我不知道。
但现在,因为和平,如果你平安,这是错误的。
现在,在身体周围,因为没有发生战争,如果你平安,这是也是错误的。

正是这些和平,不仅在未来战争的准备期。
不仅在休息时间。
,在得天独厚的社会,我们只要和平和世界其他地区的,由别人,未来战争是精心策划的。

在过去,其他国家的人,对自己,还是想着铜。
现在,其他国家的人民,为我们自己的,它是如何认为。
未来此外,其他国家的人,为自己,或会认为铜。

一如既往,我们认为,积极做到这一点。去告诉它也给孩子们。这是一个和平的教育。

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亲爱的妈妈[......]

不要被愚弄的勇敢好战的理论。
不要动摇。
如果你不知道它,你的孩子,我应该看想象去战场。
您是否担心孩子的安全,将不再在晚上睡觉。

是,石原先生,在日本尖阁列岛“当你被中国攻击,日美安全保障条约”是被调用。
美国是在推理过程后,我写了一篇文章,说“应该回到中国,继续这样对抗。

“记者,新的纽约时报”,在美国大使当时日本的蒙代尔,“尖阁群岛,修整向上后升级进一步进行询问,并大使,用字的”日美安全条约是是否要激活号“回答。

我刚刚辞去国会议员,(这句话),但在同一时间,我感到愤怒和惊讶的是,由于某种原因,日本政府,国民议会,并没有发出“(99P)。

如果敢说。

我媳妇的儿子,美国人。
美国的孙子。
孙子出生现在,美国的第二人。

如果你说,我的孙子,保护日本在尖阁群岛,来到远东,并争取与中国军队的战斗,我会说。

“你不来,不要来了。在这样一个地方,它不会死的。我们因为某种”和。

石原先生的纸,缺乏这样一个起源的角度。
的文章,甚至是短语“贵国......”,有。甚至记得感觉,一直想约一样,一个人我们生活的东西。

写道:......,我的意见,例如在日本,这是少数。
大多数人听的,像石原慎太郎小号先生这样的人的意见,并与它一起。
说了些什么,但只是可以肯定,我会,这并不意味着,然而,是不是左派。
在社会主义,甚至没有在共产主义的过程。
只是说,唯一有趣的,和“滑稽”。

判决后,留给读者。
每个人,如果你叫这么好,这么好。我也跟着。

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