Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Wednesday, February 18, 2009

*hikikomori, Italian Style

●イタリアでふえる、引きこもり
(Hikikomori, Italian Style)

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イタリアでも、日本とは、かなり事情が
違うようだが、引きこもりがふえているという。

ヤフー・ニュースの記事を紹介させてもらう。

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『イタリアの有力紙「コリエレ・デラ・セラ」が同国で目立つ「引きこもり」を特集した。相談に来る親が急増しているという精神科医らの証言を基に、原因を探っている。

 記事(11日付)は「イタリアの引きこもり(hikikomori)、東京のよう、何年も孤立する少年たち」と題され、社会面に大きく掲載された。刀を持った日本人の少年が乱雑な部屋でくつろぐ姿を、イメージ写真として使っている。

 ミラノ発の記事で、「昼は寝て、夜に冷蔵庫をあさり、インターネットと漫画だけの生活」、「過去半年、親に話したのは『ほっといてくれ』の一言」と約10人の事例を紹介。相談を受ける複数の精神科医が、「100万人を数える日本ほどではないが、外のひどい世界から逃れ、閉じこもる子が多い」、「頭が良く創造性があるが、内向的な10代に多い」と特徴をまとめている。著名な精神分析医が「私が知る事例では、過去2年で5倍に増えた」とその広がりを強調する。

 要因としては「母親との密着や過保護が、自己愛の強い、もろい子にしてしまっている」、「日本では厳しい学校制度、親の過剰な期待が一因だが、イタリアでは学校で(友達)グループとの関係を築けない子の逃避が多い」などとまとめている。対策として「子が小さい時から、共によく遊び、一緒にいて、時に外に一人で出し、自己評価の高い子に育てなければならない」と結んでいる』(ヤフー・ニュース・09年2月21日)と。

この中で興味ある事実は、原因。
日本とイタリアでは、症状は同じでも、原因がかなり違うようだ。

(日本)記事は、厳しい学校制度、親の過剰な期待が一因と、分析している。
(イタリア)グループとの関係を築けない子の逃避が多い。

で、イタリアではその対策として、
(1)共によく遊び、
(2)一緒にいて、
(3)時に外にひとりで出し、」
(4)自己評価の高い子にしなければならない、と。

わかりやすく言えば、日本では、親の過剰期待、過関心が原因で、
またイタリアでは、親の過保護が原因で、子どもは引きこもるということなる。
鋭い分析と評価したい。

子どもの心を大切にすることは重要なことだが、大切にし過ぎると、ときとして、
それが過保護になり、子どもをして社会性のない子どもにしてしまう。
乳幼児期はそれでよいとしても、子どもを取り巻く環境は、それほど完成されたもの
ではない。

言うなれば、動物社会。

オオカミが無数にいる世界に、かよわきウサギを放り込めば、そのウサギはどうなるか?
そんなことは、自明の理。
「乱暴に育てろ」ということではないが、ある程度の乱暴さは、子育てにはMUST
(=避けられない)。

いろいろな親を見てきたが、「私の子育て法がいちばん正しい」と、聞く耳をもたない
親ほど、指導のむずかしいものはない。
あるいは「うちの子どもには、問題があった」「うちの子どものことは、私がいちばん
よく知っている」とがんばる親も、そうだ。
私たちの世界では、「ホープレス(=希望なし)」という言葉を使う。
もっと率直に言えば、「どうぞ、ご勝手に」となる。

たいへん辛辣な言い方に聞こえるかもしれないが、子育てというのは、自分で
失敗してみて、はじめてそれを失敗と知る。
(「失敗」という言葉は、不適切だということは、よく知っている。後述。)
それまでは、わからない。
だいたい、ここにも書いたように、親自身が、聞く耳をもっていない。
私のほうから、それとなく話題をもっていこうとしても、それをはねのけてしまう。

イタリアにも、そういう親が多いらしい。
が、ここにも書いたように、それは何もイタリアだけの問題ではない。
同じ引きこもりでも、イタリア型の引きこもりも、日本に多い。
不登校児の何割かが、そうであると言っても過言ではない。
(あるいはイタリア型引きこもりというのは、日本でいう不登校児のことか?)

これは私の実感だが、(あるいはグチかもしれないが)、乳幼児を何千人も見てきた
私の経験ですら、若い親たちの前では、ティシュ・ペーパー一枚の価値もない。
しかしこんな仕事を40年近くもしていると、その子どもの問題点のみならず、
その子どもの将来像まで、手に取るようにわかるようになる。
「何年生くらいのときに、どういう問題を起こすか」まで、わかる。
わかるものはわかるのであって、どうしようもない。
(経験)というのは、そういうもの。
が、若い親たちは、(経験)の価値、そのものを認めない。

……やはりグチになってしまったので、この話は、ここまで。

では、どうするか?

子どもをたくましい子どもにしたかったら、乳幼児の段階から、同じ年齢の
子どもと遊ばせる。
けっして小さな世界に閉じ込めて、育ててはいけない。

また親自身も、風通しのよい世界で、子育てをする。
親どうしの交流を多くし、他人の意見を聞く耳をもつ。
先にも書いたように、「うちの子どもには、問題があった」「うちの子どものことは、私がいちばんとく知っている」と、もし、あなたがそう思っているなら、あなたは子育てで
失敗する確率は、きわめて高い。

(補記)
ここで「失敗」という言葉を使ったが、人生に失敗はないのと同じように、
子育てにも、失敗はない。
失敗イコール、おしまいという意味ではない。
失敗イコール、挫折という意味でもない。
それぞれがそれぞれの(失敗?)を乗り越えて、また前に進んでいく。
あえて言うなら、(停滞)ということか。
しかし(停滞)でも、おかしい。
またほかに適切な言葉がないのも事実。
だから「失敗」という言葉を使った。

自分の子どもが引きこもりの子どもになったからといって、子育てで失敗した
ということではない。
どうか、誤解のないように!

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
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