Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Tuesday, June 29, 2010

●反感情

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 彡彡人ミミ      彡彡彡彡彡
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 子育て最前線の育児論byはやし浩司      6月   30日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

休みます。

【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【感情論】

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人間のもつ感情は、いったいどのようにして
生まれ、私たちの心を支配するのか。
それを考えているうち、私は「反感情」という
言葉を考えついた。

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●感情の行動命令と抑制命令

 自律神経には、交感神経と副交感神経がある(注※)。
行動の行動を司るのが、行動命令。
行動の抑制を司るのが、抑制命令。
この両者がバランスよく機能したとき、行動はスムーズな動きとなって現れる。
行動命令が強すぎれば、(あるいは抑制命令が弱すぎれば)、行動は、興奮性をもつ。

反対に抑制命令が強すぎれば、(あるいは行動命令が弱すぎれば)、行動は、鈍くなる。

(理屈の上では、行動命令と抑制命令の両方が、同じように強くなったり、弱くなったり
することもある。
これは蛇足だが、ニンニクの中には、興奮性をもつ物質と、鎮静性をもつ物質の両方が
含まれているという。
いつだったか、どこかの科学者が話してくれたのを記憶している。)

 ともかくも私たちの何気ない行動も、実はその裏で、交感神経と副交感神経の絶妙なバ
ランスの上で成り立っているということになる。

つまり腕の上げ下げするときも、交感神経は「上げろ」と命令し、副交感神経は「上げる
な」と命令する。
それがうまく調和しているとき、なめらかな行動となって、それは現れる。
その調和が崩れたとき、行動はなめらかさを失ったり、反対に、鈍くなったりする。

 同じように、感情も、興奮命令と抑制命令によって支配されていると、考えられる。
たとえば「怒り」。
怒りを覚えたとき、脳の中では、同時に2つの命令がくだされる。
「怒れ」という命令。
「怒るな」という命令。

 「怒れ」という命令が強く、「怒るな」という命令が弱くなったとき、「怒り」という感
情となって、外に現れる。
一方、いくら「怒り」を感ずるような場面でも、「怒るな」という抑制命令が強く働けば、
その人の感情が、外に現れることはない。
理屈で考えれば、つぎの4つのパターンに分類できる。

(1)(怒れ)という命令と(怒るな)という命令が、ともに強いケース。
(2)(怒れ)という命令が強く、(怒るな)という命令が弱いケース。
(3)(怒れ)という命令が弱く、(怒るな)という命令が強いケース。
(4)(怒れ)という命令と(怒るな)という命令が、ともに弱いケース。

この中で、(2)のような状態になったとき、人はそれを(怒り)という形で、表現する。

●行動命令と抑制命令

 ここでいう行動命令と抑制命令は、よく知られた脳の中の反応である。
それについて、6年前(04年)に、こんな原稿を書いたことがある。
私はこの小さな事件を通して、行動命令と抑制命令が、どういうものであるかを実感する
ことができた。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●心のバランス感覚


 駅構内のキオスクで、週刊誌とお茶を買って、レジに並んだときのこと。突然、横から
二人の女子高校生が割りこんできた。


 前の人との間に、ちょうど二人分くらいの空間をあけたのが、まずかった。


 それでそのとき私は、その女子高校生にこう言った。「ぼくのほうが、先ですが……」と。
するとその中の一人が、こう言った。「私たちのほうが、先だわよねえ」と。


 私「だって、私は、あなたたちが、私のうしろで、買い物をしているのを、見ていまし
たが……」

 女「どこを見てんのよ。私たち、ずっと前から、ここに並んでいたわよねエ~」と。


 私は、そのまま引きさがった。そして改めて、その女子高校生のうしろに並んだ。


 で、そのあと、私がレジでお金を払って、駅の構内を見ると、先ほどの二人の高校生が、
10メートルくらい先を、どこかプリプリした様子で、急ぎ足に歩いていくところだった。


 事件は、ここで終わった、が、私は、この一連の流れの中で、自分の中のおもしろい変
化に気づいた。


 まず、二人の女子高校生が、割りこんできたときのこと。私の中の二人の「私」が、意
見を戦わせた。


 「注意してやろう」という私と、「こんなこと程度で、カリカリするな。無視しろ」とい
う私。この二人の私が、対立した。



 つぎに、女子高校生が反論してきたとき、「別の女子高校生と見まちがえたのかもしれな
い。
だからあやまれ」とささやく私と、「いや、まちがいない。私のほうが先に並んだ」と怒っ
ている私、。この二人の私が、対立した。


 そして最後に、二人の女子高校生を見送ったとき、「ああいう気の強い女の子もいるんだ
な。
学校の先生もたいへんだな」と同情する私と、「ああいう女の子は、傲慢(ごうまん)な分
だけ、いろいろな面で損をするだろうな」と思う私。この二人の私が対立した。


 つまり、そのつど、私の中に二人の私がいて、それぞれが、反対の立場で、意見を言っ
た。
そしてそのつど、私は、一方の「私」を選択しながら、そのときの心のあり方や、行動を
決めた。


 こういう現象は、私だけのものなのか。


 もっとも日本人というのは、もともと精神構造が、二重になっている。よく知られた例
としては、本音と建て前がある。心の奥底にある部分と、外面上の体裁を、そのつど、う
まく使い分ける。


 私もその日本人だから、本音と建て前を、いつもうまく使い分けながら生きている。こ
うした精神構造は、外国の人には、ない。もし外国で、本音と建て前を使い分けたら、そ
れだけで二重人格を疑われるかもしれない。


 そこで改めて、そのときの私の心理状態を考えてみる。


 私の中で、たしかに二人の「私」が対立した。しかしそれは心のバランス感覚のような
ものだった。運動神経の、行動命令と、抑制命令の働きに似ている。「怒れ」という私と、
「無視しろ」という私。考えようによっては、そういう二人の私が、そのつどバランスを
とっていたことになる。


 もし一方だけの私になってしまっていたら、激怒して、その女子高校生を怒鳴りつけて
いたかもしれない。反対に、何ら考えることなく、平静に、その場をやりすごしていたか
もしれない。


 もちろんそんなくだらないことで、喧嘩しても、始まらない。しかし心のどこかには、
正義感もあって、それが顔を出した。それに相手は、高校生という子どもである。私の職
業がら、無視できる相手でもなかった。それでどうしても、黙って無視することもできな
かった。


 こうした状態を、「迷い」という。そしてその状態はというと、二人の自分が、たがいに
対立している状態をいう。だからこうした現象は、私だけの、私特有のものではないと思
う。


もともと脳も、神経細胞でできている。運動に、交感神経(行動命令)と副交感神経(抑
制命令)があるように、精神の活動にも、それに似た働きがあっても、おかしくない。


 そして人間は、その二つの命令の中で、バランスをとりながら、そのつどそのときの心
の状態を決めていく。そのとき、その二つの命令を、やや上の視点から、客観的に判断す
る感覚を、私は、「心のバランス感覚」と呼んでいる。つまりそのバランス感覚のすぐれた
人を、常識豊かな人といい、そうでない人を、そうでないという。


 キオスクから離れて、プラットフォームに立ったとき、私はそんなことを考えていた。
 

(040224)(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て 
はやし浩司 心のバランス感覚 心のバランス)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●反感情

 東洋医学では、さらに一歩話を進めて、感情には、「相生性」と「相克性」があると教え
る。
(詳しくは、はやし浩司著『目で見る漢方診断』を参考にしてほしい。)

たとえば(怒り)と(思い)、(思い)は(恐れ)、(恐れ)は(喜び)、(喜び)は(悲しみ)、
(悲しみ)は(怒り)と、相克性があると説く(素問・陰陽応象大論)。

 わかりやすく言うと、たとえば「怒りがはげしいときは、肝の機能が傷害される。
そして怒りがはなはだしいときは、悲しみを与えてやると、怒りが収まる」。
同じように「あまりにも喜びがはげしいと、心の機能が傷害されるので、そんなときは恐
れを与えてやると、その感情が中和される」(以上、『目で見る漢方診断』P146)。

 ここでもう一度、フロイトが説いた、「サナトス」と「リビドー」という言葉を思い出し
てみよう。

 サナトスというのは、「死への欲求」をいう。
リビドーというのは、「生(性)への欲求」をいう。
フロイトは、人間の感情にはつねに相反する2つのエネルギーが、同時に働くと教える。
「生への欲求」があれば、当然、「死への欲求」もある、と。

 この理論を応用すれば、こういうことも言える。

 ひとつの感情が表出するときは、その裏で、その反対の感情が、心の内側に向かう、と。
「愛している」と口に出して言うときは、「愛していない」という感情が、同時に内側に
向かう。
あるいは「愛していない」という感情が内側に向かうときは、それを打ち消すために、
「愛している」という感情が、外側に向かう。

 喜怒哀楽について言えば、そして東洋医学(黄帝内経)の理論に従えば、それぞれの感
情には、「反感情」があることがわかる。
(「反感情」というのは、はやし浩司の造語。)

 たとえば人は深い悲しみを覚えたとき、同時にその反対側では、別の感情、つまり(怒
り)が働く。
同じようにはげしい怒りを覚えたとき、同時にその反対側では、別の感情、つまり(思い)
が働く。

 つまりそれぞれの感情が、バランスを保っているとき、感情は安定する。
そうでなければそうでない。

 この東洋医学的な考え方を、そのまま「サナトス」「リビドー」に当てはめることはでき
ない。
しかし類似性というか、共通性はある。
さらにこうした一連の情意的反応も、交感神経、副交感神経論で、説明できる。

●感情ホルモン説

 さらに最近では、感情ホルモン説が有力にねってきている。
私たちが感ずる感情は、ホルモンの支配下に置かれているという説である。
たとえば何かよいことをすると、その情報は辺縁系の扁桃核というところに送られる。
その情報を受けて、扁桃核は、モルヒネ様のホルモンを分泌する。
それが脳内を甘い陶酔感で満たす。
つまりもろもろの感情は、こうして生まれる。

 さらに話が一歩進んで、最近の大脳生理学によれば、「悲しいから泣く」のではなく、「泣
くから悲しくなる」というようなことを唱える学者もいる。
私たちが(悲しみ)を意識する前に、無意識の世界ですでに(悲しみ)は作られ、それが
(泣く)という行為を引き起こすというものである。

 それはともかくも、感情ホルモン説には、もうひとつ大きな合理性がある。
言うまでもなく、「脳内ホルモンのフィードバック(作用)」である。

 脳内にある種のホルモンが分泌されると、それを中和(もしくは打ち消す)ために、同
時に別のホルモンが分泌される。
こうして脳は、自分の脳内をつねにクリーンにしておこうとする。

 この考え方は、そのまま「反感情」の説明にも結びつく。
(悲しい)という感情が起こると、同時に脳内では、(怒り)の感情を起こす。
こうして脳は、自分の脳を中和しようとする。
(よく悲しみが高じて、怒りをともなって爆発する人がいる。
こうした日常的な経験とも、合致する。)

●仮説のまとめ

 以上は、言うなれば「仮説」ということになる。
しかしこの仮説は、日常生活において、即、有効に機能する。
言うまでもなく、心の平安を保つために、である。

(1)まず感情にも、交感神経と副交感神経という、自律神経系の機能が働く。
「怒れ」という命令と、「怒るな」という命令は、いつも同時進行的に発生する。
そのバランスの強弱によって、人は怒ったり、自分をなだめたりする。

(2)ひとつの感情が露出すると、その反対側で、別の反作用的な感情が引き起こされる。
東洋医学(黄帝内経)は、それをうまく説明する。
その反作用的な感情を、「反感情」(はやし浩司)という。

(3)こうした一連の脳内における感情反応は、脳内ホルモン説でも、うまく説明できる。

 以上が、私が考えた「感情論」である。
科学的にどうこうというよりも、東洋医学的に、現象的に、うまく説明できる。
このつづきは、しばらく間を置いて、また考えてみたい。
2010年6月5日


Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

(注※:参考)

(ウィキペディア百科事典より)

随意神経系である体性神経系と対照して、不随意である「自律神経系」は循環、呼吸、消化、発汗・体温調節、内分泌機能、生殖機能、および代謝のような不随意な機能を制御す
る。自律神経系はホルモンによる調節機構である内分泌系と協調しながら、種々の生理的
パラメータを調節しホメオスタシスの維持に貢献している。近年では、自律神経系、内分
泌系に免疫系を加え「ホメオスタシスの三角形」として扱われることもあり、古典的な生
理学、神経学としての自律神経学のみならず、学際領域のひとつである神経免疫学、精神
神経免疫学における研究もなされている。

交感神経と副交感神経の二つの神経系からなり、双方がひとつの臓器を支配することも多
く(二重支配)、またひとつの臓器に及ぼす両者の作用は一般に拮抗的に働く(相反支配)。
交感神経系の機能は、闘争か逃走か(fight or flight)と総称されるような、身体的活動や侵害
刺激,恐怖といった広義のストレスの多い状況において重要となる。以下に運動時の生体
反応を例にして、交感神経系の機能を述べる。交感神経系の行動により血管が収縮し、
心拍数が増加する。この結果血圧が上昇し末梢組織の還流量が増加する。このような作用
の結果消化管、皮膚への血液量が減少するが、一方で骨格筋への血液供給量が増加する。
これは骨格筋の運動に伴う局所因子の影響に加えて、筋血管では血管拡張に関与するβ受
容体が豊富なことも一因である。気管支平滑筋は弛緩するがこれは気管径の増加をもたら
し結果として、一回換気量の増加つまりガス交換効率を向上させることとなる。一方、代
謝系に視点を移す。運動時には骨格筋において多量のエネルギー基質(グルコース)を消
費するため血糖維持が重要である。なかでも肝臓からのグルコース放出は重要である。交
感神経は肝臓でのグリコーゲン分解と脂肪組織での脂肪分解を促し血液中に必要なエネル
ギーを与える。交感神経は内分泌器官にも作用し副腎髄質ホルモン分泌、グルカゴン分泌
を刺激しやはり末梢組織へのエネルギー供給に促進的に作用する。結果として、骨格筋を
中心とした組織において豊富な酸素とグルコースが供給される一方で、皮膚や消化管へは
供給が乏しくなる。このように,自律神経系は各臓器の機能を統合的に調節することで,
結果として個体の内部環境を合目的にする。
(以上、ウィキペディア百科事典より)


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 交感神経 副交感神経 行動の抑制 感情の抑制 行動と抑制 感情
論 東洋医学 感情の相克性 サナトス リビドー 感情ホルモン説)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●感謝(老人たちのよく使う言葉)

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老人の中に、「感謝」という言葉を
よく使う人がいる。
「生きていること自体が、感謝」と。
「感謝! 感謝! 感謝!」と。

私の母も、晩年、「ありがとう」という
言葉をよく使った。  
何かあると、すぐ、「ありがとう!」と。
「ありがとう! ありがとう!」と。

+++++++++++++++++

●違和感

ときとして人は、裏腹の言葉を繰り返すことによって、自分の心を
ごまかすことがある。
最初に私がそれに気づいたのは、10年ほど前のこと。
ある女性(当時、40歳くらい)が、電話で私にこう言った。
「私は、今の夫を、愛しています」と。
どこかのキリスト教系の、カルト教団に属している女性だった。
日本では、あまりそういう言い方をする人はいない。
そのため私は、その言葉に違和感を覚えた。

 つぎにそれに気づいたのは、やはりある女性(当時、60歳くらい)と、
話していたときのこと。
その女性は、こちらが何も聞きもしないうちから、こう言った。
「私は、今の夫と結婚できて、よかったと思います」と。
そして何度も、「私の夫は、すばらしい人です」と。

●本心?

 たまたまその両方の場面に、私のワイフも近くにいたので、あとで、
ワイフにこう聞いた。

私「お前なア、どこかの人に、『私は夫を愛しています』とか、
『私の夫はすばらしい人です』などと言ったことがあるか?」
ワ「・・・ないわねエ・・・」
私「だろ! ぼくも、ない」
ワ「でも、どうしてあんなこと、こちらが聞きもしないうちから、あの
人たちは、言うのかしら?」
私「そこなんだよな。人間の心理のおもしろいところは・・・」と。

 私たち夫婦も、それなりに愛しあっているとは思う。
が、それでも、そんな言葉は、めったに使わない。
いわんや他人には、使わない。

私「自分の愛に不安を感ずるからではないかな?」
ワ「そうね。それをあえて打ち消すために、ああいう言葉を使うのよ」と。

●疑っているから、「信じている」と言う?

 もう少しわかりやすい例に、若い人たちがよく使う、「愛している」
「私を信じて」「あなたを信じているわ」という言葉がある。

 相手を愛していない、あるいは疑っているから、そういう言葉を使う。
相手を本当に愛していたり、信じていたら、そういう言葉は、口から
出てこない。
たとえば私のワイフが私に、「あなたを信じているわ」と言ったら、私は、
すかさず、こう解釈する。
「ワイフは、ぼくを疑っている。疑っているから、そういう言葉を
使うのだ」と。

ワ「友だちもこんなことを言っていたわ。2人の息子がいるんだけど、1人は、
いつも手紙に、『ぼくたち(夫婦)は仲よくやっています』と書いてくるそうよ」
私「ハハハ、それは喧嘩ばかりしているという意味だよ」
ワ「そうね。私もそう思うわ」
私「本当に夫婦が仲よくやっていたら、そんなことは書かない。仲よくやって
いないから、『仲よくやっている』と書く」と。

●裏の心

 先の例で言えば、夫を愛しきれない何かがあるから、人には、「私は、今の夫を、
愛しています」と言う。
あるいは夫に対して、大きな不満を感じているから、「私の夫は、すばら
しい人です」と言う。

 こういう現象を心理学の世界では、どう説明するのか。
しかしあのフロイトは、こんな興味深い言葉を残している。
「サナトス」と「リビドー」という言葉である。

 サナトスというのは、「死への欲求」をいう。
リビドーというのは、「生(性)への欲求」をいう。
フロイトは、人間の感情にはつねに相反する2つのエネルギーが、同時に働くと
教える。
「生への欲求」があれば、当然、「死への欲求」もある、と。

 この理論を応用すれば、こういうことも言える。

 ひとつの感情を表出するときは、その裏で、その反対の感情が、心の内側に向かう、と。
「愛している」と口に出して言うときは、「愛していない」という感情が、同時に内側に
向かう。
あるいは「愛していない」という感情が内側に向かうときは、それを打ち消すために、
「愛している」という感情が、外側に向かう。

●武士道

 ところで「死への欲求」とは何か?
わかりやすく言えば、「死ねば楽になる」と思うのが、その一例ということになる。
もう少し掘り下げて考えると、こうも解釈できる。

 私たちが「生きたい」と思うのは、同時に「死にたい」という
欲求を、無意識のうちにも打ち消しているためとも考えられる。
「死」を恐怖と考えるのは、「死」そのものが恐怖だからではなく、
(もちろんその一部ではあるが・・・)、「死」へと自分を引きずりこんで
いくエネルギーに、恐怖感を覚えるため、と。
その恐怖感を打ち消すために、「生きたい」という言葉を口にする。

 こうした感覚は、西洋人には理解しがたいものかもしれない。
しかし日本人の私たちには、意外と理解しやすい。

 「死への欲求」というのは、たとえば日本の武士道に、それが象徴化
されている。
武士道では、「どう死ぬべきか」で、その人の生き様が決まる。

●裏腹の言葉

 最初の話に戻る。

 老人が、「感謝」とか「ありがとう」という言葉を使うときには、
2つの意味がある。

 ひとつは、感謝できない状況、あるいは「ありがとう」と言えない
状況がその周辺にあることをいう。
つまり自分の置かれた状況に不満があり、その不満を裏返して、「感謝」
とか、「ありがとう」とかいう言葉を使う。
使って、自分の中にたまった不満をごまかす(?)。

 もうひとつは、そう言いながら、相手に向かって、「感謝できるような
状況を作れ」とか、「ありがとうと言えるような状況を作れ」と要求して
いる。
つまり催促。

 もちろん状況によっては、そうでないばあいもる。
本当に、本心から、そう言うべきケースもある。
が、そのばあいには、「自然さ」が伴う。
言われた方も、違和感を覚えない。
そうでないときは、そうでない。
どこか不自然。
何かヘン?

それを言うべきときでないときに、(まただれもそれを期待していないときに)、
そういった言葉を口に出して言う。
言われたほうが、ふと「?」に思う。
そういう言い方をする。

●結論

 老人たちは、よくこれらの言葉を使う。
が、世界的にみても、こうした言葉をよく使うのは、日本の老人たちだけではないのか?
英語で、「I am in good health. Thanks, thanks.」などと書くと、書いただけで、
奇異な感じがする。
言い替えると、こうした言葉を、日本の老人たちは、無理に使いすぎる。
つまり無理をしている(?)。

 だから……。

 こと私に関して言えば、努めてこれらの言葉は使わないようにしたい。
意味もなく、「感謝」とか、「ありがとう」という言葉は、使いたくない。

たとえば今日も私は健康だ。
気力は弱くなった。
耐久力も弱くなった。
集中力も弱くなった。
しかし健康は、健康。
で、「私は健康だ。生きている。感謝!」などというようには、使いたくない。

 だいたい、だれに対して感謝するのか?
「感謝の念を忘れるな」という意味では、「感謝」という言葉は、尊い。
しかしそれは自分に向かって使う言葉。
外の世界に向かって、表出する言葉ではない。

 それにたまたま私は健康に恵まれている。
だから「感謝」という言葉を使えば使うほど、今、現在、病気と闘っている
人たちに、申し訳ない気分になる。
そのひとたちは、たまたま病気になっている。
そういう人たちは、どうなのか?
世を恨んでいるのか?
「恨んでいる」と言うべきなのか?
が、そういうことは、ありえない。
またそういうふうに、考えてはいけない。

 ……ちょっと考え過ぎかもしれないが、気になったので、老人たちがよく
使う「感謝」と「ありがとう」という言葉について、書いてみた。

(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 感謝 感謝の念 老人の言葉 老人心理 老人性心理 老人の感謝)


Hiroshi Hayashi+教育評論++June.2010++幼児教育+はやし浩司

●閉所恐怖症(恐ろしい実験)

+++++++++++++++++

私なら、ぜったい「NO!」と断わる。
いくらお金を積まれても、できることと、
できないことがある。
私には、それができない!
そんな実験が、今度、ロシアで始まった。
何と、520日間も、窓のない部屋に
閉じこめられるという。
想像するだけで、ゾッとする。

私は、何を隠そう、閉所が苦手。
窓のない部屋に入っただけで、すぐ
息苦しさを覚える。

TBS-iニュースは、つぎのように
伝える(2010-6-4)。

+++++++++++++以下、TBS-iより+++++++++++++++++

 ロシアの研究チームは3日、将来の有人火星飛行を見据え、地上に設置した宇宙船に6
人の男性を520日間閉じ込める実験を開始しました。

 「MARS‐500」と呼ばれるこの実験は、人を地上に設置した宇宙船の中だけで5
20日間生活をさせるものです。モスクワ西部に設置された模擬宇宙船は、バス9台分の
広さがあり、書籍やトレーニングマシンなど生活に必要なものはすべてそろっていますが
窓はありません。

 将来の有人火星飛行を想定したこの実験では、火星への往復にかかるといわれる520
日間を閉鎖された空間に隔離された際、精神や健康の状態に変化がないかを観察するとい
います……。

+++++++++++++以上、TBS-iより+++++++++++++++++

●私なら……

 私なら、数日で、気がへんになる(?)。
たとえば私は、学生のとき、刑法学の教授に連れられて、
刑務所見学なるものをしたことがある。

あのとき見た刑務所が、そのままトラウマになってしまった。
だから今でも、ときどき、こう思う。
「私が悪いことをしないのは、犯罪者になるのが、こわいからではない。
ああいう部屋に閉じこめられるのが、こわいから」と。

 刑務所のばあいは、(懲役と禁錮ではちがうが……)、外の世界との
つながりが、まだある。
しかしバスのような部屋の中では、それがない。
そんな中で、520日間!
私には、とんでもない実験である。
考えられない実験である。
この記事を読んだだけで、ぞっとした。

●疑問

 記事を読んで、「窓ぐらい、つければよい……」と思った。
しかし宇宙では、見えるのは、こまかい星だけ。
窓があったところで、どうしようもない?
しかし火星に近づいたら、どうするのか?
窓の外を監視するカメラが故障したら、どうするのか?
高層マンションの高層階に住む母親ほど、マタニティ・ブルーに
なる確率が高くなるという調査結果もある。
「閉所」には、未知の問題が隠されている。
それを知るための実験ということらしいが、私は、ごめん!

 それにしても、恐ろしい実験ではないか。
私はそう思った。


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