Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Tuesday, June 29, 2010

●老後論(後編)





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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 7月 28日
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選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【不安について】(What is the Anxiety?)

●不安の構造

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(こうしたい)(こうでありたい)という欲望や欲求。
その欲望や欲求に対して、障壁(障害)が現われたとき、
欲望や欲求は、不安へと変異する。
つまり障壁(障害)の一方にあるのが、欲望や欲求。
もう一方にあるのが、不安ということになる。
私たちは、日常的に、この不安にさらされている。
欲望や欲求が強ければ強いほど、不安は増大する。
そこで問題は、こうした不安を克服する方法は
あるかということ。
私のばあいを中心に、この問題について考えてみたい。

++++++++++++++++++++++++++

●不安の分析

 大村政男氏は、不安の(因子)を、つぎの24項目に分けている(心理学、ナツメ社)。
この表は、そのまま、自己診断のひとつの方法として、応用できる(P157)。

〔身体的症候群〕
(  )皮膚にできものができることが多い。
(  )しばしば尿意をもよおす。
(  )食欲不振なことが多い。
(  )緊張すると汗が出がちである。

〔集中力欠乏〕
(  )興味があれこれと変わりやすい。
(  )じっとしておられないほど、落ちつきを失うことがしばしばある。
(  )1つのことに気持ちを集中できないほうである。
(  )待たされるといらいらしてしまう。

〔自信欠乏〕
(  )一度決めたことでも、他人の意見ですぐ変わってしまう。
(  )人生にいつも重荷を感じている。
(  )自信がないために、ものをあきらめてしまうことがよくある。
(  )自分はまったく役に立たない人間と思うことが多い。

〔赤面恐怖〕
(  )なにかあると、顔がほてってくる。
(  )人に会うのがおっくうなほうである。
(  )大勢の人の前に立つと、赤面しがちである。
(  )恥ずかしがり屋である。

〔睡眠障害〕
(  )睡眠薬をのまないと、眠れないこともある。
(  )うなされて目を覚ますことが、ときどきある。
(  )よく寝言を言うと、言われる。
(  )眠りがいつも浅いうような感じがする。

〔取り越し苦労〕
(  )いつも緊張して生活している。
(  )なにかにつけて心配しがちである。
(  )他の人よりも神経過敏である。
(  )不幸なことが起こりはしないかとしばしば心配する。
(以上、大村政男氏による、診断項目。)

●自己診断 

 大村政男氏の因子論(前述)を使って、自己診断をしてみる。
で、これは私のばあいだが、自分では基底不安型の人間と思っていたが、意外と該当項目が
少ないのに、驚いた。

〔身体的症候群〕〔集中力欠乏〕〔自信欠乏〕〔赤面恐怖〕の4項目まで、該当なし。
〔睡眠障害〕については、慢性化しているというか、昼寝が習慣化しているため、さほど気に
ならない。

が、最後の〔取り越し苦労〕については、4項目中、ほぼ4項目とも、私に当てはまる。

 私は日常的に緊張している(?)。
それに心配性(しょう)。
神経過敏なところもあるし、将来についてよく心配する。
大村政男氏の診断方法によれば、典型的な〔取り越し苦労〕型タイプの人間ということになる。
実際、よく取り越し苦労をする。
ひとつのことを心配し始めると、それが勝手にどんどんとふくらんでいってしまう。
が、あとになって、それが取り越し苦労だったことを知る。
そういうことは、よくある。

●では、どうすればよいのか

 これは私のばあいだが、私はそういう弱点を、自分でもよく知っている。
そのためそういう状態になり始めたら、つぎのことに心がけるようにしている。
(1)重大な判断はくださない。
(2)ワイフに、自分の状態を聞く。
(3)ものを書いて、不安の中身を文章にして、たたき出す。
 もちろん気分転換も重要。

趣味に没頭する。
現在は、畑づくりと、ミニ・ヘリコプター、それに映画。
週に1度は、近くの温泉旅館で、温泉につかるようにしている。
しかし何よりも重要なことをは、「今の私は正常ではない」と、自分に言って聞かせること。
不安が勝手にふくらみ始めたら、「正常ではない」と、何度も心の中で繰り返す。
その場を静かにやり過ごす。

 というのも、脳のCPU(中央演算装置)がおかしくなってくるから、正常でないことに気
づくのは、たいへんむずかしい。
おかしくなりながら、「これが本当の私」と思ったり、「他人が不安でないほうがおかしい」と
思ったりする。

 ただ誤解しないでほしいことが、ひとつある。
私はいつもこうしてものを考え、パソコンを相手に文章を書いている。
それについて、「不安だから書いているのでは」と思う人がいるかもしれない。
が、これは楽しいから、そうしている。
不安だからしているのではない。
心の緊張感があるから、しているのでもない。
楽しい。
見知らぬ原野を散歩しているような楽しさである。

 そう言えば、ワイフもときどき、こう言う。
「よくもまあ、毎日ものを書いていて、タネ切れにならないわね」とか、「毎日考えてばかりいて、
頭がおかしくならない?」とか。

 タネ切れになることはない。
今でもそうだが、ひとつのことを書いていると、別のところからつぎつぎと、書きたいこと
がわいてくる。
それに「頭がおかしくならない?」については、たぶん、そうはならないと思う。
むしろ逆で、頭の中をモヤモヤした状態のままにしておくと、かえってイライラしてくる。
「便秘のときの腹のよう」と、私はワイフによく言うが、それに似たような状態になる。

 が、だからといって、私は不安に強いわけではない。
弱い。
だから若いころから、先手主義。
後手に回ったとたん、調子がおかしくなる。
その分だけ、よけいに不安になる。
つまり自分を、不安になるような状況に追い込まないようにしている。

 ……ということで、みなさんの参考になるかどうかはわからないが、私のことについて書
いてみた。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司
 BW はやし浩司 不安の構造 不安の診断 不安神経症 強迫観念 不安とは)

++++++++++++++++

不安を考えるとき、同時に思いつくのが、
強迫神経症と不安神経症。
それについて書いた原稿をさがしてみる。

++++++++++++++++

●強迫性障害

 一つのことに執着すると、そのことばかりが気になって、悶々と悩む。悩むだけならまだ
しも、それが原因となって、日常生活に支障が出るようになることがある。これを
「強迫性障害」という。

 ある女性(36歳)は、マンションの上の階の足音が気になってしかたなかった。夫は、「聞こえな
い」「たいしたこない」と言ったが、その女性には、聞こえた(?)。たまたま上の階の部屋と
自分の部屋の間取りが同じということもあった。その女性には、音だけではなく、上の階の
住人の生活ぶりまでが、すべて手に取るようにわかった。

 が、そのうち、その女性は、「(上の階の人が使う)掃除機の出す音がうるさい」と言いだす
ようになった。「掃除といっても、1日、1回程度なら、がまんできる。しかし1日、5回は多すぎ
る、と。

 その女性は、毎日、上の階の人がどのような騒音(?)を出すか、その内容と回数をノートに
記入するようになった。が、それだけではない。自分が買い物などで、家をあけるときには、
小学2年生になった息子に、その回数を数えさせた。

 息子は、その女性(母親)が帰ってくると、「今夜は、掃除機が1回で、洗濯機が1回……」
というように、報告していたという。
 そしてある日、その女性はそれらの記録をもって、上の階の住人のところへ怒鳴りこんで
いった……。

 そのあとどうなったかは、容易に想像がつくことと思う。

●ある学校で

 実は、こうした強迫性障害は、教育の世界でも、よく経験する。数年前のことだが、ある小
学校へ講演に行ったら、その学校の教師が、こんな話をしてくれた。

 その学級で、「よい子は、みんな、仲よし。友だちも、多い」というような内容の、学級通信を
出した。

 が、1人の母親が、これに猛反発した。たまたまその母親の子ども(小2女児)が、学校でい
じめにあい、仲間はずれにされていた。そのことを、その母親は、悩んでいた。

 その母親は、校長に、「うちの子は、よい子ではないのか!」と。「よい子とは何だ!」「仲よ
しって何だ!」「どうしてそれが学級の方針なのか!」と、くいさがった。

 拡大解釈と被害妄想。一言で言えば、そういうことになるが、その母親の怒りは、それで収
まらなかった。「子どもの人権問題だ」「名誉毀損だ」と。さらには「校長不適格」などとも言い
出したという。つまりその母親は、その問題に固執するあまり、自分の姿を見失ってしまっ
た。

 こうした強迫性障害の延長に、買い物依存症(女性に多い)や、パチンコ依存症、賭博(とば
く)依存症(男性に多い)がある。これらの依存症の人も、一つのことにこだわり始めると、
それが頭から離れなくなる。

●満足感を満たすため

 たとえば買い物依存症の女性にしても、「それがほしい」と一度思いこむと、あとは、明け
ても暮れても、考えることは、そのことばかりという状態になる。そして一度、それを買う
と、
その満足感と同時に、解放感を味わう。あとは、この繰りかえし。

 が、こうした強迫性障害の人に、悩みや苦しみがないかといえば、そうではない。

 悶々と、そのことに執着している間は、ふつうの人以上に、悩んだり苦しんだりする。「気
になってしかたない」というのは、苦しみである。

 またその問題が解決したからといって、実は、その苦しみから解放されるというわけでは
ない。たとえば買い物依存症の女性にしても、そのあと、今度は、強い自責の念にかられる。
「どうして買ってしまったんだろう」と。

 さらに病的になると、借金をしてまで、自分のほしいものを手に入れるようになる。こう
なると、あとは、奈落の底! こうして破産していく人は、少なくない。

 先の「掃除機の音がうるさい」と怒鳴りこんでいった女性のケースでは、当然のことながら、
そのあと、上の階の住人とは、険悪な関係になってしまった。当然である。が、運の悪いこと
に、上の階の住人は、そのマンションの中でも、指導的な立場にあった。以後、その女性が、マンションの
住民たちの間で、どのような扱いを受けたかについても、容易に想像がつくことと思う。

 で、そのあとのことだが、その女性と夫は、何度も、上の階の住人に謝罪に行ったが、受け
つけてもらえなかったという。

 ただ一度、こうした強迫性障害になった人は、そのつど、テーマを変えて、同じ障害になりや
すいと言われている。

 そのときは、上の階の住人の出す騒音であっても、それが解決すると、今度は、外を走る車
の騒音になったり、ここにあげた、学校通信の文面になったりする。さらにそれが子どもの
教育におよぶようになると、ことは、深刻になる。

 明けても暮れても、考えることは、子どもの成績ばかり……というようであれば、あなた
も、その強迫性障害を疑ってみたらよい。

(はやし浩司 強迫性障害 買い物依存症 依存症 育児ノイローゼ 強迫神経症 
強迫観念 強迫症)


【あなたの心診断―女性用】

 つぎの項目のうち、いくつか当てはまるようなら、強迫性障害を疑い、子育ての場で、子ど
もの心に影響を与えないように、注意する。
(  )かつて、買い物依存症など、何かの依存症になったことがある。
(  )ひとつのことが気になると、そのことばかり考えることがよくある。
(  )子どもに問題が起きると、先生や、子どもの友人に、原因を求める。
(  )かっとなると、見境なく行動してしまうことがあり、あとで後悔しやすい。
(  )被害妄想をもちやすく、ものごとを何でも悪いほうに解釈してしまう。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 不安の構造 強迫性障害 強迫性神経症 依存症 はやし浩司 被害
妄想 強迫観念 依存症)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【前号からのつづきです】

●運と確率

 老後は、この孤独との闘いといっても過言ではない。
病気になれば、なおさら。

 今では通りを歩いていて、半身不随になった老人を見かけるのは、珍しくない。
「明日は我が身」。
そういう老人を見かけるたびに、胸がつまる。
「自分は歩けるから、よかった」などとは、思わない。
遅かれ早かれ、私もああなる。
あなたもああなる。
時間の問題。
運と確率の問題。

 健康であっても、孤独との闘いはつらい。
いわんや、病気になったら……。
孤独感は、倍加する。
で、自らに問う。
「私には、それと闘う力はあるか?」と。

 答は、「NO!」。

●先細り感

 で、老後の最大の「敵」は、「先細り感」ということになる。
よりどころのない、「孤独感」といってもよい。
たまたま先週、過労が重なって、私は一過性の(?)、難聴になってしまった。
右耳は、もとから聞こえない。
そのときは、左耳が、聞こえなくなった。
ほとんど聞こえなくなってしまった。

 そのとき私が感じた孤独感には、相当なものがある。
すぐ床に入ったが、胸騒ぎがはげしく、なかなか寝つかれなかった。
もちろん助けは、ない。
まただれかに助けてもらえるような話でもない。
ひとり、ただひとり、じっとそれに耐えるしかなかった。
ゆいいつ、ワイフの言葉だけが、私を救った。

「これからは私があなたの耳になってあげるから」と。
それを聞いて、私はワイフの胸の中で、涙を流した。
しかしこうした先細り感は、この先、ふえることはあっても、なくなることはない。
それが「老後」ということになる。
 
●気力

 よく誤解されるが、また「まったくの誤解」と断言してよいが、老人になれば、
「死」を受け入れるようになるというのは、ウソ!
まったくのウソ!
むしろ「死」が近い分だけ、「死」を恐れるようになる。

 また老人は、「生きたい」という気力が弱くなると考えている人もいる。
が、これもウソ。
最後の最後では、死を受容することになる。
そのときは、そうかもしれない。
しかしそれまでは、まさに気力との闘い。
その気力は、負の一次関数的に減少していくのではない。
私の想像では、(つまり今までに、いろいろな人の死を見てきた範囲では)、
気力は、ある日突然、ガクンと音をたてて消える。
つまりそれまでは、気力はある。
気力がある以上、「生きたい」という気持ちは消えない。
10代や20代の人が、「生きたい」と思う程度、あるいはそれ以上に、
「生きたい」と思う。

●喪失感

 冒頭で、喪失感について書いた。
しかし「喪失感」というのは、私はまだ経験していない。
何かにつけ、自信がなくなってきた部分はある。
電話番号にせよ、一度では覚えられないときがある。
また聞いても、不安になるから、ものに書き留める。
ミスも多くなった。
しかしそれは喪失感ではない。

 さらに肉体についてもそうだ。
温泉などに行って、自分の肉体を鏡に映してみる。
そういうとき、自分のジジイ体型に、ときとしてゾッとするときがある。
が、だからといって、若い人の体型に戻りたいとは思わない。
たいへんぜいたくな話に聞こえるかもしれないが、もし神様か何かが、
私にこう言ったとする。

「もう一度、若い時代に戻してやろうか?」と。

 たぶん、今の私なら、それを断わるだろう。
「人生は一度で、たくさん」と。
あるいは、また振り出しから、人生を歩めと言われても、それは私にはできない。
肉体というより、今、私がもっている(思想)を、そのまま若い時代に持ち込める
なら、若い時代に戻りたい。

 しかし未熟で未経験で、かつ無知であるなら、肉体だけ若くしてもらっても、
うれしくない。

 ただ誤解してほしくないのは、私たちは、一方的にものを失っていくのでは
ないということ。
得るものも、ある。
そのひとつが、生きていることのすばらしさ。
それがわかるようになる。

 目が見える。
音が聞こえる。
歩ける。
話ができる。
そういったささいなひとつずつのことが、そのまま喜びとなって返ってくる。

●死の受容段階論

 それよりも今は、「時間がない」という焦燥感のほうが、強い。
いつか書いたように、大病で、「余命は1年」と言われたような状態。
「1年」であろうが、「15年」であろうが、それほど、ちがわない。
(私はもうすぐ63歳だから、平均寿命まで、残り15年ということになる。)

 以前、キューブラー・ロスの『死の受容段階論』について書いた。
その段階論を老人論にからめて書いた。

++++++++++++++++++

その原稿をさがしてみる。
日付は20018年の10月になっている。
この原稿を書いたときは、まだ私は若かった。
今、読みなおしてみると、それがよくわかる。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●キューブラー・ロスの『死の受容段階論』

 キューブラー・ロスの「死の受容段階論」は、
よく知られている。

「死」を受容する過程で、人はさまざまな反応を
示すが、それをキューブラー・ロスは段階論として
それを示した。

しかしこの「死の受容段階論」は、そのまま
「老人段階論」にあてはめることができる。

+++++++++++++++++++++

●キューブラー・ロスの「死の受容段階論」(「発達心理学」山下冨美代著、ナツメ社より)

キューブラー・ロスの「死の受容段階論」について。
ロスは、死に至る過程について、つぎの5期に分けて考えた。

(第1期) 否認……病気であることを告知され、大きなショックを受けたのち、自分の病
気は死ぬほど重いものではないと否認しようとする。

(第2期) 怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の健
康な人、家族で、医療スタッフに対する不平不満としても生ずる。

(第3期) 取り引き……回復の見込みが薄いことを自覚すると、神や医者、家族と取り引
きを試みる。祈ることでの延命や、死の代償として、何かを望む。

(第4期) 抑うつ……死期が近づくと、この世と別れる悲しみで、抑うつ状態になる。

(第5期) 受容……最後は平静な境地に至という。運命に身を任せ、運命に従い、生命の
終わりを静かに受け入れる。(以上、同書より)

●私の母のばあい

私の母のばあい、ひざに故障が起きて、歩くのもままならなくなったとき、
ひどく医者をうらんだ時期があった。

「どうして治らない」「どうして治せない」と。

つぎに自分が老いていくことを許せなかった時期もあった。
たとえば温泉に行くことについても、「恥ずかしいからいやだ」と、かたくなに、
それを拒んだりした。

つぎに自分が動けなくなったことに腹をたて、私の兄に、八つ当りをしたこともある。
兄をののしり、兄を理由もなく、叱ったりした。

が、それも一巡すると、(あるいはその前後から)、ちぎり絵に没頭するようになった。
一日中、部屋にこもって、ちぎり絵をしていた。

さらにこれは、私にも信じられないことだったが、私の家に来てからは、まるで別人の
ように、静かで、おとなしくなった。

ざっと、母の様子を振り返ってみた。
が、それ以前の母はというと、ふつうの女性以上に、勝気で虚栄心が強く、わがまま
だった。

こうした母の変化を順に並べてみると、キューブラー・ロスの「死の受容段階論」に、
恐ろしいほどまでに、当てはまるのがわかる。

(第1期) 否認……病気であることを告知され、大きなショックを受けたのち、自分の病
気は死ぬほど重いものではないと否認しようとする。
母は、毎日のように治療に専念するようになった。
病院通いのほか、知人、友人の勧めに応じて、いろいろな治療法を試みた。

(第2期) 怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の健
康な人、家族で、医療スタッフに対する不平不満としても生ずる。
が、治療の効果がないとわかると、一転、「どうして治らない!」と、周囲の人たちに当た
り散らすようになった。

(第3期) 取り引き……回復の見込みが薄いことを自覚すると、神や医者、家族と取り引
きを試みる。祈ることでの延命や、死の代償として、何かを望む。
もともと信心深い人だったが、ますます信仰にのめりこんでいった。

(第4期) 抑うつ……死期が近づくと、この世と別れる悲しみで、抑うつ状態になる。
一日中、部屋にこもって、ちぎり絵に没頭するようになった。

(第5期) 受容……最後は平静な境地に至という。運命に身を任せ、運命に従い、生命の
終わりを静かに受け入れる。
私の家に来てからは、すべてを観念したかのように、静かに、おとなしくなった。
デイサービスなど、一度とて、それを拒否したことはない。
センター(特別養護老人ホーム)へ入居するときも、すなおに入居した。

母だけの例で、すべての老人もそうであると考えるのは、もちろん正しくない。
しかしほかの老人たちの話を聞いても、それほど、ちがっていない。
つまりキューブラー・ロスの「死の受容段階論」は、そのまま、これから先の私たち自身
の老後の姿と考えてよい。

(第1期) 否認……老人であることを否定する。「私は、まだ若い」と主張する。
(第2期) 怒り……老人扱いする周囲に怒りを覚える。「老人を大切にしない」と怒る。
(第3期) 取り引き……若い人に妥協したり、媚びを売ったりする。
(第4期) 抑うつ……身体的な症状が顕著になってくると、うつ状態になる。
(第5期) 受容……老人であることを受け入れ、死に対する心の準備を始める。

この段階論で、自己分析を試みると、私は、現在(第1期)~(第2期)ということにな
る。
しかしこれも心の持ち方で、かなり変化する。
というのも、「老人というのは、自ら老人になるのではなく、周囲の人たちによって、老人
につくられていくから」である。
定年という制度も、そのひとつ。

同じ満60歳といっても、健康状態は、みなちがう。
肉体年齢や精神年齢にしても、そうだ。
そういう人たちを、ひとまとめにして、「定年」と決めるほうが、おかしい。
まちがっている。

55歳でヨボヨボの人もいれば、70歳でテニスのコーチをしている人もいる。
私も「あなたも定年の年齢になりましたね」と言われることくらい、不愉快なことはなか
った。
定年であるかどうか、もっと言えば、老人であるかどうかは、自分で決めること。
しかし世間全体が、大きな(波)の中で動いている。
私ひとりが、それに抵抗しても、その力は、弱い。
私もいつしか、……と書きたいが、実際には、このところ逆のパワーが強くなってきた。
「生きて、生きて、生き抜いてやる」というパワーが、大きく作用するようになった。
と、同時に、「私は老人である」という考えが、どんどんと薄れていった。

コツがある。

(1) 過去を振り返らない。
(2) 未来だけを見ていく。
(3) 他人に遠慮しない。

あえて(第1期)の否認や、(第2期)の怒りを、経験する必要はない。
身体的な不調がないわけではないが、それについては、運動で克服する。
これは私の経験だが、加齢とともに、運動量をふやすことは、とても重要なことである。
歳をとったから、運動量を減らすなどいうことをすれば、かえって老化を早めてしまう。

また「健康」といっても、3つある。

肉体の健康、精神の健康、それに脳みその健康である。

肉体の健康は、運動で。
精神の健康は、人と接することで。とくに子どもたちと接するのがよい。
また脳みその健康は、脳みそを刺激することで、それぞれ維持する。
具体的には、私夫婦は、つぎのように目標をかかげている。

(1) 1日、2単位の運動をする。
(2) 月に2回は、日帰りの旅行をする。
(3) 週に1度は、劇場で映画を見る。

「人(子ども)と接する」ことについては、私の仕事を利用させてもらっている。
最近は、ワイフも、いっしょに仕事をすることも多くなった。
さらに私のばあい、月に4~5回の講演活動をしているが、これはたいへん脳みその刺激
によい。
会場で1~2時間、大声でしゃべりつづけるだけでも、ボケ防止になるのでは(?)。

要するに、何もあわてて老人になることはない。
年齢という(数字)に影響を受ける必要もない。
またそんなものを気にしてはいけない。
「私は私」。
キューブラー・ロスの「死の受容段階論」は、あくまでも一般論。
何も、それに従う必要はない。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi Hamamatsu 林浩司 林 浩司 教育評論家 キューブラー ロス 死
の受容段階論 死の受忍 死の受容 死を受け入れる 老後段階論)

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

●終わりに

 つまり、今、私はそのキューブラー・ロスの段階論の過程の中にいる。
どの段階かということは言いにくい。
ばくぜんとしている。
あえて言うなら、(第1期)~(第3期)を経て、(第4期)にさしかかっている
ということか。

 で、最後に一言。

 また私はこうして否定的なことばかり書いてきたが、実際には、闘志が消えた
わけではない。
「70歳まで現役」を心に決めた。
またそのために、「今」どうあるべきかを、考えている。

 健康、精神、そして経済。
この3つの柱をどう組み立てていくか。
それぞれが大きな課題だが、私には選択の余地はない。
闘うしかない。
闘って、闘い抜くしかない。
そのあとのことは、私にもわからない。
あるいはその過程で、何があるか、私にもわからない。
「老後を生きる」というのは、私にとっては、そういうことになる。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 
BW はやし浩司 老後論 老後を生きる 老後の生き方)


【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


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