Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Sunday, July 11, 2010

●マガジン(7-12)相談より

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   10年 7月 12日
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【H幼稚園のみなさんからの、質問に答えて】

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H幼稚園での講演に先立ち、父母のみなさんから、
質問をいただきました。

それについて、考えてみます。

++++++++++++++++++++++++

【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ~。」
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか?

【3】兄弟の子育てについて。

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

+++++++++++++++++++++++

【1】講演会の中で説明があると思いますが、なぜ法学科を卒業し、その道に進まず
 幼児教育評論家になったのか。肩書きが非常に多いのですが、それぞれへの道を
 たどっていったきっかけをお聞きしたいです。

++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 これについては、今回の講演の中で、じっくりと話させていただきます。

【2】男の子3人兄弟の三男ですが、気に入らないことがあるとたたいてきます。
 たたくことは良くない事だよと言い聞かせても、私(母)が大げさに「痛いよ~。」
と泣きまねをしても、たたくことをやめません。どのように対応したらよいですか?

++++++++++++++++++

●子どもの欲求不満

 欲求不満に対する、子どもの反応は、一般的には次の三つに分けて考える。

 (1)攻撃、暴力タイプ……欲求不満やストレスが日常的にたまると、子どもは攻撃的
になる。突発的にカッとなることが多く、弟を逆さづりにして、頭から落とした子ども(年
長男児)がいた。そしてその攻撃性は、表に出るタイプ(喧嘩する。乱暴になる)と、裏
に隠れるタイプ(いじめ、動物への虐待)に分けて考える。

 (2)退行、依存タイプ……理由もなく、ぐずったり、赤ちゃんぽくなる(退行)。ある
いはネチネチと甘える(依存性)。優柔不断になることもある。このタイプの子どもは、い
わゆる「ぐずな子ども」という印象を与える。

 (3)固着、執着タイプ……いつまでも同じことにこだわったり、あるいは特定のもの
(毛布の切れ端、ボタン、古い雑誌、おもちゃ)に執着する。情緒的な不安定さを解消す
るための、代償的行為(心を償うためにする代わりの行為)と理解するとわかりやすい。
オナニー、髪いじり、指しゃぶり、爪かみも同じように考える。

 子どもがこうした症状を見せたら、まず愛情問題を疑ってみる。親や家族への絶対的な
安心感がゆらいでいないか。親の愛に疑問を抱いていないか。あるいは下の子どもが生ま
れたことなどで、その子どもへの愛が減っていないか、など。ここで「絶対的」というの
は、「疑いを抱かない」という意味。はげしい家庭内騒動、夫婦不仲、日常的な不安感、無
理な学習、きびしいしつけなどが原因となることもある。

よく誤解されるが、子どもにとって愛情というのは、落差の問題。たとえば下の子ども
が生まれると、上の子どもが赤ちゃんがえりを起こすことがある。そういうとき親は、「上
の子も下の子も、平等にかわいがっています」と言うが、上の子にしてみれば、今まで
一〇〇の愛情を受けていたのが、五〇に減ったことが、不満なのだ。特に嫉妬に関する
問題は、慎重に扱うこと。これは幼児指導の大原則。

 こうした欲求不満が原因で、情緒が不安定になったら、スキンシップをふやし、子ども
の心を安心させることに心がける。叱ったり説教しても意味がない。脳の機能そのものが、
変調しているとみる。また似たような症状に、「かんしゃく発作」がある。乳幼児の抵抗的
な行動(突発的なはげしい怒り)をいう。

たいていはささいな刺激が引き金となって、爆発的に起きる。デパートなどで、ギャー
ギャーと泣き叫ぶのが一例。原因の第一は、家庭教育の失敗とみる。ただし年齢によっ
て、症状が違う。一歳前後は、ダダをこねる、ぐずる、手足をバタバタさせるなど。一
歳半を過ぎると、大声で泣き叫び、その時間が長くなる。満二歳前後では、言葉による
抵抗、拒絶が目立つようになる。自分の体をわざと傷つけることもある。こうしたかん
しゃく発作が見られたら、家庭教育のあり方そのものを反省する。権威主義的(押しつ
け)な子育てや、強圧的(ガミガミ)な子育てになっていないかなど。「わがまま」と決
めつけて、叱っても意味がない。あるいは叱れば叱るほど、逆効果。あとは欲求不満に
準じて、対処する。
 
【はやし浩司より】

 根底に欲求不満があるのでは? そのあたりから疑って考えてみてはどうでしょうか。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【3】兄弟の子育てについて。

++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 テーマが、ばくぜんとしすぎていて、お答えできません。ごめんなさい。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【4】習い事(ピアノや水泳など)は本人の意思で始めた方が良いでしょうか?

++++++++++++++++++

●子どもの一芸論

 Sさん(中一)もT君(小三)も、勉強はまったくダメだったが、Sさんは、手芸で、
T君は、スケートで、それぞれ、自分を光らせていた。中に「勉強、一本!」という子ど
ももいるが、このタイプの子どもは、一度勉強でつまずくと、あとは坂をころげ落ちるよ
うに、成績がさがる。そういうときのため、……というだけではないが、子どもには一芸
をもたせる。この一芸が、子どもを側面から支える。あるいはその一芸が、その子どもの
身を立てることもある。

 M君は高校へ入るころから、不登校を繰り返し、やがて学校へはほとんど行かなくなっ
てしまった。そしてその間、時間をつぶすため、近くの公園でゴルフばかりしていた。が、
一〇年後。ひょっこり私の家にやってきて、こう言って私を驚かせた。「先生、ぼくのほう
が先生より、お金を稼いでいるよね」と。彼はゴルフのプロコーチになっていた。

 この一芸は作るものではなく、見つけるもの。親が無理に作ろうとしても、たいてい失
敗する。Eさん(二歳児)は、風呂に入っても、平気でお湯の中にもぐって遊んでいた。
そこで母親が、「水泳の才能があるのでは」と思い、水泳教室へ入れてみた。案の定、Eさ
んは水泳ですぐれた才能を見せ、中学二年のときには、全国大会に出場するまでに成長し
た。S君(年長児)もそうだ。

父親が新車を買ったときのこと。S君は車のスイッチに興味をもち、「これは何だ、これ
は何だ」と。そこで母親から私に相談があったので、私はS君にパソコンを買ってあげ
ることを勧めた。パソコンはスイッチのかたまりのようなものだ。その後S君は、小学
三年生のころには、ベーシック言語を、中学一年生のころには、C言語をマスターする
までになった。

 この一芸。親は聖域と考えること。よく「成績がさがったから、(好きな)サッカーをや
めさせる」と言う親がいる。しかし実際には、サッカーをやめさせればやめさせたで、成
績は、もっとさがる。一芸というのは、そういうもの。

ただし、テレビゲームがうまいとか、カードをたくさん集めているというのは、一芸で
はない。ここでいう一芸というのは、集団の中で光り、かつ未来に向かって創造的なも
のをいう。「創造的なもの」というのは、努力によって、技や内容が磨かれるものという
意味である。そしてここが大切だが、子どもの中に一芸を見つけたら、時間とお金をた
っぷりとかける。そういう思いっきりのよさが、子どもの一芸を伸ばす。「誰が見ても、
この分野に関しては、あいつしかいない」という状態にする。子どもの立場で言うなら、
「これだけは絶対に人に負けない」という状態にする。

 一芸、つまり才能と言いかえてもいいが、その一芸を見つけるのは、乳幼児期から四、
五歳ごろまでが勝負。この時期、子どもがどんなことに興味をもち、どんなことをするか
を静かに観察する。一見、くだらないことのように見えることでも、その中に、すばらし
い才能が隠されていることもある。それを判断するのも、家庭教育の大切な役目の一つで
ある。  


++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【はやし浩司より】

 これからはプロが生き残る時代です。そういうことを考えて、オールマイティな人間で
はなく、一芸に秀でた子どもをめざすとよいですよ。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【5】主人が育児に協力してくれません。食事も共にすることがほとんどありません。
 父親が子育てに関心を持つのは、どんな時ですか?

++++++++++++++++++

【父親論】

 父親の役割は、二つ、ある。(1)母子関係の是正と、(2)行動の限界設定である。こ
れは私の意見というより、子育ての常識。

●母子関係の是正

 母親と子どもの関係は、絶対的なものである。それについては、何度も書いてきた。

 しかし父親と子どもの関係は、「精液一しずくの関係」にすぎない。もともと母子関係と、
父子関係は平等ではない。

 その子ども(人間)のもつ、「基本的信頼関係」は、母子の間で、はぐくまれる。父子の
間ではない。そういう意味で、子育ての初期の段階では、子どもにとっては、母親の存在
は絶対的なものである。この時期、母親が何らかの理由で不在状態になると、子どもには、
決定的とも言えるほど、重大な影響を与える。情緒、精神面のみならず、子どもの生命に
も影響を与えることさえある。

 内乱や戦争などで、乳児院に預けられた赤ちゃんの死亡率が、きわめて高いということ
は、以前から指摘されている。

 では、父親の役割は、何か。

 父親の役割は、実は、こうした母子関係を調整することにある。母子関係は、ここにも
書いたように、絶対的なものである。しかしその「絶対性」に溺れてしまうと、今度は、
逆に、子どもにさまざまな弊害が生まれてくる。マザーコンプレックスが、その一つであ
る。

 一般論から言うと、父親不在の家庭で育った子どもほど、母親を絶対視するあまり、マ
ザーコンプレックス、俗にいう、マザコンになりやすい。40歳を過ぎても、50歳をす
ぎても、「ママ」「ママ」と言う。

 ある男性は、会社などで昇進や昇給があると、妻に話す前に、母親に電話をして、それ
を報告していたという。また別の男性(50歳)は、せとものの卸し業を営んでいたが、
収入は一度、妻ではなく、すべて母親(80歳)に手渡していたという。

 また、ある男性(53歳)は、「母の手一つで育てられました」と、いつも人に話してい
る。一度講演会で、涙声で、母に対する恩を語っているのを聞いたことがある。

 その男性は、その母と、自分の妻が家庭内で対立したとき、離婚という形で、妻を追い
だしたと聞いている。しかし自分の中の、マザコン性には、気づいていないようだ。

 常識で考えれば、おかしな関係だが、マザコンタイプの人には、それがわからない。そ
うすることが、子どもの務めと考えている。

 そしてマザコンタイプの子どもの特徴は、自分のマザコン性を正当化するために、母親
をことさら、美化すること。「私の母は偉大でした」と。そしてあげくの果てには、「産ん
でいただきました」「育てていただきました」「女手一つで、育てていただきました」と言
いだす。

 マザコンタイプの男性は、(圧倒的に男性が多いが、女性でも、少なくない)、親の悪口
や、批判を許さない。少し批判しただけで、猛烈に反発する。依存性が強い分だけ、どこ
かのカルト教団の信者のような反応を示す。(もともとカルト教団の信者の心理状態は、マ
ザコンタイプの子どもの心理と、共通している。徹底した隷属性と、徹底した偶像化。妄
信的に、その価値を信じこむ。)

 そこで父親の登場!

 こうした母子関係を、父親は、調整する。もっとわかりやすく言えば、母子関係の絶対
性に、クサビを入れていく。

 ここに母子関係と、父子関係の基本的なちがいが、ある。つまり母子関係は、子どもの
成長とともに、解消されねばならない。一方、父子関係は、子どもの成長とともに、つく
りあげていかねばならない。つまり、それが父親の役割ということになる。

 ……という話は、子育ての世界では、常識なのだが、しかし問題は、父親自身が、マザ
コンタイプであるとき。

 こういうケースでは、父親自身が、父親の役割を、見失ってしまう。いつまでも母親に
ベタベタと甘える自分の子どもをみながら、それをよしとしてしまう。そしてなお悪いこ
とに、それを代々と繰りかえしてしまう。

 問題は、そうした異常性に、母親や父親が、いつ、どのような形で、気づくかというこ
と。

 しかしこの問題は、脳のCPU(中央演算装置)の問題であるだけに、特別な事情がな
いかぎり、それに気づく母親や父親は、まずいない。(この原稿を読んだ方は、気づくと思
うが……。)

 そこで一つの方法として、私がここに書いたことを念頭に入れて、あなたの周囲の人た
ちを、見回してみてほしい。よく知っている親類の人とか、友人がよい。このタイプの人
が、何人かは、必ずいるはずである。(あるいは、ひょっとしたら、あなたや、あなたの夫
がそうであるかもしれない。)

 そういう人たちを比較しながら、自分の姿をさぐってみる。たとえば父親不在の家庭で
育った子どもほど、マザコン性をもちやすい。そういうことを手がかりに、自分の姿をさ
ぐってみる。
 
●行動の限界設定

 もう一つ、父親の大きな役割は、子どもの行動に、限界を設定すること。わかりやすく
言えば、行動規範を示し、いかに生きるべきか、その道徳的、倫理的規範を示すこと。さ
らにわかりやすく言えば、「しつけ」をすること。

 しかし、これはむずかしいことではない。

 こうした基本的なしつけは、ごく日常的な、ごく基本的なことから始まる。そして、こ
こが重要だが、すべてはそれで始まり、それで終わる。

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 さらに一歩進んで……

 家族は大切にする。
 家族は守りあう。
 家族は教えあう。
 家族はいたわり、励ましあう。

 さらに一歩進んで……

 自分の生きザマをつらぬく。
 
 こうした生きザマを、ごくふつうの家庭人として、ごくふつうの生活の中で、見せてい
く。見せるだけでは足りない。しみこませておく。そしてそれに子どもが反したような行
動をしたとき、父親は、それに制限を加えていく。

 こうした日々の生きザマが、週となり、月となり、そして年となったとき、その子ども
の人格となる。

 その基礎をつくっていくのが、父親の役目ということになる。

 一見簡単そうに見えるが、簡単でないことは、父親ならだれしも知っている。こうした
父親像というのは、代々、受けつがれるもの。その父親が作るものではないからである。

 そういう意味で父親から受ける影響は、無視できない。たとえばこんなことがある。

 私には、三人の息子がいる。年齢は、それぞれ、ちょうど三年ずつ、離れている。

 そういう三人の息子を比較すると、それぞれが、私のある時期の「私」を、忠実に受け
ついでいるのがわかる。(もちろん息子たち自身は、そうは思っていないが……。)

 一番特徴的なのは、それぞれの息子たちが、年長児から小学二、三年生にかけて私が熱
中した趣味を、受け継いでいるということ。

 長男がそのころには、私は、模型飛行機やエアーガン、その種のものばかりで遊んでい
た。だから、長男は、こまかいものを、コツコツと作るのが趣味になってしまった。

 二男のときは、パソコン。三男のときは、山荘作り。今、それぞれが、その流れをくむ
趣味をもっている。父親が子どもに与える影響というのは、そういうものと考えてよい。
みながみな、そうということでもないだろうが、大きな影響を与えるのは、事実のようだ。

 まあ、もしあなたがあなたの子どもを、よい人間に育てたいと思っているなら、(当然だ
が……)、まず、自分の身のまわりの、ごく簡単なことから、身を律したらよい。「あとで
……」とか、「明日から……」というのではない。今、この瞬間から、すぐに、である。

 この瞬間からすぐに、

 ウソをつかない。
 人と誠実に接する。
 約束やルールは守る。
 自分に正直に生きる。

 たったこれだけのことだが、何年かたって、あるいは何十年かたって、今のこの時を振
りかえってみると、この時が、子育ての大きな転機になっていたことを知るはず。

 ただし……。私は生まれが生まれだから、こういうことは、あえて努力しないと、でき
ない。ふと油断すると、ウソをついたり、自分を偽ったりする。へつらったり、相手の機
嫌をとったりする。そういう自分から早く決別したいと思うが、それが、なかなかむずか
しい。

 がんばろう! がんばりましょう! 父親の役割というのは、そういうもの。

【はやし浩司より】

 ここにあげた文章を読んでいただければ、(お父さんに、です)、少しは考え方を改めて
もらえるのではないかと思います。

++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【6】子育てで、一番大事だと思われることをずばり一言で教えて下さい。

++++++++++++++++++

●子どもをよい子にしたいとき 

●どうすれば、うちの子は、いい子になるの?

 「どうすれば、うちの子どもを、いい子にすることができるのか。それを一口で言って
くれ。私は、そのとおりにするから」と言ってきた、強引な(?)父親がいた。「あんたの
本を、何冊も読む時間など、ない」と。私はしばらく間をおいて、こう言った。「使うこと
です。使って使って、使いまくることです」と。

 そのとおり。子どもは使えば使うほど、よくなる。使うことで、子どもは生活力を身に
つける。自立心を養う。それだけではない。忍耐力や、さらに根性も、そこから生まれる。
この忍耐力や根性が、やがて子どもを伸ばす原動力になる。

●一〇〇%スポイルされている日本の子ども?

 ところでこんなことを言ったアメリカ人の友人がいた。「日本の子どもたちは、一〇〇%、
スポイルされている」と。わかりやすく言えば、「ドラ息子、ドラ娘だ」と言うのだ。

そこで私が、「君は、日本の子どものどんなところを見て、そう言うのか」と聞くと、彼
は、こう教えてくれた。「ときどきホームステイをさせてやるのだが、食事のあと、食器
を洗わない。片づけない。シャワーを浴びても、あわを洗い流さない。朝、起きても、
ベッドをなおさない」などなど。つまり、「日本の子どもは何もしない」と。反対に夏休
みの間、アメリカでホームステイをしてきた高校生が、こう言って驚いていた。「向こう
では、明らかにできそこないと思われるような高校生ですら、家事だけはしっかりと手
伝っている」と。ちなみにドラ息子の症状としては、次のようなものがある。

●ドラ息子症候群

(1)ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自
分を喜ばせるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりす
る。自分の思いどおりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを
許さない。いつも自分が皆の中心にいないと、気がすまない。

(2)ものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、
目標を定めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放
棄してしまう。ほしいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだ
らしなくなる。その場を楽しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費
的な行動が多くなる。

(3)ものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、
自分勝手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。

(4)バランス感覚が消える。ものごとを静かに考えて、正しく判断し、その判断に従
って行動することができない、など。

●原因は家庭教育に

 こうした症状は、早い子どもで、年中児の中ごろ(四・五歳)前後で表れてくる。しか
し一度この時期にこういう症状が出てくると、それ以後、それをなおすのは容易ではない。
ドラ息子、ドラ娘というのは、その子どもに問題があるというよりは、家庭のあり方その
ものに原因があるからである。また私のようなものがそれを指摘したりすると、家庭のあ
り方を反省する前に、叱って子どもをなおそうとする。あるいは私に向かって、「内政干渉
しないでほしい」とか言って、それをはねのけてしまう。あるいは言い方をまちがえると、
家庭騒動の原因をつくってしまう。

●子どもは使えば使うほどよい子に

 日本の親は、子どもを使わない。本当に使わない。「子どもに楽な思いをさせるのが、親
の愛だ」と誤解しているようなところがある。だから子どもにも生活感がない。「水はどこ
からくるか」と聞くと、年長児たちは「水道の蛇口」と答える。「ゴミはどうなるか」と聞
くと、「どこかのおじさんが捨ててくれる」と。

あるいは「お母さんが病気になると、どんなことで困りますか」と聞くと、「お父さんが
いるから、いい」と答えたりする。生活への耐性そのものがなくなることもある。友だ
ちの家からタクシーで、あわてて帰ってきた子ども(小六女児)がいた。話を聞くと、「ト
イレが汚れていて、そこで用をたすことができなかったからだ」と。そういう子どもに
しないためにも、子どもにはどんどん家事を分担させる。子どもが二~四歳のときが勝
負で、それ以後になると、このしつけはできなくなる。

●いやなことをする力、それが忍耐力

 で、その忍耐力。よく「うちの子はサッカーだと、一日中しています。そういう力を勉
強に向けてくれたらいいのですが……」と言う親がいる。しかしそういうのは忍耐力とは
言わない。好きなことをしているだけ。幼児にとって、忍耐力というのは、「いやなことを
する力」のことをいう。たとえば台所の生ゴミを始末できる。寒い日に隣の家へ、回覧板
を届けることができる。風呂場の排水口にたまった毛玉を始末できる。そういうことがで
きる力のことを、忍耐力という。

こんな子ども(年中女児)がいた。その子どもの家には、病気がちのおばあさんがいた。
そのおばあさんのめんどうをみるのが、その女の子の役目だというのだ。その子どもの
お母さんは、こう話してくれた。「おばあさんが口から食べ物を吐き出すと、娘がタオル
で、口をぬぐってくれるのです」と。こういう子どもは、学習面でも伸びる。なぜか。

●学習面でも伸びる

 もともと勉強にはある種の苦痛がともなう。漢字を覚えるにしても、計算ドリルをする
にしても、大半の子どもにとっては、じっと座っていること自体が苦痛なのだ。その苦痛
を乗り越える力が、ここでいう忍耐力だからである。反対に、その力がないと、(いやだ)
→(しない)→(できない)→……の悪循環の中で、子どもは伸び悩む。

 ……こう書くと、決まって、こういう親が出てくる。「何をやらせればいいのですか」と。
話を聞くと、「掃除は、掃除機でものの一〇分もあればすんでしまう。買物といっても、食
材は、食材屋さんが毎日、届けてくれる。洗濯も今では全自動。料理のときも、キッチン
の周囲でうろうろされると、かえってじゃま。テレビでも見ていてくれたほうがいい」と。

●家庭の緊張感に巻き込む

 子どもを使うということは、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。親が寝そべってテレ
ビを見ながら、「玄関の掃除をしなさい」は、ない。子どもを使うということは、親がキビ
キビと動き回り、子どももそれに合わせて、すべきことをすることをいう。たとえば……。
 あなた(親)が重い買い物袋をさげて、家の近くまでやってきた。そしてそれをあなた
の子どもが見つけたとする。そのときさっと子どもが走ってきて、あなたを助ければ、そ
れでよし。しかし知らぬ顔で、自分のしたいことをしているようであれば、家庭教育のあ
り方をかなり反省したほうがよい。

やらせることがないのではない。その気になればいくらでもある。食事が終わったら、
食器を台所のシンクのところまで持ってこさせる。そこで洗わせる。フキンで拭かせる。
さらに食器を食器棚へしまわせる、など。

 子どもを使うということは、ここに書いたように、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。
たとえば親が、何かのことで電話に出られないようなとき、子どものほうからサッと電話
に出る。庭の草むしりをしていたら、やはり子どものほうからサッと手伝いにくる。そう
いう雰囲気で包むことをいう。何をどれだけさせればよいという問題ではない。要はそう
いう子どもにすること。それが、「いい子にする条件」ということになる。

●バランスのある生活を大切に

 ついでに……。子どもをドラ息子、ドラ娘にしないためには、次の点に注意する。(1)
生活感のある生活に心がける。ふつうの寝起きをするだけでも、それにはある程度の苦労
がともなうことをわからせる。あるいは子どもに「あなたが家事を手伝わなければ、家族
のみんなが困るのだ」という意識をもたせる。(2)質素な生活を旨とし、子ども中心の生
活を改める。(3)忍耐力をつけさせるため、家事の分担をさせる。(4)生活のルールを
守らせる。(5)不自由であることが、生活の基本であることをわからせる。そしてここが
重要だが、(6)バランスのある生活に心がける。

 ここでいう「バランスのある生活」というのは、きびしさと甘さが、ほどよく調和した
生活をいう。ガミガミと子どもにきびしい反面、結局は子どもの言いなりになってしまう
ような甘い生活。あるいは極端にきびしい父親と、極端に甘い母親が、それぞれ子どもの
接し方でチグハグになっている生活は、子どもにとっては、決して好ましい環境とは言え
ない。チグハグになればなるほど、子どもはバランス感覚をなくす。ものの考え方がかた
よったり、極端になったりする。

子どもがドラ息子やドラ娘になればなったで、将来苦労するのは、結局は子ども自身。
それを忘れてはならない。

+++++++++++++++++++++

【はやし浩司より】

 以前、同じような質問をもらったときに書いた原稿です。参考にしていただければ、う
れしいです。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司※

●頭のよい子ども

 現在、BW教室に、NG君という子どもがいる。まだ小学1年生である。

 私は今までに、数多くの、いわゆる「頭のよい子ども」を見てきた。小学4、5年生時
に、中学3年生の勉強を終えてしまった子どもなど。しかしNG君は、その中でも、とく
に秀でている。

 現在は、小学3年生のクラスで教えているが、実際には、小学4、5年生のクラスに入
れてもよいと考えている。ただ、まだ小学1年生である。高学年のクラスは、夜になるの
で、体力に無理。……ということで、小学3年生のクラスで教えている。

 たとえばあなたなら、つぎの問題を、何分くらいで解けるだろうか。ちょっと、あなた
自身の(算数力)を試してみてほしい。

+++++++++++++++++++++++

【問題】

 ABCAB x 9 = DDDDDD

 A、B、C、Dはすべて異なる数字である。A、B、C、Dは、それぞれ、いくつか?

+++++++++++++++++++++++

 問題の出典は、「頭がよくなる数学パズル」(逢沢明著、PHP文庫)。(類題、KY学院
中等部)とある。つまりKY学院中等部の入試問題として、出された問題である。

 この程度の問題なら、NG君は、10分程度(あるいはそれ以下)で解いてしまう。彼
が解いた、その解答用紙を、コピーして、ここに添付しておく。

 念のため申し添えるなら、私は、いっさいのヒントを与えていない。「やってみたら?」
と声をかけたら、「やってみる」と言って、解き始めた。「まさか?」と思っていたが、「で
きたよ」と言ってもってきたので、見た。驚いた。

 現実にこういう子どもがいる。しかし今の日本の教育制度では、こういう子どもをさら
に伸ばすシステムそのものがない。それを、「日本の損失」と言わずして、何という。

 YG君の解いた解答用紙は、
 http://bwhayashi.fc2web.com/page043.html#
頭のよい子ども
 に収録しておいた。
(05年10月14日記)
(はやし浩司 頭のよい子ども 頭のよい子供 天才 天才児 英才 英才教育)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●今、反米は、まずい!

++++++++++++++++++

管総理大臣になって、少しほっとした。
つまり民主党(小沢政権)は、あまりにも
反米的だった。
「脱・アメリカ追従外交」を、前面に押し出し、
その一方で、親中国寄りの政策を重ねた。

たしかに日本は、アメリカに依存しすぎている。
それはわかる。
しかし今、ここで、反米は、ま・ず・い。
時期尚早。

8年前……2002年ごろ、私はこんな原稿を
書いていた。
今、読み返すと、「これを書いたころと比べると、
やや穏健派になったかな?」と思う。
しかし基本的には、あまり変わっていない。
日本を取り巻く国際情勢も、あまり変わっていない。

++++++++++以下、2002年10月に書いた原稿より+++++++++++

【国際情報誌・雑誌「S」】

 毎月2回発売の、情報誌「S」(10月26日号)を買う。どこか右翼的、かつ過激なと
ころが、おもしろい。ときどき、買う。値段は、420円。

 今月号は、題して、「アメリカの凋落(ちょうらく)」。表紙に、デカデカと、そう書いて
ある。副題は、「化けの皮がはがれた」と。

 順にみてみよう。

(1)「世界初! 男性器移植手術に成功」

 中国の人気番組の報道に、雑誌「S」は、「?」をつける。「怪しい」と。中国で、世界
初の、男性器移植手術が成功したという。それについて、「日本のヤラセ番組はひどいが、
中国のは、もっとひどい」と。

(2)アメリカの凋落

 「治安も防災も経済も! 小泉ニッポンが頼る唯一の超大国のもう一つの真実を暴く」
と、そこにはある。ハーバード大学のJ・フランケルの論文が、冒頭を飾る。

 要は、「ブッシュの失政が、ドルの大暴落につながる可能性がある」という内容のもの。
これはまあまあ、読める、まともなコラム。

 が、つづく、日本人ジャーナリスト、YB氏のエッセーには、驚いた。そこには、こう
ある。

(3)アホでマヌケなアメリカ白人

 「巨根、巨乳に憧れる、アホでマヌケな、これが平均的アメリカ白人の実像だ」と。

 わざわざ、「アメリカ白人」と断っているところが、憎い。アメリカ在住の、日本人やア
ジア人は、そうでないと言いたいらしい。しかしそれにしても、「アホでマヌケな……」と
は!

 あとは、これでもか、これでもか……と、アメリカの悪口がつづく。これを書いた、Y
B氏は、自分のことを、こう書いている。「初めての渡米以来、私は30年以上アメリカと
つき合ってきたが……」(冒頭)と。

 YB氏は、アメリカとどうつき合ってきたのだろうか。「アメリカ人とつき合ってきた」
というのなら、話はわかる。それにもし、つき合ってきたアメリカ人たちが、このYB氏
のエッセーを読んだら、どう思うだろうか。(きっと、怒るぞ!)

 ところで、アメリカでは、肥満について、公の場所で、意見を述べるのは、タブー視さ
れている。(アメリカと30年以上もつきあってきたのなら、こんなことを、知らないはず
はないのだが……。)「肥満」を口にしただけで、彼らは、それを「差別」ととらえる。そ
れを、YB氏は、堂々と、太ったアメリカ人を酷評したのち、「ここまでくると、悲劇であ
ると同時に喜劇であり、思考も行動も破綻していると言わざるをえない」と書いている。

 もしこんなことをアメリカで、英文で書けば、その人は、ピストルで射殺されるかもし
れない。書いたのが、日本人とわかれば、日本人排斥運動につながるかもしれない。

 ……ということを感じたのが、雑誌「S」は、つぎにアメリカ人自身が書いた本を、紹
介している。

(4)『デブの帝国』

 書いたのは、G・C氏。アメリカ人。タイトルは、『デブの帝国』。

 そこで私は、「デブ」の英語は何になっているか、原題を本誌の中でさがしてみたが、欄
外に、さがさなければ見えないほど小さな文字で、それはあった。原題は、「Fat La
nd」である。

「デブ」という言葉は、少なくとも教育の世界では、使用禁止用語になっている。つま
り「デブ」というのは、それを日本語に訳した、日本人がつけた言葉である。

 そこで原書を検索して、調べてみた。

 案の定、訳者は、かなり偏見をもって、「デブの帝国」と訳していることがわかった。原
題は、『Fat Land』(ISBN: 0618380604)。しかも1冊3ドル16セントの、ペーパ
ーバック本。この本は、「米国糖尿病協会から、絶賛された」と紹介してあるが、ホントか
な?

 どうして「Fat Land」が、日本では、「デブの帝国」なのか? しかもちゃんと
した本ではなく、1冊、400円弱のペーパーバック。「Fat Land」は、「太った
国」程度の意味しか、ない。そんな本をネタに、インタビュー・構成とかで、雑誌「S」
は、3ページもさいている。どこかに、編集長の悪意を感ずる……。

(5)学校崩壊

 さらにアメリカたたきの記事はつづく。19ページからは、「生徒にお金を払って学校に
来てもらう、ハイスクール・メルトダウンの、とてもヤバイ話」と。

 ●年間31件の校内殺人事件が発生、●高校男子32%女子25%が麻薬入手の経験あ
り、●貧富の差が生み出す教育格差、●落ちこぼれ救済法でも進まない教育改革……と。

 アメリカの教育を批判する人が、必ずとりあげるテーマが、これらの問題である。しか
しアメリカへ行ってみるとわかるが、アメリカには、アメリカ人というアメリカ人は、い
ない。

 もともと移民国家。白人もいれば、黒人もいる。ヒスパニックもいれば、アジア人もい
る。そういう意味では、アメリカは、世界の縮図。どこか単一民族国家の日本とは、基本
的な部分で、大きくちがう。その(ちがい)を忘れて、アメリカの教育を論ずることはで
きない。

 大都会の、公立高校だけを見て、それがアメリカの高校と考えるのは、それは少し危険
すぎるのではないのか。アメリカといっても、アジア全土を含めるほどの広さがある。私
は幸か不幸か、田舎の州の、田舎の学校しか知らない。が、私が見たところ、みな、よい
教育を実践している。

(6)中東民主化ドミノ構想の幻想

 「アラブの現実を知れば、ブッシュ政権の民主化構想の粗末さがわかる」と、そこには
ある。

 この記事については、いろいろ書きたいことがあるので、また別の機会に考えることに
して、ここまで「アメリカたたき」がつづくと、読んでいるほうも、ウンザリする。まる
でK国の雑誌社が発行している雑誌のようでもある。(K国には、こうした雑誌を発行する
だけの言論の自由さえないが……。)

 結局は、この雑誌「S」は、何が言いたいのだろう……とまで、私は考えてしまった。
もとから反米色の濃い雑誌であることは知っていた。つづく(7)には、「ついにニューヨ
ーク・タイムズまで書き出した、ドル暴落Xデー。これだけの真実味」とある。

 「アメリカは、あれこれも、悪い。内部はメチャメチャだ」と、まるで、そうなること
をおもしろおかしく、楽しみにしているような雰囲気さえある。もしドルが大暴落したら、
そのまま日本の円も大暴落する。アメリカは風邪程度ですむかもしれないが、日本は、そ
のまま肺炎になってしまう。

 そこで(8)(9)と、「そうしたアメリカに追従する日本の愚かさ」を指摘している。「海
外から、下流をまねする(日本の)若者たち」というのも、その一つ。

 ホントにそうだろうか? たしかにそういう誤解を招きやすい若者がいるかもしれない
が、それは見た目だけの話。私も、いくつかのBLOGを使って、そういう若者と意見を
かわしているが、みな、それぞれ、真剣に自分のことを考えている。

(9)では、あのK・S氏までが、「9・11と、ハリケーン直撃で、アメリカが直面す
る自我崩壊の危機」というコラムを書いている。「いよいよアメリカは正義の国であると
いう自己欺瞞によって維持されてきた自我が崩壊する危険性がある」と。

 アメリカがどういう国であれ、戦後の日本の平和と安定を守ったのは、アメリカ軍であ
る。日本は、カイロ宣言、ヤルタ協定、そしてポツダム宣言を経て、敗戦へと導かれた。
が、その間、日本周辺の国々は、静かにその日を待っていたわけではない。

 中国は、「沖縄(琉球)は、カイロ宣言をもとに、中国に返還されるべきである」と説き、
そのあと、毛沢東(中国)、金日成(K国)、ホーチミン(ベトナム)の、いわゆる三大共
産主義指導者たちは、一室に集まり、日本攻略の策を、着々と練りつつあった。ソ連のス
ターリンにしても、そうである。

 もし戦後、アメリカ軍が日本に進駐していなかったら、日本は、これらの国々の攻撃を、
繰りかえし受けていたであろう。つまり日本は、戦前から敗戦にかけて、そういうことを
されてもしかたないようなことを、日本の外でしてしまった。

 これに対して、日本をボロボロにしてしまったのは、アメリカ自身ではないかと主張す
る人たちがいる。

 「日本がアメリカによって、ボロボロにされなければ、中国、K国、ベトナムなど、も
のの数ではない」と。

 しかしアメリカはあれだけの物量作戦を展開しながらも、ベトナムには負けた。K国で
も、3万6000人近い、アメリカ兵を失った。日本が中国と戦争をあのまましつづけて
いたら、それこそ、今ごろ、日本は、どうなっていたことやら。考えるだけで、ぞっとす
る。

 「負けてよかった」と言っているのではない。あの戦争は、もともと無理な戦争であっ
た。無理というより、メチャな戦争であった。ほんの一部の、軍事独裁者たちのおかげで、
300万人もの、日本人が犠牲になってしまった。同時に、300万人もの、外国人も犠
牲にしてしまった。

 いまだに、反日感情が、日本の周辺で燃えさかっているのは、そのせいではないのか。

 そういう日本を相手にして、今まさに、K国は、着々と、核兵器を生産している。何度
も繰りかえすが、K国は、「核兵器は、日本向けのもの」と、公言してはばからない。

 そういう脅威を目の前にして、今ここで、同盟国アメリカをこきおろして、それにどう
いう意味があるというのか。もっとも雑誌「S」の論調は、もっとすさまじい。

 「アメリカは、経済的利益を獲得するために、日本人の精神を侵略してくる」(K・Y氏・
同誌)と。

 あのね、アメリカは、日本など、相手にしていませんよ。

私はこういう意見を読むたびに、こういうことを言う人たちは、アメリカのどこを見て
そう言うのか、それを知りたい。それはちょうど、K国のあの独裁者が、「日本は、K国
侵略を、虎視眈々(こしたんたん)とねらっている」と言うのを思い出す。

 日本は、K国など、相手にしていない。相手にしたくもない。

 被害妄想もよいところ。そんなことは、ほんの少しだけ、アメリカに視点を置いてみれ
ばわかるはず。少し前、……といっても、20年ほど前だが、台湾や香港のジャーナリス
トたちは、さかんに、「日本文化の侵略論」を説いていた。しかし当時、そして今でも、そ
んなことを考えながら行動していた日本人は、どこにいたのか?

 あえて言うなら、現在の、「韓流ブーム」「台流ブーム」こそ、逆侵略ではないのか……
ということになる。

 さらに「アメリカは、日本を、第51番目の州にしようとしている」と説く人も多い。
私がアメリカ人なら、日本に求められても、断るだろう。いわんや、「アホでマヌケなアメ
リカ人」(「S誌」)に、そんな高尚な政治的戦略など、あるはずもないのでは(?)。

 以上、雑誌「S」の「アメリカの凋落」を読んで、思いついたまま、書いてみた。

 最後に一言。

 今、日本のそこにある脅威は、K国の核兵器である。まともな国ではないだけに、ああ
いう国が、核兵器をちらつかせるようになったら、どうなるか? 勇ましい民族主義的国
家論も結構だが、拉致問題ひとつ解決できない日本が、どうしてK国の核兵器問題を解決
できるというのか。

 真正面から戦争でもするつもりなら、話はわかるが、日本は、あんな国など相手にして
はいけない。その価値もない。

 悲しいかな、経済的には大国でも、日本は、政治的には、小国。発展途上国である。そ
の事実を忘れて、いくら偉そうなことを言っても、はじまらない。が、それでもわからな
ければ、あなた自身の子どもが、戦争に行く姿を、今、ここで思い浮かべてみることだ。

 そこを原点にものを考えてみれば、今の日本がどうあるべきか、それがわかるはず。

+++++++++++++++++++++

アメリカをこきおろすばかりではいけない。
学ぶべき点も多いはず。
それについて書いたのが、つぎの原稿です。

ハリウッド映画だけを見て、アメリカを判断
しないでほしいと言ったのは、私の友人の
B君です。

+++++++++++++++++++++

+++++++++++++++++++++++++++++

ついでに、アメリカの大学についても、レポートしてみた。世界の教育がどういう方向
に向かっているかがわかれば、少しは考え方も変わるかもしれない。

 なおこの記事そのものは、数年前に書いたものです。ここに書いた「ところ天方式人事」
は、外部から教授を招くという方式で、改善されつつある。が、「じゅうぶんではない」(田
丸先生)とのこと。

+++++++++++++++++++++++++++++

●アメリカの大学生

 たいていの日本人は、日本の大学生も、アメリカの大学生も、それほど違わないと思っ
ている。また教育のレベルも、それほど違わないと思っている。しかしそれはウソ。恩師
の田丸先生(東大元教授)も、つぎのように書いている。

「アメリカで教授の部屋の前に質問、討論する為に並んで待っている学生達を見ると、質
問がほとんどないわが国の大学生と比較して、これは単に風土の違いで済む話ではないと、
愕然(がくぜん)とする」と。

 こうした違いをふまえて、さらに「ノーベル化学賞を受けられた野依良治教授が言われ
ている。『日米の学位取得者のレベルの違いは相撲で言えば、三役と十両の違いである』と」
とも(〇二年八月)。もちろん日本の学生が十両、アメリカの学生が三役ということになる。

 私の二男も〇一年の五月に、アメリカの州立大学で学位を取って卒業したが、その二男
がその少し前、日本に帰国してこう言った。

「日本の大学生はアルバイトばかりしているが、アメリカでは考えられない」と。アメ
リカの州立大学では、どこでも、毎週週末に、その週に学んだことの試験がある。そし
てそれが集合されてそのままその学生の成績となる。そういうしくみが確立されている。
そのため教える側の教官も必死なら、学ぶ側の学生も必死。学科どころか、学部のスク
ラップアンドビュルド(廃止と創設)は、日常茶飯事。教官にしても、へたな教え方を
していれば、即、クビということになる。

 ここまで日本の大学教育がだらしなくなった原因については、田丸先生は、「教授の怠慢」
を第一にあげる。それについては私は門外漢なので、コメントできないが、結果としてみ
ると、驚きを超えて、あきれてしまう。

私の三男にしても、国立大学の工学部に進学したが、こう言っている。「勉強しているの
は、理科系の学部の学生だけ。文科系の学部の連中は、勉強のベの字もしていない。と
くにひどいのが、教育学部と経済学部」と。理由を聞くと、こう言った。「理科系の学部
は、多くても三〇~四〇人が一クラスになっているが、文科系の学部では、三〇〇~四
〇〇人が一クラスがふつう。ていねいな教育など、もとから期待するほうがおかしい」
と。

 日本の教育は、文部省(現在の文部科学省)による中央管制のもと、権利の王国の中で、
安閑としすぎた。競争原理はともかくも、まったく危機感のない状態で、言葉は悪いが、
のんべんだらりと生きのびてきた。とくに大学教育では、教官たちは、「そこに人がいるか
ら人事」(田丸先生)の中で、まさにトコロ天方式で、人事を順送りにしてきた。何年かす
れば、助手は講師になり、講師は助教授になり、そして教授へ、と。それはちょうど、水
槽の中にかわれた熱帯魚のような世界と言ってもよい。温度は調整され、酸素もエサも自
動的に与えられてきた。田丸先生は、さらにこう書いている。

 「私の友人のノーベル賞候補者は、活発な研究の傍(かたわ)ら、講義前には三回はく
り返し練習をするそうである」と。

 日本に、そういう教授はいるだろうか。

 グチばかり言っていてはいけないが、いまだに文部科学省が、自分の権限と管轄にしが
みつき、その範囲で教育改革をしようといている。もうそろそろ日本人も、そのおかしさ
に気づくべきときにきているのではないのか。明治の昔から、日本人は、そういうのが教
育と思い込んでいる。あるいは思い込まされている。その結果、日本は、日本の教育はど
うなった? いまだに大本営発表しか聞かされていないから、欧米の現状をほとんど知ら
ないでいる。中には、いまだに日本の教育は、世界でも最高水準にあると思い込んでいる
人も多い。

 日本の教育は、今からでも遅くないから、自由化すべきである。具体的に、アメリカの
常識をここに書いておく。

アメリカの大学には、入学金だの、施設費だの、寄付金はいっさいない。
アメリカの大学生は、入学後、学科、学部の変更は自由である。
アメリカの大学生は、より高度な教育を求めて、大学間の移動を自由にしている。つまり
大学の転籍は自由である。
奨学金制度、借金制度が確立していて、アメリカの大学生は、自分で稼いで、自分で勉強
するという意識が徹底している。
毎週週末に試験があり、それが集合されて、その学生の成績となる。
魅力のない学科、学部はどんどん廃止され、そのためクビになる教官も多い。教える教官
も必死である。教官の身分や地位は、保証されていない。
成績が悪ければ、学生はどんどん落第させられる。

 日本もそういう大学を、三〇年前にはめざすべきだった。私もオーストラリアの大学で
それを知ったとき、(まだ当時は日本は高度成長期のまっただ中にいたから、だれも関心を
払わなかったが)、たいへんなショックを受けた。ここに「今からでも遅くない」と一応、
書いたが、正直に言えば、「遅すぎた」。今から改革しても、その成果が出るのは、二〇年
後? あるいは三〇年後? そのころ日本はアジアの中でも、マイナーな国の一つとして、
完全に埋もれてしまっていることだろう。

田丸先生は、ロンドン大学の名誉教授の森嶋通夫氏のつぎのような言葉を引用している。

「人生で一番大切な人間のキャラクターと思想を形成するハイテイーンエイジを入試の
ための勉強に使い果たす教育は人間を創る教育ではない。今の日本の教育に一番欠けて
いるのは議論から学ぶ教育である。日本の教育は世界で一番教え過ぎの教育である。自
分で考え自分で判断するという訓練がもっとも欠如している。自分で考え、横並びでな
い自己判断のできる人間を育てる教育をしなければ、二〇五〇年の日本は本当にだめに
なる」と。 

問題は、そのあと日本は再生するかどうかだが、私はそれも無理だと思う。悲観的なこ
とばかり書いたが、日本人は、そういう現状認識すらしていない。とても残念なことだ
が……。


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