Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Monday, March 18, 2013

コンピューターで作られた仏像byはやし浩司


【謎の点と線、2013年03月18日号】

 

231 Another Evidence of Aliens

エイリアンのもうひとつの物的証拠

(日本語版+追加版)ガンダーラの仏像は、CAD製という決定的証拠

エイリアンがかつて人間の近くにいたという物的証拠をお見せします。

 

Here in this video I show you that Aliens or ET’s were just beside human-beings. They were called “God” or “Buddha” by human beings. Here is another evidence.

 

ガンダーラの仏像は、コンピュータで作られていた(決定的証拠)

 

Three Buddhas, made with the same Data Base

(同じデータ・ベースで作られた3体の仏像)

 

Sitting Buddha and Standing Buddha in Tokyo National Museum were made on exactly the same Data Base, which I show you in this video. And another one, too. Or these facts indicate that these two Buddhas were made with such a device as a computer, since they had no choice but to use their own data base as to the hair of the sculptures. It is impossible to card each hair as it is, for it is too fine and complicated.

 

東京国立博物館の釈迦座像と釈迦立像は、まったく同じデータベースを使って作られていました。さらにもう1体。それをこのビデオの中で証明します。また日本語版の中では、ガンダーラ仏像がコンピュータで作られたという、決定的な証拠をお見せします。

 

Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司

 


 

http://youtu.be/-LbSmRYcjZY

 

Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司

 

【231+229】

 

 

 

 

 

Hiroshi Hayashi++++++++++++はやし浩司

 

釈迦は自分の仏像を作るのを禁止しました。

そのため釈迦仏像がはじめて世に出てくるのは、2~3世紀ごろのことです。

その最初のころの仏像が、ここにあげた3体の仏像です。

これら3つの仏像は、明らかにコンピュータを使って作られています。

その事実を、みなさんにお見せします。

 

では、なぜ髪の毛なのかという問題があります。

答えは簡単です。

というのも、体のほかの部分は、3Dカメラのようなもので撮影し、簡単にデータベースを作ることができます。

しかし髪の毛だけは、データベース化することができません。

髪の毛だけは、細くて複雑だからです。

彫刻で1本1本を表現するのは、不可能だからです。

そこでエイリアンたちは、手持ちのデータベースを、頭にコピー・ペイストするという方法をとりました。

(またそれ以外に、髪の毛を表現する方法がありません。)

髪の毛を見れば、それがコンピュータで作られたかどうかを、判断することができます。

だから「髪の毛」なのです。

 

3つの仏像は、まったく同じパターンの髪の毛をもっています。

100%同じです。

100%です!

事実かどうかは、みなさん自身で判断してください。

(乱数が掛けてありますから、太さ、カーブの位置などは、微妙にちがいますが、基本的なパターンは、まったく同じです。

どうかみなさん、その事実を、自分で確認してください。

 

No one is allowed to use my ideas without my name and permission.

I thank you for your attention.

許可なく、アイデアの転用、流用、盗用を禁止します。

 

はやし浩司

Hiroshi Hayashi

 

March19th  2013

Hamamatsu-city, Japan

 

Hiroshi Hayashi+++++March.2013+++++はやし浩司・林浩司

 

 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 

神も仏も、もとは、ひとつ

 

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 

○Kレストラン

 

 近くに、「K」というレストランがある。

最近、そのレストラン(個人経営)が、長期休業に入った。

つまり閉店した。

家賃が30万円(月額)と聞いていた。

従業員も、1~2人いた。

いつも通っていたが、最後に、生の鶏肉を食べさせられ、そのあと、足が遠のいてしまった。

ぞっとするほど、まずかった。

いつもなら、それを注意したが、そのとき客は私とワイフだけ。

シーンとしていた。

それがあって、注意することもできなかった。

黙って、食べた。

残した。

 

○やる気

 

 幼稚園を選ぶときは、やる気度を見て、判断する。

先生どうしの明るい笑い声が、飛び交うような幼稚園を選ぶ。

そうでないところは、避ける。

園長だけを見て、判断してはいけない。

どこの幼稚園でもそうだが、経営第一主義の園長は、口がうまい。

言葉がじょうず。

見てくればかりを、気にする。

 

 その幼稚園も、このところ、市内の幼稚園は、四苦八苦。

経営がむずかしい。

ふつう園児が200人を切ると、とたんに経営がきびしくなる。

(200人)という数字が、ひとつのボーダーラインと考えてよい。

200人を切ると、まず園長がやる気をなくす。

先生たちが、やる気をなくす。

 

 親たちは、「園児が少ないから、その分だけ、めんどうをよくみてもらえる」と思うらしい。

が、事実は、逆。

昔から『大工は、忙しい大工に頼め』と言う。

幼稚園も、それと同じ。

レストランも、それと同じ。

 

○アベノミックス

 

 ちまたは、アベノミックスで浮足立っている。

金、金、金……、金まみれの政策。

今の日本には、アベノミックスしかない。

金をばらまき、円安を誘導する。

インフレを呼び込み、国の借金を減らす。

つまり最後の、切り札。

 

 うまくいけばよい。

が、それが失敗したときが、こわい。

日本全体が、奈落の底へと、叩き落とされる。

で、今が、その瀬戸際。

分水嶺(ぶんすいれい)。

生きるか、死ぬか……?

 

 ……ちまたの雰囲気を見るかぎり、今のところ、大きな変化はなさそう。

 

○謎の点と線

 

 今朝は、2時間しかなかった。

その2時間で、再び、南太平洋について調べた。

ありきたりの(失礼)、検証。

大きな発見は、なかった。

 

 で、今、調べたいのは、ガンダーラ仏。

近くの博物館に、そのガンダーラ仏が、一体、あるという。

車で1時間程度のところ。

近く、行ってみる。

 

○東京国立博物館

 

 東京国立博物館での検証は、しごく、残念なものだった。

要するに、館員たちが言いたいのは、こういうこと。

「一般の人は、鑑賞するだけにしてほしい」と。

 

 写真はよいが、フラッシュは、ダメ。

反射光を利用した撮影も、ダメ。

メジャーで測定するのも、ダメ。

ダメ、ダメ、ダメ、すべてダメ。

 

 自分たちだって、ただの「一般人」。

ただの人。

そういった自分を忘れて、そう言うから、おかしい。

おかしいが、そのおかしさを自覚していない。

それが、よけいに、おかしい。

 

 そんなに心配なら、そばで手伝ってくれればよい。

鏡や、メジャーをもってくれれば、よい。

が、そこは官僚。

そういうサービス精神は、ゼロ。

まったくのゼロ。

少し離れたところに立って、横目でにらんでいるだけ。

それしかノウがない。

言うなれば、ロボット。

無線で、私たちが回る先々で、連絡を取りあっているのが、よくわかった。

イヤーナ雰囲気。

 

 なお、館員の1人と帰り際にした会話が、すごい。

 

私「どうすれば、学術調査をさせてもらえますか」

館員「学術調査の申請をしてもらえば、できます」

私「私でも、できますか」

館員「あなたは、研究者でないから、できません」

私「では、どうすればいいのですか」

館員「どこかの大学の研究者なら、できます」

私「個人の私では、できないということですね」

館員「そういうことです」と。

 

 こういうのを官僚主義という。

目が、上にしか、ついていない。

言われたことしかしない。

権限にしがみつき、管轄外のことはしない。

責任逃れの準備だけは、怠らない。

管轄が侵されると、猛烈に反発する。

自分たちだけが、エリートと思い込んでいる。

まさに官僚主義。

あの北朝鮮と、どこもちがわない。

久しぶりに、怒りが爆発した。

 

○ゾロアスター教

 

 話題を変えよう。

 

 今の今も、私はすでにつぎの謎解きを考えている。

ターゲットは、ゾロアスター教。

言うなれば宗教の原点。

エイリアンたちが、この地球にもちこんだ、最初の宗教。

そう考えてよい。

それが原点となり、もろもろの宗教が生まれた。

 

 で、そこでこう考える。

エイリアンたちには、宗教はなかったのか、と。

 

○感情

 

 その前に、まず第一。

エイリアンには、感情がない。

あっても、きわめて、乏しい。

(だからこそ、宇宙で平和に暮らせるということにもなるが……。)

乏しいことは、ギリシア彫刻や、同じころに作られた兵馬俑(へいばよう)の兵士たちを見れば、わかる。

どれも、ぞっとするほど、冷たい。

その冷たさこそが、エイリアンの本性と思ってよい。

 

 平たく言えば、機械的。

コンピューター的。

頭はよいが、情緒がない。

喜怒哀楽の感情が、ない。

あっても、人間とは、比較にならないほど、乏しい。

 

○ミロのヴィーナス

 

 先日も、ある新聞(日本経済新聞)に、講演会の案内が載っていた。

「なぜミロのヴィーナスは、美しいか」というような演題だった。

が、考えてみれば、これは当たり前。

コンピューターを駆使して、エイリアンたちは、美しい女性を作りあげた。

言うなれば、子どもたちの、ピカチューと同じ。

子どもたちは、みな、ピカチューをかわいいという。

それと同じ。

 

 あのピカチューにしても、製作者たちが練りに練って、作りあげた。

 

 が、冷静に見てみよう。

本当に、ミロのヴィーナスは、美しいのか、と。

小太りで、腹も出ている。

胸も小さい。

ずれ落ちそうな、腰巻が、何とも、艶(なま)めかしい。

それが男心を、惹(ひ)きつける……らしい。

が、あの程度の顔の女性なら、西欧へ行けば、どこにでもいる。

とくに美しいというわけではない。

口の下にしても、やや口を上にまげ、はにかんでいるというよりは、どこか不満げ。

 

 鼻にしても、ガンダーラの釈迦立像(東京国立博物館)を、横伸ばしにすれば、まったく同じ。

加えて、不自然なほど、ほりが、深い。

運動不足によるものか。

筋肉がすべて、たるんでいる。

ケチをつければ、いくらでもケチをつけられる。

 

私たちは、それを「美しい」と思い込んでいるだけ。

それがわからなければ、子どもでなく、韓流スターを追いかける、オバちゃんたちに聞いてみたらよい。

「どこが、いいの?」と。

オバちゃんたちには、オバちゃんたちの、美的感覚がある。

 

 わかりやすく言えば、ギリシア彫刻は、立体写真。

紙に印画するかわりに、石に、彫り込んだ。

 

○髪の毛

 

 そうそう、ヴィーナスにしても、ガンダーラ仏にしても、ひとつ、気づいたことがある。

特徴的。

つまり、髪の毛が、すべて「並んでいる」。

1本とて、交差した髪の毛がない。

(1本の髪の毛の上を、別の1本が、横切るということはない。)

 

 理由は、明らか。

3Dの工作機械使っている。

日本では、「3D写真」という。

その3D写真では、髪の毛に乱数をかけるようなとき、交差した髪の毛は、工作がむずかしい。

実際には、不可能。

だからすべて、平面的に、並んでいる。

とくに初期のころの作品については、そうと考えてよい。

言い換えると、髪の毛の複雑さを検証することによって、制作時代を推定することができる。

(これは、はやし浩司理論。転用、流用、盗用は禁止。)

 

○エイリアンの宗教

 

 エイリアンたちは、自由に「命」を作り出すことができた。

たとえば鳥頭人間。

獣頭人間でもよい。

あるいは反対に、頭は人間で、体は鳥とか、獣でもよい。

そういった像も、世界各地に残っている。

 

 で、たとえば鳥頭人間。

矛盾も、はなはだしい。

その子どもは、卵生なのか、胎生なのか。

卵生とするなら、どこでどう温めるのか。

乳はどうするのか。

クチバシで、乳房を吸うことはできない。

が、胎生とするなら、……?

 

 要するに、一代交配種。

一世代ごとに、遺伝子操作で作りだす。

自ら、子孫を残すことはできない。

 

 そういったエイリアンだから、生命観が、私たち人間がもつそれとは、まったくちがう。

当然、宗教をもっているにしても、宗教観も、まったくちがう。

で、エイリアンたちは、人間が、原罪的にもつ欠陥に気づいた。

それが貪欲さ。

煩悩。

欲望。

Greediness

 

 そこでエイリアンたちは、宗教を通して、人間に、その是正を迫った。

が、人間には、効果がなかった。

なかったことは、現代社会を見れば、わかる。

 

 で、これを裏から読むと、こうなる。

エイリアンには、宗教はない、と。

あればこんな支離滅裂な指導は、しなかったはず。

ゾロアスター教にはじまり、仏教、キリスト教、イスラム教、プラスその他、もろもろ。

逆の立場で、それを考えてみれば、わかるはず。

 

○みな、同じ

 

 もっとも、これについては、こんな反論もある。

エイリアンといっても、1種類ではない。

いろいろなエイリアンがいて、それぞれ別の宗教を指導した、と。

 

 が、こと仏教(慈悲)、キリスト教(愛)、イスラム教(同胞愛)は、みな、同じ。

ついでに孔子が解いた、儒教(仁)も、みな、同じ。

人間が原罪的にもつ、貪欲さを、「悪」としている点も、みな、同じ。

道はそれぞれちがうが、目的は、みな、同じ。

そのことは、私が調べた、『謎の点と線』を見てもらえば、わかる。

 

 テオティワカン(メキシコ)から分かれた線は、一度北極を経由し、世界に散っている。

わかりやすい例では、敦煌(とんこう)と雲崗(うんこう)の仏像をつないでみれば、よい。

その直線は、まっすぐ、伊勢神宮へと向かう。

つまりこの日本においてさえ、仏教も、神教もない。

 

○謙虚

 

 人間が人間として生き延びるためには、謙虚になることしか、ない。

何に対してか?

当然、生きることに、謙虚になることしか、ない。

私たちは、永遠の闇から生まれ、瞬時の瞬時を生き、そしてつぎの永遠の闇にもどる。

「もどる」という主体性もないまま、消える。

生まれる前の状態に、もどると考えると、わかりやすい。

 

 だからといって、生きていることが、つまらないとか、無駄とか言っているのではない。

その逆。

アインシュタインも言っているように、これを「奇跡」と言わずして、何という。

その奇跡の世界に、私たちは生きている。

光と分子の織りなす世界で、生きている。

その生きていることを、謙虚に喜ぶ。

感謝する。

それが生きる原点。

その原点を踏みはずして、生きる目的は、ない。

 

 生きていることに、謙虚になる。

光を見る。

音を聞く。

風を感ずる。

人に会う。

話をする。

歩く。

走る。

それが原点。

その原点にまさる価値は、ない。

それを自覚すること。

それが「謙虚」ということになる。

 

○生きるテーマ

 

 「謙虚に生きる」は、まさに生きるテーマ。

謙虚に生きれば、こわいものはない。

そればかりか、その向こうに、別の新しい世界が見えてくる。

 

 その第一。

まず、生きることに謙虚になろう。

生命に、謙虚になろう。

この地球に、謙虚になろう。

 

2013年03月18日記

 

 

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Hiroshi Hayashi+++++++March.2013++++++はやし浩司(ひろし)