*The Capacity of Memory *Sinceority of the Man
●中国の国家主席?
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数日前、食事をしながら、ワイフが
ふとこう言った。
「中国の国家主席って、だれ?」と。
私は即座に答えられなかった。
「エ~、だれだったけ?」と。
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毎日新聞を読んでいる。
ニュースサイトにも目を通している。
しかし中国の国家主席の名前がわからなかった。
ショックだった!
たしかに私の脳みそは、老化している。
ひょっとしたら認知症になりつつあるのかもしれない。
心配が、ムラムラと心を包んだ。
で、こういうときは、(アイウエオ……)順に思い出すようにしている。
カのところで、「カ・コク・ホウ?」。
コのところで、「コ・キン・トウ?」。
「コ・ヨウ・ホウ?」。
勝手な名前が、つぎつぎと出てくる。
ついでにフィリッピンの大統領の名前や、マレーシアの首相の名前も、
思い浮かんでくる。
しかし肝心の中国の国家主席の名前が出てこない……!
そこで今、インターネットを使って調べてみる。
ウィキペディア百科事典には、こうある。
国家主席……胡錦涛(コキントウ)
国務院総理……温家宝(オンカホウ)
記憶というのは、(記銘)→(保持)→(想起)というプロセスを経て、
記憶として残り、思い出すことができる。
中国の国家主席のばあいは、しっかりと記銘していなかった。
ニュースなども適当に読んで、そのままにしておいた。
そこで今、改めて、記銘。
コキントウ、コキントウ……、
オンカホウ、オンカホウ……、と。
コツは、一度、声に出してみるということ。
文字を見ただけでは、記銘力は弱い(?)。
しかし脳みそには、キャパシティ(容量)というものがある。
今ここで、2人の名前を記憶したら、どこかで、別の記憶が消えていくのではないか?
そうでなくても、毎日、約10万個という脳細胞が死滅している。
(20歳を過ぎたら、毎日だぞ!)
私の年齢になったら、もっと多いかもしれない。
どうであるにせよ、放っておいてもよくない。
キャパシティはあるかもしれないが、どんどんと覚えていくしかない。
コキントウ、オンカホウ……、と。
ついでにフィリッピンは、グロリア・マカパガル・アロヨ、
マレーシアは、国王が、ミザン・ザイナル・アビディン、首相が、アブドゥラ・
ビン・アフマッド・バダウィ。
ゾーッ!
「アロヨ」と「バダウィ」という名前だけで、勘弁してもらう。
Hiroshi Hayashi++++++++JAN. 09++++++++++++はやし浩司
●人間性
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私は正直に書くが、結婚してこのかた、
ごく最近まで、ワイフのバッグの中に
手を入れたことがない。
「最近」というのは、小銭が必要に
なったとき、ワイフのバッグから
財布を取り出したことをいう。
それでも抵抗を感ずる。
しかし世の中には、他人のバッグでも、
そういうことが平気でできる人がいる。
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●無断でバッグを使用
こんな話を、その女性から聞いた。
その女性が、何かのことで家をあけた。
帰ってきてみると、机の上に置いたバッグの位置がずれているのに気がついた。
そこで中を見ると、ものの入れ方が、それ以前とはちがっていた。
そこで夫の母親、つまり姑(しゅうとめ)に、「バッグをどうかしましたか?」と
聞くと、夫の母親は、平然とこう言ってのけたという。
「いいバッグだったから、今日、買い物に行くとき、貸してもらいました」と。
つまり夫の母親は、その女性の部屋に無断で入り、バッグの中身を一度抜いたあと、
それを買い物に使ったというのだ。
そしてその女性が帰ってくる前に、元通りに(?)にして、机の上に置いた。
その女性はこう言った。
「そういうことが平気でできる人というのは、そうはいないと思います」と。
が、一事が万事、万事が一事。
夫の母親は、日常的にそういうことをしているという。
ウソは平気でつく。
約束なんてものは、あってないようなもの。
見栄っぱりで、世間体を気にする。
しかしそういう人の末路は、あわれ。
やがてだれからも相手にされなくなる。
現に今、嫁であるその女性にすら、あきられている。
「そういう人もいるんだなあ」と思ったところで、何と返事してよいか
私はわからなくなってしまった。
そこで決意。
大げさかな?
これからは、たとえ小銭が必要なときでも、ワイフのバッグには手を入れないぞ!
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