*Feb. 22nd 09
●長男のマラソン
明日、長男が浜松市主催のシティ・マラソンに出場する。
朝、8時45分のスタートという。
長男は何も言わないが、ワイフと2人で、応援に行くことにした。
「朝、早いわね」と、ワイフ。
恐らく駐車場はないだろう。
電車で行くしかない。
順位は関係ないそうだ。
時間内にゴールできれば、新聞に名前が載るとか。
長男は、それをめざしている。
はやし浩司+++++++++09+++++++++Hiroshi Hayashi
● 知能テストbyはやし浩司
もう25年前になるだろうか。
学研から、『よくできました』というおもちゃを、発売した。
当初は(おもちゃ)ということだったが、私は本気だった。
教材にしあげた。
それぞれのテストごとにデータをとり、正解率を70%に調整した※。
が、ここにも書いたように、それから25年。
その後、『よくできました』は、代を重ね、いつの間にか他人の名前で
発売されるようになった。
教材の世界ではよくあることである。
担当者が変わると、それまでの経緯(いきさつ)を知らないまま、
担当者が、別の人の作品にしてしまう。
(オリジナルを制作したのは、私だぞ!)
ともかくも、今度、それをHPに収録した。
題して、『幼児の知能テストbyはやし浩司』。
年齢別に、精密に制作したので、興味のある人は、一度、のぞいてみてほしい。
かなり正確に、幼児の知能を測定することができる。
『知能テスト』へは、はやし浩司のHPのトップページから、
(幼児の知能テスト)へと、進む。
もちろん無料。
こういうことは、損得を考えないでするところに意味がある。
プラス、楽しい。
(注※)市販教材を制作するときは、まず上位10%と、下位10%の子どもは、
販売対象からはずす。
残った80%の子どもたちにテストしてみて、平均点が70点前後になるように
教材のレベルを調整する。
60点以下だと、「むずかしすぎる」ということで、売れない。
80%以上だと、「簡単すぎる」ということで、これまた売れない。
若いころ、『幼児のがくしゅう』『なかよしがくしゅう』(学研)の編集を手伝って
いたとき、編集長のSY氏が、そう教えてくれた。
言いかえると、市販教材で、70%前後の成績がとれれば、ほぼ平均児と判断
してよい。
とくに私が制作した教材は、そうである。
書店に並んでいる教材にはいいかげんなものが多い。
が、こと私がからんだ教材では、そのあたりを、精密に調整してある。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
知能テスト 幼児の知能 知能テスト 知能ワーク IQテスト ワークブック)
はやし浩司+++++++++09+++++++++Hiroshi Hayashi
●ドイツの英雄、シュタウフェンベルク
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あのヒットラーは、在任中、40回も
暗殺未遂にあっているという。
が、そのつど悪運が強いというか、最後まで
生き延びた。
で、その暗殺未遂事件の中でも、最大級のものが、
「ワルキューレ作戦」。
以前にも何度か映画化されたが、今度、
トム・クルーズ主演の映画として、封切られることに
なった。
題名もそのまま、『ワルキューレ』。
映画パンフによると、シュタウフェンベルクは、
ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を聴いていたとき、
その作戦を思いついたという。
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シュタウフェンベルクについて、当のドイツでは、英雄視されているという。
ヒットラーを称える右翼組織もあるそうだが、その一方で、シュタウフェンベルクの
ような人物を英雄視する。
このあたりに、ドイツの良識というか、高い文化性が脈づいている。
いつだったか、私は、こんなエッセーを書いたことがある。
「シラーやゲーテを生んだドイツで、その後、ヒットラーのような人間が生まれた。
これを歴史の皮肉と言わずして、何と言う」と。
今なら、「ベートーベンやワーグナーを生んだドイツで……」と書くかもしれない。
しかしドイツでは、ヒットラーといえども、歴史の一部でしかなかった。
つまり歴史という大波は、ヒットラーを乗り越えて、現在に伝わっている。
それがシュタウフェンベルクを英雄視する基盤になっている。
シラーやゲーテたちが創りあげた文化は、けっして無駄ではなかった。
一方、この日本は、どうか。
天皇制にしても、世界大戦くらいでは、びくともしなかった。
奈良時代の昔からつづいている、やはり(大波)である。
こうした大波は、歴史を乗り越えて、過去から現在へとつづく。
で、これはあくまでも歴史的仮説だが、あのときシュタウフェンベルクたちの
暗殺計画が成功していたら、その後、数百万人のドイツ人の命が救われたという。
が、不幸にも(?)、作戦は失敗した。
そののちドイツがどうなったかは、今さら、ここに書くまでもない。
そこで私は考える。
もしあのとき、東条英機がいなかったとしたら、日本はどうなっていたか、と。
あるいはだれかに暗殺されていたとしたら、日本はどうなっていたか、と。
日本は戦争を回避することができただろうか。
答は、「NO!」。
(大波)といっても、その中には、(中波)もあれば、(小波)もある。
軍国主義を(中波)とするなら、東条英機は(小波)。
仮に東条英機がいなかったとしても、軍国主義という(中波)は、
また別の人物をリーダーに立て、びくともしなかったはず。
となると、事情はドイツでも同じ。
ワルキューレ作戦でヒットラーの暗殺が成功していたとしても、それで
「政権転覆が一気に成し遂げられた」(映画パンフ)とは、考えにくい。
言い換えると、歴史の(波)を変えることは、それほどまでに難しい。
たとえば官僚制度というものがある。
絶対的権威者である、王や皇帝を立て、そのもとで政治を行う。
この日本も、奈良時代の昔から、現在の今も、基本的には官僚制度国家である。
日本が民主主義国家と思っているのは、日本人だけ。
国政選挙にしても、いかに形骸化しているかは、日本人なら、みな知っている。
その陰で、今、問題になっている、「かんぽの宿」の払い下げ事件を例にあげるまでもなく、
官僚たちは、やりたい放題のことをしている。
天下り、渡り問題にしても、そうだ。
そのつど問題にはなるが、官僚制度そのものは、ビクともしない。
つまりこれが(大波)。
この大波は、私やあなたが少しくらい騒いだくらいでは、どうにもならない。
あるいは反対に、そうした(騒ぎ)を逆に学習しながら、彼らはさらに巧妙化する。
……ということで、私の結論。
ワルキューレ作戦が成功していたとしても、ドイツは変わらなかった。
波というのは、そういうもの。
しかし……。
『スパイ大作戦』にかぎらず、この種の陰謀映画は、成功してはじめて、
ハッピーエンドで終わる。
が、『ワルキューレ』は、はじめから失敗するとわかっている映画である。
つい先日も、ドイツ製の『ワルキューレ作戦』というDVDを見たが、
どこかドキュメンタリー風といった感じで、あまりおもしろくなかった。
このあたりを、トム・クルーズは、どう演ずるのだろう。
見ものである。
+楽しみ。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
ワルキューレ シュタウフェンベルク ヒットラー ヒットラー暗殺計画)
Hiroshi Hayashi++++++++FEB09++++++++++はやし浩司
●病識
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精神医学の世界には、「病識」という言葉がある。
「私は病気」と、自分で自分のことを自覚することをいう。
同じ精神疾患でも、本人にその病識があれば、まだ
症状は軽いとみる。
また治療もしやすいという。
一方、病識のない人も多い。
たとえばアルツハイマー病のばあいは、初期の
段階では、病識のある人が多いという。
似たような病気に、ピック病というのがある。
脳の中でもダメージを受ける部分がちがうそうだが、
ピック病のばあいは、病識のある人は少ないという。
これは精神疾患の話だが、社会を見る目についても、
同じようなことが言える。
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●身分意識
日本人は、いまだに封建主義的な身分意識をもっている。
その人をみるとき、肩書きや地位で、判断する。
相手によって、威張ったり、へりくだったりする人というのは、
無意識のうちに、相手の身分を意識しているためと考えてよい。
が、おそらく当の本人は、(そしてあなた自身も)、「私はちがう」と思っている。
「私には身分意識はない」と。
しかしそう言い切るのは、待ってほしい。
半年ほど前、私はある会合に出た。
出席したのは、私のほか、数名の研究者だった。
私以外、みな、「~~大学教授」という肩書きをもっていた。
そこでのこと。
もともとある出版社が企画した会合ということもあって、その出版社の社長以下、
数名の社員が顔を出していた。
私がいちばんの長老格だった。
(私は61歳、教授と呼ばれる人たちは、55~60歳前後、出版社の社長は50歳前後。)
が、静かに観察してみると、社長以下、出版社の社員たちの態度が、微妙にちがう。
私に対しては、どこかインギン無礼。
一方、教授たちに対しては、バカをつけたいほど、バカていねい。
驚いたことに、私には、交通費しか支給してくれなかった。
教授たちには、交通費プラス日当が支払っていた。
封筒の中の額は知らないが、2~5万円前後ではなかったか。
つまりこれが私がいう、「身分意識」である。
こうした身分意識は、社会のいたるところに残っている。
そしてそのつど、顔を出す。
が、私以外、その身分意識に気がついている人はいなかった。
長い前置きになったが、これが冒頭に書いた、「病識」に似ている(?)。
●身分コンプレックス
さらに……。
これは余談だが、よく観察してみると、地位や肩書きと関係の
ない、つまり身分制度の外にいる人ほど、身分意識を強くもっているのがわかる。
出版社でいうなら、大手の出版社よりも、中小の出版社の人のほうが、強くもっている。
さらに、社長よりも、編集長、編集長よりも、編集部員のほうが、強くもっている。
これはおもしろい現象かと思う。
言うなれば、身分コンプレックスということになる。
お金のない人ほど、金持ちにコンプレックスをもつ。
それに似ている。
で、こうした意識を名づけるとしたら、「社会意識」ということになる。
もう少し短くして、「社会識」でもよい。
本人に社会意識があれば、まだ対処の仕方もわかる。
話もしやすい。
しかしその社会意識のない人は、どうすればよいのか。
たとえばこの浜松市では、そしてとくに教育の世界では、「東京から来た……」と
いうだけで、みな、頭をさげる。
たとえば東京から来たというだけで、講演会の講師料にしても、30~100万円。
あるいは、それ以上。
反対に、愛知県と浜松市の県境にあるM町から来た講師だと、3~5万円。
ばあいによっては、1~2万円。
浜松まで同じ2時間の距離でも、10倍近い、差をつける。
こうした傾向は、女性、とくに母親と呼ばれる人たちの間ほど、強い。
同じ浜松市に住みながら、地元の人の価値を認めない。
が、当の本人は、それに気がついていない。
つまり、社会意識がない。
●社会意識
……ということで、私たちは常に、偏見や誤解、古い因習や伝統に毒されている。
男尊女卑思想にはじまって、先輩後輩意識、家父長意識、親意識などなど。
そういうものがどういうものであるかを知っている人は、まだ社会意識がある。
精神疾患にたとえるなら、まだ症状も軽い。
治療もしやすい。
しかしそれがない人は、症状は重い。
その分だけ、治療も難しい。
中には、「私はだいじょうぶ」「私は正しい」「私はまとも」とがんばってしまう
人もいる。
こういう人は、ホープレス(=希望なし)。
治療のしようがない。
で、こういうばあい、どうするか。
つまり相手が私を差別してきたら、どうするか。
私のばあい、そういう人たちとはつきあわないようにする。
「どうぞご勝手に」と、離れる。
説得してわからせるには、それなりのエネルギーがいる。
それだけのエネルギーがあるなら、もっとほかのことに使いたい。
それに、人は、人。
私は、私。
……ということで、その会合のあとも、いろいろ連絡が届いた。
出版社のねらいは、この私に原稿を書かせて、そこにいた教授たちの名前で
本を出すこと。
意図は見え見え。
で、私はすべて無視した。
インギン無礼に、ただひたすらインギン無礼に……。
私の代わりになるような人間、いくらでもいる。
私の知ったことではない。
つまりこうして世の中を正していくしかない。
とくに社会意識のない人たちには、そうするしかない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
病識 社会意識 社会識)
Hiroshi Hayashi++++++++FEB09++++++++++はやし浩司
●シティ・マラソン
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2月22日、ややうす曇りの好天のもと、
浜松市主催のシティ・マラソンが開催される。
私とワイフは、トラックの出入り口付近に座って、
長男がスタートするのを待っている。
長男が勤める会社の専務といっしょに走るという。
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市内まで車で行き、教室の駐車場に車を止める。
そこから電車で上島(かみじま)駅へ。
駅から、四池競技場まで。
ゾロゾロと歩く群衆について、そのまま競技場へ。
人が多いのに、驚いた。
「健康」を求める人のエネルギーというか、熱意に
感銘する。
少しおおげさな言い方になるかもしれないが、
「みんな、がんばって生きているんだなア」と。
と、同時に、(走る)のもよいが、(自転車競走)というもの、
やってほしい、と。
自転車なら自信がある。
60歳以上、高齢者部門だったら、優勝できるはず。
足の太さがちがう。
つまり私の足は、太い。
会場には、個人で走る人も多いが、団体で来ている人も多かった。
それぞれが独自のユニフォームを着て、スタートを待っていた。
監督らしい人から、あれこれと指示を受けているグループもあった。
ヘリコプターも飛んでいた。
少しずつだが、ムード(+緊張感)が高まってきた。
私は、スポーツといえば、個人競技が主体だった。
柔道や剣道など。
野球は苦手だった。
サッカーは、まったくといってよいほど、やらなかった。
「サッカー」という名前を知っている人も少なかった。
マラソンにしても、この浜松へ来てから、知った。
ところで何かの本に書いてあったが、江戸時代が終わるまで、日本人というのは、
走ることを知らなかったそうだ。
しかも右足を前に出すとき、右手を前に出して歩く、あるいは走る、
今では想像もつかないような歩き方、あるいは走り方をしていた。
その名残は、能楽に残っている。
能楽では、シテ、ツレなどは、右足を出すと同時に、ゆっくりと右手を、
左足を出すと同時に、ゆっくりと左手を前に出して、歩く。
また忍者走行というのもある。
これは体を横にして、そのつど両手を交差させながら走るというもの。
今で言う(走り方)とは、スタイルがかなり違ったものである。
そのこともあって、日本ではじめて軍人指導をした外国の指揮官は、
日本人の歩き方を見て、たいへん驚いたそうだ。
……ということで、今、この部分は、競技場の中で書いている。
先ほど3キロコースがスタート。
つづいて5キロコースがスタート。
これから10キロコースがスタート。
ゴールの前で太鼓がどんどんと鳴っている。
しばらくすると、3キロコースの人たちが、戻ってきた。
「10分で戻ってきた!」と、ワイフは時計を見ながら驚いていた。
10分で3キロということは、時速になおすと、18キロ!
トップは小学生だったと思う。
走りなれた様子で、スタスタと戻ってきた。
「来年はぼくも走ってみようかな」と思ったところで、この話は
ここまで。
これからギャラリーになって、長男を応援する。
Hiroshi Hayashi++++++++FEB09++++++++++はやし浩司
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