*Realism
●現実的に生きる
(To live practically when we meet the old ages is essential to live our lives more fruitful. Don’t be escapists.)
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老齢になればなるほど、言動が幼稚化する。
私が言っているのではない。
(幼稚化といっても、幼稚になるということではない。
幼児と同じような思考形態をもつようになるという意味。)
あのユングがそう言っている。
ユングはそれを元型(アーキタイプ)という
言葉を使って説明した(「心理学」php)。
が、そんな難しい話は、どうでもよい。
わかりやすく言えば、幼児期と老年期においては、
ものの考え方が、幻想的、夢幻的になりやすいということ。
より現実離れしやすいということ。
(これに対して、青年期、中年期においては、
ものの考え方が、現実的。)
言いかえると、いくら歳をとっても、
私たちは現実的なものの考え方をする。
またそれが老年期と闘うためのコツという
ことになる。
新しい考え、ゲット!
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●幼児と老人の共通点
ユングの理論をあれこれと頭の中でひねってみると、こういうことも言えるのでは?
つまり幼児と老人は、おとぎ話が好き、と。
よい例が、『ハリーポッター』。
「ハリーポッターが好き」と言う子どもは、年齢的にも上限がある。
本に関していうなら、小学3年生前後から高学年。
中学生になると、「あんな本、くだらない」と言う。
(実際、くだらない本だが……。)
ああいう突飛もない、つまり現実離れした物語が好きな層というのは、年齢的にも、
ある範囲に限られてくる。
ユングは、それをどこかで知った。
一方、老人たちはどうか。
私の母方の祖母は、いつも「天竺(てんじく)」という言葉を口にした。
天竺というのは、今のインド。
しかしインドではない。
釈迦の生まれ故郷をいう。
善と徳の満ちあふれる、理想郷。
祖母はその天竺に、かぎりないあこがれを抱いていた。
当時私は小学生だったが、その私にも、祖母のその気持ちがよくわかった。
ハリーポッターと天竺。
共通点はといえば、現実離れしているということ。
●突飛もない夢想
一方、この私はどうか?
私も子どものころ、非現実的な世界に、あこがれた。
たとえば当時、忍術というのが、大流行した。
私が小学3~4年生くらいのことではなかったか。
映画の影響もあった。
忍者が大蛇に変身したり、大ガマに変身したりした。
そんな私でも、中学生や高校生になるころには、現実主義者へと
変化していった。
それを進歩ととらえるか、退化ととらえるか。
少なくとも、現実の世界と、夢想の世界を、はっきりと区別するようになった。
で、今もそうである。
私はいつも現実的なものの考え方をしている。
が、である。
老年期に近づいてきたためか、それとも現実社会での限界を感ずるようになった。
そのせいか、このところ夢想の世界にふけることが、ときどきある。
実は、今日もワイフと散歩をしながら、こんなことを考えた。
「地球温暖化はどうしたらいい?」と考えていたときのこと。
ふと「宇宙人に助けてもらえばいい」と。
私が宇宙人に、直談判する。
そして巨大な宇宙船を貸してもらう。
その宇宙船を使って、子どもたちを指導する、と。
地球を宇宙から見るだけでも、私たちのものの考え方は変わるかもしれない。
私はその宇宙船に、中学生や高校生を乗せて、遠くは土星まで旅をする。
つまり宇宙から地球を見せながら、子どもたちを指導していく。
……突飛もないことを考えたが、この突飛もないことが、ひょっとしたら、
老年期の思考の特徴かもしれない。
天竺を夢想した私の祖母と、どこもちがわない。
●元型(アーキタイプ)
そこで重要なのは、私たちはいかに老人になろうとも、現実との接点を見失っては
いけないということ。
あるいは現実的なものの考え方を、見失ってはいけないということ。
またそのための努力を、怠ってはいけない。
私の知る範囲でも、最近、墓参りばかりしている男性がいる。
年齢はまだ70歳前である。
名前をR氏としておく。
若いころには、そんなことをするような人には、とても見えなかった。
が、今は、ことあるごとに墓参りばかり。
今度は、父親の33回忌をするという。
なぜだろう?
単純に考えれば、それだけ死を意識するようになったということになる。
が、どうもそれだけではないようだ。
そこで再び、ユングに登場してもらう。
彼は「元型(アーキタイプ)」という言葉を使った。
元型というのは、人類が進化の過程で、集合的に身に着けたイメージのようなもの。
それが神話になったり、おとぎ話になったりした。
伝説や、昔話にもなったりした。
わかりやすく言えば、非現実の世界の源泉ということになる。
ひょっとしたら、宗教も、そこから生まれたかもしれない。
つまりはイメージの世界の源泉、それが元型ということになる。
この元型が、幼児期や老人期には、優勢になる。
その結果として、幼児は夢幻の世界に自分を置き、老人は、(死)の向こうにある
世界に、回帰するようになる。
R氏が墓参りばかりをするようになったのも、そのひとつと考えられなくもない。
●現実
現実世界に自分をしばりつけておく方法は、いろいろある。
その第一は、現役で仕事をすること。
第二は、夢幻世界と、常に闘っていくこと。
第三に、若い人たちとの関わりを、失わないこと。
結論を先に書いてしまったので、この先をどう書いたらよいかわからない。
が、この中でとくに大切なのが、現役で仕事をすること。
今、とりあえずできることと言えば、それしかない。
……ということで、今朝(2月9日)も始まった。
がんばるぞ!
ところで昨日、BLOGへのアクセス数を合計してみた、4000件を超えた。
1日だけで、4000件だぞ!
もちろんその中には、重複してアクセスしてくれた人も多い。
4000件イコール、4000人ということではない。
しかしそれにしてもすごい。
それにHP(ウェブサイト)などへのアクセス数を加えたら、軽く1万件を超える。
1日だけで、1万件だぞ!
すごい!
本当にすごいが、現実感があまり伴わない。
これはどうしたことか?
あるいはその数字に現実味をもたせるには、どうしたらよいのか?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
元型 ユング 現実的な生き方)
Hiroshi Hayashi++++++++Feb. 09++++++++++++はやし浩司
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