Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Saturday, May 14, 2011

●マガジン過去版(6)

【2】雑感∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

●心を開かない子ども

 いつか私は、私が飼っている二匹のイヌについての話を書いた。一匹は、保健所で処分される寸前に、もらってきたイヌ。もう一匹は、超の上に、超がつく、愛犬家によって育てられたイヌ。この二匹のイヌは、まったく性質がちがう。

 保健所で処分される寸前にもらってきたイヌは、今年で、一五歳になるが、いまだに、私たちに心を開かない。甘えることすら、しない。エサを与えても、私たちがいる前では、決して、食べようとしない。

 このイヌは、心に大きなキズをもっている。人間にたとえるなら、無視、冷淡、育児拒否にあわせて、何らかの異常な体験をしている。虐待かもしれない。あるいは恐怖体験かもしれない。私がもらい受けたときでさえ、それまで二週間近く、小さな、カゴのようなオリの中に閉じこめられていた。

 人間の子どもでは、ここまで深いキズをもつケースは、少ない。しかし程度の違いこそあれ、このイヌがもっているようなキズを、もっている子どもは、いくらでもいる。そしてそのイヌのように、何年たっても、心を開かない(開けない)子どもは、いくらでもいる。

 U君(小五)が、そうだった。

 U君とは、一年間、つきあった。しかし最初から最後まで、私に心を開くことはなかった。何かを話しかければ、それなりに柔和な表情を浮かべて、あれこれ話してはくれるが、それ以上、自分の心を見せることはなかった。

 心の中は、どうなのか? みながドッと笑うようなときでも、U君だけは、それに乗れず、やはり柔和な笑みを返すだけだった。楽しんでいるのか? それとも楽しんでいないのか?

 U君のような子どものばあい、注意しなければならないのは、表情と心(情意)が、遊離しているということ。たとえば何かの指示を与えると、一応、従順に従うが、しかしそれは、本人の意思というよりは、「そうしなければならない」という義務感から、そういているにすぎない。自分で自分を追いこみながら、そうする。

 あるいは、心のどこかで、「どうすれば、自分がいい子に思われるか」「どうすれば、みんなに好かれるか」、そんなことを計算している。

 だから、その分、心をゆがめやすい。教える側の印象としては、「何を考えているか、わからない子ども」ということになる。ただ、家の中では、たとえば家族の前では、その反動として、ぐずったり、あるいは突発的に暴力を振るったりすることはある。心が、それだけ、いつも、緊張状態にあるとみる。

 こうした子どもの心を開かせるためには、笑わせるのが一番よい。大声で、腹をかかえて笑わせる。しかし小学五年生ともなると、それもむずかしい。それが、その子どもの性格として、定着してしまっているからである。

 私の経験では、幼稚園(保育園)の年中から年長児にかけてが、最後のチャンスではないかと思う。この時期に、適切な指導をすれば、子どもの心を開くことができる。

 大声で笑わせる。
 言いたいことを、大声で、言わせる。
 
 これを繰りかえすと、子どもの心は、開く。いわゆる子どもは、大声で笑ったり、しゃべったりすることで、「さらけ出し」をする。そのさらけ出しがあれば、あとは、その上に、たがいの信頼関係を結ぶことができる。

 で、心を開けない子どもは、たとえば攻撃的(乱暴)になったり、回避的(人を避けるになったり、さらには服従的(へつらう、コビを売る)になったり、依存的(甘えん坊)になったりする。みなの前で、か弱い自分を演じてみせたり、わざところんでみせたりするなど、同情を買うことで、居心地のよい世界をつくろうとすることもある。

 どちらにせよ、心は、孤独。しかし人前に出ると、キズつきやすく、それにも耐えられない。そういう生活パターンを、繰りかえすようになる。

 大切なことは、そういう子どもにしないこと。威圧的な教育姿勢、親の情緒不安などなど。親自身が心を開けないときは、そのまま子どもに、それが伝播(でんぱ)することもある。そしてその時期は、生まれてまもなくから、数歳までの間とみてよい。このことは、先の、私のイヌをみればわかる。もらってきたときには、まだ推定、生後三か月ほどだったが、すでにそのとき、そのイヌの心は、決定されていた。

 U君のケースでも、原因は、母親の育児姿勢にあった。何かにつけ、カリカリしやすい人だった。異常な過関心と過干渉。母親は、「子どものため」と、さかんに言っていたが、実際には、自分の不安や心配を解消するために、子どもを利用しているだけだった。

 そういう母親の冷たさが、U君を、U君のような子どもにした? 詳しくはわからないが、今、思い起こしてみると、そういう感じがする。

 で、心を開かない子どもは、どうするか?

 私の経験では、少なくとも、小学五年生では、それから急に子どもが変わるということは、ない。他人との信頼関係を結ぶにしても、心を開くことができる子どもとくらべても、何倍も時間がかかる。つまり、それだけ、指導が、むずかしい。

 大切なことは、そういう子どもであるということを認め、それを前提として、その上に、新しい人間関係を、つくりあげていくということ。なおそうとして、なおるものではないし、「あなたはおかしい」などと言えば、かえってその子どもを、袋小路に追いこんでしまう。そのため、自分を否定してしまうようになるかもしれない。そうなると、さらに、やっかいなことになる。

 さて、最後に一言。あなたは他人に対して、すなおに、自分の心を開いているか。またそれが自然な形で、できるか。ひがんだり、いじけたり、つっぱたり、しないか。少しだけ、自分の心の中をのぞいてみると、おもしろいのでは……?
(031211)

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●庭の木

 庭には、たくさんの木が植えてある、もちろんワイフと私が、植えた木である。

 一番手前にあるのが、栗の木。その向こうが、キーウィの棚。

 このキーウィは、ニュージーランドから、わざわざ苗を取り寄せ、育てたもの。一時は、ダンボール箱に、二杯くらいの収穫があった。しかし最近は、手入れをしないため、できても、毎年、せいぜい一〇〇個前後。しかも、そのほとんどが、野鳥のエサになっている。

 先ほども、庭を見ると、ヒヨドリが、せわしそうにキーウィの実をつついていた。ワイフにそのことを告げると、ワイフは、さっそく、ハサミと脚立をもって、外に出ていった。

 風はなく、空はどんよりと曇っている。外の空気は、冷たそうだ。乾いた落ち葉が、秋の風情に、枯れた色をそえる。

 見ると、ワイフは、大きなザルに、一杯ぐらいのキーウィの実を収穫してきた。しばらく暗いところに置いておくと、甘味が、ぐんとます。

 この栗の木と、キーウィの木は、友人の結婚式から帰ってきたとき、植えた。それから計算すると、もう二六年になる。(二六年、ねエ?)植えたときは、栗の木は、私の親指ほどの太さだった。キーウィは、鉛筆ほどの太さだった。

 それが今では、栗の木は、四〇センチほどの太さになった。キーウィの木は、一〇センチほどの太さになった。支柱に、大きなヘビのようにからんでいる。

 私は子どものころから、寒いのが苦手。だからコタツに入ったまま、ワイフが収穫しているのを、見ているだけ。「このまま一眠りしようか」と、考えている。のどかな朝だ。静かな朝だ。時計を見ると、午前八時半。今朝は、五時に起きて、先ほどまで、原稿を書いていた。

 で、もう少し、庭の木について。

 キーウィの棚の一角に、ぶどうの木もある。ときどき実はなるが、収穫して食べたことはない。いや、何度か、口の中に入れたことはあるが、すっぱくて、食べられなかった。

 このぶどうの木(実際には、ツル)と、キーウィの木は、境界で、たがいにからみあいながら、喧嘩をしている。私が見た感じでは、枝ぶりが大きい分だけ、キーウィのほうが優勢だと思う。一方、ぶどうは、そのキーウィの上にからんでいくので、どちらが強いとか、弱いとかは言えない。

 ここだけの話だが、来年には、キーウィの木は、すべて切ろうと考えている。このあたりの方言で言うなら、「ぶっしょたくなった」。「ぶっしょったい」というのは、「雑然としていて、見苦しい」という意味。(私の意図を、キーウィに知られたら、逆襲されるかもしれない……。)

 そしてそのぶどうの木の向こうに、リンゴの木があるはずだが……? どうなってしまったのか、よくわからない。植えた直後は、リンゴらしい実はできていたが、大きくなるまで育ったことはない。今は両横の木に囲まれて、姿が見えなくなっている。

 木には、当然、相性がある。気候や土壌があっていないと、大きく、育たない。たとえばこの家を建てたころ、シラカンバの木を数本、植えたことがある。「浜松で、シラカンバ?」と、思われるだろう。

 そう、このシラカンバは、一〇年木くらいの、結構、大きな木だったが、毎年、害虫にとりつかれ、たいへんだった。小さな穴を見つけては、薬を入れたり、虫を、ピンセットで取り出したり……。結局、数年で、枯れてしまった。

 クルミの木もそうだ。かなり大きな木にはなったが、葉っぱが、カナブンのエサになる。だから毎年、一度は、丸裸になって、それが終わってしばらくすると、二番目の葉っぱが、出てくる。

 しかし庭に木を植えるのは、考えもの。植えるときは、当然、小さな苗かもしれないが、一〇年もつきあっていると、結構、大きな木になる。先の栗の木などは、大きくなりすぎて、切ることもままならない。こまめに手入れをすればよいが、そうでないと、あとがたいへん。

 以上、私の庭からの、実況中継でした!
(031210)

【3】心に触れる(Touch your Heart)∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞691

● 読者(福岡県在住)の方からの投稿より、つぎのようなメールをいただきました。掲載の許可がいただけましたので、紹介します。

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はやし様へ

最初に貴殿のホームページを拝見し、その後、いろいろアドバイスいただき、ありがとうございました。私自身、色々と不安定な状態だったこともあって、お礼が、遅くなりました。

最近、やっと落ち着いた状態になれたことから、「お礼」申しあげます。

最初に御挨拶のメールをお送りしたのは、たしか今年の、10月初めごろだったと思います。

貴殿のホームページに出会ったのは、その1ケ月ほど前でした。
その頃、私はかなり追い詰められた状態でした。子供との関係についてで、悩んでいました。

自分でもその原因がわからず、ただ、「いらいら」した毎日を過ごし、「空回り」を繰り返しておりました。

子供の教育には、人一倍、熱心だと自負し、とくに「しつけ」には厳しかったです。

子どもはは、7歳の息子と、3歳の娘の、2人です。「かたづけ」や「言葉使い」など、かなりきびしく接していたと思います。

私が子供時代、金銭的にも愛情的にかなり苦しんだこともあって、息子や娘たちは、「十分な余裕をもたせてやりたい、将来きちっとした人間にさせたい。」と気負っていました。

ただ、息子は、「がんこ」な性格で時として反抗的な態度を取ることがあり、私も感情的に手をあげていました。

そんな繰り返しがどんどん増え、徐々にエスカレートしていくことに自分でも「あせり」と「不安」を感じる日々でした。

「なぜ、なぜなんだ。こんなに息子や娘の幸せな成長を望んでいるのに。俺のような苦しい子供時代は、させないようにがんばっているのに。」

もう、おわかりですよね。

そうです。原因は、私自身にありました。
私の子供時代は、幸せではありませんでした。
幼少の頃から両親は、不仲。喧嘩ばかり見せられました。母は、父親の「悪口」ばかり。

「お前たちさえ、いなければとっくに離婚している。」といつも聞かされました。

父親も酒好きでお金にルーズな人だったので金銭的にも、精神的にもかなり「貧しい」家庭でした。

父親の悪口を言う時の母は、いやでしたが、私たち(私と姉)の面倒を見てくれるのは母であり、母の味方につくしかなく、結果として父親を嫌うしかなかった。

夜遅くに父親が帰宅、まもなく喧嘩が始まる。酔った父が母に暴力を振るったらどうしようかとびくびくしながら、布団の中で息を殺していた。

なんとかしたいが、なんの力もない子供の自分にはどうにもできない。父親が帰らない夜は「ほっ」とする。

そんな日々でした。

こどもにとって親は、絶対的な存在であるはずです。絶対的な「愛情」の。だから、時として叱られ、たとえ殴られてもその存在感は変わらない。

10歳のこどもが親を嫌いになれるはずはない。でも私は父親を嫌いました。無理やりにそう自分の心を曲げたのだと思います。

ただ、ただ、逃げたい。そんな毎日だったと思います。だからわたしは、結婚しても決して「こども」を望まなかったが、強く望む家内に押し切られるようにして父親になりました。

でも不思議なもので、息子が生まれ、病院で初めて彼を抱いた瞬間、身体に電気が流れるような感覚を感じ、すばらしい「充実感」に包まれました。

今、思い出しても「最高」の気分でした。「俺も父親になれた。この子には、生まれてきてよかったと思えるようにしてやる。絶対に俺のような辛い思いはさせない。」 

そう心に誓ったことを覚えています。

その「気負い」だけが、「ずれた」方向に突っ走ってしまったようです。
反抗され、感情的に息子を殴っていた頃の私は、「なぜだ。なぜ判らない。俺の子供のころのような苦労をさせないために、お前たちのために必死でがんばっているのに、なぜわからない。」

そう、泣きながら殴り続けていたと思います。「いけない。このままでは、いけない。」と思いながら。

気がつけば、子供達と接することが怖くなり、また「おっくう」に感じだし、休みの日は、用事があると言っては、こどもから逃げて一人で出かけるようになっていました。

そんな時、先生の「ホームページ」に出会いました。

私自身が原因であること。私の「生い立ち」が傷となり、同じことが繰り返されつつあることに気づきました。と、同時に背筋が寒くなりました。心底、怖かったです。

同じ「不幸」を繰り返さないために、息子や娘が「生まれてきて良かった。」と思えるように、私がまずすべきことは、自分を変えることです。リセットすることです。

自分を「変える」ことは、難しいことですね。約3ヶ月、かなり苦労しましたが、なんとか「まし」になったようです。事あるごとに、息子が生まれ、初めて抱いた時のことを思い出す様にしています。

「指の数を数え、泣き声を聞き、その体温を感じ、五体満足に生まれてくれたことを喜んだ。」、その瞬間を。

最近は、息子や娘に手をあげることも、怒鳴ることもなくなりました。時として彼らがすねて、反抗した時も抱き寄せ、言い聞かせることができています。そうすると、決まって「こめんなさい」と言ってくれます。まるで魔法のように。。。

休みの日は、必ず二人の手をひいて、公園に遊びに行きます。いっしょに過ごす時間が増えるほど、今まで見えていなかった(見ようとしていなかった)ものが見えるようになりました。

「これ以上、何をこの子達に望むつもりだ。」と思えます。
先日、息子が「パパと公園に来るのは楽しい。」と言ってくれました。たったそれだけの言葉ですが、涙が出そうになりました。初めて聞いた言葉でした。

情けない最低の父親でした。

間に合ったのでしょうか? 間に合ったと信じたいです。
これからも努力します。息子や娘の中に「もう一人の私」を育てないために。

長々と書いてしまいましたが、救って頂いた「感謝」とお受け取り下さい。
以前、「中傷や批判も多いし、メルマガなんか止めてしまおうと思うこともある。」と書かれていましたね。

大変な活動をしかも無償でやっておられる苦労には、頭が下がります。くだらない中傷や批判など、無視すべきでしょう。そもそもホームページやメルマガというものは、「情報源」であり、受け側が自分のフィルタを通して受け取るべき性質のものです。

必要ない情報、賛成できない内容は、読み飛ばせば良いのです。

それをわざわざ批判するような人間は、「単なる自意識過剰な暇人」でしょう。

可能な限り、続けてください。「救われるべき人、気づくべき人」が必ずいるはずです。
少なくとも私は、救われた。

人一倍、子育てに熱心な親。自分の生い立ちに多少なりとも「傷」を持っているからこそ、そうなる人。

実は、そんな人が一番、危険なのでしょう。皮肉なことですが。そんな方々をこれからも救ってあげて下さい。

今後のさらなる活躍を心からお祈り致します。

                      福岡県T市、DT(父親、三九歳)

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【DTさんへ】

 自分を知るということは、本当に、むずかしいですね。私も、自分の姿が、おぼろげながらわかり始めたのは、四五歳を過ぎてからではなかったかと思います。「私のことは、私が一番、よく知っている」と、思っていました。……思いこんでいました。

 そして私自身の「欠陥(けっかん)」が、実は、乳幼児期につくられたものであることに気づいたのは、そのあとのことです。

 私たちの中には、(私であって、私である)部分と、(私であって、私でない)部分とがあります。その(私であって、わたしでない)部分は、実は、その人の乳幼児期につくられるのですね。しかも私の中には、その(私であって、私でない)部分のほうが、はるかに大きいのです。

 どの人も、(私は私だ)と思いこんで、(私であって、私でない)部分に、動かされているだけなのですね。よい例が、性欲です。

 フロイトは、人間のすべての行動力の原点になっているエネルギー(=リピドー)は、(性的エネルギー)だと言っています。いろいろな反論もあるようですが、たしかにそういう部分は、ありますね。そのことは、女性たちが化粧する姿を見ていると、よくわかります。

 先日も、ローカル線に乗っていたら、反対側に座っていた若い女性が、人目もはばからず、懸命に、化粧をしていました。ああいう姿を見ると、「ああこの女性も、(私であって、私でない)部分に、動かされているんだな」と。

 わかりやすく言うと、(私であって、私でない)部分が、大きな土台で、(私であって、私である)部分というのは、その上に咲いた、小さな花のようなものかもしれません。私たちは、何かにつけて、(私であって、私でない)部分に振りまわされているだけ?、ということになります。

 子育ても、まさに、そのとおり。

 いちいち頭の中で考えながら、子育てをしている人は、まず、いません。「頭の中では、わかっているのですが、いざ、その場になると……」というのが、たいていの親たちの、偽らざる感想です。

 もっとはっきり言えば、子育てというのは、条件反射のかたまりのようなものかもしれません。いつも、(私であって、私でない)部分が、勝手に、反応してしまいます。もう少し深刻な例では、子どもを愛せない母親たちです。

 公式の調査でも、そういう母親は、約七%はいるということですが、このことは、幼児を調べてみても、わかります。

 それとなく幼児(年中児、年長児)のそばに、ぬいぐるみを置いてあげるのですが、「かわいイ~」とか何とか言って、プラスの反応を示す子どもは、約八〇%。残りの二〇%の子どもは、反応を示さないばかりか、中には、足で、キックする子どもさえいます。

 すでにこの時期、母性愛(父性愛)は、ほぼ、完成されているのですね。

 では、その原因は何かとさぐっていくと、ここでいう乳幼児期にあるということがわかってきます。この時期、両親の愛に、たっぷりと恵まれ、不安や心配のない環境の中で育てられた子どもは、自然と、母性愛(父性愛)を身につけ、そうでない子どもは、そうでないということです。

 ……と考えていくと、いつも、「では、私自身はどうか?」という問題にぶつかります。幼児教育のおもしろさは、ここにありますが、その話は、また別の機会にするとして、「では、私自身は、どうなのか?」と。

 ここで重要なことは、(子どもを愛することができる)親も、(子どもを愛することができない)親も、それはその人自身が、自分でそうなったというよりは、生まれ育った環境の中で、そのように、つくられたということです。

 私も、結構、不幸な家庭で育っています。まったく育児をしない父親。反面、私を溺愛した母親。そんな私が、かろうじて(?)、自分でありつづけることができたのは、祖父母が同居していたからに、ほかなりません。加えて、戦後直後の混乱期。今の常識から考えれば、もう、めちゃ、めちゃな時代でした。

 いつしか私は、(私であって、私でない)部分さがしを、始めるようになりました。

 恐怖症的体質は、どうして、そうなったのか。
 分離不安的体質は、どうして、そうなったのか。
 なぜ、私は興奮性が強いのか。

 子育てについても、どうして私の子育てのし方は、ぎこちないのか、などなど。

 ……こうして考えていくと、実は、(私であって私である)部分というのは、ほとんど、ないことに気づきました。「ない」というより、私は、(私であって私でない)部分を、「私」と思いこんでいただけと、思い知らされました。

 これもよい例ですが、ときどき町の中を歩いていると、車の中から、通りを歩く女性を、ギラギラとした目つきで、見つめている若い男たちを、見かけます。ナンパしようとしているのですね。ときどき、ヒワイな笑みを浮かべあって、たがいにニヤニヤしあっています。

 そういうとき、その男たちは、自分では、自分の意思でそうしていると思っているかもしれませんが、やはり、性欲という、(私であって私でない)部分に、動かされているだけということになります。「動かされている」というより、「操られている」と言ったほうが、正確かもしれません。

 そう、まさに操られているわけですが、子育ての世界にも、たとえば、「虐待」というのがあります。

 虐待する親に会って、話を聞いたりすると、そういう親たちも、自分の意思ではどうにもならない部分で、操られているのがわかります。虐待する親にしても、いつもいつも、虐待しているわけではないのですね。あるときの、ある瞬間に、突発的に、カーッとなって、虐待してしまうのです。自分の意思ではないものに操られて、です。

 ……またまた話が脱線しそうになったので、この話も、ここまでにしておきます。

 しかしDTさんへ、いろいろな問題があるにせよ、こうした(私であって私でない)部分が引きおこす問題は、それに気づくだけで、ほぼ解決したとみます。あとは時間が解決してくれます。

 問題は、そうした問題があることではなく、そうした問題があることに気がつかないで、それに引きずりまわされることです。そして同じ失敗を、繰りかえす……。DTさんも、幸いなことに、今、それに気づき始めています。私は、それを、率直に、喜んでいます。

 で、あえて、一言、アドバイスさせてもらうなら、「居なおりなさい」ということ。

 「いい親でいよう」とか、「いい家庭をつくろう」とか、そういうふうに、考えてはいけません。自分が不完全であることを認めた上で、「私は、私だ!」「不完全で、どうしようもない私だが、私は、私だ!」と居なおるのです。DTさんだけではない。みんな、十字架の一つや二つ、あるいは三つや四つは、背負っています。そしてみんな、ボロボロの心を、懸命に修復しながら、がんばって生きています。

 不完全であることを、恥じることはないし、そういう自分を、失格者だと思うことも、ないのです。しかたないでしょう。それが人間ですから……。

 ほとんど役にたたない、長い返事になってしまいましたが、メール、ありがとうございました。むしろ私のほうが、勇気づけられ、励まされました。ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。

 なお、抗議というわけではありませんが、昨日、実に愉快な(失礼!)FAXをもらいました。それについては、別の原稿で、書いてみます。ときどき、こういうことがあるから、人生は、おもしろいですね。
(031210)

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【4】フォーラム∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

●抗議(?)

 教室へ行くと、FAX(A四紙で、二枚)が届いていた。教室の電話番号は、公開している。読むと、つぎのようにあった。

(内容は、そのまま紹介できない。転載の許可をもらっていない。またその許可をもらうつもりもない。以下、内容を改変して、要約。)


 「私は、自分で言うのも、何ですが、かなり有名な人間です。私の名前を、インターネットで検索してみてください。GG研究所のAUという者です。

貴殿は、ホームページで、予言や占いに疑問を呈しておられますが、世の中には、人知を超えた、不思議なことは山のようにあります。私の体験が、貴殿の役にたてれば、うれしいです。また、貴殿のコチコチの頭(貴殿の言葉を借用)の、よい刺激になれば、幸いです。

 私は、先日、XXという占い師に、自分の運命を占ってもらいました。結果、つぎのように言われました。『あなたの娘は、大学には、無事合格するだろう。が、同時に、その前後の日に、あなたは交通事故にあう。それを避けるためには、三羽の文鳥を飼いなさい』と。

 で、娘は無事、大学に合格しましたが、何と、その合格発表の朝、そのために飼った三羽の文鳥が、カゴの中で死んでいました。そこで、そのXXという占い師に、そのことを話すと、『三羽の文鳥が、あなたの身代わりになって、死んだのです』とのこと。

 あなたは、こういう事実を、どうかお考えですか。一方的に、予言や占いを否定するあなたの良識を疑います」(AUさん、東京都在住)と。


 私は、「一方的に」否定しているのではない。「完全に」否定しているのである。順に、AUさんからの抗議に反論してみよう。

 娘さんが、大学に合格したのは、娘さんの努力によるものではないのか。もし運命が先に決まっているなら、遊んでいても、合格するという運命にある人は、合格できるということになってしまう。反対に、合格しないという運命にある人は、いくら勉強しても、合格できないということになってしまう。

 「運命によって決まっていた」などと言うことは、努力をした娘さんに対して、失礼というもの。

 また交通事故にあうか、あわないかということは、偶然と確率によるもの。運命ではない。だいたいにおいて、自動車にしても、人間が、自ら、つくったものではないか。仮に、こうした運命が「天の意思」によるものだとするなら、その「意思」は、どこでコントロールされているというのか。

 ためしに夏の暑い日に、道路をゆっくりと歩いてみればよい。そしてそのあとを、よく観察してみればよい。あなたは、道路を歩くだけで、何匹かのアリを殺しているはず。

 そのアリは死んだが、その死ぬという運命は、決まっていたのか。もし決まっていたとするなら、あなたが歩かなかったとしても、そのアリは、死んだはずである。しかし、どうやって?

 学生時代、ある男と、こんな議論をしたことがある。

私「私は、今、一〇円玉を握っている。手を開くと、この一〇円玉はどうなるか」
男「落ちる。それがその一〇円玉の、運命だ」
私「では、手を開かない」
男「もし、そうなら、その一〇円玉は、落ちない。そういう運命になっている」
私「じゃあ、開く……」
男(ポトリと落ちた一〇円玉を見ながら)、「この一〇円玉は、落ちるという運命になっていた」と。

 さらに「三羽の文鳥が死んだ」ことについて。

 このFAXが届いたとき、私の教室に、六年生の子どもたちが集まっていた。そこでそのFAXを、読んで聞かせてみた。いろいろな意見が出たが、一人の子どもは、こう言った。

 「どうして文鳥は、死んだのか。死因は書いてあるか?」「ない」
 「どうして三羽なのか。二羽ではいけなかったのか?」「?」
 「文鳥と、交通事故とは、どういう関係があるのか?」「??」
 「どうして文鳥が死んだのか、解剖してもらえばいい」「そうだな」と。

 こういうメールで、「良識」という言葉を使われると、頭の中の脳細胞が、バチバチとショートしてしまう。

 このAUさんに、ゆいいつアドバイスすることができるとしたら、「もう、私のホームページを読むのは、おやめなさい」ということ。読んでイライラするなら、読まないほうがよい。「私は私」だし、「あなたはあなた」ではないか。残念ながら、私は、AUさんのホームページなど、見たくもない。

 こうした抗議は、ときどき届く。しかし今回は、かなりユニークな内容だったので、こうして少し、考えてみた。
(031210)

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●布教活動

 昨日も、ある宗教団体の人たちが、我が家へやってきた。N会という、キリスト教系の宗教団体である。

その会では、布教活動を除いて、その会員以外との交際を、原則として禁じている。しかも一か月に、三〇時間程度の布教活動が、義務づけられているという。そこで電話で、「布教活動は、義務なのですか?」と聞くと、「あくまでも信者の方の自主的な判断によるものです。でも、熱心な信者なら、みなそうしています」とのこと。ナルホド!

 人は、それぞれ何かを求めて、信仰に、身を染める。だからそういう人たちを批判したり、非難したりしても、意味はない。皆、懸命なのだ。よく誤解されるが、宗教団体があるから、信者がいるのではない。宗教を求める信者がいるから、宗教団体がある。

 しかしその熱心な布教活動には、頭がさがる。聞くところによると、そうして家庭に配って歩く、小冊子やパンフレットは、それぞれの信者が、自前で購入するのだそうだ。そしてそれが、「会」としての組織の収入になるという。

 その彼らは、いつも、こう言う。「終末は近い。この信仰を信じたものだけが、最後の審判を受けて、天国へ行くことができます」と。

 言いたいことは、山のようにあるが、その話は別として、ある日、ワイフはこう言った。「あの人たち、家事はどうしているんでしょうね?」と。

 月に三〇時間というが、土日の計八日で割っても、一日、四時間弱ということになる。しかし悪いことばかりではない。一日四時間も歩けば、よい運動になる。それに何人かの人たちが集まって、グループ活動をすることは、それなりに楽しい。事実、あの宗教団体の人たちは、みな、和気あいあいとしている。はたから見ても、実に楽しそうだ。

 ただ一言。他人の家に、勝手にやってきて、「私たちは、絶対、正しい」と言うのだけは、やめてほしい。そう言うということは、「あなたは、まちがっている」と言うに等しい。考えてみれば、これほど、失敬なことはない。

 しかも自分で考えて、そう言うならまだしも、まるでテープレコーダーのように、その指導者の言葉を繰りかえすだけ。そういう人の意見には、一片の価値もない(失礼!)。

 で、私も一度、あのN会について調べたことがあるが、彼らの予言とやらは、過去において、何度もはずれている。そしてその終末時に、神が天からおりてくるということだったが、今までに、一度も、そういうことはなかった……などなど。

 言いたいことは、山のようにあるが、この話は、ここまで。ああいう団体の人たちとは、あまりかかわりをもちたくない。「どうぞ、誤勝手に!」というのが、私の今の気持。

【追記】
 こういった宗教団体の多くは、それ以外の思想に触れることを、きびしく禁じている。同窓会に出ることすら、禁じている宗教団体もある。

 しかし、みなさん、ご注意。宗教団体を批判すると、ものすごいというか、そのあと執拗な抗議(いやがらせ)がつづく。私は、もうなれたが、それなりの覚悟のない人は、やめたほうがよい。

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年賀状

 「今日こそ……」と思いつつ、今日も、住所録の更新ができないでいる。私は、「筆まめ」(パソコンソフト)を使って、住所録管理しているが、それでも、めんどうに感じてしまう。以前は、住所を、ワイフと二人で、三日がかりで書いていたものだが……。

 どうしてだろう……? その気になれば、数時間ですむ作業のはずなのだが……。

 この数年、年賀状についての疑問が、ムラムラとわいてきた。「出したくない」というのではない。「どうして出さねばならないのか」という疑問である。

 私の知人の中には、その人は、今年の二月に亡くなったが、年末のあいさつ状には、こうあった。

 「新年のあいさつができそうもありませんから、妻に、このあいさつを代筆してもらいます」と。

 こだわる人は、そこまでこだわる。死ぬ間際になっても、年賀状を出さねばならないと考える、そのエネルギーは、どこからくるのか? 私がワイフに、「年賀状って、出さねばならないものかねえ?」と聞くと、「そうでもないみたいよ。まったく出さない人もいるみたい」と。

 私の義兄の一人などは、若いときから、年賀状を出したことがない。一枚も、だ。それでいて、人間関係がおかしいかというと、そういうことはない。まったく、ない。出さないなら出さないで、最初からそうなら、問題はないようだ。

 数年前から、私は、年賀状の枚数を、毎年、一〇〇枚単位で、減らしている。今年も、減らすつもり。この二、三〇年、会っていない人や、これからも会うつもりのない人は、もう年賀状を書かない。書いても、意味がない。毎年、どうしても、同じ文面になってしまう。

 ただ生徒は、別。教え子は、別。親からの年賀状には、返事を書かないこともあるが、子どもたちからの年賀状には、必ず、年賀状を出している。これは年賀状という「ワク」を超えた、つまりは私信のようなものだからだ。

 さあ、明日こそは、住所録を、更新しよう。ヤルゾ!

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

日本の英語教育

 D氏(四五歳)はこう言った。「まだ日本語もよくわからない子どもに、英語を教える必要はない」と。つまり小学校での英語教育は、ムダ、と。しかしこの論法が通るなら、こうも言える。「日本もまだよく旅行していないのに、外国旅行をするのはムダ」「地球のこともよくわかっていないのに、火星などに探査機を送るのはムダ」と。

 オーストラリアの中学校では、中一レベルで、たとえば外国語にしても、ドイツ語、フランス語、中国語、インドネシア語、それに日本語の中から選択できるようになっている。「将来多様な社会に柔軟に適応できるようにするため」(M大K教授)だそうだ。

オーストラリアのほか、ドイツやカナダでも、学外クラブが発達していて、子どもたちは学校が終わると、中国語クラブや日本語クラブへ通っている。こういう時代に、「英語を教える必要はない」とは!

 英語を知ることは、外国を知ることになる。外国を知ることは、結局は、この日本を知ることになる。D氏はこうも言った。「中国では、ウソばかり教えている。日本軍は南京で一〇万人しか中国人を殺していないのに、三〇万人も殺したと教えている」と。私が「一〇万人でも問題でしょう。一万人でも問題です」と言うと、「あんたはそれでも日本人か」と食ってかかってきた。

 日本の英語教育は、将来英語の文法学者になるには、すぐれた体系をもっている。数学も国語もそうだ。理由は簡単。もともとその道の学者が作った体系だからだ。だからおもしろくない。だから役にたたない。

こういう教育を「教育」と思い込まされている日本人はかわいそうだ。子どもたちはもっとかわいそうだ。たとえば英語という科目にしても、大切なことは、文字や言葉を使って、いかにして自分の意思を相手に正確に伝えるか、だ。それを動詞だの、三人称単数だの、そんなことばかり教えるから、子どもはますます英語嫌いになる。

ちなみに中学一年の入学時には、ほとんどの子どもが「英語、好き」と答える。が、一年の終わりには、ほとんどの子どもが、「英語、嫌い」と答える。

 さて冒頭のD氏はさらにこう言った。「日本はいい国ではないですか。犯罪も少ないし。どうしてそれを変えなければならないのですか」と。しかしこういう人がふえればふえるほど、日本は国際社会からはじき飛ばされる。相手にされなくなる。

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権威主義と出世主義

●権威主義の親…「私は親」「あなたは私の子ども」という意識が強い。子どもを「物」のように扱う。このタイプの親の典型的な会話。「先生、息子なんて育てるもんじゃないですね。横浜の嫁に取られてしまいまして…。さみしいもんですわ」と。息子が横浜の女性と結婚したことを、このタイプの親は「取られた」と言う。「娘を嫁にくれてやる」とか、「嫁をもらう」とか言うこともある。

 さらに上下意識が強くなると、「親に向かって!」「お前は、だれのおかげで…!」とか言うことが多くなる。

●出世主義の親…「立派な」とか「偉い」とかいう言葉をよく使う。「立派な家を建てましたね」「あの人は偉いもんだ」とか。子どもには、「立派な人になれ」「偉い人になれ」とか言う。あるいは一方的に子どもに高い学歴を求める。

このタイプの親は、見栄やメンツを重んじる。世間体を気にする。派手な結婚式をしたり、家の格式を重んじたりする。職業による差別意識も強い。私が幼稚園の教師をしていることについて、「どうせ、お前は学生運動か何かしていて、ロクな仕事につけなかったのだろう」と言った人(男性六十歳)がいた。。そういうものの考え方をする。

 権威主義にせよ、出世主義にせよ、それが強ければ強いほど、親子関係はぎくしゃくしてくる。親にとっては、居心地がよい世界かもしれないが、子どもにとっては、居心地が悪い。要するに親は、子どもの者の心が見えなくなる。子どもはますます心を隠す。その分だけ、子どもの心は親から離れる。この悪循環が、時として親子の間に、深刻な亀裂をつくる。

「断絶」というような、なまやさしいものではない。成人してからも、「親と会うだけで、不安になる」という人はいくらでもいる。「盆や正月に実家へ帰ることができない」という人(女性三十歳)もいる。さらに悲劇は続く。息子や娘がそういう状態にあっても、このタイプの親はそれに気づかない。たいていの親は、自分では「私こそ親の鏡」と思い込んでいる。

 日本人は明治以後においても、あの封建時代を清算していない。もっと言えば心の奥底で、いまだにそれを支えている。美化する人さえいる。しかし封建意識は伝統でも文化でもない。あの江戸時代という時代は、世界の歴史の中でも類がないほど、暗黒かつ恐怖政治の時代だった。いまだにその名残を日本の子育ての中に見ることができる。 

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日本語と英語

 日本語と英語は、必ずしも一致しない。こんなことがあった。昔、オーストラリアの学生に、「君はどの島から来たのか」と聞かれたことがあった。私はムッとして、「島ではない。本州(メイン・コンチネント)だ」と言うと、彼のみならず、周囲の者まで、どっと笑った。私が冗談を言ったと思ったらしい。

英語で、メイン・コンチネントというと、中国大陸や欧州大陸のような大陸をいう。驚いたのは、オーストラリアの大学で使うテキストでは、日本は「官僚主義国家」となっていたことだ。「君主(天皇)官僚主義国家」となっているテキストもあった。日本が民主主義国家だと思っているのは、恐らく日本人だけではないか。ほかに自衛隊は、英語でズバリ、「軍隊」となっていた。安保条約は、「軍事同盟」となっていた。まだある。

 ある日のこと。私がオーストラリアの学生に「もし君たちの国(カントリー)が、インドネシア軍に襲われたら、君たちはどうするか」と聞いたときのこと。オーストラリアではインドネシアが、仮想敵国になっている。すると皆、「逃げる」と答えた。「祖父の故郷のイギリスへ帰る」と言ったのもいた。

何という愛国心。私があきれていると、「ヒロシ、この広い国を、どうやって守れるのか」と。英語でカントリーというときは、「郷土」という土地をいう。そこで質問を変えて、「では、君たちの家族が襲われたらどうするか」と聞くと、皆、血相を変えて、こう言った。「そのときは命がけで戦う」と。

同じようなことだが、「愛国心」を英語では、「ペイトリアティズム」という。もともとは、「父なる大地を愛する」を意味するラテン語の「パトリス」に由来する。つまり彼らが愛国心と言うときは、「郷土を愛する心」という意味でそれを言う。

 また日本語で「偉い人」と言いそうなときには、彼らは「リスペクティド・マン」という。「尊敬される人」という意味だ。しかし「偉い人」と「尊敬される人」の間には、越えがたいほど、大きな谷間がある。日本では肩書きや地位のある人を、「偉い人」という。肩書きや地位のない人は、あまり偉い人とは言わない。一方、英語で「尊敬される人」というときは、地位や肩書きは、ほとんど問題にしない、などなど。

 一見欧米風の生活をしている日本人だが、中身はどうか…? 英語をよく知っている人も、そうでない人も、一度これらの問題をよく考えてみてほしい。

【補足】

愛国心教育について

「愛国心は世界の常識」(政府首脳)という。しかし本当にそうか?

 英語で「愛国心」というのは、「ペイトリアチズム」という。ラテン語の「パトリオス(父なる大地)」に由来する。つまりペイトリアチズムというのは、「父なる大地を愛する」という意味である。私にはこんな経験がある。

 ある日、オーストラリアの友人たちと話していたときのこと。私が「もしインドネシア軍が君たちの国(カントリー)を攻めてきたら、どうする」と聞いた。オーストラリアでは、インドネシアが仮想敵国になっている。が、皆はこう言った。「逃げる」と。「祖父の故郷のスコットランドに帰る」と言ったのもいた。何という愛国心! 

私が驚いていると、こう言った。「ヒロシ、どうやってこの広い国を守れるのか」と。英語でカントリーというときは、「国」というより、「郷土」という土地をいう。そこで質問を変えて、「では君たちの家族がインドネシア軍に襲われたらどうするか」と聞いた。すると皆は血相を変えて、こう言った。「そのときは容赦しない。徹底的に戦う」と。

 一方この日本では、愛国心というと、そこに「国」という文字を入れる。国というのは、えてして「体制」を意味する。つまり同じ愛国心といっても、欧米でいう愛国心と、日本でいう愛国心は、意味が違う。内容が違う。

 たとえばこの私。私は日本人を愛している。日本の文化を愛している。この日本という大地を愛している。しかしそのことと、「体制を愛する」というのは、別問題である。体制というのは、未完成で、しかも流動的。そも「愛する」とか「愛さない」とかいう対象にはならない。愛国心という言葉が、体制擁護の方便となることもある。左翼系の人が、愛国心という言葉にアレルギー反応を示すのは、そのためだ。

 そこでどうだろう。愛国心という言葉を、「愛人心」「愛土心」と言い換えてみたら。「郷土愛」でもよい。そうであれば問題はない。私も納得できる。右翼の人も、左翼の人も、それに反対する人はいまい。子どもたちにも胸を張って、堂々とこう言うこともできる。

「私たちの仲間の日本人を愛しましょう」「私たちが育ててきた日本の文化を愛しましょう」「緑豊かで、美しい日本の大地を愛しましょう」と。その結果として、現在の民主主義体制があるというのなら、それはそれとして守り育てていかねばならない。当然のことだ。

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日本の教育レベル

 東大のある教授(理学部)が、こんなことを話してくれた。「化学の分野には、一〇〇〇近い分析方法が確立されている。が、基本的に日本人が考えたものは、一つもない」と。

あるいはこんなショッキングな報告もある。世界的な標準にもなっている、TOEFL(国際英語検定試験)で、日本人の成績は、一六五か国中、一五〇位(九九年)。「アジアで日本より成績が悪い国は、モンゴルぐらい。北朝鮮とブービーを争うレベル」(「週刊新潮」)だそうだ。

オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本には数えるほどしかいない。あの天下の東大には、一人もいない(〇〇年)。ちなみにアメリカだけでも、二五〇人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い。

「日本の教育は世界最高水準にある」と思うのは勝手だが、その実態は、たいへんお粗末。

 日本の銀行は、護送船団方式でつぶれた。政府の手厚い保護を受け、その中でヌクヌクと生きてきたため、国際競争力をなくしてしまった。しかし日本の教育は、銀行の比ではない。護送船団ならぬ、丸抱え方式。教育というのは、二〇年先、三〇年先を見越して、「形」を作らねばならない。が、文部省の教育改革は、すべて後手後手。

南オーストラリア州にしても、すでに一〇年以上も前から、小学三年生からコンピュータの授業をしている。メルボルン市にある、ほとんどのグラマースクールでは、中学一年で、中国語、フランス語、ドイツ語、インドネシア語、日本語の中から、一科目選択できるようになっている。

 いろいろ言われているが、地方分権、規制緩和が一番必要なのは、実は教育の世界なのである。もっとはっきり言えば、文部省による中央集権体制を解体する。だいたいにおいて、頭ガチガチの文部官僚たちが、日本の教育を支配するほうがおかしい。日本では明治以来、「教育というのはそういうものだ」と思っている人が多い。が、それこそまさに世界の非常識。あの富国強兵時代の亡霊が、いまだに日本の教育界をのさばっている!

 今まではよかった。「社会に役立つ人間」「立派な社会人」という出世主義のもと、優良な会社人間を作ることができた。「国のために命を落とせ」という教育が、姿を変えて、「会社のために命を落とせ」という教育に置き換わった。企業戦士は、そういう教育の中から生まれた。が、これからはそういう時代ではない。

日本が国際社会で、「ふつうの国」「ふつうの国民」と認められるためには、今までのような教育観は、もう通用しない。いや、それとて、もう手遅れなのかもしれない。よい例が、日本の総理大臣だ。

 G8だか何だか知らないが、日本の総理は、出られたことだけを喜んで、はしゃいでいる。そうではないのかもしれないが、私にはそう見える。総理なのだから、通訳なしに、日本のあるべき姿、世界のあるべき姿を、もっと堂々と主張すべきではないのか。が、そういう迫力はどこにもない。列国の元首の中に埋もれて、ヘラヘラしているだけ。

そういう総理しか生み出せない国民的体質、つまりその土壌となっているのが、ほかならぬ、日本の教育なのである。言いかえると、日本の教育の実力は、世界でも一五〇位レベル? 政治も一五〇位レベル? どうして北朝鮮の、あの悪政を、笑うことができるだろうか。

Hiroshi Hayashi, Japan∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞







件名:■■子育て最前線の育児論byはやし浩司■■育児ノイローゼ&虐待

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子育て最前線の育児論by はやし浩司(ひろし), Hiroshi Hayashi
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【1】子育てポイント∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞upto797

●赤ちゃん言葉

 日本語には幼稚語という言葉がある。たとえば「自動車」を「ブーブー」、「電車」を「ゴーゴー」と言うなど。「食べ物」を「ウマウマ」、「歩く」を「アンヨ」というのもそれだ。英語にもあるが、その数は日本語より、はるかに少ない。

 こうした幼稚語は、子どもの言葉の発達を遅らせるだけではなく、そこにはもうひとつ深刻な問題が隠されている。

 先日、遊園地へ行ったら、六〇歳くらいの女性が孫(五歳くらい)をつれて、ロープウェイに乗り込んできた。私と背中あわせに座ったのだが、その会話を耳にして私は驚いた。その女性の話し方が、言葉のみならず、発音、言い方まで、幼児のそれだったのだ。「おばーチャンと、ホレ、ワー、楽チィーネー」と。

 この女性は孫を楽しませようとしていたのだろうが、一方で、孫を完全に、「子ども扱い」をしているのがわかった。一見ほほえましい光景に見えるかもしれないが、それは同時に、子どもの人格の否定そのものと言ってもよい。

もっと言えば、その女性は孫を、不完全な人間と扱うことによって、子どもに対するおとなの優位性を、徹底的に植えつけている! それだけその女性の保護意識が強いということになるが、それは同時に、無意識のうちにも孫に対して、依存心をもたせていることになる。

ある女性(六三歳)は、最近遊びにこなくなった孫(小四男児)に対して、電話でこう言った。「おばあちゃんのところへ遊びにおいで。お小づかいをあげるよ。それにほしいものを買ってあげるからね」と。これもその一例ということになる。結局はその子どもを、一人の人間として認めていない。

 欧米では、とくにアングロサクソン系の家庭では、親は子どもが生まれたときから、子どもを一人の人間として扱う。確かに幼稚語(たとえば「さようなら」を「ターター」と言うなど)はあるが、きわめてかぎられた範囲の言葉でしかない。

こうした姿勢は、子どもの発育にも大きな影響を与える。たとえば同じ高校生をみたとき、イギリスの高校生と、日本の高校生は、これが同じ高校生かと思うほど、人格の完成度が違う。

日本の高校生は、イギリスの高校生とくらべると、どこか幼い。幼稚っぽい。大学生にいたっては、その差はもっと開く。これは民族性の違いというよりは、育て方の違いそのもの。

カナダで生まれ育った日系人の高校生にしても、日本の高校生より、はるかにおとなっぽい。こうした違いは、少し外国に住んだ経験のある人なら、だれでも知っていること。その違いを生み出す背景にあるのが、子どもを子どものときから、子ども扱いして育てる日本型の子育て法にあることは、言うまでもない。

 何気なく使う幼稚語だが、その背後には、深刻な問題が隠されている。それがこの文をとおして、わかってもらえれば幸いである。
(はやし浩司のサイト:http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●依存心と人格

 依存心が強ければ強いほど、当然のことながら、子どもの自立は遅れる。そしてその分、人格の「核」形成が遅れる。よく過保護児は子どもっぽいと言われるが、それはそういう理由による。

 人格というのは、ガケっぷちに立たされるような緊張感があって、はじめて完成する。いわゆる温室のようなぬるま湯につかっていては、育たない。そういう意味では、依存心を助長するような甘い環境は、人格形成の大敵と考えてよい。

 で、その人格。わかりやすく言えば、「つかみどころ」をいう。「この子どもはこういう子どもだ」という、「輪郭」と言ってもよい。よきにつけ、悪しきにつけ、人格の完成している子どもは、それがはっきりしている。そうでない子どもは、どこかネチネチとし、つかみどころがない。「この子どもは何を考えているのかわからない」といった感じの子どもになる。

そのため教える側からすると、一見おとなしく従順で教えやすくみえるが、実際には教えにくい。たとえば学習用のプリントを渡したとする。そのとき輪郭のはっきりしている子どもは、「もうやりたくない。今日は疲れた」などと言う。そう言いながら、自分の意思を相手に明確に伝えようとする。しかし輪郭のはっきりしない子どもは、黙ってそれに従ったりする。従いながら、どこかで心をゆがめる。それが教育をむずかしくする。

 が、問題は、子どもというより、親にある。設計図の違いといえばそれまでだが、依存心が強く、従順で服従的な子どもを「いい子」と考える親は多い。

つい先日も、私の教室をのぞき、「こんなヒドイ教室とは思いませんでした」と言った母親がいた。見るとその母親がつれてきた子ども(小二男児)は、まるでハキがなく、見るからに精神そのものが萎縮しているといったふうだった。表情も乏しく、皆がどっと笑うようなときでも、笑うことすらできなかった。

そういう子どもがよい子と信じている母親からみると、ワーワーと自己主張し、言いたいことを言っている子どもは、「ヒドイ」ということになる。私は思わず、「あなたの子育て観はまちがっている」と言いかけたが、やめた。

親は、結局は自分で失敗してみるまで、それを失敗とは気づかない。それまでは私のような立場の人間がいくら指導しても、ムダ。しかも私の生徒ならまだしも、見学に来ただけだ。私にはそれ以上の責任はない。

 総じて言えば、日本人は自分の子どもに手をかけすぎ。そうした日本人独特の子育て法が、日本人の国民性にまで影響を与えている。が、それだけではない。日本人の考え方そのものにも影響を与えている。その一つが、日本人の「依存心」ということになる。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●子育てリズム論

 子育てはリズム。親子でそのリズムが合っていれば、それでよし。しかし親が四拍子で、子どもが三拍子では、リズムは合わない。いくら名曲でも、二つの曲を同時に演奏すれば、それは騒音でしかない。そこでテスト。


 あなたが子どもと通りをあるいている姿を、思い浮かべてみてほしい。そのとき、(1)あなたが、子どもの横か、うしろに立ってゆっくりと歩いていれば、よし。しかし(2)子どもの前に立って、子どもの手をぐいぐいと引きながら歩いているようであれば、要注意。

今は、小さな亀裂かもしれないが、やがて断絶…ということにもなりかねない。このタイプの親ほど、親意識が強い。「うちの子どものことは、私が一番よく知っている」と豪語する。へたに子どもが口答えでもしようものなら、「何だ、親に向かって!」と、それを叱る。

そしておけいこごとでも何でも、親が勝手に決める。やめるときも、親が勝手に決める。子どもは子どもで、親の前では従順に従う。そういう子どもを見ながら、「うちの子は、できのよい子」と錯覚する。が、仮面は仮面。長くは続かない。

 ところでアメリカでは、親子の間でも、こんな会話をする。父「お前は、パパに何をしてほしいのか」、子「パパは、ぼくに何をしてほしいのか」と。この段階で、互いにあいまいなことを言うのを許されない。それだけに、実際そのように聞かれると、聞かれたほうは、ハッとする。緊張する。それはあるが、しかし日本人よりは、ずっと相手の気持ちを確かめながら行動している。

 このリズムのこわいところは、子どもが乳幼児のときに始まり、おとなになるまで続くということ。その途中で変わるということは、まず、ない。ある女性(三二歳)は、こう言った。

「今でも、実家の親を前にすると、緊張します」と。別の男性(四〇歳)も、父親と同居しているが、親子の会話はほとんど、ない。どこかでそのリズムを変えなければならないが、リズムは、その人の人生観と深くからんでいるため、変えるのは容易ではない。しかし変えるなら、早いほうがよい。早ければ早いほどよい。

もしあなたが子どもの手を引きながら、子どもの前を歩いているようなら、今日からでも、子どもの歩調に合わせて、うしろを歩く。たったそれだけのことだが、あなたは子育てのリズムを変えることができる。いつかやがて、すばらしい親子関係を築くことができる。

++++++++++++++++++++++

●常識は偏見のかたまり

アインシュタインは、かつてこう言った。「常識などというものは、その人が十八歳のときにもった偏見のかたまりである」と。

●学校は行かねばならぬという常識…アメリカにはホームスクールという制度がある。親が教材一式を自分で買い込み、親が自宅で子どもを教育するという制度である。希望すれば、州政府が家庭教師を派遣してくれる。

日本では、不登校児のための制度と理解している人が多いが、それは誤解。アメリカだけでも九七年度には、ホームスクールの子どもが、一〇〇万人を超えた。毎年一五%前後の割合でふえ、〇一度末には二〇〇万人になるだろうと言われている。

それを指導しているのが、「LIF」(自由に学ぶ)という組織。「真に自由な教育は家庭でこそできる」という理念がそこにある。地域のホームスクーラーが合同で研修会を開いたり、遠足をしたりしている。またこの運動は世界的な広がりをみせ、世界で約千もの大学が、こうした子どもの受け入れを表明している。

● おけいこ塾は悪であるという常識…ドイツでは、子どもたちは学校が終わると、クラブへ通う。早い子どもは午後一時に、遅い子どもでも三時ごろには、学校を出る。ドイツでは、週単位で学習することになっていて、帰校時刻は、子ども自身が決めることができる。

そのクラブだが、各種のスポーツクラブのほか、算数クラブや科学クラブもある。学習クラブは学校の中にあって、たいていは無料。学外のクラブも、月謝が千円前後。こうした親の負担を軽減するために、ドイツでは、子ども一人当たり、二三〇マルク(日本円で約一四〇〇〇円)の「子どもマネー」が支払われている。

この補助金は、子どもが就職するまで、最長二七歳まで支払われる。こうしたクラブ制度は、カナダでもオーストラリアにもあって、子どもたちは自分の趣向と特性に合わせてクラブに通う。

日本にも水泳教室やサッカークラブなどがあるが、学外教育に対する世間の評価はまだ低い。ついでにカナダでは、「教師は授業時間内の教育には責任をもつが、それ以外には責任をもたない」という制度が徹底している。そのため学校側は教師の住所はもちろん、電話番号すら親には教えない。

 日本がよいとか、悪いとか言っているのではない。日本人が常識と思っていることでも、世界ではそうでないということもある。それがわかってほしかった。

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●あのとき母だけでも…

 あのとき、もし、母だけでも私を支えていてくれてていたら…。が、母は「浩ちゃん、あんたは道を誤ったア」と言って、電話口の向こうで泣き崩れてしまった。私が「幼稚園で働いている」と言ったときのことだ。

 日本人はまだあの封建時代を清算しいていない。その一つが、職業による差別意識。

この日本には、よい仕事(?)と悪い仕事(?)がある。どんな仕事がそうで、どんな仕事がそうでないかはここに書くことはできない。が、日本人なら皆、それを知っている。先日も大手の食品会社に勤める友人が、こんなことを言った。

何でもスーパーでの売り子を募集するのだが、若い女性で応募してくる人がいなくて、困っている、と。彼は「嘆かわしいことだ」と言ったので、私は彼にこう言った。「それならあなたのお嬢さんをそういうところで働かせることができるか」と。

いや、友人を責めているのではない。こうした身勝手な考え方すら、封建時代の亡霊といってもよい。目が上ばかり向いていて、下を見ない。「自尊心」と言えば聞こえはいいが、その中身は、「自分や、自分の子どもだけは別!」という差別意識でしかない。が、それだけではすまない。こうした差別意識が、回りまわって子どもの教育にも暗い影を落としている。

この日本にはよい学校とそうでない学校がある。よい学校というのは、つまりは進学率の高い学校をいい、進学率が高い学校というのは、それだけ「上の世界」に直結している学校をいう。

 「すばらしい仕事」と、一度は思って飛び込んだ幼児教育の世界だったが、入ってみると、事情は違っていた。その底流では、親たちのドロドロとした欲望が渦巻いていた。それに職場はまさに「女」の世界。しっと縄張り。ねたみといじめが、これまた渦巻いていた。私とて何度、年配の教師にひっぱたかれたことか!

 母に電話をしたのは、そんなときだった。私は母だけは私を支えてくれるものとばかり思っていた。が、母は、「あんたは道を誤ったア」と。その一言で私は、どん底に叩き落とされてしまった。それからというもの、私は毎日、「死んではだめだ」と、自分に言って聞かせねばならなかった。いや、これとて母を責めているのではない。母は母として、当時の常識の中でそう言っただけだ。

 子どもの世界の問題は、決して子どもの世界だけの問題ではない。問題の根源は、もっと深く、そして別のところにある。


    ミ ( ⌒⌒ ) 彡
      ∞((((( )∞
      │6 6 b
      (" 。 "人
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     ○  ヽ ABC ○
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       ̄ ̄ ̄ヽ/ ̄ ̄ ̄        掲示板にお書き込みください。

【2】特集∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

●被害妄想

 育児ノイローゼから、子どもの受験ノイローゼ。母親たちが、陥りやすい「うつ病?」の一種に、こうしたノイローゼがある。

 子どもが選別されるという恐怖。子どもの将来への不安や心配。そういうものが、混然一体となって、母親たちの心をゆがめる。

 しかしたいていの人は、この段階で、自分がおかしいと気がつく。こういうのを「病識」という。が、中には、その病識がない人がいる。

 夫が、妻の異変に気づき、夫が、妻に、「病院へ行ってみたら」と勧めるのだが、妻が、がんとして、それを拒否したりする。「私は、何ともない!」と。

 「こうした病識のない人が一番、困る」と、いつか、かかりつけの内科医(ドクター)が、そう言っていたのを、覚えている。つまり、それだけ、脳の中枢部が変調していることになる。

 こうしたノイローゼになるのは、その母親の勝手だが、そういった母親が、「自分は、まとも」という前提で、周囲の人たちを巻きこんで、騒ぐことがある。その中でも、周囲の人たちが、もっとも迷惑するのが、被害妄想。

 私も、もともと、うつ気質の人間だから、その被害妄想というのが、どういうものか、よく知っている。

 まず、ささいなことが気になる。そして一度、気になると、それが、心のカベにペタッと張りつく。そして一度、張りつくと、そのことばかり、気になる。

 私のばあい、たいていこの段階で、ワイフに相談する。「今のぼくは、おかしいか?」と。すると、ワイフは、「おかしい」と答えてくれる。そこで私は、自分の心に、ブレーキをかける。

 ここで注意しなければならないことは、一度、気になり始めると、それがあらゆる方向に、飛び火しやすいということ。「あれも、ダメだ」「これも、ダメだ」と考えやすくなる。つまり妄想が、生まれる。この妄想が、こわい。

 で、さらに私のばあい、一度、こういう状態になったら、そのことについては、結論を出さないようにする。つまり、塩漬けにする。そしてできるだけ、その問題からは、遠ざかる。

 が、母親たちにとっては、そうではない。子育ては、毎日のことであり、それから逃れることができない。しかも問題は、好むと、好まざるとにかかわらず、向こうから、つぎからつぎへと、やってくる。

 Kさん(四三歳、母親)は、このところ、マンションの階下の人が出す騒音が気になってしかたないという。料理をする音。人が歩く音。音楽を聞く音など。夫は、床に耳をあてなければ聞こえないような音だというが、Kさんには、それが聞こえるという。

 が、この段階で、ふつうの人は、(「ふつう」という言い方には、問題があるが……)、その瞬間には、そう思うことはあっても、その問題は、すぐ忘れる。しかしノイローゼ気味の人は、そうでない。

 「最近、うちの子の成績がさがってきたのは、階下の人が出す、騒音が原因にちがいない」「私が不眠になったのは、階下の人の家の冷蔵庫のモーターが発する、低周波振動によるものだ」と。

 こうしてとりとめのない、妄想の世界に入っていく。

 この段階でも、病識のある人は、自分のほうがおかしいと気づき、行動にブレーキをかける。しかし、その病識がないと、今度は、新たな行動に出る。階下の人のところへ行き、「息子が、うるさくて勉強できないと言っています。もっと、静かに歩いてください!」と。

 もっともそういうふうに、直接、声を出していく人は、まだ性質(たち)がよいほう。中には、階下の人に対して、執拗ないやがらせを始める人がいる。真夜中に無言電話をかけてみたり、玄関先に、ゴミをまき散らしてみるなど。

 こうなると、もう育児ノイローゼとか、受験ノイローゼという範囲を超えてしまう。

 以前、育児ノイローゼについて書いた原稿(中日新聞発表済み)があるので、それを添付する。

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母親が育児ノイローゼになるとき

●頭の中で数字が乱舞した    

 それはささいな事故で始まった。まず、バスを乗り過ごしてしまった。保育園へ上の子ども(四歳児)を連れていくとちゅうのできごとだった。

次に風呂にお湯を入れていたときのことだった。気がついてみると、バスタブから湯がザーザーとあふれていた。しかも熱湯。すんでのところで、下の子ども(二歳児)が、大やけどを負うところだった。

次に店にやってきた客へのつり銭をまちがえた。何度レジをたたいても、指がうまく動かなかった。あせればあせるほど、頭の中で数字が勝手に乱舞し、わけがわからなくなってしまった。

●「どうしたらいいでしょうか」

 Aさん(母親、三六歳)は、育児ノイローゼになっていた。もし病院で診察を受けたら、うつ病と診断されたかもしれない。しかしAさんは病院へは行かなかった。子どもを保育園へ預けたあと、昼間は一番奥の部屋で、カーテンをしめたまま、引きこもるようになった。食事の用意は何とかしたが、そういう状態では、満足な料理はできなかった。

そういうAさんを、夫は「だらしない」とか、「お前は、なまけ病だ」とか言って責めた。昔からの米屋だったが、店の経営はAさんに任せ、夫は、宅配便会社で夜勤の仕事をしていた。

 そのAさん。私に会うと、いきなり快活な声で話しかけてきた。「先生、先日は通りで会ったのに、あいさつもしなくてごめんなさい」と。私には思い当たることがなかったので、「ハア……、別に気にしませんでした」と言ったが、今度は態度を一変させて、さめざめと泣き始めた。そしてこう言った。

「先生、私、疲れました。子育てを続ける自信がありません。どうしたらいいでしょうか」と。冒頭に書いた話は、そのときAさんが話してくれたことである。

●育児ノイローゼ

 育児ノイローゼの特徴としては、次のようなものがある。
(1) 生気感情(ハツラツとした感情)の沈滞、
(2) 思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷う、堂々巡りばかりする、記憶力の低下)、
(3) 精神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪失、日常活動への興味の喪失)、
(4) 睡眠障害(早朝覚醒に不眠)など。さらにその状態が進むと、Aさんのように、
(5) 風呂に熱湯を入れても、それに気づかなかったり(注意力欠陥障害)、
(6) ムダ買いや目的のない外出を繰り返す(行為障害)、
(7) ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)、
(8) 同じようにささいなことで激怒したり、子どもを虐待するなど感情のコントロールができなくなる(感情障害)、
(9) 他人との接触を嫌う(回避性障害)、
(10) 過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる。
(11) また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)。こうした兆候が見られたら、黄信号ととらえる。育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍しくない。子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。

●夫の理解と協力が不可欠

 ただこうした症状が母親に表れても、母親本人がそれに気づくということは、ほとんどない。脳の中枢部分が変調をきたすため、本人はそういう状態になりながらも、「私はふつう」と思い込む。あるいは症状を指摘したりすると、かえってそのことを苦にして、症状が重くなってしまったり、さらにひどくなると、冷静な会話そのものができなくなってしまうこともある。

Aさんのケースでも、私は慰め役に回るだけで、それ以上、何も話すことができなかった。

 そこで重要なのが、まわりにいる人、なかんずく夫の理解と協力ということになる。Aさんも、子育てはすべてAさんに任され、夫は育児にはまったくと言ってよいほど、無関心であった。それではいけない。子育ては重労働だ。私は、Aさんの夫に手紙を書くことにした。この原稿は、そのときの手紙をまとめたものである。

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 育児ノイローゼであるにせよ、子どもの受験ノイローゼであるにせよ、大切なことは、自分がそうであることに、自分で気がつくこと。気がつけば、問題のほとんどは、解決したとみてよい。

 この世の中、自分、一人が生きていくだけでも、本当に、たいへん。わずらわしいことが、多すぎる。その上、子どもの心配、仕事や健康の心配。日本や世界の心配。心が、かなりタフな人でも、そのつど、そういったウズに巻きこまれてしまう。

 仮にあなたが、育児ノイローゼや、受験ノイローゼになったとしても、何も、恥ずべきことではない。まじめな親、懸命に子育てをしている親ほど、そうなる。ただ、とても残念なことだが、そういう人ほど、たとえばこうした私の文章を読まない。つまり言いかえると、今、こうして私の文章を読んでいる「あなた」は、まず、心配ないということ。

 どうか、ご安心ください。
(031212)

【3】心に触れる(Touch your Heart)∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞691

【三重県S市のHSさんより、虐待の相談がありました。】

●虐待

 母親のうち、約五〇%が、子どもに、体罰を加えている。そしてそのうち、七〇%が、かなりはげしい、体罰を加えている。計算してみると、約三分の一の母親が、はげしい体罰を加えていることになる※。(虐待といっても、暴力的な体罰だけが、虐待ではない。)

 この中でも、とくにはげしい体罰を、虐待という。が、虐待パパであるにせよ、虐待ママであるにせよ、いつもいつも、子どもを虐待しているわけではない。ある一定の周期性がある。

虐待期……ささいなことや、ちょっとしたきっかけで、子どもにはげしい体罰を加える。

移行期……興奮がやがておさまり、それにかわって、子どもに対する、いとおしさが生まれる。

平成期……むしろ子どもへのサービスが、平均的な親よりも、濃厚となることが多い。子どもの機嫌を必要以上にとったり、子どもに好かれようと、あれこれ努力をする。

油断期……「虐待してはいけない」という思いが強い間は、それがブレーキとして働く。しかしその緊張感が、急速に薄れていく。

虐待期……ささいなことや、ちょっとしたきっかけで、子どもにはげしい体罰を加える。

 このタイプの親の虐待には、ギリギリの限界まで、まさに破滅的な暴力を繰りかえすという特徴がある。「叱る」という範囲を超え、子どもの存在そのものを否定してしまう。バットで、長男の顔を殴りつけていた母親(F市)の話を、聞いたことがある。

 この周期には、個人差がある。一週間単位の親もいれば、一か月単位、あるいはそれ以上の親もいる。ただここにも書いたように、平成期には、むしろ「いい親」でいることが多い。

 一方、子どもの側にしても、虐待されながらも、親を慕う傾向が見られる。施設へ保護しても、それでも、「ママ(パパ)のところにもどりたい」とか言う子どもは、多い。あるいは自分を虐待する親に、献身的に尽くすという傾向も見られる。悲しい、子どもの心理である。

 こうした虐待を、子ども(夫や妻)に対して繰りかえすときは、自分自身の中の、「わだかまり(固着)」を疑ってみる。あるいは、自分自身も、子どものころ、そうした暴力行為を、日常的に経験していた可能性も高い。

 そのわだかまりが、何であるかをまず、知る。望まない結婚であったとか、望まない子どもであったとか、など。経済的困苦や、妊娠や出産に対する不安や、心配が、わだかまりになることもある。

 ある母親は、子ども(中一男子)に、はげしい体罰を加えていた。ときに、瀬戸物の花瓶を投げつけることもあったという。その理由について、その母親は、こう話した。

 「自分を捨てた男の横顔に、息子がそっくりだったから」と。その母親は、ある時期、ある男性と同棲していたが、そのときできた子どもが、その中学一年生の男の子だった。

 こどもがを虐待する親を、一方的に悪いと決めてかかってはいけない。その親自身も、大きなキズをもっている。それは社会的、環境的キズと言ってもよい。その親自身も、そのキズを、どうしてよいのか、わからないでいる。

 もちろんあなたが、虐待ママやパパであるとしても、自分を責める必要はない。あなたはあなただ。しかしもし、あなたにほんの少しでも、勇気があるなら、冷静に、自分の過去をのぞいてみるとよい。そしてあなたの心を、裏から操っている、わだかまりが何であるかを、さぐってみるとよい。

 あとは、時間が、解決してくれる。

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※……東京都精神医学総合研究所の妹尾栄一氏は、虐待の診断基準を作成し、虐待の度合を数字で示している。

妹尾氏は、「食事を与えない」「ふろに入れたり、下着をかえたりしない」などの一七項目を作成し、それぞれについて、「まったくない……〇点」「ときどきある……一点」「しばしばある……二点」の三段階で親の回答を求め、虐待度を調べた。その結果、「虐待あり」が、有効回答(四九四人)のうちの九%、「虐待傾向」が、三〇%、「虐待なし」が、六一%であった。この結果からみると、約四〇%弱の母親が、虐待もしくは虐待に近い行為をしているのがわかる。

 一方、自分の子どもを「気が合わない」と感じている母親は、七%。そしてその大半が何らかの形で虐待していることもわかったという(同、総合研究所調査)。「愛情面で自分の母親とのきずなが弱かった母親ほど、虐待に走る傾向があり、虐待の世代連鎖もうかがえる」とも。
(031212)

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以前、こんな原稿を書きました。
(中日新聞発表済み)

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●虐待される子ども
                    
 ある日曜日の午後。一人の子ども(小五男児)が、幼稚園に駆け込んできた。富士市で幼稚園の園長をしているI氏は、そのときの様子を、こう話してくれた。

「見ると、頭はボコボコ、顔中、あざだらけでした。泣くでもなし、体をワナワナと震わせていました」と。虐待である。逃げるといっても、ほかに適当な場所を思いつかなかったのだろう。その子どもは、昔、通ったことのある、その幼稚園へ逃げてきた。

 カナーという学者は、虐待を次のように定義している。

(1) 過度の敵意と冷淡、
(2) 完ぺき主義、
(3) 代償的過保護。

ここでいう代償的過保護というのは、愛情に根ざした本来の過保護ではなく、子どもを自分の支配下において、思い通りにしたいという、親のエゴに基づいた過保護をいう。その結果子どもは、

(1) 愛情飢餓(愛情に飢えた状態)、
(2) 強迫傾向(いつも何かに強迫されているかのように、おびえる)、
(3)情緒的未成熟(感情のコントロールができない)などの症状を示し、さまざまな問題行動を起こすようになる。

 I氏はこう話してくれた。「その子どもは、双子で生まれたうちの一人。もう一人は女の子でした。母子家庭で、母親はその息子だけを、ことのほか嫌っていたようでした」と。私が「母と子の間に、大きなわだかまりがあったのでしょうね」と問いかけると、「多分その男の子が、離婚した夫と、顔や様子がそっくりだったからではないでしょうか」と。

 親が子どもを虐待する理由として、ホルネイという学者は、

(1) 親自身が障害をもっている。
(2) 子どもが親の重荷になっている。
(3) 子どもが親にとって、失望の種になっている。
(4) 親が情緒的に未成熟で、子どもが問題を解決するための手段になっている、の四つをあげている。

それはともかくも、虐待というときは、その程度が体罰の範囲を超えていることをいう。I氏のケースでも、母親はバットで、息子の頭を殴りつけていた。わかりやすく言えば、殺す寸前までのことをする。そして当然のことながら、子どもは、体のみならず、心にも深いキズを負う。学習中、一人ニヤニヤ笑い続けていた女の子(小二)。夜な夜な、動物のようなうめき声をあげて、近所を走り回っていた女の子(小三)などがいた。

 問題をどう解決するかということよりも、こういうケースでは、親子を分離させたほうがよい。教育委員会の指導で保護施設に入れるという方法もあるが、実際にはそうは簡単ではない。

父親と子どもを半ば強制的に分離したため、父親に、「お前を一生かかっても、殺してやる」と脅されている学校の先生もいる。あるいはせっかく分離しても、母親が優柔不断で、暴力を振るう父親と、別れたりよりを戻したりを繰り返しているケースもある。

 結論を言えば、たとえ親子の間のできごととはいえ、一方的な暴力は、犯罪であるという認識を、社会がもつべきである。そしてそういう前提で、教育機関も警察も動く。いつか私はこのコラムの中で、「内政不干渉の原則」を書いたが、この問題だけは別。子どもが虐待されているのを見たら、近くの児童相談所へ通報したらよい。

「警察……」という方法もあるが、「どうしても大げさになってしまうため、児童相談所のほうがよいでしょう。そのほうが適切に対処してくれます」(S小学校N校長)とのこと。

     ミ ( ⌒⌒ ) 彡
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【4】フォーラム∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

●老いへの準備

 A氏は、四七歳のときに、交通事故にあっている。自転車で路地に出たところで、乗用車にぶつけられた。それからほぼ一〇年になるが、様子は、今でも、まったく「ふつうでない」。

 しゃべるのも、考えるのも、ままならないといったふう。まるで赤ちゃんが話すように、ネチネチとした、話し方をする。

 そのA氏が、こんなことを教えてくれた。

 「交通事故のことは、何も覚えていないのですよ。気がついたときには、病院のベッドの上にいました。横にいた、妻に、『どうして、俺がここにいるのか?』と聞いたほどです」と。

 交通事故の衝撃が脳に伝わる前に、脳のほうが、先に、機能を停止してしまったらしい。それでA氏は、何も覚えていないということらしい。冗談に、「臨死体験はしましたか?」と聞くと、「ある、ある」と。

 A氏のばあいも、きれいな花畑や、青い川を見たという。

 これについては、最近、脳の研究が急速に進んでいる。臨終が近づくと、脳のある特別な部分が、活動を始めるらしいというところまで、解明されてきている。つまり人間の脳は、さまざまな情報を蓄えているが、臨終のときのための情報まで、蓄えているというのである。

 思春期になると、恋をする。自分の子どもが生まれたのを見ると、電撃的な感動をする。その年齢がくると、閉経し、性欲が衰える。こうした機能にあわせて、臨終のときは、すべての苦痛をブロック・アウトし、快楽だけを感ずるように、脳が働き始める、と。

 事実、脳のある部分に、電気的なショックを与えると、臨死体験に似た景色(花畑や川)を見ることまで、わかっている。

 この話と「老い」の話は関係ないように見えるが、私は、自分の「老い」を考えるとき、いつも、この話が、頭の中に浮かんでくる。どうしてか?

 私が私であるのは、脳が、私を、そう認識するからである。もし脳の機能が停止すれば、もう私は私ではない。A氏が、交通事故にあったときのことを、想像してみればよい。A氏の脳は、激痛からA氏を救うため、機能を停止した。そしてそれにかわって、A氏の頭の中では、臨終のときに働き始める、脳の一部が、活動し始めた……?

 となると、A氏は、そのとき、生きていたのか。それとも、すでに死んでいたのか? A氏は、どちらであるにせよ、死の恐怖をまったく感ずることなく、死の直前までいったことになる。死に方としては、つまり精神的な意味での死に方としては、これほど、理想的な死に方は、ない。

 交通事故や大病で死ぬばあいは別として、私は、老いるということは、少しずつ脳の機能が衰えて、「私」を喪失していくことではないかと、思っている。またそうすることによって、つまり「私」から、私をなくすことによって、死の恐怖から、自分を救うのではないか、と思っている。

 私たちがなぜ、死ぬのがこわいかといえば、それは、「私」があるからである。「私の財産」「私の名誉」「私の地位」……と。それをなくすことを、こわがる。だから死ぬのが、こわい。

 しかしもし私から、「私」がなくなれば、死ぬことも、こわくなくなる。そのために、老いるにつれて、脳は、自ら、いろいろな部分の機能を停止し、「私」という意識を薄めていく……?

 A氏は、当然のことながら、死の恐怖は、まったく感じなかった。それを感ずる間もなく、瞬間に、死に近づいてしまったからだ。「私」を感ずる前に、私そのものを、なくしてしまった。

 そこで身のまわりにいる老人たちを、観察してみる。

 死ぬ前になって、仏様のように、おだやかになる人がいる。一方、死ぬ寸前まで、財産や名誉や地位に、執着する人もいる。どちらが、よいのか。またどちらが、私の老後して、あるべき姿なのか。

 ただ、「私」をなくす方法は、脳細胞の老化によるものだけではないということ。もっとも簡単な方法は、ボケること。ボケれば、ひょっとしたら、「私」がわからない分だけ、死ぬのも、こわくなくなるかもしれない。しかし、これが、理想的な方法だとは、だれも、思わない。

 もう一つの方法は、自らの意思(思考)によって、「私」を、なくす方法である。高い道徳や倫理、さらには高邁(こうまい)な宗教観によって、「私」をなくす方法である。多分、私は、幸か不幸か、ボケる家系ではないので、「老い」の準備ということになれば、この方法をとるしかない。

 となると、一つの結論が、出てくる。

 人は老いるにつれて、私から、「私」を取り去らねばならない。

 方法は、簡単。つまり、残りの人生を、私のために生きるのではなく、他人のために生きる。もっとわかりやすく言えば、無私の状態で、他人に尽くせばよい。財産とか、名誉とか、地位とか、そういうことは考えない。「私」を捨てきった状態で、サバサバとした気持で、生きればよい。

今までは、私は、「私」のために生きてきた。しかしこれからは、私は、その「私」を忘れて生きる。あるいはそういう部分を、少しずつ、ふやしていく。つまりこれが、私の考える、「老いへの準備」である。

 もっとも、私はまだ若いから、その準備の前の段階ということになる。少なくとも、今の私には、「私」というしがらみが、ゴミのように、くっついている。これから、まず、それらを一枚ずつ、はがさねばならない。心のどこかには、名誉や地位への未練も、まだ残っている。財産にしても、「私の財産」という意識は、強い。お金は、嫌いではない。もっと、ほしい。世間への、うらみ、つらみも、まだ、じゅぶん、残っている。

 自分自身の老後の生活も、心配だし、息子たちや孫たちの将来も、不安だ。とても、無我の境地で、仏様のように、ハスの花の上に座っていられるような境地ではない。その立場でもない。しかし目標としては、それほど、まちがっていないと思う。

 これから先、一〇年、生きられるか。あるいは二〇年生きられるか。それは、私にはわからない。が、死ぬまでに、少しでもそういう境地に達することができたら、私は、死の恐怖から、自分を解放することができるかもしれない。

 老いを考えるとき、どうしてか、A氏の交通事故の話を思い出す理由は、ひょっとしたら、こんなところにあるのかもしれない。
(031212)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●性欲

 インターネット時代になって、「性文化」の解放が、また一段と進んだ。その気にさえなれば、性器ズバリの写真など、簡単に手にはいる。性交場面の写真も、簡単に手にはいる。

 しかし私が学生のころでさえ、女性の胸までは写した写真はあったが、性器までの写真は、なかった。あったのだろうが、私の手の届く範囲には、なかった。私が、生まれてはじめてその種の写真を見たのは、香港へ行ったときのことだった。(それまでに、ピンボケの写真は、何枚か見たことはあるが……。)

 そういう私だから、「性」への渇望感は、人一倍、強かった。私の知人(高校の同窓生)などは、そのまま女性に狂ってしまったのもいる。

 しかし、この性欲ほど、男にとって、やっかいなものは、ない。これに支配されると、自分が自分でなくなってしまう。と、言いながらも、この性欲は、あらゆる人間の行動力の原点になっている(フロイト)。

 この性欲があるからこそ、人間の社会は、うるおい豊かで、楽しいものになっている。無数のドラマも、そこから生まれる。あの映画『タイタニック』を見て、涙をこぼした人も、多いはず。性欲は、そういった感動の原点にもなっている。

 しかしこのところ、「性欲」に対する考え方が、少しずつだが、変わってきた。とくに今、これだけ簡単に「性」が、日常生活の中に入ってくるようになると、「では、昔の私は何だったのか」と、そこまで考えてしまう。

 少し前までは、陰毛が少しでも写っていたりしただけで、その本や雑誌は、発禁処分になった。しかし今は、もう、ご存知のとおりである。

 私たちは、限られた情報の中で、ただひたすら空想力を働かせて、それを楽しむしかなかった。が、今は、氾濫(はんらん)というにふさわしい。

 で、その結果だが、私の「性」に対する考え方は、大きく変わった。「何だ、こんなものだったのか!」という思いから、つぎに今度は、男と女の区別さえ、あやしくなってきた。若いころは、男と女の間に、地球人と火星人ほどのちがいを感じたが、今は、それも消えた。むしろ、「男も、女も、同じ」と思うことが多くなった。

 さらに五〇歳も過ぎると、急速に精力も衰える。いや、あるにはあるのだが、長つづきしない。めんどうになる。おっくうになる。ワイフは、「男にも、更年期があるのよ」と、さかんに言うが、私は「?」と思っている。相変わらず、枕もとに、ティッシュペーパーは、必需品である。

 まあ、あえて言えば、こうまで「性」が露骨になると、奥ゆかしさがなくなるというか、かえって動物的な感じがしてしまう。まさに「排泄のための、排泄」という感じになってしまう。(事実、そうだが……。)

 しかしここが肝心だが、「私が私」であるためには、私から、性欲を切り離さなければならない。私の中で、どこからどこまでが、性欲のなせるわざであり、どこからどこまでが、「私」なのかを、区別しなければならない。(だからといって、性欲を否定しているのではない。誤解のないように!)

 しかし考えてみれば、私の人生の大半は、その性欲に、裏から操られていただけかもしれない。それがよいことなのか、悪いことなのかはわからないが、考えてみれば、もともと、人間も動物。そんなわけで、このところ、「人間も動物だったのだなあ」と思うことが多い。

 で、今は、そのつぎの段階というか、人間も動物であるという基礎の上で、人間とは何か。男とは何か。女とは何か。そんなふうに考えるようになりつつある。これから先、こうした情報革命が進めば、私の考え方も、さらに大きな影響を受けるだろうと思う。今、そんなことを考えながら、改めて、性欲とは何かを考えてみた。
(031212)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【一二月一一日の私】

●I小学校での講演

 I小学校は、私の地元。三人の息子たちも、みな、世話になった。その小学校での家庭学級。一番、無難な、「子育て、四つの方向性」の話をした。

 で、帰ってからワイフに、その話をしたと告げたら、ワイフが、「あら、その話は、I中学校区でもしたじゃ、ない」と。

 しまった! うかつだった! 同じ校区で、同じ話をするとは!

 おかげで、午後は、気分があまりよくなかった。


●K国の、戦後補償

 K国が、中国を通して、日本に戦後補償の金額を打診してきた。その額、驚くなかれ、何と、400億ドル! 日本円にして、約4兆1000億円!

 アメリカ政府でさえ、最高で、50~100億ドルと見積もっていた。が、その4倍以上! 日本人一人あたり、約4万円弱! まさに、めちゃめちゃな金額。我が家は5人家族だから、約20万円! そんな金額、絶対に払わないぞ! ……払えるわけが、ない!

 一方、そのK国だが、この一二月のはじめから、国連人道問題調整事務所(OCHA)は、約三300万人への配給を停止した(8日)。このままだと、四~五月には、さらに200万人、計500万人への配給を停止せざるをえないという(「朝鮮日報」)。

 悲惨なのは、子どもの約40%が、栄養不良状態にあるということ。うち、7万人は、危険な状態にあるという。しかし、金XXよ、そうなったのは、日本の責任ではない。あんたの悪政が原因だ。

 アメリカも日本も、六か国協議を成功させるつもりは、もう、ない。中国の説得に応じて、K国が、核開発を全面的に放棄すれば話は別だが、金XXが、それを承諾することは、ありえない。

 一方、へたに協議がうまく進めば、K国は、莫大な戦後補償を日本から取りつけ、またまた、武器開発! そんなことを、アメリカが許すはずがない。

 問題は、韓国だが、今日(一一日)の報道によれば、金大中政権時代の韓国統一庁の長官は、K国と、核開発の申しあわせまでしていたという。「K国が核兵器をもてば、同朋である韓国にとっても、有利である」(同報道)と。

 もしそうなら、韓国イコール、北朝鮮と考えてよい。少なくとも、日本にとっては、そうなる。

 それにしても、400億ドルとは、ねエ~! 何かにつけて、K国の言うことは、常識からはずれている。ホント!


● メガネが割れる

 市内のTショップで、おもちゃを買っていたときのこと。小さい文字が見えないので、メガネをはずしたら、そのまま床へ。そしてメガネが割れた。

 メガネ屋へもっていくと、すぐなおしてくれたが、片眼、一万七〇〇〇円。こうした事故は、生活には、つきものだが、しかし……。私の不注意だった。

 しかしこのところ、何かにつけて、よくものを落す。これも脳の老化現象の、なせるわざか。

 気をつけよう!


● 新しいパソコン

 このところ、新しいパソコンが、ほしくてたまらない。毎日、カタログをながめては、ため息ばかりついている。

 別に今、使っているパソコンで、これといって、不自由はないのだが、「フライト・シミュレーター・04」(MS社製)が、できないのが、もの足りない。カタログによれば、ゲームの中で、雲の動きも、再現しているという。一度でよいから、FS・04で、空を飛んでみたい。

 で、今度は、いよいよパソコンを、自作してみるつもり。いろいろなパーツを寄せ集めて、納得できるパソコンに仕あげたい。しかし、どこか不安。心配。

 つい最近まで、アメリカのD社製のパソコンにしようと考えていたが、現物を見て、がっかり。つくりが大ざっぱというか、ベコベコしているというか、ガサガサしているというか……。ただの事務機器という、感じ。通信販売で買わなくてよかった、と、そのとき、つくづく、そう思った。


● 冬、到来!
 
 ここ数日、急に寒くなった。冬が、本格的にやってきた。自転車にまたがると、冷たい風が、身にしみる。しかし五~一〇分も走ると、その冷たさが、ウソのように消える。反対に、頬を切る風が、気持ちよくなる。

 仕事が終わったのが、夜九時。西に向かって、ゆるい坂をのぼる。のぼりきったところで、汗がジワジワと出てくる。そしてそのまま、N高校横のダラダラ坂を、一気にくだる。爽快(そうかい)感が全身を包む。これがあるから、自転車通勤は、やめられない。

 こうして運動をした翌朝と、しなかった翌朝とでは、寝起きがまるでちがう。若いころは、そんなことは感じなかったが、今は、よくわかる。

 運動をした翌朝は、体の筋肉が、呼吸をしている感じ。運動をしなかった朝は、体の筋肉が、どこか、こわばっている感じ。「呼吸している」というのは、細胞一つひとつが、ぽっ、ぽっと、息をしているように感ずることをいう。つまり、「体が軽い」。

 そんなわけで、最近は、雨がつづいたりして、運動ができないと、自転車に乗れる日が、待ちどおしくてならない。みなは、「自転車で、たいへんでしょう」と言うが、私は、まったく、そうは思っていない。

 で、考えてみると、こういうことは言える。

 私の実家は、自転車屋だった。私が子どものころは、子ども用の自転車というのは、まだなかった。そこで祖父が、いつも、特製の自転車を、私のために作ってくれた。おとな用の自転車のあちこちを切断し、そのあと、またつなげて、子ども用の自転車を作ってくれた。

 (本当は、私を宣伝用に使ったのだが……。当時は、こういう自家製の子ども用自転車が、飛ぶように売れた。)
 
 もともと祖父は、鍛冶屋から身を起こした人である。それでそういうことができたのだと思うが、私は、子ども用の自転車に乗り、町の中を走りまわった。まだ自転車に乗れる子どもそのものが、少なかった。それに当時としては、高級品だった。みなが、うらめしそうに私をながめていたのを、よく覚えている。私は、それが誇らしくてならなかった。

 そういう体験が、今でも、心のどこかに残っているのかもしれない。ときどき、こう思うときがある。

 いかにも不健康そうな、同年齢の男が、大型の高級車で、私の横を通りすぎたりすると、「どうして自転車に乗らないのか?」と。「自転車に乗ったほうが、健康のためには、ずっといいのに……」とも。

 そのとき私が感ずる優越感は、まさに、私が子どものころ感じた、あの優越感に似ている。

 冬の話とは関係ないが、今、ふと、そう思った。
(031211)


Hiroshi Hayashi, Japan∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞