Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Saturday, September 27, 2008

*How can we make a comment on Nakayama's statements?

●「日教組は日本のガン」?(Japanese Teachers’ Union is a Cancer of Japan?)

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中山国交相は、自分の失言問題に対して、さらにこう言い切った。

「(失言の)撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」(時事通信)と。

************以下、時事通信記事より****************

……発言に対する野党や世論の反応については「わたしの失言というか、舌足らずというか、言葉狩りに合わないように気をつけんといかん」と述べた。その上で、「日教組が強いところは学力が低い」との発言について「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」と強調した。 

************以上、時事通信記事より****************

大分県の教員汚職事件に関して、中山国交相はつい先日、こう述べたとされる。

「(日教組とからめ)、大分県教委の体たらくなんて、日教組が原因ですよ。日教組の子どもなんて、成績が悪くても先生になるんですよ。だから大分県の学力は低いんだよ」(中日新聞)と。

汚職事件はさておき、中山国交相が言うところの「成績」とは何か。「学力」とは何か。さらに「日教組が強い」というのは、どういう意味なのか。「日教組が強いところは、学力は低い」というが、その根拠はどこにあるのか。「ぶっ壊すために火の玉になる」というのは、どういう意味なのか。

中山国交相の発言は、「失言」の領域をはるかに超えている。中山国交相の思想を疑うというよりは、私は脳みその中身そのものを疑う。あまりにも低次元すぎて、コメント(評論)する気にもならない。何も私たちは、「言葉狩り」、つまり言葉尻をつかまえて、問題にしているわけではない。またそのレベルの話ではない。

日教組に属していても、いなくても、教職にかかわっている人なら、みな、同意見だろう。あきれるよりも先に、笑ってしまう。しかし本当の問題は、このレベルの人間が、大臣をしているという事実。そのおかしさというか、恐ろしさに、私たちはもっと目を向けなければならない。

(こんなレベルの人が、日本の政治を牛耳っているのだぞ!)

たとえば「学力」という問題ひとつ取りあげても、中山国交相は、テストの点数で示されるような学力を念頭に置いているのだろう。もしそうなら時代錯誤もよいところ。40~50年前の昔ならいざ知らず、今どき、こういう発想をする人がいること自体、バカげている。信じられない。

それになぜ国土交通省という畑にいる大臣が、まったく畑ちがいの教育問題で、「火の玉」になるのか? 

さらに「日教組は日本のガン」と発言するに至っては、返す言葉は、ただひとつ。「アホか!」。日教組とはまったく無縁の私にだって、そんな言葉しか、思いつかない。

AS総理大臣がどんな失言をやらかすかと、ハラハラしていた矢先の、この発言。あるいはAS総理大臣なら、中山国交相の発言を擁護するかもしれない。失言では、AS総理大臣のほうが、はるかに先輩。

しかしこんなことを繰りかえしていたら、日本は、ほんとうにメチャメチャになってしまう。知性も理性もない国になってしまう。

「ガン」という言葉にしても、そうだ。今の今も、「ガン」という大病をかかえて苦しんでいる人たちがいる。ガンと闘っている人たちもいる。中山国交相の発言は、そういう人たちへの配慮にも欠ける。あるいはもし自分がガンにでもなったら、そのとき自分のことをどう思うというのだろうか。

世相について、そこにいくら問題があったとしても、病名でそれを表現するのはやめよう。だれもその病気になりたくて、なるのではない。またなったとしても、それを「悪」にからめて考えてはいけない。だれだって病気のひとつやふたつ、かかえているではないか。

中山国交相の罷免もしくは辞任は、当然であるとしても、AS総理大臣にも、任命責任がある。自分自身の過去の失言問題をふりかえりながら、AS総理大臣は、どのような判断をくだすのだろうか。どう責任を取るつもりなのだろうか。

なお「舌足らず」というのは、言葉による表現力に欠ける人がよく使う、弁解用語でしかない。そも大臣ともあろう一国のリーダーが、使う言葉ではない。

●AS総理大臣へ、

大臣の失言なら、たとえばその責任者である総理大臣が罷免することで、まだ問題を解決することができる。しかし総理大臣の発言となると、それが対外的なものであれば、即、戦争ということにもなりかねない。どうか、どうか、失言にはくれぐれも注意してほしい。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 中山国交相 失言問題)