Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Wednesday, December 26, 2007

*Spoiled Kids who live on Pleasure

●音楽と私

I have started to insert motion pictures and its related music onto my website, which has widen my world of internet. Motion pictures with music are downloaded from ‘You Tube’ and they are very exciting.

+++++++++++++++++

新しい試みとして、HPやマガジンの
ほうで、エッセーと音楽をシンクロナイズ(同調)
させることをしている。

音楽は、YOU TUBEのほうで公開されて
いるものを使う。著作権法上の問題はないはず。

で、これが、実に楽しい。おもしろい。

今は、テスト段階だが、やがて動画で、自分のHPや
マガジンを飾ることもできる。
今までを、「静止画」の世界とするなら、これからは
「動画+音楽」の世界ということになる。

世界が、ぐんと広がった。そんな感じがする。

+++++++++++++++++

●享楽的(きょうらくてき)

We often use the word “Kyo-raku-teki”, or “to live on enjoyment” when we criticize boys and girls who have been spoiled. These kids are called in Japan, “Dora-musuko” or “Dora-musume”, or “”Spoiled male cat” or “Spoiled female cat”. Because these cats are so lazy fellows that they don’t work at all or are just living on pleasure. Here I would like to think about it from the deeper point of view.

 よく子どもを評するとき、「享楽的」という言葉を使う。ドラ息子、ドラ娘特有の症状ということになる。しかし「享楽的」というのは、どういう意味か。「目先の快楽に生きるさま。官能的快楽に傾くさま」(国語大辞典)とある。

 こう考えてみたらよい。

 享楽的な子どもは、より強い刺激を求める傾向が強い。ありきたりの刺激では、満足しない。また刺激がとぼしくなると、「つまらない」「おもしろくない」を連発する。そしてひとたび刺激を受けると、一瞬のうちに興奮状態になる。ワイワイと騒いだり、動き回ったりする。

 その(こと)を楽しむというよりは、見ていると、興奮しながら、刺激に支配されるまま、自分勝手な行動を繰り返しているといったふうになる。冷静な判断力を失い、静かに考えて行動するということができなくなる。

 たとえば部屋の中で、ボール(手のひら大のソフトボール)を見つけたとする。とたん、それを手にして、あたりに向かって、投げる。そのボールが、壁に当たって、近くの人形に当たったとする。すると、「当たった」「当たった」と、声を出してはしゃぐ。

 が、それで止まるわけではない。今度は、そのボールを、ほかの子どもに向かって投げる。同調者が現れて、そのボールを受け取ったりすると、今度は、その子どもと、キャッチボールを始める。投げる、当てる、騒ぐ・・・。

 こうしてますます興奮状態に入っていく。

 強く制すれば、その瞬間だけ、それをやめる。あるいは、シュンとした表情にもどる。一応の制止がきく。(ADHD児は、制止がきかないという点で、このタイプの子どもと区別される。)

 万事に、興奮性が強いため、突発的な行動に出ること多い。予測ができない。先にも書いたように、つねにより強い刺激を求めて、自分の欲望を満足させようとする。欲望・・・つまり、(~~したい)と思うことだけを増幅させる。

 さらによく観察すると、本来なら行動を抑制するはずのブレーキが働いていないのがわかる。言うまでもなく、人間の行動は、(行動命令)と(抑制命令)のはざまで、決定される。そのバランスが崩れる。わかりやすく言えば、抑制命令がきかず、行動命令だけが過剰に働く。

 行動から、(なめらかさ)が消えるのは、そのためと考えてよい。

 で、この段階で、前頭前野の理性によるコントロールが働けば、まだ救われる。が、理性による管理能力そのものが、鈍くなる。水の入った花瓶が近くにあっても、平気でボールを投げて遊ぶ。

 では、どうするか?

 子どもの享楽性は、先にも書いたように、ドラ息子、ドラ娘症状のひとつと考えてよい。自分勝手でわがまま。享楽性は、その一部ということになる。で、このタイプの子どもは、幼いときから、日常的に(刺激的な環境)に育っていることが多い。親のほうが、子どもが望む前に、つぎつぎと刺激を与えている。またそうした刺激を与えることが、子どものためと誤解している。「ほら、○○遊園地へ行こう」「ほら、○○ゲームをしよう」と。

 あとは、この悪循環。

 何度も書くが、子どもは、質素に育てるのがよい。ぜいたくをするにしても、子どもには、見せない。聞かせない。コツは、(楽しみ)の前には、必ず(苦労)があることを、わからせるようにすること。あるいは(楽しみ)のあとでもよい。

 ボール遊びをしたら、きちんとボールを片づけさせる。後始末をさせる。ものを壊したら、なおさらである。

 ついでながら、このところ、ドラ息子、ドラ娘を見ると、ものを教える気持ちが、消えうせてしまう。ときに、「こんな子どもに、知恵をつけたくない」とまで思うことがある。これも年(とし)のせいか?