●コロラドの月
●コロラドの月(Moonlight On The Colorado)
夜、犬が騒いだので、庭へ出てみた。美しい夜だった。つんと冷たい風。澄み切った星空。
中学生のとき、コーラス部で、「コロラドの月」という歌を歌った。簡単な曲だった。しかしあのころの私は、まだ見ぬ外国に、限りないロマンをいだいていた。いや、まだ知らぬ恋に、限りないロマンをいだいていたと言うべきか。「♪……君よ、こよ、うるわしき……」と。
そのせいか知らないが、昔、飛行機の上からはじめてコロラド川を見たときには、本当に感激した。「ああ、あのときの川だ」と。……そんなことはどうでもよいが、こういう静かな夜は、どういうわけか、「コロラドの月」が、自然と鼻歌となって出てくる。
あのときの、あの仲間はどうしているかな……とふと、思う。先生は、どうしているかなと、ふと、思う。
男子の部員は、四~五人しかいなかった。あとは全員、女子。その中に佐藤君という後輩がいた。歌手になった野口五郎という人の、兄だった。今はどこかで作曲の仕事をしているということだが、そのまま疎遠になってしまった。
こういう夜は、無性に、人が恋しくなる。それは過ぎ去りし日々への郷愁か。それとも、人生の終盤にやってきた自分への悔恨か。若いころの思い出が、ツユと消えたように、私もまた、つぎの瞬間には、ツユと消えるのか。そんなはがゆさが、こうしてあのころの思い出を、輝かせる。
そう、今、脳裏に飛来したのは、コンクールに行くときの私たちだ。みんなでゾロゾロと、どこかの会場に向かっている。並んでいるわけではないが、前のほうに、女子が、歩いている。コーラス部には、美しい人が集まっていた。Iさん、Tさん、Yさんなど。その女子たちが、明るく、声を張りあげて、何やらはしゃいでいる。初夏の陽光を、まばゆいばかりに浴びながら……。
遠い昔のような気もするし、つい先日のことだったような気もする。時間でみれば、ちょうど四〇年も前のことだが、その実感が、まったくない。ただ私だけが、いつの間にか、歳をとったような感じがする。記憶はそのままなのに、肌からはハリが消え、シワもふえた。頭は、もう白髪だらけだ。そんな私が、気分だけは中学生のままで、コロラドの月を口ずさむ……。
♪コロラドの月(Moonlight On The Colorado)
キング作曲(近藤玲二訳詞)
コロラドの月の夜 一人ゆく岸辺に
思い出を運びくる はるかなる流れよ
若き日いまは去りて 君はいずこに
コロラドの月の夜 はかなく夢はかえる
コロラドの山の端に 涙ぐむ星かげ
今もなお忘れられぬ うるわしき瞳よ
夜空に君の幸を 遠く祈れば
コロラドの山の端に はかなく夢はかえる
部屋にもどって、コタツのふとんを肩までかぶせた。体はシンまで冷えているはずなのに、どこか心の中だけは、ポカポカしている。私はさらにふとんを深く、顔までかぶせると、そのまま眠ってしまった。甘い夢に包まれて……。
(02-12-23)
●少し前、アメリカに行ったとき、二男が、「パパ、コロラド州はいいところだよ。いっしょに来て住まないか」と言ってくれた。私がもう少し若くて、それにアメリカに人種偏見がなければ、そうしただろう。が、今の私には、もうその気力はない。今ある世界の中で、今ある自分を大切にして生きたい。「冒険」ということになれば、私は、若いころ、さんざんしてきた。思い残すことは、ほとんどない。
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