Diary on June 21, 2008
●今夜・あれこれ(6月21日、2008)
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●コンビニ・ブック
コンビニで、「日本史・意外すぎる、
この結末!」(河出書房新社刊)という
本を買った。
定価は税込みで、500円。
最近、この類の本を、よく買う。
「超怪奇UFO現象」
「超古代オーパーツ」
「超古代文明」
「日本史おもしろBOOK」などなど。
どれも、すべてコンビニで買ったもの。
テレビ台の横に並んでいる。
「コンビニの本だから……」
「安い本だから……」という偏見は
もってはいけない。
どれもよく書けている。
おもしろい。
ためになる。
読んでいて、脳みそがバチバチと
ショートするのが、何よりも楽しい。
パラパラとめくって読んでみる。
たとえば、
(1) あの『忠臣蔵』で、実際、討ち入りに
参加したのは、たったの6人?
47人ではなく、6人!
家老の大石内蔵助良雄、足軽頭の吉田忠左衛門、
原惣右衛門らの6人!
浅野家の上級武士は58人もいたという。
「つまり身分の高い武士、58人中、52人は
討ち入りに参加しなかったのである」(同書)と。
フ~~ン!
(2)ねずみ小僧が、義賊というのはウソ?
そのねずみ小僧次郎吉は、1832年(天保3)に
御用となっている。
が、そのときの取り調べで、「盗んだ金は、みんな、
バクチですったと証言している」(同書)と。
また「悪徳商人から金を盗んだ」というのも
事実ではないらしい。
「ねずみ小僧がおもなターゲットとしていたのは、
商家ではなく、武家屋敷」(同書)だった、とも。
「……といっても、侍を憎んでいたわけではなく、
当時は商家よりも武家屋敷のほうが警備が緩く、
楽に仕事ができたからだ」(同書)という。
フ~~ン。
(3)最後の将軍、徳川慶喜(よしのぶ)は、道楽三昧(ざんまい)?
「大政奉還し、最後の将軍となった徳川慶喜は、
その後、明治時代を生き抜いたばかりか、大正時代
まで長生きした」(同書)とある。
33歳で隠居生活に入ってからは、道楽三昧。
その中でもとくに、のめりこんだのが、カメラとのこと。
「33歳の若さで隠居したこともあって、夜の
生活もがんばり、ふたりの側室とのあいだに、
10男11女、合わせて21人もの子どもをもうけた」
とある。
フ~~ン。
「逆賊の汚名を着せられた彰義隊や、会津の白虎隊が、
最後まで悲しい抵抗を試みたのに、その象徴である天下の
将軍は、ずいぶんとお気楽な人だったようだ」(同書)とも。
●歴史は、おもしろい
歴史は、おもしろい。
ほかに、「北斎は、生涯、93回も引越しをした」
「禅僧の良寛は、もの忘れがひどかった」
「40歳になったら、接しても(=セックスをしても)、
漏らしてはいけない(=射精してはいけない)」と説いた、
貝原益軒は、実は39歳のとき、17歳の女性と結婚
したとか、など。
この本に書いてあることがすべて事実であるとは、
かぎらないが(失礼!)、しかし半分事実であると
しても、おもしろい。
ほかにもいろいろなことが書いてある。
私は、そのつど、フ~~ン、フ~~ン、と読んだ。
言いかえると、私たちがもっている「歴史の常識」
ほど、あてにならないものはないということか。
「作られる」とまでは言わないが、部分だけが
ひとり歩きして、それが「全体の事実」となってしまう。
改めて、それを知った。
ついでに本書の帯に書いてあることを、そのまま
紹介させてもらう。
(1) 大親分「清水次郎長」は維新後、英語のセンセイになっていた。
(2) 「小野妹子」は隋からの帰国後、じつは罪人扱いされていた。
(3) 天才発明家「平賀源内」は、晩年に人を斬って、獄中死していた。
(4) 「大隈重信」はテロで切断された足を、自宅でアルコール保存していた。
(5) 「生類憐れみの令」を出した5代将軍「徳川綱吉」は、妻に殺されていた。
フ~~ン、フ~~ン、フ~~ン、ハハハ。
興味ある人は、ぜひ、この本を読んでみたらよい。
(補記)
全体を読んでみて……。
昔……といっても、私の子ども時代は、まだその延長線上にあったのだが、
昔の(男たち)は、それなりの人物になると、みな、愛人をもった。
昔は、「もった」というより、「囲(かこ)った」という言葉を使った。
私の耳にも、そういう言葉が残っている。
まだ40年前には、幼稚園の児童の中にも、そういう愛人の子どもというのが、
何%かはいた。
で、ここに書いた、貝原益権にも愛人がいたし、本居宣長にも愛人がいた。
本居宣長のばあい、妻の「たみ」のほか、「お染」(手伝い)、「お時」(側室)、
「お芳」(秘書)などがいたという。
最高は、何といっても、徳川慶喜。
幕末といっても、それでも、大奥には、上は「御台所(みだいどころ)」
から、下は女中まで、約400人もの女性がいたという。
その女中も、上は「上臈」から下は「御小姓」まで、20の身分に区分されて
いたという。
フ~~ン。
となると、権力者とは何か、知識人とは何か、正義の使者とは何か、
そこまで考えてしまう。
(愛人をもつこと)イコール、(悪)というわけではない。
もちろん(愛人)イコール、(悪)というわけでもない。
ときとして(心)は、その人を超えたところで、その人を支配する。
ときとして(本能)は、その人を超えたところで、その人を支配する。
妻がいても、あるいは夫がいても、別の人を愛してしまうということは、
(それが本物の愛であればという条件つきだが……)、人間である以上、
しかたのないこと。
もしそれがまちがっていると言うのなら、人間であること自体が、
まちがっているということになってしまう。
その上で、男のほうにそれだけの責任能力があれば、愛人が「愛人」として、
それなりの立場を確保したとしても、おかしくない。
当時は、女性のほうも、そういう(社会)を認めていた。
が、もちろんこうした(常識)は、現代には、通用しない。
夫婦というのは、ほかの人間関係とはちがった、強い絆(きずな)で
結ばれている。
それがこれまたほかの人間関係とはちがった、信頼関係を築きあげる。
もしそうでないというのなら、すでにその夫婦は、夫婦としての
機能を失いつつあると考えてよい。
実際、そういう夫婦も少なくない。
が、そこで「即、離婚!」というわけでもない。
非公式の統計によれば、現実に30~50%の夫婦は、1度以上の
浮気を経験しているという。
実際には、もっと多いかもしれない。
「性(セックス)」というのが、享楽のための手段としてひとり歩き
しはじめたこともある。
私の知人(女性、40歳くらい)は、毎月、2~4度、別の男性(70歳
くらい)と、浮気を重ねている。
「援助交際」というよりは、「契約不倫」のようなものらしい。
この世界には、常識はない。
要は、それぞれの人たちが、それぞれの形で、納得すれば、それでよい。
(もちろん、相手が18歳未満の未成年は、論外だが……。)
私とて、ふつうの「男」だから、それなりの性欲もあり、それなりの
欲望もある。
しかしその女性と対峙したとたん、(責任)を感じてしまい、それ以上の
関係になることは、ない。
「結婚は、一度で、たくさん」
「子育ても、一度で、たくさん」
「人生も、一度で、たくさん」と。
ついでに「妻も、1人で、たくさん」と。
さらに言えば、私自身は、(愛人をもっている男)は、信用しない。
妻ですら裏切っているような男である。
そういう人間が、私のような人間を裏切るのは、朝飯前(?)。
そう考える。
ということで、当然のことながら、私は一夫一妻制を支持する。
(心)の問題がからむなら、一度、しっかりと(?)、離婚し、
けじめをつけてから、再婚という形にもちこめばよい。
……それにしても、昔の人たちは、(女性)というのを、どう
考えていたのだろう。
一方、そういう社会を、女性たちは、どう考えていたのだろう。
私などは、若いころから、女性にもてなかったこともあるから、
愛人を何人ももっていた人の話を知ると、あまりおもしろくない。
つまりその分だけ、妻をもてなかった男もいたはず。
今から100年前に生まれていたら、私もそうなっていたかもしれない。
……ところで、そういう社会に、敢然と戦いをいどんでいった女性もいた。
「藤原てい」という人物も、そのひとり。
戦後の女性人権問題で、先頭に立って戦った人物である。
その藤原ていの息子氏が、『国家の品格』を書いた、藤原M氏。
恩師、田丸謙二先生の嫁婿氏である。
どうでもよいことだが……。
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