*Funeral Party
その(懸命さ)の中に、生きる価値がある。
無数のドラマもそこから生まれる。
その(ドラマ)そのものが、私たちなのだ。
それを「俗」とは!
何をぬかすか!
自分たちこそ、俗のしがらみ、そのものではないのか。
私たちは私たちの名前で死ねばよい。
生きるのも私たちなら、死ぬのも、私たち。
それがだめだというのなら、浄土思想そのもののほうが、まちがっている。
私たちの親兄弟はともかくも、私たち自身は、勇気をもって、「家族葬」を
唱えよう。
私たちの前の世代はともかくも、こんなバカげた風習は、私たちの世代で
終わりにしよう。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 家族葬)
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(注※:代理ミュンヒハウゼン症候群)
●フリをする母親
昔、自分を病人に見たてて、病院を渡り歩く男がいた。そういう男を、イギリスのアッシャーという学者は、「ミュンヒハウゼン症候群」と名づけた。ミュンヒハウゼンというのは、現実にいた男爵の名に由来する。ミュンヒハウゼンは、いつも、パブで、ホラ話ばかりしていたという。
その「ミュンヒハウゼン症候群」の中でも、自分の子どもを虐待しながら、その一方で病院へ連れて行き、献身的に看病する姿を演出する母親がいる。そういう母親を、「代理ミュンヒハウゼン症候群」という(以上、参考、「心理学用語辞典」かんき出版)。
このタイプの母親というか、女性は、多い。こうした女性も含めて、「ミュンヒハウゼン症候群」と呼んでよいかどうかは知らないが、私の知っている女性(当時50歳くらい)に、一方で、姑(義母)を虐待しながら、他人の前では、その姑に献身的に仕える、(よい嫁)を、演じていた人がいた。
その女性は、夫にはもちろん、夫の兄弟たちにも、「仏様」と呼ばれていた。しかしたった一人だけ、その姑は、嫁の仮面について相談している人がいた。それがその姑の実の長女(当時50歳くらい)だった。
そのため、その女性は、姑と長女が仲よくしているのを、何よりも、うらんだ。また当然のことながら、その長女を、嫌った。
さらに、実の息子を虐待しながら、その一方で、人前では、献身的な看病をしてみせる女性(当時60歳くらい)もいた。
虐待といっても、言葉の虐待である。「お前なんか、早く死んでしまえ」と言いながら、子どもが病気になると、病院へ連れて行き、その息子の背中を、しおらしく、さすって見せるなど。
「近年、このタイプの虐待がふえている」(同)とのこと。
実際、このタイプの女性と接していると、何がなんだか、訳がわからなくなる。仮面というより、人格そのものが、分裂している。そんな印象すらもつ。
もちろん、子どものほうも、混乱する。子どもの側からみても、よい母親なのか、そうでないのか、わからなくなってしまう。たいていは、母親の、異常なまでの虐待で、子どものほうが萎縮してしまっている。母親に抵抗する気力もなければ、またそうした虐待を、だれか他人に訴える気力もない。あるいは母親の影におびえているため、母親を批判することさえできない。
虐待されても、母親に、すがるしか、ほかに道はない。悲しき、子どもの心である。
(はやし浩司 ミュンヒハウゼン症候群 代理ミュンヒハウゼン症候群 子どもの虐待)
Hiroshi Hayashi++++++++Aug.08++++++++++はやし浩司
●迷信
私が学生のころ、迷信のかたまりのような女性(当時50歳くらい)がいた。
「何でも信じればいい」と、常時、3、4つの教団に顔を出していた。
天R教、Mジー、創K学会、などなど。
実際、そういうふうに教える教団もある。
つまり神と仏を、いっしょにしたような教団である。
たいへん説教が好きな女性で、会う人ごとにあれこれ説教していた。
私も何度か、説教されたことがある。
印象に残っているのは、「先祖を大切にしなさい」「親を粗末にすると、バチが当たる」
という言葉だった。
一度、何冊か、私に本を送り届けてきたことがある。
これには驚いた。
私のようなもの書きに、本を送り届けるという行為そのものが、非常識。
どこかの料理店のおやじに、料理を送り届けるようなもの。
読むに耐えないというか、何も参考にならなかった。
で、こうした思い込みのはげしい女性というのは、たしかにいる。
「これが正しい」と信じたら、それしか見えなくなってしまう。
自分の視野そのものが狭くなってしまう。
それはそれで結構なことだが、その返す刀で、「あなたはまちがっている」と切りかかってくるから、やっかい。
が、晩年は恵まれなかった。
先日、兄の葬儀に出て、その女性の消息をたずねた。
すでに10年ほど前に他界したとのこと。
最後の10年は、寝たきり状態になり、病気との闘いだったとも聞いた。
だからといって、つまり寝たきりになったからといって、その人の人生観がまちがっていたと言っているのではない。
病気と事故は、運と確率の問題。
人知を超えたところで、その人を左右する。
「死」については、どんな善人であっても、それを避けることはできない。
ただその女性は、体をこわしてからというもの、毎日、毎晩、世間をうらみ、信仰をうらみ、泣きわめいていたという。
人づてに聞いたところによると、家族の人たちでさえ、手がつけられなかったとのこと。
何度か施設に入れようとしたが、そのつど、「そんなところへ入るなら、死ぬ」と、首をつるしぐさをしてみせたという。
(こういうのを「狂言自殺」といって、それで自殺する人は、ぜったいにいない。)
しかたないので、結局、最後の1年ほどをのぞいて、家族が、その女性の介護をしたという。
最後の1年は、病院で過ごした。
まだ介護制度の整っていなかった時代で、何かとたいへんだったようだ。
で、私はその女性の話を聞きながら、「迷信というのは、そういうものだろうな」と思った。
迷信では、人は救われない。
人を救うこともできない。
自分を救うことすら、むずかしい。
いくら説教を重ねても、相手に感動を与えることもない。
私たちがなぜ信仰するかといえば、そこに(真理)を求めるからである。
しかし真理などというものは、向こうからやってくるものではない。
信仰したからといって、手に入るものではない。
それは画家が(美)を求める姿に似ている。
美術学校で絵画の描き方を習うことはできても、絵を描くのは、あくまでもその人自身ということ。
私の母も、体が不自由になる前は、ちぎり絵を描いていた。
相当の腕前だった。
しかし模写が専門で、それゆえに美術的価値は、ほとんどない。
きれいはきれいだが、そこまで。
絵を見ても、こちら側に伝わってくるものは、何もない。
信仰もそれと同じ。
どこかの教団に属して、そこで教えを受けたとしても、それを自分の中で消化し、さらに昇華してはじめて、信仰としての意味をもつ。
思想を注入されたまま、それをもって、(思想)と、けっして思い込んではいけない。
大切なのは、自分で考えること。
画家にたとえるなら、自分で絵を描いてみること。
さらに端的に言えば、いくら信仰しても、神や仏に依存してはいけない。
このことは逆の立場で考えてみれば、わかる。
もしあなたが神や仏であったとしよう。
学校の教師でもよい。
そういうあなたのところへきて、だれかが、「○○大学へ合格させてください」「病気を治してください」「お金を儲けさせてください」と言ったら、あなたはどうするだろうか。
たぶんあなたはこう答えるだろう。
「私は勉強の仕方を教えます」「病気の治し方を教えます」「経済についての話はします」「しかしそれをどう生かしていくかは、あなた自身の問題です」と。
勉強もロクにせず、運動もロクにせず、仕事もロクにせず、信仰だけでそれを成し遂げようとすること自体、ムシのよい話ではないか。
冒頭に書いた女性には悪いが、その女性は迷信を信じただけ。
その迷信の虜(とりこ)になっただけ。
だから今、その女性を振り返っても、私たちに残したものは何もない。
いや、ひとつだけあるとするなら、その女性は、私にこう教えてくれた。
「迷信というのは、こういうものです」と。
Hiroshi Hayashi++++++++Aug 08++++++++++はやし浩司
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