Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Friday, August 22, 2008

*A Letter form a Reader

【8月22日】

● 掲示板への投稿より

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久しぶりに私の掲示板をのぞいたら、
こんな書き込みがありました。

私の書いた返事が少しは役にたったようです。
うれしかったです。

そのまま転載させてもらいます。

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【Uさんから、はやし浩司へ】

7月18日の投稿に対し回答を頂き、心から感謝いたします。
はやし先生の原稿も読ませていただきました。
心の整理がつくまで時間がかかりましたが、何故でしょう、今は心静かに投稿させていただいています。

「不安」の原因は0~2才前後と言うご指摘に震えました。私の母は2才の時に母親(私からすると祖母)と死に別れていたからです。
私の中にも私の母の中にも母親像が無かった・・・。
幼い頃の私の記憶では、酒に酔った父と母はしょっちゅう包丁を持ち出して夫婦喧嘩をしていて、母は、私が小学校に上がると同時に家でしていた内職の仕事を辞め、外に働きに出るようになり、夜遅くならないと帰って来ませんでした。
私は自分の食事を自分で作って食べ、お弁当も自分で詰めていました。
そんな家庭が当たり前と思っていた部分が今日までありました。

はやし先生のおっしゃるとおり私の心の中には母親像が無かったのです。
そう気がついた今、両親を恨んでも自分の運命を嘆いても仕方が無い。運命を受け入れようと心に決めました。
私が日本人であるように、女に生まれたように、この性格は自分の運命。受け入れるしかない。覚悟しました。

はやし先生が「治そう」とか「直そう」と思う必要はない、うまく付き合え、と言ってくださったので何だか心が楽になりました。

娘の事も“元気で生きていてくれればそれで十分”と思うようにし、「求めてきたときが、与えどき」と気楽に考えるようにしてゆきます。

何だか気負いが嘘のように抜けてゆきました。訳も無く涙があふれてたまりません。気持ちがすごく楽になりました。

はやし先生、本当にありがとうございました。
(08年7月23日)

++++++++++++++++++H.Hayashi

以下、そのときの掲示板への相談を、
そのまま添付します。

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掲示板のほうへ、
こんな相談がありました。
毎日子育てをしながら、
不安でならない……。
そんな内容の投稿です。

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【Uさんから、はやし浩司へ】

小学一年生(6歳)の娘と、私自身のことで毎日、戸惑っています。

私自身も自分の心に問題、(わがまま、恩着せがましい依存性など、幼児的願望が強い)を抱えていることを自覚しています。まだ、それを克服することができず心の中で、のた打ち回っているのが現状です。

そのこともあり、娘には三歳まで私の母や姉、主人の手を借りて何とか一切怒ることはもちろん、叱ることもせず過ごしました。(娘を出産した病院の院長先生に、三歳までは何があっても怒ってはいけないと忠告されたためです。)

けれど、娘が四歳を過ぎてからそれまでのがまんが限界にきたのか、自分でもどうしようもなくヒステリックに娘に怒ることが多くなり、このままでは娘が壊れてしまうような危機感を感じていたところ、はやし先生のこのリンクに出会い、近ごろは娘と距離を置くようにしています。

ただ、そうすればそうするほど娘が私に、絡んでくるのです。例えば、ひらがなの『や』が、「これは『か』に見えるから直しなさい。」と言うと、「やだ、これでいい。」とか、「お母さんがこんな風に教えた」とか、そこから始まり、その後の食事もお風呂もそれ以後ずっと機嫌が悪くなり、手がつけられなくなるのです。

また、娘がふてくされていたり、つまらなそうな顔をしていても、その心をうまく汲み取れず、いつもどおりに「帽子もちゃんと片付けなさい」など言ってしまい、それでもぐずぐずしている娘に、「はやくしなさい」などと、追い討ちをかけてしまうのです。そうなると、その日はそれでもう何もかも動かなくなるのです。

今朝娘が、「今日もお父さんは夜遅いから嫌だな、怒りんぼ母さんと一緒は嫌だ」と涙をためて言う姿を見ると、私は私自身を蹴飛ばしてやりたい気持ちで一杯になりました。何故でしょうか。気負いが強すぎるのでしょうか。

『1日1回、娘をゲラゲラ笑わせてやる』という私自身の目標も、全然実現しないし、本当に私は娘に優しくないんです。いつも何かに追いかけられているような気がして、(ゆっくり)ができないのです。

夕方娘と庭に水をまき、ゆっくり娘が育てているアサガを見ながら、冗談でも言ってゲラゲラ笑いたいのに、「さ、早く手と足を洗って部屋に入ろう」などと言ってしまうのです。何か、いつも自分がガツガツ急き立てられていて、心にゆとりがもてない。こんなことしていたら娘もそうなる。だから「急き立てたり、『早くしなさい』を言わずにいよう」と、そう毎日心で唱えていても、極端な話、口が勝手に言ってしまう感じで・・・その後、自己嫌悪で胸が苦しくなります。その繰り返しです。

娘に優しくゆったり接することができない私と、一度こじれたら修復できない娘のぐずぐず・・・。『こんな母親死んでしまえ』と心で自分に怒鳴りつけているのですが、どうしていいのかわかりません。

林先生がおっしゃる「一貫性」は本当に難しい、と言うより苦しいです。毎日、朝と学校から帰ってきたら、娘を抱きしめています。けれど、娘にしていることはそれだけです。私の心のどこをどう整理をしたら、優しい母親、娘に優しく接することができる母親になるのか、私自身がわがままで、甘えているのは重々わっているのですが、何か一筋のくもの糸でもかまいません。何か助言がありましたらどうか教えて下さい。お願いします。

【はやし浩司より、Uさんへ】

あなたを、Uさんとしておきます。
Uさん自身も、不幸にして不幸な家庭環境で、育っているとみてください。
「不安」の原因は何かわかりませんが、恐らくUさんが0~2歳前後ごろ、その(種)ができたものと思われます。

Uさんからみて、安心して、のんびりと過ごせる家庭環境になかった。
とくに母子関係(Uさんと、Uさんの母親の関係)を疑ってみてください。
Uさんの母親もいつも不安で、その不安を、Uさんにぶつけていたと思います。
それが今の、Uさんのパニック障害(少し前まで、「不安神経症」と呼ばれていました)につながっていると考えられます。

(心の緊張感が取れないことを、以前は、不安神経症と呼んでいました。
いつも心は緊張状態にあって、その状態のところへ何らかの不安や心配が重なると、一気に、緊張状態が加速され、そこでパニック状態になるというわけです。)

ショッキングなことを書きましたが、まずUさん自身の過去と、真正面から向き合うことが大切です。
Uさん自身の心の奥深くを、自分でのぞいてみることです。
この問題は、そういった問題があるということではなく、Uさん自身が、自分の過去に気づくことなく、その過去に振り回されるところに問題があります。

Uさんは、心豊かで、愛情に満ちた乳幼児期を過ごしましたか?
全幅の(さらけ出し)をしながら、幼児期を過ごしましたか?
恐らく、そうではなかったと思います。
Uさんは、親の前で、いつも(いい子)でいた(?)。

もっとはっきり言えば、あなた自身の中に、(母親像)が育っていないということです。
あるいはUさんは、いつも母親を拒絶してきたというケースも考えられます。
その結果が、「今」ということです。

この問題は、子どもの問題ではありません。
Uさん自身の中の、(不安)の問題です。
この(不安)がなくならないかぎり、Uさんは、つきからつぎへと自分で問題をつくり、それに振り回されることになります。
取り越し苦労とぬか喜びの繰りかえし……というわけです。

で、さらに問題をほりさげると、何が、今、Uさんを不安にさせているかということになります。
もちろん子育てについての不安もあるでしょう。
家庭問題? 夫婦問題? 経済問題? 家族の問題?

こういうケースでは、夫の協力が不可欠です。
しかしUさんは、その協力をじゅうぶん、得られず、それ故にさらに悶々と悩んでしまっています。
袋小路に入ってしまっているのかもしれません。

実のところ私にも似たようなところがありますので、Uさんの精神状態がよく理解できます。
で、私のばあい、できるだけ食生活で、自分の心を安定させるようにしています。
海産物中心の献立にするなど。
Ca、Mg、Kが効果的です。
私の友人は、精神が不安定になると、いつもポケットからカルシウム剤を取り出して、ボリボリと口の中で、それをかんでいます。

あとは薬局で売っているハーブ系の安定剤を、よく口にします。
内科でも、副作用の少ない安定剤を処方してくれますので、一度、そういうところで相談なさってみられたらどうでしょうか。
薬名はここでは書けませんが、私はときどき、それを2つに割って、口の中で溶かしながら、服用することもあります。
(本当は1錠なのだそうですが、こうした精神薬は、いつも半分にして、口の中で溶かして服用することにしています。
このあたりのことは、医師とよく相談して決めてください。)

Uさんにはつらいでしょうが、この問題は、これから先、一生つづきます。
たまたま今は、それが小1の子どもに向かっているだけ、ということです。
ではどうするか?

あとはそういう自分とうまくつきあうだけです。
「治そう」とか、「直そう」と思う必要はありません。
うまくつきあうのです。
みんな、どんな人でも、その程度のキズというか、トラウマというか、そういうものをもっています。
Uさんだけが特別というわけではありません。
Uさんが言っておられるように、Uさんは、心配先行型、不安先行型の子育てをしています。
ちゃんとした(母親像)が入っていないため、どうしても気負いが強くなります。
「いい母親でいよう」という思いが強すぎるため、かえってそれが重荷になってしまうというわけです。
それが今のような、どこかギクシャクとした子育てにつながっている。

そういうときは、肩の力を抜くことです。
(本当は、Uさんが子育てから離れて、自分の好きなことをし、その結果として、子育てから離れられるようにするのが、よいですが……。)

「ほどよい親」「暖かい無視」を繰りかえしながら、あなたはあなたで、好きなことをすればよいのです。
仮に子どもを愛せないなら、愛せないでも構わないのです。
実際、約10%の母親たちは、(10%ですよ!)、子どもを愛せないということも、わかっています。
万事、自然体で、子育てをすればよいのです。
頭の中で、「こうでなくてはいけない」とか、「そうであってはいけない」とか、思う必要はないのです。
「子どもを愛せないから、私は失格人間」と思う必要もありません。

あなたはあなた。
子どもは子ども。

毎日、学校から帰ってきた子どもを抱く……それだけでじゅうぶん、Uさんは、すばらしい母親です。
私など、一度も、そういうことはありませんでした。
あとは「求めてきたときが、与えどき」と心得てください。
Uさんの子どもが何かを求めてきたら、すかさず、与える。
それでよいのです。

それから投稿にありました、子どもの反抗ですが、この時期の子どもに、ごくふつうに見られる反抗ですから、気にしてはいけません。
いわゆる(口答え)です。
(幼児期から、少年少女期への移行期に見られる、ふつうの口答えです。)
いちいち本気にするから、おおげさになってしまいます。
(このあたりにも、あなた自身の母親像のなさが、見受けられます。)

私の書いた原稿で参考になるようなものとしては、(好意の返報性)(親像)(育児ノイローゼ)(悪玉親意識)(気負い先行型)などがあります。
ヤフーなどの検索エンジンを使って、「はやし浩司 好意の返報性」というように検索してみてください。記事をいくつかヒットできるはずです。

Uさん、あなたはすばらしい母親ですよ。
これほどまでに、自分をみつめ、真剣に悩む母親は、そうはいない。
まず、そういうあなた自身に自信をもってください。
その自信が、あなたの子どもに伝わったとき、あなたの子どももまた、安心感をあたなにもつようになるでしょう。

どのみち、あと2、3年で、あなたの子どもは、親離れを始めます。
今はがまんのとき。
じょうずに子どもが親離れできるように、子どもをし向けます。

繰りかえしますが、Uさんが今経験しているような、親子騒動(?)は、珍しくも何ともありません。
ごくふつうの、一般の親たちが経験する、何でもない問題です。
(みんな、外から見ると、うまくやっているように見えますが、そう見えるだけです。)
できれば小学2、3年の子どもをもつ親に相談してみることです。
「うちもそうですよ」というようなアドバイスをもらって、たいていそれで解決するはずです。

そしてここが大切ですが、Uさんも子どもが親離れするのに合わせて、自分のしたいことを追求します。
あなたにはあなたの人生があります。
子どものために犠牲になるのは、美徳でも何でもありません。
そういう姿を見て、あなたの子どももまた、たくましく成長していきます。

子どもの機嫌など、取らないこと。
嫌われてもいいじゃないですか。
中学生でも、約60%の子どもは、「親のようになりたくない」「尊敬できない」と答えていますよ。

それでよいのです。
子育てに幻想をいだかないこと。
子どもに尊敬されようとか、好きになってもらおうとか、思わないこと。
それともあなたは、自分の母親や父親を尊敬していますか。
好きですか。
文面を読むかぎり、答は「ノー」のはずです。

ついでに「はやし浩司 レット・イット・ビー」という原稿も読んでみてください。
参考になると思います。
(たった今、自分で検索してみたら、18件、ヒットしました。)

「レット・イット・ビー」というのは、「あるがままに……」という意味です。
では、また……。

はやし浩司

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掲示板へは、(はやし浩司のHPのトップページ)より、(メール)→(掲示板)へと、おいでください。)

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Uさんへ

読むのが遅くなり、失礼しました。
今日は8月22日です。