●マガジン過去版2002年8月ごろ
件名:H. Hayashi, Japan-子育て情報(はやし浩司)8-17-1
8-17
彡彡人ミミ 彡彡彡彡彡
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子育て最前線の育児論byはやし浩司(Eマガ)……読者数(Nr. of Readers) xxx人
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最前線の育児論byはやし浩司(メルマガ) ……読者数(Nr. of Readers) xx人
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How to cope with Kids at Home, by Hiroshi Hayashi
Digital Magazine for Parents who are bringing up Children in the Forefront Line
★★★★★★★★★★★★★
02-8-17号(094)
★★★★★★★★★★★★★
by はやし浩司(ひろし), Hiroshi Hayashi
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
キーワードは、C,X,I(シー・エクス・アイ)
Key Words to Private Room in my Website are, C-X-I
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● 愛知県豊田町にて講演会をもちます。おいでください。
9月26日(木) 豊田産業文化センター 午前9:30~12:00
主催 豊田市立幼稚園PTA連絡協議会
(当然ですが)、こうした県外での講演会は、いつもガラガラです。どうか、お近くの人がいらっしゃれば、連絡していただけませんか。いつも主催者の方に申し訳ない気持ちで講演を終えています。くれぐれも、よろしくお願いします。
● 「静岡県ホームページグランプリ」に、私のサイトを、応募作品として、出し
てみました。
これは皆さんの投票で、静岡県で発行しているホームページをコンテスト形式
で、審査しようというものです。皆さんの清き一票を、どうか私のサイトに投
票してください。
【投票方法】
☆私のサイト(ホームページ)を開いてください。
下のアドレスをクリックすれば、私のサイトを開くことができます。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
☆サイトのトップページ、最上段に、「グランプリ」応募タグがはりつけて
あります。そのタグをクリックするだけで、一票が投票できます。
「はやし浩司のホームページは、よい」と思ってくださる方は、どうか
清き一票をお願いします。結果は、そのつど、報告されます。
よろしくお願いします。
投票ができるのは、8月5日からです。一人で何票でも、投票できます。
(少しいいかげんですが、もともとお祭り(イベント)ですから……。)
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●また、よりアカデミックな(?)マガジンをご希望の方は、「はやし浩司の世界」を
どうかあわせて、ご愛読ください。お申し込みは、http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
のトップページより、「マガジン購読」コーナーへ、お進みください。
Please subscribe to another magazine, "The Hiroshi's World",
published periodically by Hiroshi Hayashi, for which I thank you very much.
Please go to the "Magazine Corner" from the Top Page of my Website to
apply for subscription of the magazine. Free to read!
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●二男のホームページができました。よろしかったら、
のぞいてやってください。
I appreciate your kindness to pay a visit to my second
son’s website in USA, for which I thank you very much.
Soichi Hayashi (林 宗市のホームページ) http://dstoday.com
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●ホームページのほうで、「タイプ別、子ども相談」を充実しました。
トップページから、「タイプ別」へお進みください。お待ちしています。
●マガジンのバックナンバーは、サイトの「トップページ」から、「マガジン購読
コーナー」へ。そのページからお読みいただけます。
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みなさんへ、いつも、このマガジンを購読してくださり
ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
●Hello, my friends overseas!
From this edition on, my magazine is translated into English
for your convenience. I hope you may enjoy this magazine
in your home country. Hiroshi
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みなさんへ、
● 「子育てワンポイント」の、1~600作を、
一枚のCD(MS・ワード版)に収めました。
ご希望の方に、1枚1000円でお分けします。(郵送料込み)です。
詳しくは、このマガジンの末尾をご覧ください。
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メニュー
今日のテーマ、「私たちは賢くなったか」(Are we wise enough?)
【1】子どもが燃え尽きるとき(Burnt-Out!)
【2】世にも不思議な留学記(My young days in Australia)
【3】子育て失敗危険度(How to be good parents)
【4】English Edition
【5】随筆(Essays)
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【1】
「子育てストレスが子どもをつぶす」(リヨン社)1300円
から転載します。もしよろしかったら、本をご購入ください。
インターネット書店(JBook)などでも、取り扱っています。
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子どもの心が燃え尽きるとき
●「助けてほしい」
ある夜遅く、突然、電話がかかってきた。受話器を取ると、相手の母親はこう言った。「先生、助けてほしい。うちの息子(高二)が、勉強しなくなってしまった。家庭教師でも何でもいいから、してほしい」と。浜松市内でも一番と目されている進学校のA高校のばあい、一年生で、一クラス中、二~三人。二年生で、五~六人が、燃え尽き症候群に襲われているという(B教師談)。一クラス四〇名だから、一〇%以上の子どもが、燃え尽きているということになる。この数を多いとみるか、少ないとみるか?
●燃え尽きる子ども
原因の第一は、家庭教育の失敗。「勉強しろ、勉強しろ」と追いたてられた子どもが、やっとのことで目的を果たしたとたん、燃え尽きることが多い。気が弱くなる、ふさぎ込む、意欲の減退、朝起きられない、自責の念が強くなる、自信がなくなるなどの症状のほか、それが進むと、強い虚脱感と疲労感を訴えるようになる。概してまじめで、従順な子どもほど、そうなりやすい。で、一度そうなると、その症状は数年単位で推移する。脳の機能そのものが変調する。ほとんどの親は、ことの深刻さに気づかない。気づかないまま、次の無理をする。これが悪循環となって、症状はさらに悪化する。その母親は、「このままではうちの子は、大学へ進学できなくなってしまう」と泣き崩れていたが、その程度ですめば、まだよいほうだ。
●原因は家庭、そして親
親の過関心と過干渉がその背景にあるが、さらにその原因はと言えば、親自身の不安神経症などがある。親が自分で不安になるのは、親の勝手だが、その不安をそのまま子どもにぶつけてしまう。「今、勉強しなければ、うちの子はダメになってしまう!」と。そして子どもに対して、しすぎるほどしてしまう。ある母親は、毎晩、子ども(中三男子)に、つきっきりで勉強を教えた。いや、教えるというよりは、ガミガミ、キリキリと、子どもを叱り続けた。子どもは子どもで、高校へ行けなくなるという恐怖から、それに従った。が、それにも限界がある。言われたことはしたが、効果はゼロ。だから母親は、ますますあせった。あとでその母親は、こう述懐する。「無理をしているという思いはありました。が、すべて子どものためだと信じ、目的の高校へ入れば、それで万事解決すると思っていました。子どもも私に感謝してくれると思っていました」と。
●休養を大切に
教育は失敗してみて、はじめて失敗だったと気づく。その前の段階で、私のような立場の者が、あれこれとアドバイスをしてもムダ。中には、「他人の子どものことだから、何とでも言えますよ」と、怒ってしまった親もいる。私が、「進学はあきらめたほうがよい」と言ったときのことだ。そして無理に無理を重ねる。が、さらに親というのは、身勝手なものだ。子どもがそういう状態になっても、たいていの親は自分の非を認めない。「先生の指導が悪い」とか、「学校が合っていない」とか言いだす。「わかっていたら、どうしてもっとしっかりと、アドバイスしてくれなかったのだ」と、私に食ってかかってきた父親もいた。
一度こうした症状を示したら、休息と休養に心がける。「高校ぐらい出ておかないと」式の脅しや、「がんばればできる」式の励ましは禁物。今よりも症状を悪化させないことだけを考えながら、一にがまん、二にがまん。あとは静かに「子どものやる気」が回復するのを待つ。
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【2】
世にも不思議な留学記
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非日常的な日常(やがて矛盾から違和感を……)
●ケタ違いの金持ちたち
王族や皇族の子弟はもちろんのこと、公費留学生は別として、私費で留学してきたような連中は、その国でもケタ違いの金持ちばかりだった。アルジェリアのレミ(実名)、ベネズエラのリカルド(実名)などは、ともにその国の石油王の息子だった。フィージーから来ていたペイテル(実名)もそうだった。しかしその中でも異色中の異色は、香港から来ていたC君という学生だった。実名は書けない。書けないが、わかりやすく言えば、香港マフィアの大親分の息子ということだった。彼の兄ですら、香港の芸能界はもちろんのこと、映画、演劇などの興行を一人で牛耳っていた。ある日C君の部屋に行くと、彼の兄が「ピンキーとキラーズ」(当時の日本を代表するポップシンガー)や布施明と、仲よく並んで立っている写真があった。彼らが、香港で公演したときとった写真ということだった。いつかC君が、「シドニーにも、おやじの地下組織がある。何かあったら、ぼくに連絡してくれ」と話してくれたのを覚えている。
●インドネシア海軍の前で閲兵
こういう世界だから、日常の会話も、きわめて非日常的だった。夏休みに日本でスキーをしてきたという学生がいた。話を聞くと、こう言った。「ヒロシ、ユーイチローを知っているか」と。私が「ユー……」と口ごもっていると、「ユーイチロー・ミウラ(三浦雄一郎、当時の日本を代表するスキー選手)だ。ぼくはユーイチローにコーチをしてもらった。君はユーイチローを知っているか?」と。しかも「日本の大使館で大使をしている叔父と、一緒に行ってきた」などと言う。
そういう世界には、そういう世界の人どうしのつながりがある。そしてそういうつながりが、無数にからんで、独特の特権階級をつくる。それは狂おしいほどに甘美な世界だ。一度、ある国の女王が、ハウスへやってきたことがある。息子の部屋へ、お忍びで、である。しかしその美しさは、私の度肝を抜くものだった。私は紹介されたものの、言葉を失ってしまった。「これが同じ人間か……」と。あるいはインドネシア海軍がメルボルン港へやってきたときのこと。将校以下、数一〇名が、わざわざバスに乗って、西ジャワの王子のところへ挨拶にやってきた。たまたま休暇中で、ハウスにはほとんど学生がいなかったこともある。私はその友人と並んで、最敬礼をする将校の前を並んで歩かされた、などなど。
●やがて離反
が、私の心はやがて別の方へ向き始めた。もう少しわかりやすく言えば、そういう世界を知れば知るほど、それに違和感を覚えるようになった。私はどこまでいっても、ただの学生、あるいはそれ以下の自転車屋の息子だった。一方、彼らはいつもスリーピースのスーツで身を包み、そのうちのまた何人かは運転手つきの車をもっていた。そういう連中と張りあっても、勝ち目はない。仮に私が生涯懸命に働いても、彼らの一日分の生活費も稼げないだろう。そう感じたとき、それは「矛盾」となって私の心をふさいだ。最近になって、無頓着な人は、「そういう王子や皇太子と、もっと親しくなっておけばよかったですね」などと言う。「旅行したら、王宮に泊めてもらいなさい」と言う人もいる。今でも手紙を書けば、返事ぐらいは来るかもしれない。しかし私はいやだ。そういうことをしてペコペコすること自体、私にとっては敗北を認めるようなものだ。
やがて私は彼らとは一線を引くようになった。彼らもまた、私がただの商人の息子とわかると、一線を引くようになった。同じ留学生でありながら、彼らは彼らにふさわしい連中と、そして私は私にふさわしい連中と、それぞれグループを作るようになった。そしてそれぞれのグループは、どこか互いに遠慮がちになり、やがて疎遠になっていった。
▲ ▲
▲▼▼ ▼▼▲
▼ ▲◎▲ ▼
▲◎◎▲▲
▲ 口 ▲
▼ 口 ▼
口
凸凸凸凸凸
~~~凹凹凹凹凹凹凹~~~
~~ ~~ ~~~ ~
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【3】
失敗してからでは遅い、
あなたの子育て。
今まで無数の親と子が私の前を
通りすぎていきました。
そんな経験の中から……
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無理をする→ますますさがるの悪循環
子どもを知る(失敗危険度★★★★)
●親の欲目
「己の子どもを知るは賢い父親だ」と言ったのはシェークスピア(「ベニスの商人」)だが、それくらい自分の子どものことを知るのは難しい。親というのは、どうしても自分の子どもを欲目で見る。あるいは悪い部分を見ない。「人、その子の悪を知ることなし」(「大学」)というのがそれだが、こうした親の目は、えてして子どもの本当の姿を見誤る。いろいろなことがあった。
●やってここまで
ある子ども(小六男児)が、祭で酒を飲んでいて補導された。親は「誘われただけ」と、がんばっていたが、調べてみると、その子どもが主犯格だった。またある夜一人の父親が、A君(中一)の家に怒鳴り込んできた。「お宅の子どものせいで、うちの子が不登校児になってしまった」と。A君の父親は、「そんなはずはない」とがんばったが、A君は学校でもいじめグループの中心にいた、などなど。こうした例は、本当に多い。子どもの姿を正しくとらえることは難しいが、子どもの学力となると、さらに難しい。
たいていの親は、「うちの子はやればできるはず」と思っている。たとえ成績が悪くても、「勉強の量が少なかっただけ」とか、「調子が悪かっただけ」と。そう思いたい気持ちはよくわかるが、しかしそう思ったら、「やってここまで」と思いなおす。子どものばあい、(やる・やらない)も力のうち。子どもを疑えというわけではないが、親の過剰期待ほど、子どもを苦しめるものはない。そこで子どもの学力は、つぎのようにして判断する。
●子どもを受け入れる
子どもの学校生活には、ほとんど心配しない。いつも安心して子どもに任せているというのであれば、あなたの子どもはかなり優秀な子どもとみてよい。しかしいつも何か心配で、不安がつきまとうというのであれば、あなたの子どもは、その程度の子ども(失礼!)とみる。そしてもし後者のようであれば、できるだけ子どもの力を認め、それを受け入れる。早ければ早いほどよい。そうでないと、(無理を強いる)→(ますます学力がさがる)の悪循環の中で、子どもの成績はますますさがる。要するに「あきらめる」ということだが、不思議なことにあきらめると、それまで見えていなかった子どもの姿が見えるようになる。シェークスピアがいう「賢い父親」というのは、そういう父親をいう。
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それでは子どもがかわいそう
負けるが勝ち(失敗危険度★★)
●親どうしのトラブルは日常茶飯事
この世界、子どもをはさんだ親どうしのトラブルは、日常茶飯事。言った、言わないがこじれて、転校ザタ、さらには裁判ザタになるケースも珍しくない。ほかのことならともかくも、間に子どもが入るため、親も妥協しない。が、いくつかの鉄則がある。
まず親どうしのつきあいは、「如水淡交」。水のように淡く交際するのがよい。この世界、「教育」「教育」と言いながら、その底辺ではドス黒い親の欲望が渦巻いている。それに皆が皆、まともな人とは限らない。情緒的に不安定な人もいれば、精神的に問題のある人もいる。さらには、アルツハイマーの初期のそのまた初期症状の人も、四〇歳前後で、二〇人に一人はいる。このタイプの人は、自己中心性が強く、がんこで、それにズケズケとものをいう。そういうまともでない人(失礼!)に巻き込まれると、それこそたいへんなことになる。
●最初に頭をさげる
つぎに「負けるが勝ち」。子どもをはさんで何かトラブルが起きたら、まず頭をさげる。相手が先生ならなおさら、親でも頭をさげる。「すみません、うちの子のできが悪くて……」とか何とか言えばよい。あなたに言い分もあるだろう。相手が悪いと思うときもあるだろう。しかしそれでも頭をさげる。あなたががんばればがんばるほど、結局はそのシワよせは、子どものところに集まる。しかしあなたが最初に頭をさげてしまえば、相手も「いいんですよ、うちも悪いですから……」となる。そうなればあとはスムーズにことが流れ始める。要するに、負けるが勝ち。
●つきあいの大鉄則
……と書くと、「それでは子どもがかわいそう」と言う人がいる。しかしわかっているようでわからないのが、自分の子ども。あなたが見ている姿が、子どものすべてではない。すべてではないことは、実はあなた自身が一番よく知っている。あなたは子どものころ、あなたの親は、あなたのすべてを知っていただろうか。それに相手が先生であるにせよ、親であるにせよ、そういう人たちから苦情が耳に届くということは、よほどのことと考えてよい。そういう意味でも、「負けるが勝ち」。これは親どうしのつきあいの大鉄則と考えてよい。
【4】
お休みします。
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【5】
私たちは賢くなったのか?
いや、情報と知識が氾濫(はんらん)する世界で、
むしろ愚かになっているのではないか?
+++++++++++++++
日本人は賢くなったか?
人間の賢さは、「自ら考える力」で決まる。
よく誤解されるが、知識や情報が多いからといって、賢い人ということにはならない。反対に、いくら知識や情報があっても、バカな人はバカ。映画『フォレストガンプ』の中でも、フォレストの母はこう言っている。「バカなことをする人をバカというのよ。(頭じゃ、ないのよ)」と。
そういう視点で、もう一度、日本人について考えてみる。日本人は、賢くなったか、と。
今、高校生でも、将来を考えて、毎日本を読んだり、勉強している子どもは、一〇%もいない。文部科学省国立教育政策研究所の行った調査によると、「宿題や授業でしか本は読まない」と答えた子ども(小、中、高校)は、全体では一八%だが、高校生は三三%であった。また「教科書より厚い本を読んだことがない」も、全体では一六%だが、高校生では二三%であった(全国小学四年生以上高校二年生までの二一二〇人について調査。二〇〇二年)。
わかりやすく言えば、小学生ほど、よく本を読み、中学生、高校生になると、本を読まなくなるということ。一見何でもないような現象に見えるかもしれないが、「では、高校生とはいったい、何か」という問題にぶつかってしまう。より高度な勉強をするから高校生というのではないのか。が、実態は、その逆。毎日くだらない情報を、携帯電話で交換しているのが、高校生ということになる。そう言い切るのは正しくないが、しかし実態は、そんなところと考えてよい。大半の高校生は、毎日四~五時間はテレビを見たり、ゲームをしたりして時間をつぶしている。六~七時間と答えた子どももいた(筆者、〇一年、浜松市内の高校生一〇人に調査)。
その結果というわけではないが、最近の高校生は、まさにノーブレイン(知能なし)という状態になっている。知識や情報に振りまわされているだけ。自ら考えるということができない。……しない。政治問題や社会問題など、問いかけただけで、「ダサイ!」と、はねのけられてしまう。「日本がかかえる借金は六〇〇兆円だよ。君たちの借金だよ」と私が話しかけたときのこと。女子高校生たちは、こう言った。「私ら、そんな話、関係ないもんネ~」と(二〇〇〇年市内の図書館で)。
もちろん本を読んだからといって、賢くなるというわけではない。それ以上に大切なことは、いかにして問題意識をもつか、だ。その問題意識がなければ、本を読んでも、それもただの情報で終わってしまう。よい例が、ゲームの攻略本だ。最近では、「ハリーポッター」の魔法の解説本などもある。もともとウソにウソを塗り固めたような本だから、いくら読んでも、それこそまさにムダな情報。先日、私も、子どもたち(小学六年生)の前で、こう話してやった。
「栗の葉に、近くに落ちている松の葉包み、それを手で握って、ローローヤヤ、カカカ、バーバーと呪文を唱えれば、親から小遣いが、いつもの一〇倍もらえる」と。
たまたま日本中がハリポタブームでわきかえっていたときでもあり、子どもたちは真剣なまなざしで、私の呪文をノートに書きとめようとした。が、そのうち一人が、「先生、反対に読むと、バカヤローだ」と。
そこでいかにして、子どもに問題意識をもたせるか、である。が、この問題について考える前に、こういうこともある。
ノーブレインの状態になると、その人間は、いわゆるロボット化する。ひとつの例が、カルト教団の信者たちである。彼らは思想を注入してもらうかわりに、自ら考えることを放棄してしまう。ある信者とこんな会話をしたことがある。私が「あなたがたも、少しは指導者の言うことを疑ってみてはどうですか。ひょっとしたら、あなたがたは、利用されているだけかもしれませんよ」と。するとその男性(六〇歳)はこう言った。「○○先生は、万巻の書物を読んで、仏の境界(きょうがい)に入られた方だ。教えにまちがいはない」と。
同じような例は、あのポケモン現象のときに、子どもたちの世界でも起きた。それはブームとかいうような生やさしいものではなかった。毎日子どもたちは、ポケモンの名前をつらねただけの、まったく意味のない歌(「ポケモン言えるかな」)を、狂ったように歌っていた。そしてお菓子でも持ち物でも、黄色いピカチューの絵がついているだけで、それを狂ったように買い求めていた。私はこのポケンモン現象の中に、たまたまカルトとの共通性を見出した。そして「ポケモンカルト」(三一書房)という本を書いた。
このロボット化でこわいのは、脳のCPU(中央演算装置)が狂うため、本人にはその自覚がないこと。カルト教団の信者も、またポケモンに夢中になる子どもも、なぜ自分がそうなのかということがわからないまま、たいていは「自分は正しいことをしているのだ」と思い込まされたまま、醜い商魂に操られる。そしてその結果として、それこそ愚にもつかないようなことを、平気でするようになる。
こうした状態を防ぐためにも、私たちはいつも問題意識をもたねばならない。あなたの子どもについて言うなら、これはいつかあなたの子どもがカルト教団の餌食(えじき)にしないためでもある。ノーブレインというのは、それ自体がひとつの思考回路で、いつなんどき、その回路の中に、カルト思想が入り込まないともかぎらない。たまたまあのポケモンブームのころ、アメリカのサンディエゴ郊外で、「ハイアーソース」という名前のカルト教団の信者たち三九人が、集団自殺をするという事件が起きた(九七年三月)。残された声明文には、「ヘール・ポップすい星とともに現れる宇宙船とランデブーして、あの世へ旅立つ」と書いてあったという。
常識で考えればバカげた思想だが、ノーブレインの状態になると、それすらもわからなくなる。つまりそういう人を、「バカな人」という。
いかにして問題意識をもつか。
これは私のばあいだが、私はいつも、自分の頭の中で、その日に考えるテーマを決める。教育問題であることが多いが、政治問題や社会問題も多い。たいていは身近なことで、「おかしいぞ」と思ったことをテーマにするようにしている。たまたま昨日(〇二・八月九日)もテレビを見ていたら、田中M子という国会議員が辞職したというニュースが飛び込んできた。私はそのニュースを見ながら、いろいろなことを考えた。
(1) 田中氏は息子を政治家にするというが、見るとまだあどけなさの残る青年ではないか。そういう形、つまり世襲制で政治が動いてよいのか。動かされてよいのか。あるいはどうしてそうまで政治の世界に、執着するのか。その魅力は何なのか。田中M子氏にしても、それほど哲学のある人物には見えない。私には出世欲にとりつかれた、どこかガリガリの政治亡者のようにしか見えない。
(2) 田中氏は、さんざん、自己弁明をしてきたではないか。今までのそういう弁明は、いったい、何だったのか。私たちにウソを言ってきたのか。
(3) その辞職ニュースを受けて、街の人の声が報道されていたが、大半は、「田中さんがかわいそうだ」「おしい人をなくした」と言っていた。そうした声を聞いたとき、私はその少し前、人間国宝にもなっている歌舞伎役者のO氏が、一九歳そこそこの若い舞妓と不倫関係にあったというニュースを思いだした。あのときは、街の声のみならず、テレビのキャスターまで、「不倫は、芸のコヤシ」と言っていたのを覚えている。(若い女性はコヤシ?)O氏はその舞妓と別れるとき、ホテルのドアで、チンチンを出して見せたという。こうした愚民性は、いったいどこからくるのか。
「おかしい」と思うことが、つぎつぎと頭に飛来する。そこでひとつずつ、その問題について考える。その結果というわけではないが、この原稿が生まれた。私は、(3)の愚民性に、とくに関心をもった。「日本人は賢くなったか」と。
で、その結論だが、答は、「ノー」。日本人は知識と情報の氾濫の中で、ますます自分を見失いつつある。ますます愚かになりつつある。そのことは、今の子どもたちの世界を見ればわかる。子どもたちの「質」は、この三〇年、確かに悪くなった。ひとつの例というわけではないが、三〇年前の幼児は、「おとなになったら、何になりたい」と聞くと、「幼稚園の先生」とか、「野球の選手」と答えていた。しかし今の子どもは違う。「ハリーポッターのような魔法使い」とか、「超能力者」とか、答える。バブル経済のころは、「私、おとなになったら、土地もちの人(男)と結婚する」と言っていた女の子(小四)や、「宗教団体の教祖になる」と言っていた男の子(小五)がいた。が、そのときよりも、今のほうが、さらに悪くなっているように思う。
(02-8-10)
【追記】
ではどうすればよいか。答は簡単。教育を自由化する。自由化して、民間の活力を利用して、教育の質を高める。しかしそれには大前提がひとつある。日本にはびこる不公平社会を是正すること。これをしておかないと、結局は受験産業だけが自由化の恩恵を受け、受けた分だけ、日本の教育を根底からゆがめる。
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し 〉 ‐◯‐
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(⌒ ) ∝≒
――――― <^川
 ̄ ̄ ̄ へ フ川
/人\ ≪⌒)
ノ(⌒ ̄ ̄ ̄ ̄〕〕)
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講演会のお知らせ
各地で講演会をもちます。詳しくはサイトのニュースを
ご覧ください。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/→「ニュース」です。
2・20……内野小学校
1・19……浜松市医療センター
11・29……砂丘小学校
11・21……北浜南小学校
10・30……五島小学校
10・17……島田市立第四保育園
10・10……富士市、田子浦小学校(中学校)
9・26……愛知県豊田市立幼稚園PTA連絡協議会
9・11……蜆塚幼稚園
9・5……静岡梨花幼稚園
8・20……南部公民館
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「子育てストレスが子どもをつぶす」リヨン社・1300円+税が
発売中です。どうかよろしくお願いします。
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静岡県教育委員会発行雑誌「ファミリス」での連載が、2002年度も続くことに
なりました。どうか、ご購読くださいますよう、心からお願いします。全力をあげて
この原稿に取り組んでいます。お申し込みは、学校の先生まで(静岡県内の方)、あるいは
(株)静岡教育出版社 ℡054-281-8870(ファミリス販売部)までお申し込みください。
〒422-8006 静岡市曲金5-5-38、静岡教育出版社
一冊 300円プラス送料76円……現金書留にてお申し込みください。
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子育てワンポイント・1~600作は、いかがですか?
よろしかったら、どうかお買い求めください。
● 子育てのコツ、1~600を、一枚のCD(MS・ワード版)に収めました。
ご希望の方に、一枚1000円でお送りします。
一枚ずつ、手作りで、お送りします。
単行本の分量して、約6冊分(以上)の分量があります。
● CD版ですから、検索しやすく、なっています。たとえばワード上で、
「夜驚症」で検索すれば、すぐその項目をヒットできます。
【申し込み方法】
☆下のメールアドレスをクリックして、郵便番号、住所、お名前を
お知らせください。
☆折り返し、私のほうから、確認のメールを出します。
☆もう一度、あなた様から「申し込んだ」旨の確認に返信をください。
☆CD(ワード版)を先に送ります。同封の為替用紙で、1000円を
後ほど、ご送金ください。領収書は先に、同封します。
きっとみなさんの子育てで、お役にたつと思います。
よろしくお願いします。
アドレス……
bwhayashi@vcs.wbs.ne.jp
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ご注意!
●申し込みが、10人前後になるまで待って、それからCDに焼いて送ります。 それまでしばらくお待ちください。
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以上、コマーシャルばかりで、すみません! よろしくお願いします!
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( ̄ω ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ω ̄)
へへへへへへへへへ See you again in the next magazine!
へ へへへ へへへ
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件名:H. Hayashi, Japan-子育て情報(はやし浩司)8-13
彡彡人ミミ 彡彡彡彡彡
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今日のテーマ、ドラ息子、ドラ娘(Spoiled Kids)
【1】暑中お見舞い申し上げます(Summer Greetings)
【2】世にも不思議な留学記(My young days in Australia)
【3】ドラ息子、ドラ娘(Spoiled Kids)
【4】English Edition
【5】随筆(Essays)
∂
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(※ *)
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∫_ ヽ
′ ( ̄( ヽ
\暑\
)い)
( (
 ̄ ̄
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【1】
暑中お見舞い申し上げます
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私の書斎は、二階にある。その書斎の窓いっぱいに、栗の木がおおうようになった。ちょうど二五年前、友人の結婚式から帰ってきたとき、植えたもの。そのとき枝の太さが、ちょうど私の親指の太さだった。が、それが今では、直径が、三〇センチ以上。高さは、二階の大屋根をゆうに超えた。しかし切ることもできない。
栗の木は、小鳥たちのかっこうの遊び場。キジバトやヒヨドリが、交替で巣をつくっている。が、切らない理由は、もうひとつ、ある。その栗の木が、我が家の天然のクーラーになっているからだ。
おかげでというか、この大きな栗の木一本で、二階の書斎もそうだが、その下の一階にある居間など、すっぽりと深い緑でおおわれてしまう。ワイフはよく、「緑のカーテンね」というが、本当に部屋中が緑っぽく感ずることもある。少し窓をあけて、あとは扇風機を回せば、そのまま自然の冷気が体をさましてくれる。今はその栗の木に無数のセミがやってきて、朝早くからジャンジャンと鳴いている。ああ、まさに夏まっさかり!
心から暑中お見舞い申し上げます。
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【2】
世にも不思議な留学記
* *************************************
ルイス・アレキサンドリア(金のかんざし)(15号)
●ハウスでのパーティ
話が前後するが、私がハウスへ入ったちょうど、その夜のこと。ハウスでダンスパーティがあった。私にすれば、右も左もわからないというような状態だった。私はミスインターナショナルの一行だと聞いていたが、ミスユニバースだったかもしれない。一九七〇年のはじめ、アルゼンチンのブエノスアイレスであったコンテストだ。その一行が、ハウスへやってきて、ダンスパーティを開いた。その中に「ジュンコ」という日本の女性もいた。その女性はその後、大橋巨泉というテレビタレントと結婚したと聞いているが、それはともかくも、その夜にルイスに会ったわけではない。その翌日の夕方、インドネシアの西ジャワの王子が、ルイスを私に紹介してくれた。
私はもともと、もてるタイプの男ではない。どこから見ても、おもしろくない顔をしている。背も低い。メガネもかけている。その上、まだ言葉もじゅうぶん、話せなかった。その私がルイスと、それから一週間の間、毎日、デートを繰り返した。今から思うと不思議な気がする。現実にあったことというよりは、夢の中のできごとという感じがする。いつも誰かが車で私たちをあちこちへ案内してくれていた。だれの車だったか、どうしても思い出せない。王子の車だったかもしれない。運転してくれていたのは、多分、インドネシアの大使館の館員だったと思う。私たちはその車で、インドネシアレストランへ行ったり、美術館を回ったり、スライドパーティに行ったりした。スライドパーティというのは、誰かが外国を旅行した際に撮ってきたスライドを、見せてくれるというパーティだった。
●ルイス・アレキサンドリア
ルイスは背が高く、美しい人だった。ただ当時の私は、そういう女性の美しさを理解するだけの「力」がまだなかった。金沢の下宿を飛び出して、まだ一週間もたっていなかった。写真ですら、そういう女性を見たことがない。だから私はルイスに圧倒されるまま、つまり何がなんだかわからないまま、デートを重ねた。私にしてみれば、観光気分だった。しかもルイスが私に親切だったのは、それは彼女のボランティア精神によるものだと思っていた。が、一週間たち別れるとき、ルイスは、私の目の前でスーッと涙をこぼした。そしてそのとき、ルイスは、私に一本の金色のかんざしをくれた。コンテストでもらった賞品だと、ルイスは言った。私はそれに戸惑ったが、それほど深く考えなかった。少なくとも私は笑って、ルイスと別れた。
ルイスはインドネシアへ帰ってから、数回手紙をくれたが、私は返事を書かなかった。毎日が嵐のように過ぎていく中で、やがて私はルイスのことを忘れた。が、ある日。半年ぐいらいたってからのことだが、自分の部屋で何もすることもなくぼんやりしていると、引き出しの中に、そのかんざしがあるのがわかった。私はそのかんざしを手にとると、どういうわけだか、そのかんざしをナイフで削りはじめた。キラキラと金色に輝くかんざしだった。私はメッキだとばかり思っていた。が、いくら削っても、その金色の輝きは消えなかった。私はそれを知ったとき、何とも申し訳ない気持ちに襲われた。私はルイスの心を、もてあそんだのかもしれない。当時の私は自分の心がどこにあるかさえわからないような状態だった。静かに女性の心を思いやるような余裕は、どこにもなかった。そんな思いが、心をふさいだ。
ルイス・アレキサンドリア。これは彼女の実名だ。彼女は当時、ジャカルタの旅行代理店に勤めていた。もしルイスの消息を知っている人がいたら、教えてほしい。あるいはもしルイスを知っている人がいたら、「あのときのヒロシは、今、浜松に住んでいる」と伝えてほしい。今度は、私が、日本料理をごちそうする番だ。
(1367)
▲ ▲
▲▼▼ ▼▼▲
▼ ▲◎▲ ▼
▲◎◎▲▲
▲ 口 ▲
▼ 口 ▼
口
凸凸凸凸凸
~~~凹凹凹凹凹凹凹~~~
~~ ~~ ~~~ ~
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【3】
日本中の子どもが、今、ドラ息子、ドラ娘と
言ってもよいのでは……? そうでない子ど
もをさがすほうが、むずかしくなりました。
* ***********************
子どもをよい子にする法(子どもは使いまくれ!)
子どもをよい子にしたいとき
●どうすれば、うちの子は、いい子になるの?
「どうすれば、うちの子どもを、いい子にすることができるのか。それを一口で言ってくれ。私は、そのとおりにするから」と言ってきた、強引な(?)父親がいた。「あんたの本を、何冊も読む時間など、ない」と。私はしばらく間をおいて、こう言った。「使うことです。使って使って、使いまくることです」と。
そのとおり。子どもは使えば使うほど、よくなる。使うことで、子どもは生活力を身につける。自立心を養う。それだけではない。忍耐力や、さらに根性も、そこから生まれる。この忍耐力や根性が、やがて子どもを伸ばす原動力になる。
●一〇〇%スポイルされている日本の子ども?
ところでこんなことを言ったアメリカ人の友人がいた。「日本の子どもたちは、一〇〇%、スポイルされている」と。わかりやすく言えば、「ドラ息子、ドラ娘だ」と言うのだ。そこで私が、「君は、日本の子どものどんなところを見て、そう言うのか」と聞くと、彼は、こう教えてくれた。「ときどきホームステイをさせてやるのだが、食事のあと、食器を洗わない。片づけない。シャワーを浴びても、あわを洗い流さない。朝、起きても、ベッドをなおさない」などなど。つまり、「日本の子どもは何もしない」と。反対に夏休みの間、アメリカでホームステイをしてきた高校生が、こう言って驚いていた。「向こうでは、明らかにできそこないと思われるような高校生ですら、家事だけはしっかりと手伝っている」と。ちなみにドラ息子の症状としては、次のようなものがある。
●ドラ息子症候群
(1) ものの考え方が自己中心的。自分のことはするが他人のことはしない。他人は自分を喜ばせるためにいると考える。ゲームなどで負けたりすると、泣いたり怒ったりする。自分の思いどおりにならないと、不機嫌になる。あるいは自分より先に行くものを許さない。いつも自分が皆の中心にいないと、気がすまない。
(2) ものの考え方が退行的。約束やルールが守れない。目標を定めることができず、目標を定めても、それを達成することができない。あれこれ理由をつけては、目標を放棄してしまう。ほしいものにブレーキをかけることができない。生活習慣そのものがだらしなくなる。その場を楽しめばそれでよいという考え方が強くなり、享楽的かつ消費的な行動が多くなる。
(3) ものの考え方が無責任。他人に対して無礼、無作法になる。依存心が強い割には、自分勝手。わがままな割には、幼児性が残るなどのアンバランスさが目立つ。
(4) バランス感覚が消える。ものごとを静かに考えて、正しく判断し、その判断に従って行動することができない、など。
●原因は家庭教育に
こうした症状は、早い子どもで、年中児の中ごろ(四・五歳)前後で表れてくる。しかし一度この時期にこういう症状が出てくると、それ以後、それをなおすのは容易ではない。ドラ息子、ドラ娘というのは、その子どもに問題があるというよりは、家庭のあり方そのものに原因があるからである。また私のようなものがそれを指摘したりすると、家庭のあり方を反省する前に、叱って子どもをなおそうとする。あるいは私に向かって、「内政干渉しないでほしい」とか言って、それをはねのけてしまう。あるいは言い方をまちがえると、家庭騒動の原因をつくってしまう。
●子どもは使えば使うほどよい子に
日本の親は、子どもを使わない。本当に使わない。「子どもに楽な思いをさせるのが、親の愛だ」と誤解しているようなところがある。だから子どもにも生活感がない。「水はどこからくるか」と聞くと、年長児たちは「水道の蛇口」と答える。「ゴミはどうなるか」と聞くと、「どこかのおじさんが捨ててくれる」と。あるいは「お母さんが病気になると、どんなことで困りますか」と聞くと、「お父さんがいるから、いい」と答えたりする。生活への耐性そのものがなくなることもある。友だちの家からタクシーで、あわてて帰ってきた子ども(小六女児)がいた。話を聞くと、「トイレが汚れていて、そこで用をたすことができなかったからだ」と。そういう子どもにしないためにも、子どもにはどんどん家事を分担させる。子どもが二~四歳のときが勝負で、それ以後になると、このしつけはできなくなる。
●いやなことをする力、それが忍耐力
で、その忍耐力。よく「うちの子はサッカーだと、一日中しています。そういう力を勉強に向けてくれたらいいのですが……」と言う親がいる。しかしそういうのは忍耐力とは言わない。好きなことをしているだけ。幼児にとって、忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいう。たとえば台所の生ゴミを始末できる。寒い日に隣の家へ、回覧板を届けることができる。風呂場の排水口にたまった毛玉を始末できる。そういうことができる力のことを、忍耐力という。こんな子ども(年中女児)がいた。その子どもの家には、病気がちのおばあさんがいた。そのおばあさんのめんどうをみるのが、その女の子の役目だというのだ。その子どものお母さんは、こう話してくれた。「おばあさんが口から食べ物を吐き出すと、娘がタオルで、口をぬぐってくれるのです」と。こういう子どもは、学習面でも伸びる。なぜか。
●学習面でも伸びる
もともと勉強にはある種の苦痛がともなう。漢字を覚えるにしても、計算ドリルをするにしても、大半の子どもにとっては、じっと座っていること自体が苦痛なのだ。その苦痛を乗り越える力が、ここでいう忍耐力だからである。反対に、その力がないと、(いやだ)→(しない)→(できない)→……の悪循環の中で、子どもは伸び悩む。
……こう書くと、決まって、こういう親が出てくる。「何をやらせればいいのですか」と。話を聞くと、「掃除は、掃除機でものの一〇分もあればすんでしまう。買物といっても、食材は、食材屋さんが毎日、届けてくれる。洗濯も今では全自動。料理のときも、キッチンの周囲でうろうろされると、かえってじゃま。テレビでも見ていてくれたほうがいい」と。
●家庭の緊張感に巻き込む
子どもを使うということは、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。親が寝そべってテレビを見ながら、「玄関の掃除をしなさい」は、ない。子どもを使うということは、親がキビキビと動き回り、子どももそれに合わせて、すべきことをすることをいう。たとえば……。
あなた(親)が重い買い物袋をさげて、家の近くまでやってきた。そしてそれをあなたの子どもが見つけたとする。そのときさっと子どもが走ってきて、あなたを助ければ、それでよし。しかし知らぬ顔で、自分のしたいことをしているようであれば、家庭教育のあり方をかなり反省したほうがよい。やらせることがないのではない。その気になればいくらでもある。食事が終わったら、食器を台所のシンクのところまで持ってこさせる。そこで洗わせる。フキンで拭かせる。さらに食器を食器棚へしまわせる、など。
子どもを使うということは、ここに書いたように、家庭の緊張感に巻き込むことをいう。たとえば親が、何かのことで電話に出られないようなとき、子どものほうからサッと電話に出る。庭の草むしりをしていたら、やはり子どものほうからサッと手伝いにくる。そういう雰囲気で包むことをいう。何をどれだけさせればよいという問題ではない。要はそういう子どもにすること。それが、「いい子にする条件」ということになる。
●バランスのある生活を大切に
ついでに……。子どもをドラ息子、ドラ娘にしないためには、次の点に注意する。(1)生活感のある生活に心がける。ふつうの寝起きをするだけでも、それにはある程度の苦労がともなうことをわからせる。あるいは子どもに「あなたが家事を手伝わなければ、家族のみんなが困るのだ」という意識をもたせる。(2)質素な生活を旨とし、子ども中心の生活を改める。(3)忍耐力をつけさせるため、家事の分担をさせる。(4)生活のルールを守らせる。(5)不自由であることが、生活の基本であることをわからせる。そしてここが重要だが、(6)バランスのある生活に心がける。
ここでいう「バランスのある生活」というのは、きびしさと甘さが、ほどよく調和した生活をいう。ガミガミと子どもにきびしい反面、結局は子どもの言いなりになってしまうような甘い生活。あるいは極端にきびしい父親と、極端に甘い母親が、それぞれ子どもの接し方でチグハグになっている生活は、子どもにとっては、決して好ましい環境とは言えない。チグハグになればなるほど、子どもはバランス感覚をなくす。ものの考え方がかたよったり、極端になったりする。
子どもがドラ息子やドラ娘になればなったで、将来苦労するのは、結局は子ども自身。それを忘れてはならない。
(もう少し詳しく考えた原稿を、「はやし浩司の世界」で紹介します)
【4】
English Edition
お休みします。
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【5】
子育て危険度。あなたはだいじょうぶ?
***************************
あなたはダメな子ネー!
いつも前向きの暗示を(失敗危険度★★★★★)
●時間をかけて心は伝わる
「あなたはどんどんよくなる」「あなたはさらにすばらしい子になる」という、前向きの暗示が、子どもを伸ばす。また前向きに伸びている子どもは、ものごとに積極的で攻撃的。何か新しいことを提案したりすると、「やる」「やりたい」とか言って、くいついてくる。これは家庭教育の常識だが、しかし問題は、子どもにというより、親にある。
親自身がまず子どもを信ずること。「うちの子はすばらしい子だ」という思いが、子どもを伸ばす。心というのはそういうもので、長い時間をかけて、子どもに伝わる。言葉ではない。そこでテスト。
●「年齢はいくつ?」
あなたが子どもを連れて街の中を歩いていたとする。すると向こうから高校時代の同級生が歩いてきた。そしてあなたの子どもを一度しげしげと見たあと、「(年齢は)いくつ?」と聞いたとする。そのときあなたはどのように感ずるだろうか。
自分の子どもに自信のある親はこういうとき、「まだ」という言葉を無意識のうちに使う。「まだ五歳ですけど……」と。「うちの子はまだ五歳だけど、すばらしい子どもに見えるでしょ」という気持ちからそう言う。しかし自分の子どもに自信のない親は、どこか顔をしかめながら、「もう」という言葉を使う。「もう五歳なんですけどねえ」と。「もう五歳になるが、その年齢にふさわしくない」という気持ちからそう言う。もちろんその中間ということもあるが、もしあなたが後者のようななら、あなたの心をつくりかえる。でないと、あなたの子どもから明るさがますます消えていく。そうなればなったで、子育ては大失敗。ではどうするか。
●うしろ向きに考える中学生
子どもというのは、一度うしろ向きになると、どこまでもうしろ向きになる。そして自ら伸びる芽をつんでしまう。こんな子ども(中学女子)がいた。ここ一番というところになると、いつも、「どうせ私はダメだから」と。そこでどうしてそういうことを言うのかと、ある日聞いてみた。すると彼女はこう言った。「どうせ、○○小学校の入試で落ちたもんね」と。その子どもは、もうとっくの昔に忘れてよいはずの、しかも一〇年近くも前のことを気にしていた。こういうことは子どもの世界ではあってはならない。
そこでどうだろう。今日からでも遅くないから、あなたもあなたの子どもに向かって、「あなたはすばらしい子」を言うようにしてみたら……。最初はウソでもよい。しかしあなたがこの言葉を自然な形で言えるようになったとき、あなたの心は今とは変わっているはずである。当然、あなたの子どもの表情も明るくなっているはずである。
* ************************************
あなたには本当のことがわかっていない
子どもの心を大切に(失敗危険度★★★★★)
●無理は禁物
子どもの心を大切にするということは、無理をしないということ。たとえば神経症にせよ恐怖症にせよ、さらにはチック、怠学(なまけ)や不登校など、心の問題をどこかに感じたら、決して無理をしてはいけない。中には、「気はもちようだ」「わがままだ」と決めつけて、無理をする人がいる。
さらに無理をしないことを、甘やかしと誤解している人がいる。しかし子どもの心は、無理をすればするほど、こじれる。そしてその分だけ、立ちなおりが遅れる。しかし親というのは、それがわからない。結局は行きつくところまで行って、はじめて気がつく。その途中で私のようなものがアドバイスしても、ムダ。「あなたには本当のところがわかっていない」とか、「うちの子どものことは私が一番よく知っている」と言ってはねのけてしまう。あとはこの繰り返し。
●こわい悪循環
子どもというのは、一度悪循環に入ると、「以前のほうが症状が軽かった」ということを繰り返しながら、悪くなる。そのとき親が何かをすれば、すればするほど裏目、裏目に出てくる。もしそんな悪循環を心のどこかで感じたら、鉄則はただ一つ。あきらめる。そしてその状態を受け入れ、それ以上悪くしないことだけを考えて、現状維持をはかる。よくある例が、子どもの非行。
子どもの非行は、ある日突然、始まる。それは軽い盗みや、夜遊びであったりする。しかしこの段階で、子どもの心に静かに耳を傾ける人はまずいない。たいていの親は強く叱ったり、体罰を加えたりする。しかしこうした一方的な行為は、症状をますます悪化させる。万引きから恐喝、外泊から家出へと進んでいく。
●ウリのつるにナスビはならぬ
子どもというのは、親の期待を一枚ずつはぎとりながら成長していく。また巣立ちも、決して美しいものばかりではない。中には、「バカヤロー」と悪態をついて巣立ちしていく子どもいる。しかし巣立ちは巣立ち。要はそれを受け入れること。それがわからなければ、あなた自身を振り返ってみればよい。
あなたは親の期待にじゅうぶん答えながらおとなになっただろうか。あるいはあなたの巣立ちは、美しく、すばらしいものであっただろうか。そうでないなら、あまり子どもには期待しないこと。昔からこう言うではないか。『ウリのつるにナスビはならぬ』と。失礼な言い方かもしれないが、子育てというのは、もともとそういうもの。(
*************************************
うちの子は問題をよく読みません
音読と黙読は違う(失敗危険度★★)
●子どもの読解力
小学三年生くらいになると、読解力のあるなしが、はっきりしてくる。たとえば算数の文章題。読解力のない子どもは、問題を読みきれない、読みまちがえる、など。あちこちの数字を集めて、めちゃめちゃな式を書いたりする。親は「どうしてうちの子は、問題をよく読まないのでしょう」とか、「そそっかしくて困ります」とか言うが、ことはそんな簡単なことではない。
●音読と黙読
話は少しそれるが、音読と黙読とでは、脳の中でも使う部分がまったく違う。音読は、一度自分の声で文章を読み、その音を聞いて文の内容を理解する。つまり左脳がそれをつかさどる。一方黙読は文字を図形として認識し、その図形の意味を判断して文の内容を理解する。つまり右脳がそれをつかさどる。音読ができるから黙読ができるとは限らない。ちなみに文字を覚えたての幼児は、黙読では文を読むことができない。そんなわけで子どもが文字をある程度読むことができるようになったら、黙読の練習をさせるとよい。方法は、「口をとじて本を読んでごらん」と指示する。国立国語研究所の調査によると、黙読にすると、小学校の低学年児で、約三〇%程度、読解力が落ちるそうだ。
●読解力は、学習の基本
ではどうするか。もしあなたの子どもの読解力が心配なら、方法は二つある。一つは、あえて音読をさせてみる。たとえば先の文章題でも、「声を出して問題を読んでごらん」と言って、問題を声を出させて読ませてみる。読んだ段階で、たいていの子どもは、「わかった!」と言って、問題を解くことができる。が、それでも効果があまりないときは、こうする。問題そのものを、別の紙に書き写させる。子どもは文字(問題)を一度文字で書くことによって、文字の内容を「音」ではなく、「形」として認識するようになる。少し時間はかかるが、黙読が苦手な子どもには、もっとも効果的な方法である。
読解力は、すべての科目に影響を与える。文章の読解力を訓練しただけで、国語はもちろんのこと、算数や理科、社会の成績があがるということはよくある。決して軽くみてはいけない。
(1294)
⌒ 、、
し 〉 ‐◯‐
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(⌒ ) ∝≒
――――― <^川
 ̄ ̄ ̄ へ フ川
/人\ ≪⌒)
ノ(⌒ ̄ ̄ ̄ ̄〕〕)
~~~~ゞ~~//~~
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講演会のお知らせ
各地で講演会をもちます。詳しくはサイトのニュースを
ご覧ください。
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/→「ニュース」です。
2・20……内野小学校
1・19……浜松市医療センター
11・21……北浜南小学校
10・30……五島小学校
10・17……島田市立第四保育園
10・10……富士市、田子浦小学校(中学校)
9・26……愛知県豊田市立幼稚園PTA連絡協議会
9・11……蜆塚幼稚園
9・5……静岡梨花幼稚園
8・20……南部公民館
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「子育てストレスが子どもをつぶす」リヨン社・1300円+税が
発売中です。どうかよろしくお願いします。
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静岡県教育委員会発行雑誌「ファミリス」での連載が、2002年度も続くことに
なりました。どうか、ご購読くださいますよう、心からお願いします。全力をあげて
この原稿に取り組んでいます。お申し込みは、学校の先生まで(静岡県内の方)、あるいは
(株)静岡教育出版社 ℡054-281-8870(ファミリス販売部)までお申し込みください。
〒422-8006 静岡市曲金5-5-38、静岡教育出版社
一冊 300円プラス送料76円……現金書留にてお申し込みください。
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子育てワンポイント・1~600作は、いかがですか?
よろしかったら、どうかお買い求めください。
● 子育てのコツ、1~600を、一枚のCD(MS・ワード版)に収めました。
ご希望の方に、一枚1000円でお送りします。
一枚ずつ、手作りで、お送りします。
単行本の分量して、約6冊分(以上)の分量があります。
● CD版ですから、検索しやすく、なっています。たとえばワード上で、
「夜驚症」で検索すれば、すぐその項目をヒットできます。
【申し込み方法】
☆下のメールアドレスをクリックして、郵便番号、住所、お名前を
お知らせください。
☆折り返し、私のほうから、確認のメールを出します。
☆もう一度、あなた様から「申し込んだ」旨の確認に返信をください。
☆CD(ワード版)を先に送ります。同封の為替用紙で、1000円を
後ほど、ご送金ください。領収書は先に、同封します。
きっとみなさんの子育てで、お役にたつと思います。
よろしくお願いします。
アドレス……
bwhayashi@vcs.wbs.ne.jp
―――――――――――――――――――――――――――――――
ご注意!
●申し込みが、10人前後になるまで待って、それからCDに焼いて送ります。 それまでしばらくお待ちください。
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以上、コマーシャルばかりで、すみません! よろしくお願いします!
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MMMMM \│/
| ⌒ ⌒ | ─○─
q ・ ・ p /│\
(〃 ▽ 〃) ⌒⌒
/ ̄  ̄\ ⌒⌒ ⌒⌒
 ̄(( ・ ・ )) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ̄ω ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ω ̄)
へへへへへへへへへ See you again in the next magazine!
へ へへへ へへへ
件名:H. Hayashi, Japan-子育て情報(はやし浩司)8-15
8-15
彡彡人ミミ 彡彡彡彡彡
| ⌒ ⌒ | MM ⌒ ⌒ MM
q 0―0 MMMMM ∩ ∩ MM m
(″ ▽ M ⌒ ⌒ M″ v ゛)/ ̄)
凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
\ /(″ ▽ ゛)\ 厂 ̄
===○=======○====KW(8)
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子育て最前線の育児論byはやし浩司(Eマガ)……読者数(Nr. of Readers) 399人
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最前線の育児論byはやし浩司(メルマガ) ……読者数(Nr. of Readers) 78人
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How to cope with Kids at Home, by Hiroshi Hayashi
Digital Magazine for Parents who are bringing up Children in the Forefront Line
★★★★★★★★★★★★★
02-8-15号(093)
★★★★★★★★★★★★★
by はやし浩司(ひろし), Hiroshi Hayashi
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
キーワードは、C,X,I(シー・エクス・アイ)
Key Words to Private Room in my Website are, C-X-I
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● 愛知県豊田町にて講演会をもちます。おいでください。
9月26日(木) 豊田産業文化センター 午前9:30~12:00
主催 豊田市立幼稚園PTA連絡協議会
(当然ですが)、こうした県外での講演会は、いつもガラガラです。どうか、お近くの人がいらっしゃれば、連絡していただけませんか。いつも主催者の方に申し訳ない気持ちで講演を終えています。くれぐれも、よろしくお願いします。
● 「静岡県ホームページグランプリ」に、私のサイトを、応募作品として、出し
てみました。
これは皆さんの投票で、静岡県で発行しているホームページをコンテスト形式
で、審査しようというものです。皆さんの清き一票を、どうか私のサイトに投
票してください。
【投票方法】
☆私のサイト(ホームページ)を開いてください。
下のアドレスをクリックすれば、私のサイトを開くことができます。
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【1】
「子育てストレスが子どもをつぶす」(リヨン社)1300円
から転載します。もしよろしかったら、本をご購入ください。
インターネット書店(JBook)などでも、取り扱っています。
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親が子どもに手をかけすぎるとき
●「どうして泣かすのですか!」
年中児でも、あと片づけのできない子どもは、一〇人のうち、二、三人はいる。皆が道具をバッグの中にしまうときでも、ただ立っているだけ。あるいはプリントでも力まかせに、バッグの中に押し込むだけ。しかも恐ろしく時間がかかる。「しまう」という言葉の意味すら理解できない。そういうとき私がすべきことはただ一つ。片づけが終わるまで、ただひたすら、じっと待つ。
S君もそうだった。私が身振り手振りでそれを促していると、そのうちメソメソと泣き出してしまった。こういうとき、子どもの涙にだまされてはいけない。このタイプの子どもは泣くことによって、その場から逃げようとする。誰かに助けてもらおうとする。しかしその日は運の悪いことに、たまたまS君の母親が教室の外で待っていた。母親は泣き声を聞きつけると部屋の中へ飛び込んできて、こう言った。「どうしてうちの子を泣かすのですか!」と。ていねいな言い方だったが、すご味のある声だった。
●親が先生に指導のポイント
原因は手のかけすぎ。S君のケースでは、祖父母と、それに母親の三人が、S君の世話をしていた。裕福な家庭で、しかも一人っ子。ミルクをこぼしても、誰かが横からサッとふいてくれるような環境だった。しかしこのタイプの母親に、手のかけすぎを指摘しても、意味がない。第一に、その意識がない。「私は子どもにとって、必要なことをしているだけ」と考えている。あるいは子どもに楽をさせるのが、親の愛だと誤解している。手をかけることが、親の生きがいになっているケースもある。中には子どもが小学校に入学したとき、先生に「指導のポイント」を書いて渡した母親すらいた。(親が先生に、だ!)「うちの子は、こうこうこういう子ですから、こういうときには、こう指導してください」と。
●泣き明かした母親
あるいは息子(小六)が修学旅行に行った夜、泣き明かした母親もいた。私が「どうしてですか」と聞くと、「うちの子はああいう子どもだから、皆にいじめられているのではないかと、心配で心配で……」と。それだけではない。私のような指導をする教師を、「乱暴だ」「不親切だ」と、反対に遠ざけてしまう。S君のケースでは、片づけを手伝ってやらなかった私に、かえって不満をもったらしい。そのあと母親は私には目もくれず、子どもの手を引いて教室から出ていってしまった。こういうケースは今、本当に多い。そうそう先日も埼玉県のある私立幼稚園で講演をしたときのこと。そこの園長が、こんなことを話してくれた。「今では、給食もレストラン感覚で用意してあげないと、親は満足しないのですよ」と。こんなこともあった。
●「先生、こわい!」
中学生たちをキャンプに連れていったときのこと。たき火の火が大きくなったとき、あわてて逃げてきた男子中学生がいた。「先生、こわい!」と。私は子どものときから、ワンパク少年だった。喧嘩をしても負けたことがない。他人に手伝ってもらうのが、何よりもいやだった。今でも、そうだ。そういう私にとっては、このタイプの子どもは、どうにもこうにも私のリズムに合わない。このタイプの子どもに接すると、「どう指導するか」ということよりも、「何も指導しないほうが、かえってこの子どものためにはいいのではないか」と、そんなことまで考えてしまう。
●自分勝手でわがまま
手をかけすぎると、自分勝手でわがままな子どもになる。幼児性が持続し、人格の「核」形成そのものが遅れる。子どもはその年齢になると、その年齢にふさわしい「核」ができる。教える側から見ると、「この子はこういう子だという、つかみどころ」ができる。が、その「核」の形成が遅れる。
子育ての第一目標は、子どもをたくましく自立させること。この一語に尽きる。しかしこのタイプの子どもは、(親が手をかける)→(ひ弱になる)→(ますます手をかける)の悪循環の中で、ますますひ弱になっていく。昔から過保護児のことを「温室育ち」というが、まさに温室の中だけで育ったような感じになる。人間が本来もっているはずの野性臭そのものがない。そのため温室の外へ出ると、「すぐ風邪をひく」。キズつきやすく、くじけやすい。ほかに依存性が強い(自立した行動ができない。ひとりでは何もできない)、金銭感覚にうとい(損得の判断ができない。高価なものでも、平気で友だちにあげてしまう)、善悪の判断が鈍い(悪に対する抵抗力が弱く、誘惑に弱い)、自制心に欠ける(好きな食べ物を際限なく食べる。薬のトローチを食べてしまう)、目標やルールが守れないなど、溺愛児に似た特徴もある。
●「心配」が過保護の原因
親が子どもを過保護にする背景には、何らかの「心配」が原因になっていることが多い。そしてその心配の内容に応じて、過保護の形も変わってくる。食事面で過保護にするケース、運動面で過保護にするケースなどがある。
しかし何といっても、子どもに悪い影響を与えるのは、精神面での過保護である。「近所のA君は悪い子だから、一緒に遊んではダメ」「公園の砂場には、いじめっ子がいるから、公園へ行ってはダメ」などと、子どもの世界を、外の世界から隔離してしまう。そしておとなの世界だけで、子育てをしてしまう。本来子どもというのは、外の世界でもまれながら、成長し、たくましくなる。が、精神面で過保護にすると、その成長そのものが、阻害される。
そんなわけで子どもへの過保護を感じたら、まずその原因、つまり何が心配で過保護にしているかをさぐる。それをしないと、結局はいつまでたっても、その「心配の種」に振り回されることになる。
●じょうずに手を抜く
要するに子育てで手を抜くことを恐れてはいけない。手を抜けば抜くほど、もちろんじょうずにだが、子どもに自立心が育つ。私が作った格言だが、こんなのがある。
『何でも半分』……これは子どもにしてあげることは、何でも半分でやめ、残りの半分は自分でさせるという意味。靴下でも片方だけをはかせて、もう片方は自分ではかせるなど。
『あと一歩、その手前でやめる』……これも同じような意味だが、子どもに何かをしてあげるにしても、やりすぎてはいけないという意味。「あと少し」というところでやめる。同じく靴下でたとえて言うなら、とちゅうまではかせて、あとは自分ではかせるなど。
●子どもはカラを脱ぎながら成長する
子どもというのは、成長の段階で、そのつどカラを脱ぐようにして大きくなる。とくに満四・五歳から五・五歳にかけての時期は、幼児期から少年少女期への移行期にあたる。この時期、子どもは何かにつけて生意気になり、言葉も乱暴になる。友だちとの交際範囲も急速に広がり、社会性も身につく。またそれが子どものあるべき姿ということになる。が、その時期に溺愛と過保護が続くと、子どもはそのカラを脱げないまま、体だけが大きくなる。たいていは、ものわかりのよい「いい子」のまま通り過ぎてしまう。これがいけない。それはちょうど借金のようなもので、あとになればなるほど利息がふくらみ、返済がたいへんになる。同じようにカラを脱ぐべきときに脱がなかった子どもほど、何かにつけ、あとあと育てるのがたいへんになる。
いろいろまとまりのない話になってしまったが、手のかけすぎは、かえって子どものためにならない。これは子どもを育てるときの常識である。
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【2】
世にも不思議な留学記
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男尊女卑の日本人(足の長さだけではない)
●私の体は正常ではない?
私のばあい、足の短さが、いつも悩みのタネだった。何度かズボンを買いに行ったが、私に合うズボンはない。そこで私はいつも子ども用のズボンをはいていた。長距離列車もそうだ。向こうのトイレは、おとな用、子ども用と分かれている。男用、女用ではない。しかしおとな用では、下まで足が届かない。列車がゆれるたびに、それ以上に体がゆれる。それでは用を足すことができない。そこで私はいつも子ども用のトイレを使っていた。まだある。
オーストラリアの学生たちは、よく、パブの前の道路にすわりこんでビールを飲む。そのとき彼らはひざを立てた状態で、三角ずわりをする。そういう姿勢をとると、ひざの上に、ちょうどうまいぐあいに頭がのる。が、私はのらない。まさかそういうところで正座するわけにもいかない。そんなわけで皆と一緒に並んでビールを飲むのが、私には苦痛でならなかった。
●日本の男はモテない
人種の違い。日本に住んでいると、それを感ずることはない。しかし外国に住んでいると、それを毎日のように感ずる。メルボルン大学の中に、日本人の留学生は私、一人だけ。オーストラリア人は、私を通して日本を見、そして日本人を見ていた。そういう視線を感ずるたびに、私はその人種の違いを意識した。が、それですんだわけではない。いつしか私は違和感を覚えるようになった。一度や二度ではない。「ここは私の国ではない」という思いだ。あるときは町の中を歩きながら、自分の足が宙を飛んでいるように感じたこともある。
皆は、親切だった。しかしその親切も、ある一定のワクの中の親切であって、それを越えることはなかった。それをもっとも強く感じたのは、やはり女性を意識したときだった。日本の男は、モテるかモテないかということになれば、そのレベルを、はるかに下回っていた。私は異性として相手にされる存在ではなかった。私の身長は一六六センチで、当時の日本では平均的だったが、ハウスの中でも、私より背が低いオーストラリア人は、一〇〇人の中で一人しかいなかった。加えて日本人は、世界の中でも、骨相学的にも、もっとも貧相をしているということだった。極東の島国で、多民族との血の交流がなかったため、そうなったらしい。目が細くつりあがり、あごが細く、歯が前へ飛び出している。私はよく、「ヒロシは、日本人のようではない。君の両親は中国人か」と言われたが、そのたびに喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑な心境になったのを覚えている。
●モテない理由はほかに……
が、本当のところ、日本人の男がオーストラリアの女性に相手にされない理由はほかにあった。たとえばオーストラリア人の男たちは、うしろからやってきた女性でも、ドアを通すとき、その女性を体で包み込むようにして先へ行かせる。マナーの違いといえばそれまでだが、日本人にはそうした基本的なマナーが欠けていた。が、マナーだけの問題でもなかった。
オーストラリアでは、夫が妻に向かって、「おい、お茶!」などと言おうものなら、それだけで離婚事由になる。日本ではごく当たり前の会話だが、こうした男尊女卑的な体質が、日本人の男性には、体のシミのようにしみこんでいる。そしてそれがそのつど顔を出す。しかも悪いことに、少し親しくなると、気がゆるみ、それがそのまま出てきてしまう。私も「おい、お茶!」という言い方こそしなかったが、それに近い言い方を何度かしたことがある。そしてそのたびに「しまった!」と思い、相手の女性にそれをわびなければならなかったことがある。
(1369)
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▲◎◎▲▲
▲ 口 ▲
▼ 口 ▼
口
凸凸凸凸凸
~~~凹凹凹凹凹凹凹~~~
~~ ~~ ~~~ ~
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【3】
子育て失敗危険度
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隠しごとがないのが、いい親子?
逃げ場を大切に(失敗危険度★★★★★)
●逃げ場で心をいやす
どんな動物にも、最後の逃げ場というのがある。もちろん人間の子どもにもある。子どもがその逃げ場へ逃げ込んだら、親はその逃げ場を荒らしてはいけない。子どもはその逃げ場に逃げ込むことによって、体を休め、疲れた心をいやす。たいていは自分の部屋であったりするが、その逃げ場を荒らすと、子どもの情緒は不安定になる。ばあいによっては精神不安の遠因ともなる。あるいはその前の段階として、子どもはほかの場所に逃げ場を求めたり、最悪のばあいには、家出を繰り返すこともある。逃げ場がなくて、犬小屋に逃げた子どももいたし、近くの公園の電話ボックスに逃げた子どももいた。
またこのタイプの子どもの家出は、もてるものをすべてもって、一方向に家出するというと特徴がある。買い物バッグの中に、大根やタオル、ぬいぐるみのおもちゃや封筒をつめて家出した子どもがいた。(これに対して目的のある家出は、その目的にかなったものをもって家を出るので、区別できる。)
●逃げ場は神聖不可侵
子どもが逃げ場へ逃げたら、その中まで追いつめて、叱ったり説教してはいけない。子どもが逃げ場へ逃げたら、子どものほうから出てくるまで待つ。そういう姿勢が子どもの心を守る。が、中には、逃げ場どころか、子どものカバンの中や机の中、さらには戸棚や物入れの中まで平気で調べる親がいる。仮に子どもがそれに納得したとしても、親はそういうことをしてはならない。こういう行為は子どもから、「私は私」という意識を奪う。
●子どもの人格を守る
これに対して、親子の間に秘密はあってはいけないという意見もある。「隠しごとがないほど、いい親子」と言う人さえいる。そういうときは反対の立場で考えてみればよい。いつかあなたが老人になり、体が不自由になったとする。そういうときあなたの子どもが、あなたの机の中やカバンの中を調べたとしたら、あなたはそれを許すだろうか。プライバシーを守るということは、そういうことをいう。秘密をつくるとかつくらないとかいう次元の話ではない。
むずかしい話はさておき、子どもの人格を尊重するためにも、子どもの逃げ場は神聖不可侵の場所として大切にする。
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友を選ぶか、親を選ぶか?
友を責めるな(失敗危険度★★★)
●行為を責める
あなたの子どもが、あなたからみて好ましくない友だちとつきあい始めたときの鉄則がこれ。「友を責めるな、行為を責めよ」。イギリスの格言だが、たとえばどこかでタバコを吸ったとする。そういうときは、タバコは体に悪いとか、タバコを吸うことは悪いことだと言っても、決して相手の子どもを責めてはいけない。名前を出すのもいけない。この段階で、たとえば「D君は悪い子だから、つきあってはダメ」などと言うと、それは子どもに、「友を選ぶか、親を選ぶか」の、二者択一を迫るようなもの。あなたの子どもがあなた(親)を選べばよいが、そうでなければあなたと子どもの間に大きなキレツを入れることになる。
あとは子ども自身が自分で考え、その「好ましくない友だち」から遠ざかるのを待つ。こういうケースでは、よく親は、「うちの子は悪くない。相手が悪い」と決めてかかることが多いが、あなたの子どもがその中心格になっていると考えて対処する。が、それでもうまくいかないときがある。そういうときは、つぎの手を使う。
●信じて伸ばす
子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、自分のよい面を見せようとする。そこであなたは子どもの前で、相手の子どもをほめる。○○君は、おもしろい子ね。ユーモアがあって、お母さんは大好きよ」とか。あなたのそういう言葉は必ず相手の子どもに伝わる。その時点で、相手の子どもは、あなたの期待にこたえようとし、その結果、あなたの子どもをよい方向に導いてくれる。いうなればあなたはあなたの子どもを通して、相手の子どもを遠隔操作するわけだが、これは子育ての中でも高等技術に属する。
●一度こわれた心はもどらない
ほとんどの親は、子どもが非行に向かうようになると、子どもを叱ってなおそうとする。暴力や威圧を加える親もいる。しかし一度こわれた子どもの心は、そんなに簡単にはなおらない。もしそういう状態になったら、今より症状を悪化させないことだけを考えながら、一年単位で子どもの様子をみる。あせって何かをすればするほど、逆効果になるので注意する。
(1296)
【4】(Translated by Mr. IBM)
What I consider on August 15.
Although it is very strange, as for having accepted war responsibility that war was "wrong", and having apologized also to the country of what, after the war, free once does not have Japan, either. If what "it had made a mistake in" is accepted, the responsibility will attain to even the Emperor. For Japan which is a bureaucratism state, this is very inconvenient. The reason whose bureaucratism state is a bureaucratism state is in the place which performs politics using absolute authority. That the responsibility attains to the Emperor who is the symbol of the absolute authority may also become the givernment itself which shakes the basis of a bureaucratism system.
Probably only the Japanese of Japan thinking that it is a democratic state is good. A good example just educates. it is and is as -- does it cut and were hope and the request sometimes issued also in once toward the Ministry of Education toward the school from parents' way or people's way? Are such hope and request realized also in once again? All are just told to a district by the top-down communication system from a center in a dialog unnecessary system. Although the decision-making organization of the name of a "council" is once to be, in what structure is the member of a council chosen by whom primarily? Even the standard is not released. And all of a bill and the directivity of an argument are made along with the composition which bureaucrats created beforehand, calling it a council. A member only states the opinion for about 5 - 10 minutes by one meeting per one person. the rest is called chairman -- getting it blocked -- the person by the side of a bureaucrat who moves at will collects the reply
In such a system, bureaucrats are just controlling the nation about politics. Meiji, Taisho, and Showa. And now which became Heisei, this system has not changed at all fundamentally. Then, although it will be called correction of bureaucratic government, it will be flipped off only by making it into a mouth in this Japan. Also for the present now, the governor of prefectures of 27-9 among national 47 all prefectures is a former central bureaucrat. In the prefecture of 7-9, the lieutenant governor is also a former central bureaucrat (2000). Furthermore, many of members of the Diet and mayors of a big city are a former central bureaucrat. not to mention [ Prime Minister ] -- the opposition party leader -- a former central bureaucrat (02 years) Why is correction of bureaucratic government etc. expectable in [ such ] being actual?
And the public itself has had the soul extracted to bony by the thing with Tati bad in addition. It does not know what thing democracy is. When I wrote the same thing before and criticized bureaucratic government of Japan, there was a man (40 years old) who has said, "Are still you a Japanese?" "What [ every ] is it that Japanese people write slander of Japan?"
I am writing no slanders of Japan. It is not told to it that Japan needs to carry out to carry out in a communist country house for a socialist state. It has said make it a democratic state. It is said that "the government for people by people's people" will just be aimed at. it is, if it is wrong -- it is -- if -- although I say nothing -- however -- why -- such an easy thing -- Japanese people -- it does not understand
Also about that war, 3 million Japanese fell victim. Similarly 3 million foreigners fell victim. the Japanese pigeon for domestic -- also writing -- it should not pass along the logic "it was an unavoidable war" etc., toward a foreign country A complaint can be said, even if it will do the thing as some country with the same Japan in when or a reverse position, supposing such logic is allowed. Japanese people -- can the preparedness be performed?
(02-8-9)
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【5】
最近書いた、エッセーをお届けします。
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八月一五日に思う
たいへんおかしなことだが、日本は、戦後、どこの国に対しても、「あの戦争はまちがっていました」と、戦争責任を認め、謝罪したことは、ただの一度も、ない。「まちがっていた」ことを認めると、その責任は、天皇にまで及んでしまう。官僚主義国家である日本にとっては、これはまことに都合が悪い。官僚主義国家が官僚主義国家であるゆえんは、絶対的権威を利用して政治を行うところにある。その絶対的権威の象徴である天皇に、その責任が及ぶということは、官僚主義制度の根幹をゆるがすることにもなりかねない。
日本が民主主義国家だと思っているのは、恐らく日本人だけと言ってもよい。よい例が、まさに教育。いままだかって、親のほうから、あるいは、民のほうから、学校に向かって、あるいは文部省や文部科学省に向かって、希望や要望が出されたことが、一度だってあるだろうか。またそういう希望や要望が、一度だって実現したことがあるだろうか。すべては中央から、上意下達方式で地方に、まさに問答無用方式で伝えられる。一応「審議会」という名前の意思決定機関はあるにはあるが、そもそも審議会のメンバーは、どういうしくみの中で、だれによって選ばれているのか。その基準すら公表されていない。しかも審議会といいながら、議案、議論の方向性は、すべて官僚たちがあらかじめ作成した作文に沿ってなされる。メンバーは、一人当たり、一回の会合で、五~一〇分程度の意見を述べるだけ。あとは座長と呼ばれる、つまりは官僚側の意のままに動く人物が、答申をまとめる。
こうした方式で、官僚たちは、まさに政治をあやつってきた。明治、大正、昭和と。そして平成になった今も、この方式は、基本的には何ら、変わっていない。そこで官僚政治の是正ということになるが、それを口にするだけで、この日本では、はじき飛ばされてしまう。現在の今でも、全国四七都道府県のうち、二七~九の府県の知事は、元中央官僚。七~九の県では副知事も元中央官僚(二〇〇〇年)。さらに国会議員や大都市の市長の多くも、元中央官僚。総理大臣はもちろんのこと、野党党首ですら元中央官僚(〇二年)。そういう現実の中で、どうして官僚政治の是正など、期待できるだろうか。
しかもなおタチの悪いことに、民衆そのものが、骨のズイまで、魂を抜き取られてしまっている。民主主義がどういうものであるかすらわかっていない。私が以前、同じようなことを書いて、日本の官僚政治を批判したとき、「あなたはそれでも日本人か!」と言ってきた男性(四〇歳)がいた。「日本人が日本の悪口を書くとは何ごとか!」とも。
私は何も、日本の悪口を書いているのではない。それに、日本を共産主義国家にせよとか、社会主義国家にせよと言っているのではない。民主主義国家にせよと言っているのである。まさに「民の、民による、民のための政府」をめざそうと言っているのである。それがまちがっているといのであれば、私は何も言わないが、しかし、どうしてこんな簡単なことですら、日本人よ、わからない?
あの戦争についても、三〇〇万人の日本人が犠牲になった。同じく三〇〇万人の外国人が犠牲になった。日本の国内向けはともかくも、外国に向かって、「やむをえない戦争だった」という論理など、通るはずもない。もしこんな論理がまかり通るとするなら、いつか逆の立場で、日本がどこかの国に同じことをされても、文句は言えないことになる。日本人よ、その覚悟はできているのか!
(02-8-9)
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私の実験教室「BW教室」
幼児を教えるようになって、三二年になる。この間、私は四つのことを、守った。(1)すべて授業は公開し、親の参観をいつでも自由にした。(2)教材はすべて手作り。市販の教材は、いっさい使わなかった。(3)同じ授業をしなかった。(4)新聞広告、チラシ広告など、宣伝をしなかった。
まず(1)授業の公開は、口で言うほど、楽なことではない。公開することによって、教える側は、手が抜けなくなる。教育というのは、手をかけようと思えばいくらでもかけられる。しかし手を抜こうと思えば、いくらでも抜ける。それこそプリントを配って、それだけですますこともできる。そこが教育のこわいところだが、楽でない理由は、それだけではない。
授業を公開すれば、同時に子どもの問題点や能力が、そのまま他人にわかってしまう。とくにこのころの時期というのは、親たちが神経質になっている時期でもあり、子どもどうしのささいなトラブルが大きな問題に発展することも珍しくない。教える側の私は、そういうとき、トコトン神経をすり減らす。
(2)の教材についてだが、私は一方で、無数の市販教材の制作にかかわってきた。しかしそういう市販教材を、親たちに買わせたことは一度もない。授業で使ったこともない。出版社から割引価格で仕入れて、親たちに買わせれば、それなりの利益もあったのだろうが、結果として振り返ってみても、私はそういうことはしなかった。本もたくさん出版したが、売るにしても、希望者の親のみ。しかも仕入れ値より安い値段で売ってきた。
(3)の「同じ授業をしない」については、二つの意味がある。年間を通して同じ授業をしないという意味と、もう一つは、毎年、同じ授業をしないという意味である。この一〇年は、何かと忙しく、時間がないため、年度ごとに同じ授業をするようになった部分もあるが、それでもできるだけ内容を変えるようにしている。ただその年の授業の中では、年間をとおして同じ授業をしない。これには、さらに二つの意味がある。
そういう形で子どもの心をひきつけておくということ。同じ授業をすれば、子どもはすぐあきる。もう一つは、そうすることによって、子どもの知能を、あらゆる方向から刺激することができる。
最後に(4)の宣伝については、こうしてインターネットで紹介すること自体、宣伝ということになるので、偉そうなことは言えない。それに毎年、親どうしの口コミ宣伝だけというのも、実のところ限界がある。ある年などは、一年間、生徒(年中児)はたったの三人のままだった。例年だと、親がほかの親を誘ってくれたりして、生徒が少しずつふえるのだが、その年はどういうわけだかふえなかった。理由は、一年ほどしてからわかった。一人の親が、別の子どもを教室へ連れてきたときのこと。ほかの二人の親が、その親を、こう言って責めていた。「どうして新しい生徒なんか紹介するのよ! 三人だけのほうが、先生にていねいにみてもらえるでしょ!」と。親たちが話しあって、ほかの生徒が入会してくるのを、拒(こば)んでいたのだ。
私の実験教室の名前は、「BW(ビーダブル)教室」という。「ブレイン・ワーク(知能ワーク)」の頭文字をとって、「BW」とした。「実験」という名前をつけたのは、ある時期、大きな問題のある子どもだけを、私の方から頼んで、(そのため当然無料だったが)、来てもらったことによる。
私の教室は、いつも子どもたちの笑い声であふれている。「笑えば伸びる」が、私の教育モットーになっている。その中でも得意なのは、満四・五歳から満五・五歳までの、年中児である。興味のある人は、一度訪れてみてほしい。ほかではまねできない、独自の教育を実践している。
BW教室の問い合わせは、bwhayashi@vcs.wbs.ne.jp まで。
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子育て随筆byはやし浩司
運動と健康
知人に六五歳の男性がいる。元自衛官で、今は市の施設で、守衛をしている。身長は一六五センチ、体重は五五キロ。たまたまテニスクラブで顔を合わせたが、私はその若々しさに驚いた。全身、まさに筋肉のかたまり。精悍(せいかん)な感じさえした。「秘訣は何ですか?」と聞くと、笑いながら、「自衛官のときは陸上部で毎日走ってばかりいました」とのこと。
こういう男性に出会うと、何かしら目標を与えられたように感ずる。「やればできるのだ」という思いと、「まだまだがんばれるぞ」と思いだ。同時に、「私も年齢だから……」という、あの卑屈な思いが消える。いや、このところ何かにつけて、体力的な限界を感ずることが多くなった。そしてその分、弱気になった。バス旅行を計画しても、無理かなという思いの中で、しりごみしてしまう。「家でブラブラしていたほうがいい」とか、「ビデオでも見ようか」とか、そんなふうに考えてしまう。
が、その男性に出会ってから、少し、私の考え方が変わった。まず第一に、体重を減らそうと考えたこと。現在、少し太り気味で、六七キロ。先週までは、六八~九キロもあった。この一週間で何とか、体重を減らした。ただ私の場合、急激に体重を減らすと、抵抗力が落ちる。結膜炎になったり、皮膚病になったりする。もともと低血圧なこともあるが、血圧も上が一〇〇以下、下が六〇前後まで落ちてしまう。そうなると、頭の働きそのものが鈍くなってしまう。そんなわけでダイエットもままならない。
が、その男性は、五五キロ。見たところ、やせているというふうでもない。言いかえると、六七キロの私は、まさに肥満体ということになる。彼のようになるには、あと一〇キロ。ドッグフード、一袋分の減量をしなければならない。六三キロ前後が適正体重とはいうが、そこまで減らすのはとても無理と思っていた。が、その男性を見たおかげで、目標ができた。やるぞ!
もっともその男性は、ここにも書いたように、若いときから体を鍛えている。今も、週三日はテニスをしているという。そういう男性を目標にしても、あまり意味はない。しかし「がんばればできる」という部分は、それほどまちがっていない。その数日後から、私はふだんの自転車通勤のほか、毎日何らかの形で汗をかくようにした。わざと往復数キロの道を歩いてみたり、犬の散歩の回数をふやしたりするなど。
効果はいろいろあらわれた。第一に、体が軽くなったこと。食事の量が減ったこと。いつもなら、「もっと食べたい」という思いの中で、食事を制限していたが、そういう思いが消えた。それに頭も軽くなったし、このところ何かにつけてよく眠られる。ワイフは「あなたの特技ね」と言うが、三〇分も横になっていると、うち二〇分くらいは眠られる。時間と場所を選ばない。たしかにこれは私の特技だ。
そこでアドバイス。多分、この原稿を読んでいる人は、子育て最前線にいる若いお父さんやお母さんだと思う。今はもちまえの若さが体力や健康をカバーしているから、それほど感じないかもしれないが、五〇歳をすぎると、その若さがどんと消える。とたん、体力や健康が、どんと落ちる。気力も落ちる。そこでできるだけ早い時期に、自分なりの健康法を確立したほうがよい。私たち夫婦のばあいは、ある時期、スポーツクラブへ通ったが、長つづきしなかった。生活の一部として取り込むことができなかったからだ。そこで私は、自転車通勤をつづけたが、それがよかった。ワイフは週に二度、テニスクラブへ通っている。テニスだけなら、長つづきしなかったと思う。仲間どうしが励ましあっている。それがよかった?
健康法は人それぞれだと思うが、要は自分に合った方法を、できるだけ長つづきさせること。「これから何をしよう」と考えるのではなく、「今までしてきたことの中で、もっと伸ばせるものは何か」と考えたほうがよい。そういう意味でも、子どもの才能を伸ばし方が参考になる。無理をしても子どもの才能は伸びない。今ある方向性をうまく利用して伸ばす。すぐ、子育ての話とからめてしまうのが、私の悪いクセだが、そういうこと。
みなさんのご健康を念願します。暑さに負けないでがんばりましょう!
(追記)
体の健康もさることながら、頭の健康と、精神の健康も忘れてはならない。頭の健康は頭を使うことで維持できるが、問題は精神の健康。私のばあい、毎日子どもたちと接しているのが、たいへんよい方向に作用していると思う。もし毎日部屋の中に閉じこもって原稿ばかり書いていたら、かなりゆがんだ人間になっていたと思う。(本当はゆがんでいるかもしれないが……。)一応まともな状態(?)でいられるのは、子どもたちのおかげと感謝している。
(02-8-8)
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子育て随筆byはやし浩司
浜松市の南、太平洋沿いに、中田島砂丘という砂丘がある。ハバだけも一五キロ近くあるが、何でも、あの砂丘にある砂粒の数よりも、宇宙にある星の数のほうが多いのだそうだ。「太陽」と呼ばれる星にしても、その中の一つに過ぎない! (地球は、ここでいう星ではない。念のため。)
で、この地球だが、その太陽を直径一五センチの球にすれば、地球はその太陽から一五メートル離れたところにある、直径〇・五ミリ(一ミリの半分!)の玉に過ぎない。宇宙の中では、まさにチリのような惑星といってもよい。何とも気が遠くなるような話だが、これは事実だ。
と、考えていくと、ここで二つの考え方に分かれるのがわかる。ひとつは、だから人間の存在は、限りなく小さいという考え方。もう一つは、そういう小さな惑星でも、懸命にがんばって生きている人間は、それだけで偉大という考え方。どちらがどうということはないが、しかし人間というものを、宇宙的な視点から見直してみるということは、とても大切なことである。ともすれば私たちは、日々の生活に追われるうちに、人間どころか、「私」自身すら見失ってしまう。つい先ほども、ある子育てマガジンが届いた。どこかの大手の通信会社がスポンサーになっているマガジンだが、つぎのような内容だった。
☆ 海のクラゲについて
☆ クラゲ対策
☆ 子どもと楽しめる日本の三大海水浴場、などなど。
☆
こうした情報がムダだとは思わないが、しかしこういうささいな情報に振り回されているうちに、人は、そして親は、もっと大切な情報を見落としてしまう。子育てをしていて、こわいところは、ここにある。よい例が受験情報。こんなことがあった。
地元のA小学校の入試問題に、野菜の名前をたずねる問題が出た。ハサミで紙を切る問題が出た。運動テストで、跳び箱の上を越える問題が出た。フラフープの輪をくぐる問題が出た。そういう問題が出たことを知ったある親は、さっそくスーパーへ連れて行き、野菜の名前を覚えさせた。ハサミで紙を切る練習をさせた。跳び箱やフラフープについては、体操教室で練習させようとした。その親は、「これが教育」と思い込んでいたが、こんなのは教育でも何でもない。子育てでもない。あえて言えば「指導」ということになるが、しかし指導と構えなければならないほどの指導ではない。
むしろこういうささいな情報に振り回されているうちに、何がなんだか、わからなくなってしまう。私のところへも、こう言ってきた母親がいた。「先生、あのA小学校では、ハサミをしっかりと使えない子どもは、落ちるんですってね」と。あまりにも低次元な話なので黙って聞いていると、さらにこう言った。「うちの幼稚園では、ハサミの使い方の練習はほとんどしてくれません。心配です」と。もしそうなら、つまりそんなことで落とすような学校なら、行かないほうがよい。こちらから蹴飛ばしてやればよい。……と私は思ったが、そんなことは言えなかった。その母親との間に、どうしようもないほど、遠い距離を覚えたからだ。「この母親に教育が何であるかを教えるには、一〇年かかるだろうな」とさえ、思った。
いや、実際こう書きながら、これは私の問題でもある。私自身、親たちの相談や心配に振り回されているうちに、自分を見失ってしまうことがある。少し前だが、こんなことを言ってきた母親がいた。「うちの子(小三男児)は、毎日プリントを三枚学習することになっていますが、二枚なら何とかしますが、三枚目になるとどうしてもしません。どうしたら三枚目をするようになるでしょうか」と。あるいは「私の娘(年長児)が通っている英語教室の先生は、アイルランド人だといいます。ヘンなアクセントが身につくのではないかと心配です。どうしたらいいでしょうか」とか。こういう相談に真剣に答えていると、こちらまで何がなんだか、わからなくなってしまう。
そこで冒頭の話。私の部屋の天井には、太陽の模型と、水星、金星、地球、火星、木星……の模型が飾ってある。太陽は直径一五センチ。これはハッポースチロールの球に着色したもの。地球は小さなマチ針を利用した。私は何かの問題を考えていて、ふと自分を見失ったようなとき、これらの模型を見ながら、自分を取り戻すようにしている。これらを見ていると、何が大切な問題で、何が大切な問題でないかがわかってくるから不思議である。「人間というのはちっぽけな存在だなア」と思うことで、身の回りのささいな問題が気にならなくなる。一方、「私の心は宇宙よりも大きいぞ」と思うことで、さらに大きな視点からものを考えることができる。……だからといって、私のもの考え方が大きいとか、すぐれているとか言うのではない。しかし自分を取り戻すには、たいへん役にたつ。あなたも一度、太陽と地球の模型をつくって、部屋のどこかに飾ってみてはどうだろうか。あるいは中田島の砂丘へ来ることがあったら、そういう視点で一度、あの砂粒をながめたらどうだろうか。ほんの少しだけ、また違ったものの考え方ができると思う。
(02-8-8)
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各地で講演会をもちます。詳しくはサイトのニュースを
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2・20……内野小学校
1・19……浜松市医療センター
11・29……砂丘小学校
11・21……北浜南小学校
10・30……五島小学校
10・17……島田市立第四保育園
10・10……富士市、田子浦小学校(中学校)
9・26……愛知県豊田市立幼稚園PTA連絡協議会
9・11……蜆塚幼稚園
9・5……静岡梨花幼稚園
8・20……南部公民館
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