Education in Front-Line and Essays by Hiroshi Hayashi (はやし浩司)

(Mr.) Hiroshi Hayashi, a professional writer who has written more than 30 his own books on Education, Chinese Medical science and Religion in Japan. My web-site is: http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/ Please don't hesitate to visit my web-site, which is always welcome!!

Friday, February 29, 2008

*Child-care neurosis

●育児ノイローゼ
When mother suffers from child-care neurosis.

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育児ノイローゼについては、たびたび
書いてきました。

原稿のほうは、ヤフー、グーグルの
ほうで、「はやし浩司 育児ノイローゼ」を
検索してくだされば、読んでいただけます。

以前、中日新聞で発表した原稿を、そのまま
紹介します。

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( 夫よ、妻を理解せよ!)

母親が育児ノイローゼになるとき

●頭の中で数字が乱舞した    

 それはささいな事故で始まった。まず、バスを乗り過ごしてしまった。保育園へ上の子ども(四歳児)を連れていくとちゅうのできごとだった。次に風呂にお湯を入れていたときのことだった。気がついてみると、バスタブから湯がザーザーとあふれていた。しかも熱湯。すんでのところで、下の子ども(2歳児)が、大やけどを負うところだった。

次に店にやってきた客へのつり銭をまちがえた。何度レジをたたいても、指がうまく動かなかった。あせればあせるほど、頭の中で数字が勝手に乱舞し、わけがわからなくなってしまった。

●「どうしたらいいでしょうか」

 Aさん(母親、36歳)は、育児ノイローゼになっていた。もし病院で診察を受けたら、うつ病と診断されたかもしれない。しかしAさんは病院へは行かなかった。子どもを保育園へ預けたあと、昼間は一番奥の部屋で、カーテンをしめたまま、引きこもるようになった。食事の用意は何とかしたが、そういう状態では、満足な料理はできなかった。

そういうAさんを、夫は「だらしない」とか、「お前は、なまけ病だ」とか言って責めた。昔からの米屋だったが、店の経営はAさんに任せ、夫は、宅配便会社で夜勤の仕事をしていた。

 そのAさん。私に会うと、いきなり快活な声で話しかけてきた。「先生、先日は通りで会ったのに、あいさつもしなくてごめんなさい」と。私には思い当たることがなかったので、「ハア……、別に気にしませんでした」と言ったが、今度は態度を一変させて、さめざめと泣き始めた。そしてこう言った。「先生、私、疲れました。子育てを続ける自信がありません。どうしたらいいでしょうか」と。冒頭に書いた話は、そのときAさんが話してくれたことである。

●育児ノイローゼ

 育児ノイローゼの特徴としては、次のようなものがある。

(1)生気感情(ハツラツとした感情)の沈滞、
(2)思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷う、堂々巡りばかりする、記憶力の低下)、
(3)精神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪失、日常活動への興味の喪失)、
(4)睡眠障害(早朝覚醒に不眠)など。さらにその状態が進むと、Aさんのように、
(5)風呂に熱湯を入れても、それに気づかなかったり(注意力欠陥障害)、
(6)「ムダ買いや目的のない外出を繰り返す(行為障害)、
(7)ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)、
(8)同じようにささいなことで激怒したり、子どもを虐待するなど感情のコントロールができなくなる(感情障害)、
(9)他人との接触を嫌う(回避性障害)、
(10)過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる。
(11)また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)。

こうした兆候が見られたら、黄信号ととらえる。育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍しくない。子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。

●夫の理解と協力が不可欠

 ただこうした症状が母親に表れても、母親本人がそれに気づくということは、ほとんどない。脳の中枢部分が変調をきたすため、本人はそういう状態になりながらも、「私はふつう」と思い込む。あるいは症状を指摘したりすると、かえってそのことを苦にして、症状が重くなってしまったり、さらにひどくなると、冷静な会話そのものができなくなってしまうこともある。Aさんのケースでも、私は慰め役に回るだけで、それ以上、何も話すことができなかった。

 そこで重要なのが、まわりにいる人、なかんずく夫の理解と協力ということになる。Aさんも、子育てはすべてAさんに任され、夫は育児にはまったくと言ってよいほど、無関心であった。それではいけない。子育ては重労働だ。私は、Aさんの夫に手紙を書くことにした。この原稿は、そのときの手紙をまとめたものである。

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ここでは、さらにつぎの段階に
ついて考えてみます。

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 当然のことながら、育児ノイローゼ、つまり、心がうつ状態になると、ものごとへの(こだわり)が、強くなる。ささいなことを気にして、それについて悶々と悩んだりする。悩むだけならまだしも、ときに、人との接触を避けたり、反対に、周囲の人たちに、当たり散らしたりする。

 ある日、突然、Cさんという女性から、電話がかかってきた。見知らぬ女性である。私の電話番号は、近くの交番までやってきて、そこで知ったらしい。

 その声からして、ふつうではなかった。オドオドというか、サメザメというか、息子(21歳)のことについて、あれこれ言った。

 「よくない女性とつきあっている」
 「コンビニで万引きをした」
 「タバコを吸っている」
 「酒もよく飲む」
 「仕事は、高校を出てから、4回も変わった」などなど。

私「タバコを吸っている人は多いですよ」
C「でも、うちの子は、17歳くらいから吸っています」
私「みんなそれくらいからですよ」
C「20歳未満からタバコを吸うようになると、肺ガンになるといいます」
私「そういう説もあります」
C「私たちが生きているうちなら、何とかなりますが、私も、もうすぐ50歳です」
私「……」と。

 こういう押し問答が、延々とつづく。まさにああ言えば、こう言う式の相談がつづく。

私「で、よくない女性というのは、どういう女性ですか?」
C「夜は、スナックで働いています」
私「はあ~。いまどき、そういうことを言ってはいけません」
C「水商売です」
私「だからね、それが偏見だということです。どうしてスナックで働くことが悪いことなのですか」
C「……今は、そういう時代ですか? 私が古いのですか?」
私「そうですね。古いですね。戦前の考え方ですね。あるいは封建時代の身分制度の名残かな? 職業によって、相手の価値まで判断してしまう」と。

 私は何度も電話を切ろうとしたが、こちらの都合など、まるで意に介さない。自分のことだけを、ペラペラといつまでも話しつづけた。

 電話は、その翌日もかかってきた。そのまた数日後もかかってきた。朝、夜の区別もなかった。

 こういう相談のときは、とにかく聞き役に徹するしかない。Cさんは、私に話すことで、自分を整理する。心の中にたまったうっぷんを晴らそうとする。しかし私にも、(時間)というものがある。

 いつだったか、どこかの小児科のドクターがこう言っていたのを思い出した。私が、「カウンセリングはどこまでしていますか?」と聞いたときのこと、そのドクターは、こう言った。

 「うちではしていません。看護婦も、10人いますから、そういう人たちの給料も稼がねばなりませんから」と。

 つまりカウンセリングといっても、1人あたり、最低でも30分ほどかかる。しかもお金にならない。そのドクターは、それを言った。「現実には、不可能です」と。

 では、どうするか?

 育児ノイローゼといっても、たまたま対象が、「育児」、つまり「子ども」というだけで、中身は、うつ病と考えてよい。心の病気。そういう前提で、子どもの問題というよりは、母親自身の心の問題と考える。

 私は、Cさんの夫に電話をかわってもらった。幸い、おだやかで、静かな口調の人だった。私は、「一度、心療内科かどこかへ、相談したらよいのでは……」と話した。夫も、すなおにそれに同意してくれた。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist はやし浩司 育児ノイローゼ うつ うつ病)

Thursday, February 28, 2008

*Me in "Me", who controls me from the behind

●私の中の「私」(Me in “Me”)

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私の中には、もう1人の「私」がいる。
たしかに、いる!

たとえばだれかが私に親切にしてくれたとする。
すると、私は、それをうれしく思う。
そういう私は私。それが私。

しかし私の中には、もう1人の私がいて、
こう考える。

「この人は、何が目的なのだろう?」と。
あるいは、
「この人は、何を求めているのだろう?」と。

すなおにそれを喜べばよいのに、
いつももう1人の「私」が、それをじゃまする。

こうした現象は、どの人にも共通しているのか?
それとも、私だけに起こる現象なのか?

ワイフにそれを聞くと、ワイフには、それがないという。
私には、むしろ、そういうワイフが信じられない。

「もう1人の自分がいないのか?」と聞くと、
「いない」と答える。

「ほんとうにいないのか?」と聞くと、
やはり「いない」と答える。

が、私の中には、もう1人の「私」がいて、それが
私を操作する。

いじけさせたり、ひねくれさせたりする。
ときに自虐的な行為に走らせることもある。

そういうもう1人の「私」と、どうすれば、私は決別できるのか?
それをこのところ、よく考える。

恐らく、もう1人の「私」は、私が幼児期のころ、
生まれたものだと思う。

私の父は、よく酒を飲んで暴れた。
その恐怖が、私の中に、もう1人の「私」を作った。
言うなれば心のキズ。
そのキズが今も、深く、自分の心の中に残っている。

よく、「心のキズは消えますか?」と聞く人がいる。
だから私は、そう聞かれるたびに、私は、こう答えるようにしている。

「一度、ついたキズは、消えません。忘れることは
できますが、消えません」と。

私自身が、その経験者ということになる。

しかし方法はないわけではない。
まず、自分の心の中にあるキズを知る。敵を知る。
知れば、あとは時間が解決してくれる。
キズの程度にもよるが、時間が解決してくれる。

そしてもう1人の「私」が顔を出したら、自分にこう言って
聞かせる。
「これはほんとうの私ではないぞ」と。

あとは忘れる。あとは、仲よく、つきあう。

心のキズというのは、そういうもの。

が、私のワイフのような人間のほうが、少ないのではないか?
このことは、子どもたちを見ているとよくわかる。

いじけたり、ひねくれたり、ひがんだり、嫉妬したり……。
そのつど別の「私」に、操作される。
そんな子どもは、多い。

みんな、多かれ少なかれ、何らかのキズを引きずりながら、
生きている。

これは自己弁護か?

Wednesday, February 27, 2008

*Beyond the time and the place

●今日あれこれ(2月28日)

●私の義務(What I should do now for the children of the future)

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私にはやらなければならないことがある。
「死ぬまでに……」ということになるが、
はっきり言えば、そういうことになる。

家族の記録を残すこと。

いつかその日はやってくる。
明日かもしれない。
20年後かもしれない。

その日のために、今できることを、
しっかりとしておく。残しておく。

昨夜、ワイフにこう言った。
「いつかぼくが先に死んで、さみしく
なったら、ぼくのHPを見るんだよ。

ぼくは毎日お前が見ても、見きれないほどの
思い出を、そこに詰めておくから」と。

ワイフは、すなおに「うん」と言ってくれた。

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「♪千の風」も、よい歌だが、あれは幽霊の歌。幽霊でもない人間が、幽霊の歌を作って、どうする? 子どもたちに、「あれは幽霊の歌だね」と声をかけると、みな、「そうだよ」と言った。子どもたちでも、そんなことは知っている。

 ……とまあ、辛辣(しんらつ)な批評はさておいて、私にとって「千の風」とは何かと問われれば、「千の原稿」と答える。「千のビデオ」でもよい。「千の音楽」「千の思い出」でもよい。

 今、生きている私が、将来の家族のために、何かを残しておく。残すといっても、「風」のような、つかみどころのないものではなく、記録。その記録を残す。役にたつかどうかはわからないが、そのとき私の気持ちが、時空を超えてワイフや子どもたち、さらには孫たちに伝われば、うれしい。「お前たちを、心底、愛しているよ」と。

 「今」は大切だが、私は、もう「今」にこだわらない。時として、私は20年後、30年後の私に飛ぶ。もちろんそのとき、私はすでにいないかもしれない。が、それはそれでかまわない。そう言えば、昨日、小6の子どもたちと(お別れ会)をした。みなに、写真を渡した。私はその中に、こう書いた。

 『2050年1月1日、午後1時に、浜松城の前で会おう』と。

 2050年といえば、60+42=102で、私は102歳になっている。すかさず計算して、子どもたちがみな、こう言った。「先生は、生きているの?」と。私は、「生きているよ。心配しなくてもいいよ」と。

 今、こうして書いている文にしても、ひょっとしたら、子どもたちは、20年後、30年後にどこかで読むかもしれない。そのとき、私の今の心と、子どもたちの心が、時空を超えてつながる。それが重要。

 私はここにいる。この文章を読んだ君たちも、ここにいる。そう、私は、「♪眠ってなんかいない!」。

 いつかその日はやってくる。明日かもしれない。20年後かもしれない。それは私にもわからない。しかし、ともかくも今は、今を燃やしつくす。

 そのために私に残された時間は、あまりにも少ない!

★下Kさん(姉)へ、……あなたは予言どおり、幸福になっているよ。
★飯Nさんへ……あなたは予言どおり、長生きをするよ。
★K本さんへ……あなたは予言どおり、すばらしいお医者さんになっているよ。
★下Kさん(妹)へ、……あなたは予言どおり、日本一の作家になっているよ。
★O川さんへ、……あなたは予言どおり、ものすごくすてきな女性になっているよ。

Sage Hayashi and Mae Hayashi

Some day I wish you can read my articles when you grow up. Then my mind and your minds would be connected. Remember that your grandfather and grandmother once lived in Japan. We are with you now. Time is now Feb. 28th 2008.

誠司と芽依へ

いつかこれらの原稿を読んでくれるかな。お前たちの祖父母は、かつて日本に住んでいたよ。お前たちがこの文章を読むとき、ぼくとお前たちの心はつながるよ。今、ぼくたちは、お前たちとともにいるよ。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist Sage Hayashi Mae Hayashi)

*Contradiction of Mind

●心の矛盾(Contradiction of Mind)

When we see dead bodies of cats or raccoons, we avert our eyes from them. But in the house we don’t hesitate to cook meat or pork without thinking anything. Isn’t this a kind of contradiction of mind? Are human-beings a creature like this?

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熱帯魚を飼うようになって、
もう25年近くになる。

が、その水槽が、突然、音を
たてて割れた(ワイフの言葉)。
中の水が、外に漏れた。

原因は、不明。

「どうしようか?」とワイフが
聞いた。
「もう、飼うのをやめようか」と
私。

生き物を飼うのは、たいへん。
それだけで、何かと束縛される。
それをこのところ、負担に思う
ようになっていた。

が、問題は、住んでいた魚たち。
ネオンテトラにコリドラスなど。

まさか殺すわけにはいかない。

ワイフは鍋の中に、熱帯魚を
移した。

「毎朝、小魚の佃煮を食べているのに……」
と私。

この矛盾!

この心の矛盾は、いったい、どこから
どう生まれるのか?

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 道路で、タヌキかネコの死骸を見ると、思わず、目をそむける。その同じ私が、家の中では、牛肉をまな板の上で、調理する。こうした心の矛盾を、いったい、どう理解したらよいのか。数日前も、私の家で、こんなことがあった。

 熱帯魚を飼うようになって、25年近くになる。最初、飼い始めたのは、三男だった。いや、私の方が先だったかもしれない。三男は三男で、私は私で、熱帯魚を飼うようになった。たがいに教えあい、いっしょに育てた。

 その間に、水槽は、数回、取り替えた。当初は、幅が80~90センチもある大きな水槽だった。が、だんだん小さくなって、そのときは、45センチくらいのものになっていた。その水槽が、突然、音をたてて割れた。

 ワイフの話では、「突然、バリッという音がして割れた」とのこと。原因は不明。内外の温度差に、ガラスが耐えられなかったのだろう。このところ、庭では毎朝、氷が張っている。

 書斎にいると、ワイフから電話。「どうしようか?」と。つまり水槽を買い換えようか、と。

 生き物を飼うのは、けっこう、たいへん。1泊旅行のときなども、エサのことなど、だれかにあれこれと頼んでおかねばならない。このところ、それを、少し重荷に感ずるようになっていた。「エサをあげた?」「まだよ」というような会話は、毎日、している。時として、エサをやり忘れることもある。

私「もうやめようか」
ワ「そうね……」
私「たいへんだしね……」
ワ「魚は、どうする?」
私「焼いて食べようか」
ワ「冗談でしょ」
私「うん」と。

 もちろん冗談でそう言ったが、そのとき、ふと、心の中で矛盾を感じた。その朝も、私は、小魚の佃煮を、パクパクと食べた。数にすれば、100~200匹近く食べたのでは? その同じ私が、ほぼそれと同じほどの大きさの熱帯魚の始末に、困っている。

ワ「だれか、もらってくれる人がいればいいけど……」
私「あの熱帯魚屋は、もう店を閉めてしまったしね」
ワ「どうしよう……?」と。

 こうした矛盾は、日常生活の中で、よく経験する。冒頭に書いた、(肉)の話も、そうだ。

 たとえばワイフは、テニスクラブに行くとき、車で行く。歩いても、10分もかからない距離である。「歩いていったほうが、ずっと運動になるのに」と思う。

 ほかにもダイエットがある。モリモリとたくさん食べたあと、下剤をのんだりする。

私「人間の脳みそも、いいかげんなものだな」
ワ「うん」
私「矛盾したことをしながら、それを矛盾とも思わない」
ワ「そうね。でも、やっぱり、ペットは殺せないわ。情が移っているから」と。

 で、あとで聞いたら、ワイフはその熱帯魚を、ペットショップにもっていったそうだ。「鍋に入れたままもっていったから、笑われちゃったア」と。

 よかった。……ということで、この話は、おしまい。

*Spoiled Children

【自分を見失う子どもたち】(Spoiled Children)
Where should I go? What should I do? What do I want to do? These children don’t know even what they really are.

●ドラ息子、ドラ娘

 ドラ息子症候群というのがある。自分勝手でわがまま、ものの考え方が、享楽的で(=その場だけの快楽を求める)、ぜいたく。自己中心性が強く、対人、対物許容範囲が狭い。好き嫌いを平気で口にし、相手やものの「非」をとらえて、不平、不満を並べる。

 このタイプの子どもについては、たびたび書いてきたので、ここでは、その先を考える。ずいぶんと前だが、こんな子ども(中学生、女子)がいた。……といっても、架空の中学生と考えてほしい。いくつかの事例を、ひとつにまとめてみる。名前を、Yさんとしておく。

 ある日のこと、Yさんが、突然、こう言った。「帰ります」「タクシーを呼んでください」と。あまりにも突然のことなので、驚いた。が、私はその場の雰囲気に負けて、タクシーを呼んだ。

 あとで理由を母親に聞くと、母親は、こう言った。「あの子は、よそのトイレが使えないのです」と。つまり「よその家では、大便ができない」と。

 こういうケースは珍しくない。わがままというより、ぜいたくざんまいに育てると、子どもは、そうなる。いやなことはしない。きたない仕事はしない。つらい経験はしない。世界が自分を中心に回っているかのように錯覚する。また世界の中心にいないと、気がすまない。

 そのYさんは、よくこう言った。「先生は、教室の消毒をしていますか?」と。「どうして?」と聞くと、「机の上に、ホコリがたまっています」「壁にゴキブリのウンチのシミがついています」と。こまかいことを、そのつど指摘しては、おおげさに騒いだ。

 で、このタイプの子どもは、学習面でも伸び悩む。「学習」には、ある種の苦痛がともなう。その苦痛を乗り越える「力」がない。

 これについても、すでにたびたび書いてきたので、ここではさらにその先を書く。

●自己同一性の危機

 このタイプの子どもは、やがて、自分を見失う。発達心理学の世界には、「自己の同一性」という言葉がある。その「同一性」が、バラバラになってしまう。

 自分で何を、どうしたらよいかも、わからなくなってしまう。自分が何をしたいかも、わからなくなってしまう。自己中心性が強いから、他人から、どのように見られているかも、わからなくなってしまう。

 たとえて言うなら、糸の切れた凧のような状態になる。フラフラと風任せ。あるいはそのままドスンと下に落ちてくる。つまり非行の道へと、まっしぐら。

 Yさんは、教室へ入るやいなや、よくこう言った。

 「あんた(=私のこと)も、おかしな顔をしているね」
 「奥さんがかわいそう」
 「こんな暑苦しい部屋じゃ、勉強なんかできない」と。

 もちろん勉強など、しない。能力的には、かなり恵まれた子どもだった。頭もよかった。しかしそれだけに、扱い方がむずかしかった。自分の非を棚にあげて、「ああでもない」「こうでもない」と、他人を批判した。

 Yさん自身も、「私はできるはず」という部分で、葛藤していたと思う。(プライド)と(現実)のギャップの中で、もがいていた。

 一度、こう言ったことがある。「そんなにここへ来るのがいやだったら、お母さんに、そう話してあげようか」と。

 しかしそれについては、Yさんは、がんこに拒否した。心の中では、不満と不平が、ウズを巻いていた。それから生まれる怒りを、私にぶつけていた。私を口汚くののしることで、欲求不満を解消させようとしていた。私にも、それがよくわかっていた。

●非行

 で、このタイプの子どもは、一度、非行の道に入ると、そのまま、まっしぐらにその道へと入ってしまう。(だからといって、非行が悪いというのではない。またそれでもって、子育てに失敗したというわけでもない。誤解のないよう。)

 Yさんは、中学2年になるころには、性的経験をもつようになった。私には、雰囲気から、それがよくわかった。ある日、筆入れの中に、子どもがもつようなものでない装飾品が入っていた。それを私が指でつまんで、「これは何?」と聞くと、Yさんは、艶(なまめ)かしい声で、こう言った。「ウフン……。いいじゃん……」と。

 私は親に話すべきかどうかで、迷った。しかし言わなかった。言えば、私と子どもとの間の信頼関係は消える。信頼関係が切れた状態で、子どもの指導はできない。親の側から相談でもあれば話は別だが、こういうケースのばあい、知って知らぬフリをする。性的経験にしても、「疑わしい」というだけで、確証があるわけではない。

 では、どうするか?

●二番底に注意

 このタイプの子どもは、進むべき方向性をいっしょにさがしてやるのがよい。しかし先にも書いたように、自分でも、どうしたらよいか、それがわかっていない。「あなた何をしたいの?」と聞いても、「遊びたい」とか、「お金がほしい」とか、言う。そこでさらに、「どんなことをして遊びたいの?」「お金があったら、何を買うの?」と聞いても、その答がない。「わかんない……」とか言う。

 別の方法としては、スポーツや運動で、自分を燃焼させるというのがある。しかしこの段階になると、それもしない。「いやだ」「できない」「したくない」の悪循環の中で、ますます遠ざかっていく。

 ……と書くと、「お先、真っ暗」ということになる。が、ここで待ってほしいのは、このタイプの子どもは、その状態が、最悪の状態ではないということ。その「最悪」の下には、さらにその最悪がある。これを私は「二番底」と呼んでいる。

 (この「二番底」「三番底」論は、はやし浩司のオリジナルである。どうか、無断で流用しないでいただきたい。)

 たとえば非行といっても、いろいろある。(門限破り)→(外泊)→(家出)と進む。さらに(長期家出)→(同棲)→(性病、妊娠)と進む。

 わかりやすく言えば、「直そう」とは思わないこと。それ以上、状態を悪くしないことだけを考えて、対処する。あとは、時間を待つ。この段階で、あせって、何かをすればするほど、逆効果。私が言う、二番底、三番底へと落ちていく。

 その期間は、驚くほど、短い。ほとんどの親は、こう言う。「あっという間でした」と。それこそ、1、2か月の間に、そうなる。それだけに、親が気づくということもない。「非行に走る」という言葉がある。まさに「走る」という状態になる。

 で、子どもが非行に走ると、ほとんどの親は、「うちの子は誘われただけです」と言う。「友だちが悪い」と。しかしよく調べてみると、その子ども自身が中心核になっているというケースは多い。

●変化に注意

 さらに問題がつづく。子どもというのは、ウソをつく。仮面をかぶる。一方、親のほうは、「まさか……」「うちの子にかぎって……」と、子どもの変化を見逃してしまう。私の経験からして、こういうケースで、子どもの姿を正確にとらえている親は、まずいない。

 Yさんにしても、父親の前では、借りてきた猫の子のように、おとなしかった。が、その一方で、母親は、Yさんを溺愛していた。一度、こんなことがあった。

 私がYさんの希望進学校を聞いたときのこと。母親は、私にこう言った。「私からは聞けませんので、先生(=私)のほうから、聞いてください」と。私は、「ハア……」と言っただけで、何も言うことができなかった。
 
 そのYさんについて言えば、極端にきびしい父親、極端に甘い母親の間で、(三角関係)ができていた。つまり家庭教育そのものが、崩壊していた。

 結局、この問題は、行き着くところまで行く。行かなければ、親も気がつかない。この問題だけは、子どもの問題というよりは、親の問題。親問題というよりは、家庭の問題。子どもは、その(代表)にすぎない。

 が、だからといって、それでその子どもが、ダメになるわけではない。先に、「非行が悪いわけではない」と書いたが、それは、そういう意味である。多かれ少なかれ、子どもというのは、同じような道をたどりながら、やがておとなになっていく。この時期の失敗(?)が、そのまま一生つづくということはない。

 さらに言えば、ドラ息子、ドラ娘ということになれば、日本の子どもたちは、みな、ドラ息子、ドラ娘ということになる。世界的な水準からすれば、そうである。ある母親は、こう言った。

 「先生は、ドラ息子の話をしますが、私の夫が、そのドラ息子です。どうしたらいいでしょうか?」と。

 しかし……。

 よいか悪いかということになれば、子どもは、ドラ息子、ドラ娘にしないほうがよい。苦しむのは、結局は、子ども自身ということになる。それこそおとなになる過程で、「長くて曲がりくねった道」(ビートルズ)を歩かなければならない。

Tuesday, February 26, 2008

*"My Own way" by Soichi Hayashi

A song, composed by my son, and sung with his wife, Denise.

*We support having arrested K. Miura for the susupicion of murder by L.A. Police Headoffice.

●法の番人とは何か?
*What is the watchman of the Law?
We, the Japanese, support the arrest of K. Miura by the L.A. Police Headoffice. If it is wrong, then we will ask what the watchman of the Law? We can not forget that one woman was murdered by someone. All of us know who murdered her, but no one can speak out of his name. Is this fair? Please do your job and make clear who murdered her. This is the justice we want, and the justice we, the Japanese could not do. According to a eyewitness of the place, a white ban stopped in front of him and when the ban went away, there had left two men there, one was lying on the ground and the other was crying for help. How can K. Miura explain about this fact? The ban was there, since the part of the car photoed by his own camera. This is the fact. Here again we support your having arrested his for the suspicion of the murder.

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MK事件では、当初から、MKなる人物自身の
犯行が疑われていた。

それについて、ロス市警のジャクソン捜査官は、
会見の席で、「殺人現場を目撃していた、第3者
がいた」と、つぎのように述べている(産経ニュース)。

「彼のあずかり知らないことだが、現場から
1ブロックに位置する高層ビルから、事件の
一部始終を目撃していた第三者がいた。彼らの
車両に関する証言は、MK容疑者の供述と
全面的に異なっていた。これが、当時の捜査の
詳細である。そして基本的に、これが現在の
流れである」と。記者の「その目撃者らは、実際の銃撃を見たのか?」
という質問に対しては、
「現時点でいえるのは、1台の車が止まり、
視界をブロックしていた。その後、バックして、
そして2人が倒れていた、ということだ」と。

つまりその目撃者の話によれば、1台のバンが
止まった。
そしてそのバンが立ち去ったとき、MKという
男性と、その妻が、そこに倒れていたということ
になる。

この目撃した男性は、当時のテレビ報道などでも、
同じような証言を繰りかえしてしていた。

が、ひとり、「無実だ」「えん罪だ」と、息巻いて
いるのが、MKという男性の弁護をしてきた、
HN弁護士。

「あってはならない不当なことだ。前の刑事事件の時に
日本とアメリカの捜査当局が連絡しあっていたことを
含めて言えば、ダブルでやるのはおかしな話」(産経ニュース)と。

MKという男性が、日本の裁判所で無罪になったのは、
要するに、物的証拠がなかったこと、実行者が特定できな
かったことによる。

しかし当日、(白い)バンは、そこにあった!
MKという男性自身が撮った写真の中に、そのバンの
一部が写っていた。

もちろんMKという男性自身は、そのバンのことを否定
している。

ならば私は、HN弁護士に問いたい。
「いったい、法とは何か?」「法の番人とは何か?」と。

「法的正義とは何か?」と言いかえてもよい。

枝葉末節の法論議に始終し、事実そのものを見ようとしない。
そして法を武器に、事実を押し隠して、被告人の利益だけを
優先させる。

大切なことは、1人の人間が、実際に殺害されているという
その事実。
そのすぐそばに、MKという男性がいたという事実。
だったら、MKという男性に、真実を話させるようにし向ける
のが、弁護士、つまり法の番人の役目ではないのか。
その真実を明らかにすることこそ、法の番人の役目ではないのか。
あるいは百歩譲って、その「矛盾」を説明するのが、法の
番人に役目ではないのか。

何も被告人の不利益になるようなことをせよというのではない。
もう少し、1人の人間が殺害されているというその事実に、
謙虚になるべきではないかと、私は言っている。

「私はあなたを弁護士として弁護したが、ここから先は、あなた
自身の良心の問題だ」と。

HN弁護士は、「あってはならないこと」と言っているが、
では、殺された妻は、どうなのか?
それはあってはならないことではないのか?

繰りかえすが、1人の人間が殺されている。
その事実は、どうなるのか? 「30年近くもたってから、再裁判は
おかしい」と言うことこそ、おかしい。
30年たったら、死んだ人は生き返るのとでもいうのか?

私は、ロス市警の再裁判を、支持する。
その声を届けるため、英文で、この原稿を、ロス市警の掲示板に
送る。

Monday, February 25, 2008

*Theme Music of my Website

●「♪そよ風をあなたに」

昨夜、息子が作曲、演奏した曲を使って、新しいビデオを作ってみた。
勝手に、私のHPのテーマ曲にしてしまっている。

短い曲だが、秀作だと私は、思っている。(親ばかかな?)
息子はこの曲を、高校3年生のとき作曲した。

で、この曲を聴くたびに、私は、こう思う。
「どうしてもっと、こういう才能を伸ばしてやれなかったのか」と。

興味のある人は、どうか聴いてみてください。(↓クリック)

http://www.youtube.com/watch?v=akhdJvb4pkM&eurl=http://hiroshihayashie.ninja-web.net/page023.html
(♪そよ風をあなたに)

Sunday, February 24, 2008

*Virtual Graveyard

●インターネット遺言+墓地(Graveyard in Virtual Reality)

In near future we will have a kind of virtual graveyard where we can store our own whole life in it. The bereaved will open the files and read and see them whenever and wherever they want to do it. When I die, please come and see me in the files stored in the internet. I am not in the grave.

ついでにインターネット遺言とか、インターネット墓地というのは、
どうだろうか。

どこかのインターネット会社に、遺言を管理してもらう。
「遺言」といっても、財産の管理だけではない。
自分の(思い)や(願い)を、管理してもらう。

遺族は、それを読んだり、見たりする。
あるいは葬儀の席で流してもらう。

葬儀屋「これから故人自らが制作したビデオを流します。一同、礼拝!」
とか何とか……。(楽しいね!)

歳を取ってヨボヨボになってからでは遅い。
まだ元気なうちに、ビデオを制作して、それをインターネットのどこかに
ストーレッジ(保管)しておく。

さらに、インターネット墓地というのも、考えられる。
その人の過去、経歴、実績などを、やはりインターネットのどこかに、
ストーレッジしておく。

故人に会いたくなったら、その墓地を訪問すればよい。

「やはり遺骨が大切……」と考える人には、この方法は向かない。
しかし大切なのは、中身。その人自身。思想、信条、哲学、生きざま……。

……ということで、インターネットの発達は、現在、私たちが
もっている死生観まで変えてしまう可能性がある。

さらに宗教観まで変えてしまうかもしれない。

インターネット墓地というのは、ずっと先の話かもしれないが、
インターネット遺言というのは、そのうちどこかのサービス会社が
始めるかもしれない。

けっして荒唐無稽なことを書いているのではない。
この私にしても、この5年間だけでも、2万枚(40x36字)
以上もの原稿を書いた。
しかしそんな原稿にしても、1枚のDVDディスクに、軽く収まってしまう。

たった1枚だぞ!

あと10年もすれば、マッチ棒の先ほどの大きさの記録メディアに、
その人の一生の記録さえ残せるようになるかもしれない。

それがその人の「遺骨」ということになる。
それをどこかのインターネット・サービス会社が保管、管理する。
そういう時代は、すぐそこまで来ている!

個人的な意見を書き添えるなら、私は、自分の遺骨には意味はないと思う。
もし私が死んだあと、私のことを思い出してくれるというのなら、墓ではなく、
パソコンの前に座ってほしい。
パソコンをたちあげて、「はやし浩司」を検索してほしい。
そこに少しでも私の原稿が残っているなら、それを読んでほしい。

遺骨について言えば、散骨でも何でもよい。
もちろん仏壇もいらないし、墓もいらない。
葬式にしても、「いつ死んだかわからない」というような雰囲気で、
こっそりとしてほしい。

「千の風」をもじるなら、こうなる。

♪私のお墓の前で、泣かないでください。
 そこに私は いません。
 眠ってなんかいません。
 パソコンの中にいて、無限の
 電子の世界にいます。

 もし私に会いたくなったら、
 パソコンを開いてください。
 いつでも、私は、あなたと話をすることが
できます。

たぶん、私が先に死ねば、ワイフが寂しがるだろうから、(あるいは
喜ぶかな?)、今のうちに、私の記録を、できるだけたくさん残して
おこうと考えている。

「MUSIC & I」というコーナーを更新しながら、
そんなことを考えた。

My wifeへ、

お前と見た映画は、すべて収録しておくよ。
お前が好きだった音楽も、すべて収録しておくよ。
いつかぼくが死んだあと、さみしくなったら、
このコーナーを見てほしい。

ついでに、お前の好きな音楽を載せて、
アルバムの中の写真をスライド化しておくよ。

ぼくは、お墓の中なんかにはいないよ。
死んでもいないよ。
ぼくはいつも、ここにいて、お前のそばにいるよ。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist インターネット墓地 インターネット遺言 バーチャル墓地 バーチャル天国)

*Let's fight against getting old!

●老後(+老化)との闘い
(Young Old men should fight against getting old.)

晩年の母は、毎日、仏壇の仏具ばかり、磨いていた。
私はそれを見るたびに、「老後は、そうであってはいけない」と、
いつも、そう思っていた。

母には、母の思いというものがある。それはわかる。
そういう行為がまちがっているというのではない。
しかし同時に、人は、歳をとればとるほど、新しい
記憶を忘れてしまうものらしい。
忘れるというよりは、消えてしまう?

たとえば今、母の記憶の中には、私の父と結婚してからのものは、
ほとんど、ない。
見舞いに行くたびに、「家へ帰る」という。
母にとって、「家」というのは、自分が生まれ育った、K村にある
実家をいう。

そういう母の姿は、そのまま、私の未来像でもある。
私もそうなる。あなたもそうなる。私のワイフもそうなる。
例外はない。

そこでひとつの試みとして、新しい記憶を、古い記憶に負けないほど、
強烈に、自分の脳みそに焼きつけてみるというのは、どうだろうか。

その方法のひとつとして、新しい記憶を、繰りかえし呼び戻す。

たとえばアルバムを繰りかえし見る。
くりかえし見るというのがたいへんなら、スライド化して、パソコン上で
いつでも見られるようにしておく。

そうすれば、ちょうど母が仏壇の仏具をみがいていたように、
自分のアルバムを見ることができる。
見ることによって、最近の記憶を、呼び戻すことができる。

これはまさに、脳の老化との闘いといってもよい。
自分の脳みそを、けっして、腐らせてはいけない。
いつも新しい情報に触れ、刺激を与える。
どこまでできるか、実のところ、私にも自信はない。
自信はないが、しかしやるしかない!

……そういう点でも、パソコン+インターネットというのは、役に立ちそう。
おおいに活用して、老後を、心豊かに送りたい。

Beyond Time and Distance

●時空を超えて……(Beyond Time and Distance)
To Mae and Sage and other G-sons and daughters, I am talking to you beyond time and distance. Can you hear me? Can you feel me? In case when you wish to meet me, please visit my websites where you can meet me. Now is the year of 2008, when I am just 60 years old. Time flies quick. Don’t waste your time! Hiroshi, your G-father.

+++++++++++++++++

この数日間、ヒマをみつけては、
「MUSIC & I」のコーナーを
充実させている。

YOU TUBEで配信されている
音楽や動画へ、私のHPから、直接
ジャンプできるようにしている。

その編集をしながら、ふと、こんなことを考えた。

もし私か、ワイフか、どちらか、ひとりが残されたら、
このコーナーは、役に立つだろうな、と。
つまりどちらかが先に死んでしまったら、
残されたほうにとって、役にたつだろうな、と。

どちらか一方が、認知症か何かに
なったようなばあいでもよい。

きっとこのコーナーを見て、過去を思い
出すにちがいない。
脳みそにとって、よい刺激になるかも
しれない。

とくに2人でいっしょに見た映画などは、
そうである。
いくらそのときは感動しても、そのまま
にしておいたら、その映画の題名はもちろん、
内容まで忘れてしまう。

ときどきその断片でもよいから見たり、聞いたりして、
思い出す。感動を新たにする。

そこで私は、インターネットの新しい
使い方を考えついた。

60歳をすぎるころになったら、思い出の
写真や映像を、どんどんとYOU TUBE
などの、画像登録サービスに載せておく。

そしてその映像や画像を、自分のHP上から
いつでも見られるようにしておく。

こうすれば、どちらか一方が、ひとりぼっち
になっても、さみしく思うことはない。

たぶん、年齢からして、また男の平均寿命は
女より短いから、私の方が、先に、あの世へ
行く。

認知症についても、私より、ワイフのほうが、
あぶない?

だったらなおさら、将来のワイフのために、
そういうコーナーを用意しておくことは、
悪いことではない。

さらにこんなことも考えた。

いつか息子たちや孫たちが、ひょっとしたら、
私のHPをのぞいてくれるかもしれない。

そんなとき、そういうコーナーがあれば、
息子たちや孫たちは、そこに収録されて
いる私の画像や声を聞いて、何かの参考に
してくれるかもしれない。

言うなれば、今、私は未来の息子や孫たちに、
そしてひょっとしたら、ひ孫たちに、時空を
超えて、語りかけていることになる。

こんなケースを考えてみよう。

西暦2080年。私のひ孫たちの世代が、
壮年期を過ぎて、老年期にさしかかる。

そのときインターネットをとおして、
私のHPを見る。私の映像を見たり、
声を聞いたりする。

そのとき、孫やひ孫たちが、「おじいちゃんだ」
「これはぼくの、ひいおじいちゃんだ」と言う。
英語では、「Oh, this is my grand grandfather!」と。

あるいは自分自身の未来に語りかけることもできる。
10年後の自分、あるいは20年後の自分自身に、
である。

いろいろな使い方が考えられる。

が、ひとつだけ、問題がある。
そうしたHPをしっかりと管理してくれる
会社なり、組織が必要だということ。

私は現在、無料のHP配信サービスをいくつか
使っている。が、3か月以上、アクセスがなければ、
廃止するという規約がある(N社)。

3か月以上、だれも見てくれなければ、廃止される
ということ。

さらに携帯電話用HPについては、3か月以上、
更新がなければ廃止されてしまう(F社)。

もちろん有料のHP配信会社のばあいは、
まさにカネの切れ目が、縁の切れ目。

こういう問題を、どう克服するか?

方法としては、未来の人たちにも役立つような
HPにすること。
そうすれば、だれかが見てくれる。アクセスが
1~2件でもあれば、HPが廃止されてしまう
ということはない。
しかしそれは可能なのか?

ところで、2008年になって、原稿に、英文のガイダンスを
書き加えるようになったのは、言うまでもなく、
孫たちのために、である。

父親(=私の息子)が日本人だからといって、
孫たちが日本語を話せるようになるとはかぎらない。
ときどき、インターネット電話(Skype)で
彼らと話すが、日本語がまったく、通じない。

日本語の読み書きなどは、夢のまた夢。

それで私は、英語のガイダンスを書き加えるようにした。
いつか孫たちが、読んでくれるかもしれない
からである。

……とまあ、いろいろ考えている。考えながら、
いろいろな方法を試している。

今は、何とか元気だから、その元気なうちに、
いろいろなことをしておこう。

とりあえず、「MUSIC & I」コーナーを
充実させる。

つぎに、孫やひ孫たちのコーナーも用意する。
アルバムの写真を、スライド化して、それを
YOU TUBEに載せておく。

……どこか、死ぬ準備をしているような感じも
しないではないが、ここは明るく前向きに
とらえていこう。

(補記)

「HPの50年間、保存サービス会社」というような会社を作れば、
新しいビジネスになると思う。
50年もすれば、また別の新しい方法が考えられるようになる
だろう。だから今のところ、「50年」でよい。

聞くところによれば、政府主導で、日本中のHPを、そっくり
そのまま保存するというしくみも、考えられつつあるそうだ。

本などは、すでにそういう方法が実行に移されている。

なお有料のHP登録サービスについては、登録料の先払いができない
ものかどうか、今度、確かめてみる。
「50年分、先払い」というのは、どうだろうか?

(補記2)

インターネットは、(距離)という垣根を取り払ってくれた。

以前は、手紙を交換するだけでも、4、5日はかかった。外国の
ばあい、10~14日は、かかった。
が、それが今では、瞬時、瞬時にできる。

しかしそれだけではない。

今や、インターネットは、(時間)という垣根すら、取り払おうと
している。

私は、こうして未来に向かって話しかけている。未来の孫やひ孫
たちに向かって話しかけている。

もう少しすれば、簡単な会話さえできるようになるかもしれない。
相手の質問などに応じて、用意しておいた返事を選んで、表示
するとか、など。

たとえば、ひ孫が、「ひいおじいちゃん」と語りかけてくれたら、
「何だ?」と答えるなど。

もちろんそのとき、私は、もうこの世にいない。しかし孫やひ孫
たちは、あたかも私がそこにいるかのように感ずることができる。

これは考えるだけでも、ワクワクするほど、楽しいことではないか。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist Sage Hayashi Mae Hayashi 林誠司 林芽衣)

Saturday, February 23, 2008

*Who killed his wife?

●今朝・あれこれ(2月24日)
Who killed his wife? We are very much interested in the MK’ case.

The American investigation authorities arrested MK for the murder suspicion. His suspicion has been proved innocent in the Japanese court but why now? According to today’s morning newspaper he was arrested because the investigation authorities have found a new proof about his case.

+++++++++++++++++

昨日は、「子育てはじめの一歩」(PHP版)を、
そのままホームページにUPLOADした。

生協ルートで販売した本なので、書店には並ばなかった。
で、発刊日付を見ると、1995年となっていた。

ちょうど13年前に出した本ということになる。
「長いようで、短かった」「短いようで、長かった」。
私にとっての、「13年」というのは、そういう
年月である。

第1章と第2章を、とりあえず、公開した。
それでも作業が終わるのに、3時間ほどかかった。

一度、スキャナーで1頁ごと、スキャンする。
それをFrickrにUPLOADする。
登録画像から、埋め込みようのアドレスを取得して、
1頁ずつ、HPに張りつける。

直接HPに載せるという方法もあるが、画像の質が
悪くなる。
HPに負担がかかりすぎる。……ということで、
私は、この方法を使っている。

興味のある人は、(はやし浩司のHP)→(ここが
子育て最前線)→(子育て、はじめの一歩)を
のぞいてみてほしい。

++++++++++++++++++

●ロス疑惑(Who killed his wife in L.A.?)

 今朝の新聞に、MKという男性が、アメリカのサイパン島で身柄を拘束されたという記事が載っていた。MKといえば、あの「ロス疑惑」の主人公である。当時私たちは、毎日、テレビのワイドショーに釘づけになった。

 が、ロス疑惑については、無罪。最高裁でも、無罪が確定している。無罪ということは、無罪。事件そのものがなかったということになる。だからここでも、本来なら、MK氏と、「氏」をつけて書かねばならない。しかしどうも、すっきりしない?

 話は変わるが、「思考回路」という言葉がある。大脳生理学の本などには、「思考プロセス」と書いてあることが多い。それぞれの人は、みな、それぞれちがった思考回路をもっている。

 たとえば私のような(もの書き)は、何か問題が起きると、それを文章にして解決しようとする。(問題)と(ものを書くこと)を、直接的に結びつける。

 一方、たとえば暴力団の男は、(たぶん?)、何か問題が起きると、それを暴力によって解決しようとする。(問題)と(暴力)を、直接的に結びつける。

 これが思考回路である。

 そこで私の頭の中をさがしてみる。さがしてみるが、どこをどうさがしても、(殺人)という思考回路はないことがわかる。今までにも、心底、憎く思った人は、何人かいた。が、そういうときでも、「死ねばいい」とは思ったが、「殺してやる」とまでは、思わなかった。

 さらに「殺してやる」と思うことと、それを実行に移すということの間には、距離がある。その距離がある間は、人は、殺人など、しない。つまり殺人を実際に実行する人というのは、そういう点で、ふつうの人とは、かなりちがう人と見てよい。どこがどうちがうかということは、私にもよくわからないが、ともかくも、ちがう。

 だからといって、MKという男性が、どうこうというのではない。繰りかえすが、MKという男性は、無罪である。無罪であるということは、事件そのものが、なかった。そういう前提で、考える。しかしこと、思考回路ということになると、MKという男性は、ふつうの人とは、少しちがった思考回路をもっていると考えたほうがよい。

 事実、妻殴打事件では、有罪になり(※)、6年の刑に服している。その事件では、1人の女優と共謀して、妻を殺害しようとしたという。ロス疑惑は、その殴打事件の延長線上に浮かんできた。「延長線上」というよりは、ロス疑惑を追及していたら、殴打事件も出てきたというほうが、正しい。

 さて、どうなるか? 明日あたりから、再びテレビのワイドショーは、にぎやかになることだろう。新聞の報道によれば、「新証拠が出てきたから、身柄拘束に踏み切った」(中日新聞2・24)とある。新証拠とは何か? 

 ヤフー・ニュースは、つぎのように伝える(2月24日)。

「アメリカ・ロサンゼルス市で1981年に起きた妻銃撃事件で、同市警に殺人容疑などで逮捕されたMK容疑者(60)について、アメリカ捜査当局が日本の捜査当局に『新証拠が見つかった』と説明していたことが24日、分かった。
 日本では2003年に無罪が確定したが、ロス市警は地道に捜査を継続。新たな証拠で一気に進展し、逮捕に至ったとみられる。
 MK容疑者の逮捕は23日夜、米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)が報道し、その後、市警も正式発表した。
 日本の捜査当局が説明を求めた際、アメリカ当局側は、逮捕理由について、新証拠が見つかったことを明らかにしたという。
 MK容疑者は22日午後、サイパン島の空港で逮捕された。ロス市警の未解決事件担当班が同容疑者のサイパン入りの情報を入手、サイパンとグアムの地元当局と共同で捜査していたとされる」と。

(※注)60年5月元女優がKさん(妻)殺人未遂事件への関与を公表、元女優とともに同年9月、Kさん殴打事件の容疑者として逮捕される。

62年8月Kさん殴打事件に関して、東京地裁により懲役6年の実刑判決が下る。のち同事件に関して東京高裁より再び懲役6年の実刑判決が下る。MKという男性は、現在、その服役を終えている。

Friday, February 22, 2008

*3 million US dollars only for 3 copies of booklets!

●これから講演(Speech)
I am going to have a speech this afternoon at a near-by school. I become more nervous when I do it near to my neighbourers. They know me. I know them. I will talk about myself exactly as I am.

+++++++++++++++++

これから講演に行ってくる。
地元のO小学校である。
自転車で、10分ほどのところ。
地元であるだけに、かえって緊張する。

昨日も、近くの銀行へ行ったら、
窓口の女性に、「林先生ですね」と
言われてしまった。

こわ~イ!

で、どんな話をするか?
大筋は決めてあるが、あとはその場の
雰囲気。

いや、今日は、子どものウソ、悪口、
盗みかの話から入るつもり。

気取った話は、やめよう。
気取ってもしかたない。
みな、私の正体を知っている。

ただコンディションはあまりよくない。
昨夜1単位、今朝1単位、サイクリングを
した。(1単位=40分の運動)

なまった体では、講演はできない。
が、少し、無理をしたかな?
かえって疲れが表に出てしまった。

++++++++++++++++

●たった3部が、1億円!(300 million yen =abt 3 million US dollars
only for 3 copies of booklets)

(The National Government paid 300 million yen for 3 booklets, issued by “Association of Internatuional Construction Technonogy”, which is an assistant organization of The Ministry of Land, Infrastructure of Japan. Moreover these booklets were issued, copying other materials officially issued in overseas. But who paid 300 million yen only for these copies?)

またまた驚いた。
たった3部で、1億円!

国土交通省が、社団法人「国際建設技術協会」(=もちろん国交省の天下り先)
に発注した報告書が、たった3部で1億円ものコストがかかったという。

しかも、……驚かないで、読んでほしい。中日新聞の記事(08年2月23日)
をそのまま紹介する。

「……海外の道路関係情報などに関する調査で、『海外の道路関係情報』などに
関する調査で、費用は、9200万円。3か月間で、報告書を作成した。
しかし製本したのは、たったの3部だけで、報告書の半分は、世界銀行
などのデータの引用だった。

 ウィキペディアの流用とみられる部分も、4、5か所みつかり、インターネット
上の文書を自動翻訳したともられる意味の通じない部分もあったという。

 同協会の常勤役員3人は、全員、国交省からの天下りで、理事長は、年収約
1800万円。同様に国交省から約6000万円で受注した別の報告書では、
前年度の報告書の引き写しが相当部分を占めたという」(同紙)と。

しかしみなさん、こんなのはまさに氷山の一角の、そのまた一角。しかも
こうしたインチキが、今の今も、全国津々浦々でなされている。

さらにこうした事件が明るみに出たからといって、だれも責任を取らない。
責任を追及されても、職員はそのまま、別の組織に配置換え。クビになることは、
ぜったいにない。方法がさらに巧妙になるだけ。

日本が、なぜこうまで高コスト社会なのか? 世界的な標準からみても、2倍
は高い。その理由は、こんなところにもある。つまり不必要なところで、不必要な
費用を払っている。

もしそれらの費用が、一般庶民に還元されたら、日本人は、今より、2倍は、豊かな
生活ができるはず。

今より2倍、大きな家に住み、2倍、豪華な車に乗り、2倍、おいしいものを
食べられるはず。

しかしそれにしても、3部で、1億円とは! おったまげた! 驚いた! そして
怒った!

官僚どもよ、いいかげんにしておけよ、ほんとうに!
日本政府は、日本国民の名のもとに、関係者を詐欺罪で、告発すべきではないのか。

Thursday, February 21, 2008

*A long trip after the retirement (Part 2)

●大人旅(2)(A long journey after the retirement)

Those who have lived in the same generation as mine have felt some kind of burdens on our shoulders all the time while we were working. It is a kind of freedom in a water tank. We mistake it for the freedom. But it is a fake freedom. A man started a long journey after he retired from his job. I can understand why he did it.

+++++++++++++++

私たちの世代は、いつも何かを
犠牲にしながら生きてきた。

「自由」と言いながら、その自由
というのは、「しくまれた自由」(尾崎豊)
でしかなかった。

まじめに(?)生きることが美徳とされ、
そのワクの中だけで生きてきた。

「会社人間」「組織人間」と呼ばれた
人ほど、そうではなかったか。

だから定年退職とともに、社会の外に
放り出された人の衝撃も、これまた
大きい。

昨日、ある男性の話を書いた。
月刊GDに載っていた記事である。
元警視だったその男性は、こう
言ったという。

「……退職後の無為徒食の日々にうんざり
しながらも、八方ふさがりの状態から抜け
出せないでいた。
しだいに気力も失われ、屍(しかばね)の
ようになっていく……」と。

しかし程度の差こそあれ、それは私やあなた
の現実の姿でもある。

だからその男性は、ある日、突然の長旅
に出る。
それまでの呪縛から、自らを解き放つかのように……。

誤解があるといけないので、もう一度
確認しておく。

私はそういう大人旅が、無駄だとか、
意味がないとか、そんなことを書いたの
ではない。

その男性はその男性なりの方法で、自分を
取り戻そうとした。「私」の再発見といって
もよい。それを目指した。

ただ私とは立場が大きくちがうのは、
私は、20代のはじめから、自由に生きて
きたということ。
呪縛そのものを受けつけなかった。
組織とも肩書きとも、無縁の世界を生きてきた。

したいことをした。
20代のうちに、世界中のほとんどの国を
見て回った。
「旅」というよりは、「仕事」でそうしたが、
立場は、あくまでもフリーターだった。

一方、その男性は、元警視。
警察機構の中で、順当に仕事をこなし、それ
なりの地位についた人である。
つまりその分だけ、組織の中で、がんじがらめに
なっていたにちがいない。

だから爆発力も大きかった(?)。
だからそのような大人旅ができた。

一方、私には、その爆発力は、あまりない。
「私にはできないな」と思った理由は、
そんなところにある。

決して、大人旅を、どうこう批判するために
そう書いたのではない。

どうか、どうか、誤解のないように!

*Fe. 22nd 2008, I am alive!

【今朝・あれこれ】(2月22日)

●友人の離婚

++++++++++++++

オーストラリアの友人のひとりが、
離婚した。

離婚したのは、昨年の夏ごろだが、
財産分与で、もめているらしい。
英語では、「Legal Seperation」と
いう。

たがいに収入があったため、財産を
どう分けるかが、問題になっている?

そのため日本へ来る予定が、延びて
いる。
私も3月に会いに行く予定だったが、
少し延期した。

よい奥さんだった。
37年もつきあっていると、私と
その友人、私と奥さんの距離は、
ほとんど、同じ。

友人が離婚したことによって、私と
その奥さんとの関係は切れた。

本来なら、私と友人の関係は、私と
友人の関係、私と奥さんの関係は、
私と奥さんの関係と、割り切って
つきあえばよいのだが、日本人の
私には、それができない。

いくらたがいと親しくても、こと
夫婦の問題となると、私のような
他人が入り込むようなスキはない。
成り行きを静かに見守りながら、
現実を受け入れるしかない。

その友人は、「昨年(07)は、
ひどい1年だった」とメールの
最後に書いていた。

改めて、「夫婦って、そういうもの
かなあ」と、考えさせられた。

+++++++++++++++

●作曲

このところ、自転車に乗るたびに、何かのメロディーを口ずさんでいる。
歌詞はできているのだが、どうもそれをメロディーに載せることができない。

I am alive(私は生きている)

I can run.(私は走ることができる)
I can walk.(私は歩くことができる)
I can see.(私は見ることができる)
I can hear.(私は聞くことができる)
I can feel your warmness of love.(私はあなたの愛の暖かさを感ずることができる)
I can feel I am here and I am alive.(私はここにいて、生きているのを感ずることができる)
What else can I want to get?(ほかに何を得ることができるのか)
In this world.(この世界で)
In this universe.(この宇宙で)
Whatever I am and whatever you are,(私が何であれ、あなたが何であれ)
I love you. (私はあなたを愛する)
Yes, I do love you.(そうとも、私はあなたを愛する)

Wednesday, February 20, 2008

*Stop the Concert at Pyong Yang for Kim Jong Il!

●Stop the Concert at Pyong Yang for Kim Jong Il!

ピョンヤンでの、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの公演に、抗議の念をこめて、強く反対します。

We are strongly to oppose here against the Concert held in Pyong Yang for Kim Jong Il on Feb. 26th. The concert means nothing but to show the obedience to the tyrant for his profits. Mrs Rice and Mr. Hill, wake up your eyes and see the fact lying there in fron of you. You are to be utilized by him.

平壌で26日に行われるニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの公演で、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記はオープニングから観覧せず、演奏途中の休憩時間に姿を見せるものとみられる。北京の北朝鮮消息筋が21日に明らかにしたもので、公演を貴賓室で最初から最後まで観覧することは多分ないだろうとしている(ヤフー・ニュースより)。

North Korean Kim Jong Il General Secretary doesn't see it at the concert of New York Philharmonic orchestra held in Pyongyang on the 26th from the opening, and it is seemed that he will appear in the rest period in the middle of the performance.

*Care Service for old men

●介護(Care Service)
The other day my mother was carried to a hospital abd received a medical check. But it was just a check. They did not pay any attention to what my mother complains about her condition. As the number of old men and women grows, we can receive less and less care service in the future. Now is just the beginning of the tragedy.

++++++++++++++++

団塊世代よ、
これからの老後は、ますます
きびしくなるぞ!

++++++++++++++++

先日、母が、救急車で病院へ運ばれた。
幸い、検査の結果、なにごともなかった。が、そこでのこと。
病院側の、あまりに、無神経な対応に、驚いた。

脳梗塞の疑いがあるということで、センターは、救急車を呼んでくれた。
そのこともあって、病院では、検査は、脳梗塞に関するものだけ。
脳のCTスキャンを撮影しただけ。
で、その心配がないとわかると、「何ともありません」と。
母は、そのまま、返された。
ふつうのタクシー、で!

ワイフが、寝台つきのタクシーを呼んでくださいと頼んだが、
「今の時間は、あいていません」と。

現に、右半身に力が入らない。
まっすぐ体を立てて座っていることができない。
食欲がなく、体の随所の痛みを訴えている。

そういう母の症状には、一顧もしない。
要するに、「どうでもいい」という姿勢。それが、見え見え。

「老人医療というのは、そういうものかな?」とは思ったが、
それにしても……?

母には、命あるかぎり、できるだけ長く生きていてほしい。
母には、つらい毎日かもしれないが、それでも、私はそう思う。
しかし現実は、そうは甘くない。

今、母が入居しているセンターにしても、入院治療が必要になった
ときには、出なければならない。
看護師は何人かいるが、医師はいない。

そんな話を、知人(60歳、女性)にすると、その女性はこう言った。

「そんなの、まだいいほうですよ。
うちの父のときは、『もう平均寿命を過ぎていますから』といって、
満足な検査すらしてもらえませんでした。

認知症になった母のときは、『私の病院では、治る見込みのある
患者さんを治療します』と言われました」と。

つまり「治る見込みのない患者は、治療しない」と。

こう書くからといって、病院や医師を責めてはいけない。
これが現実だということ。
そしてその現実は、年を追うごとに、ますますきびしくなってきている。
現在の介護制度を見て、「私たちも同じような介護を受けられるはず」と
あなたが思っているとしたら、とんでもないまちがい。

私たちは、やがてゴミのように、捨てられる?
そんな時代が、すぐそこまで来ている。

ところでその母のことだが、会うたびに、「帰りたい」と言う。
「どこへ?」と聞くと、「(郷里の)K村へ」と。

何度か連れて行くことも考えたが、今の母には、無理。
中型の寝台つきのバスのような車を借りれば、何とか可能だが、
そういうバスはあるのか?

もっとも、今の今でも、母は恵まれている。
三食は、母の健康に合わせて、献立されている。
一年を通して、室温は一定。
24時間態勢で、手厚いケアを受けられる。

そういう母を見ながら、私とワイフは、いつもこう言い合う。

「ぼくたちがああなったときは、とてもこんな介護サービスは
受けられないよね」と。

やがてそのときがくるだろう。
そのときは、静かに死を受け入れる。
いや、これは母のことではない。
私自身のことだ。

現実がどうであれ、そういう現実をつくったのは、ほかならぬ、
この私たちなのだ。
文句を言うほうが、おかしい。

*How to spend our long vacation after retirement?

●大人旅(「GD」3月号より)(Long Vacation after Retirement)
Some enjoy a long vacation after they retire from their work. Some visit whole cities of Japan and others visit whole peninsulas of Japan. But what for? We have something that we should do, which is different from what we would like to do. To think about what we should do is a key point in which we can live after we retire from the work.

定年退職をしたあと、長期の旅行にでかける人がふえているという。
「GD」(3月号)に、その特集記事が載っていた(P188)。

読んでおもしろかった。楽しかった。しかしそのあと、「私には
できないな」と思ってしまった。なぜだろう?

++++++++++++++

大人旅……いろいろなキーワードをたよりに、自分流の大旅行を
する。たとえば全国の「裸祭り」を旅する、全国の「市」を旅する、
全国の「岬」を旅する、など。

全国に裸祭りは、160か所もあるそうだ。
市については、651市。
岬については、2900以上。

さらに国際的な大人旅をしている人も、紹介されていた。

ヨーロッパの全国々(33か国)、アメリカの州都すべて(48州)
を旅した人、など。

「フ~ン」と思ったり、「ヘ~エ」と思ったり。

しかしそのあと、つまり読み終えたあと、「私には、とてもできないな」
と思ってしまった。それにかなり辛辣な意見に思う人もいるかもしれないが、
こうも感じた。

大人旅もけっこうだが、「だからといって、それがどうしたの?」(ゴメン!)と。

こう書くからといって、大人旅をするのがどうとか、それをして
いる人について、どうこう言うつもりはない。
そんな失礼なことを言うつもりはない。

そういう大人旅を経験した人は、その分だけ、スケールの大きな人物に
なるのかもしれない。
そこは私の知らない、未知の世界。
実際、そういうふうに変化した人の話も載っていた。

しかし同じ立場にある(私)に当てはめてみたばあい、
「私には、とてもできないな」と思ってしまった。

人生は、人、それぞれ。それぞれが何かの生きがいを見つけ、
それぞれが自分流の生き方をすればよい。しかし私が感じた
空しさは、何か?

ある男性の話が紹介されていた。

「……T県警の元警視は、退職後の無為徒食の日々にうんざり
しながらも、八方ふさがりの状態から抜け出せないでいた。
しだいに気力も失われ、屍(しかばね)のようになっていく。
その日が限界に達したのであろう。ある日突然、『カネがなくても、
テントがあれば、日本一周も不可能ではない』と思い立った……」と。

「無為徒食」とはいうが、私などは、死ぬまで働かねばならない。
「うらやましい」とは思わないが、「ぜいたくな話だな」と思った。
「カネ」の話になれば、私には、もっと、カネがない!

それに日本一周の旅といっても、個人的な享楽の追求でしかないのでは?
そのときは自分を忘れることができるかもしれない。
が、それが終わったあと、その人は、どうなるのだろう?
達成感は、あるのだろうか?

退職後……私たちはどう生きたらよいのか? 何に生きがいを
求めたらよいのか? それについては、心理学の世界では、
統合性の確立こそ重要であると説く。

つまり(すべきこと)を見出し、それを(現実にする)。
それを一致させていく。それを「統合性の確立」という。
(したいこと)をするのは、統合性の確立ではない。
では、その(すべきこと)とは、何か? 

去年(07年)の9月に書いた原稿を、読みなおしてみる。

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●老後が不安?

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数日前の新聞(中日新聞)に、
「70%近い人たちが、老後に不安を
覚えている」というような記事が
載っていた。

あまりにも当然と思われる内容だったので、
むしろそちらのほうに驚いた。

「不安か、不安でないか」と聞かれれば、
だれだって「不安」と答える。不安で
ない人などいない。

もし「不安でない」と答える人がいたとする
なら、よほど恵まれた人か、それとも
何も考えないノー天気な人と、思って
よい。

あるいは、バリバリと仕事をこなしている
若い人?
 
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 介護施設の職員は、はっきりとは言わない。言わないが、介護度によって、介護施設では、フロアが分けられている。たとえば要介護度4前後の人は、1階の西、要介護度4~5の人は、1階の東、要介護度5の人は、2階の西、さらに重度の人は、2階の東、と。

 母は、一番重度の人たちが集まる、2階の東にいる。同じ部屋の隅には、鼻から管(くだ)を通して、一日中眠っている人もいる。

 介護施設で見る老人たちの姿は、そのまま私たち自身の近未来図である。私たちは段階的に老化し、そして最終的に、死を迎える。

私「君たちは、幼稚園(ヨーチエン)か? ぼくは、もうすぐ要支援(ヨーシエン)だ」
子「先生、ヨーシエンではなくて、ヨーチエンだよ」
私「フーン。でね、幼稚園が終わったら、どこへ行くの?」
子「小学校だよ」
私「ぼくは、要介護(ヨーカイゴ)学校だよ」

子「ヨーカイ(妖怪)? そこはヨーカイが住んでいるの?」
私「住んでいるよ。とてもこわい学校だよ。みんなね、自分のウンチで、粘土細工をして遊んでいるよ」と。

 私が教室でよく使うギャグである。

 が、後ろ向きに考えてばかりいては、いけない。老後はだれにでもやってくる。が、それまでは、老後ではない。老後などというものは、心の戸棚の、その一番奥に押し込めておけばよい。

 大切なのは、それまでどう生きるかということ。老後について言えば、すべきことを、どう、しながら、生きるかということ。したいことではない。すべきことを、だ。これを心理学の世界では、「統合性」と呼ぶ。

 したいことをしているだけでは、やがて自ら、限界にぶつかる。これを「自由の限界」(サルトル)と呼ぶ。そこで人は、やがて自分は何をすべきかを模索し始める。そのターニングポイントは、心理学の本によれば、「人生の正午」と呼ばれる、満40歳前後だという。

 この時期から人は、その基盤と方向性を模索し始める。そしてそれから後、10年とか20年とかいう長い時間をかけて、それを熟成させる。「自己の統合性」は、青年期の「自己の同一性」とちがい、一朝一夕にできあがるものではない。熟成期間が必要である。

 が、ここから先は、人によって、みな、ちがう。

 老後を迎えて、(すべきこと)と、(現実にしていること)を一致させる人もいれば、そうでない人もいる。そのレベルも内容も、これまた人によって、みな、ちがう。しかしひとつのヒントとして、つまり老後を心豊かに生きるためのヒントとして、この統合性の問題がある。

 自己の統合性をその時期までに確立した人は、心豊かな老後を、老後と意識することなく、過ごすことができる。そうでない人は、そうでない。

 たとえば恩師のT先生は、80歳前後で、ある国際学会の長となっている。フランスで開かれた大会には、世界中から2000人もの、最先端をいく学者が集まったという。つい先日は、アメリカの化学の本を翻訳出版している。そして80数歳という年齢にありながらも、天下国家を論じ、日本の教育についてあちこちで意見を発表している。講演活動もしている。

 私たちが見習うべき老人というのは、T先生のような人をいう。生き様そのものが前向きというよりは、自己の統合性をしっかりと確立している。で、そのことを先日会ったときに、直接先生に話すと、先生は、「統合性ねエ?」と言った。

 T先生のような人にしてみれば、統合性など、ごく当たり前のことということになる。もう40年近いつきあいになるが、その40年前から、先生は、自分のすべきことを、しっかりと自覚していた。

 私がある日、「先生、食糧危機がきたら、人類はどうなるのですか?」と聞いたときのこと。当時は、地球温暖化の問題よりも、人口爆発による食糧危機のほうが深刻な問題となっていた。

 が、それに答えてT先生は、こうはっきりと断言した。「そのために私たち科学者がいるのです」と。「いざとなったら、合成タンパク質だって、できるのです」とも。

 私は20歳そこそこの学生だったが、その言葉に、感動した。視野そのものが、私の想像できないほど、広く、大きかった。たしかに食糧危機の問題は、遺伝子工学の驚異的な進歩によって、今のところ、何とかなっている。さらにT先生がめざしていた、水を水素と酸素に分解する触媒の研究にしても、かなりのところまできているという。

 もし水を触媒によって、つまり電力を使わないで分解できるようになったら、それこそ人類は、無公害のエネルギーを無尽蔵に手にすることになる。

 といっても、何度も書くが、「すべきこと」には、常に、苦労と困難がつきまとう。その苦労と困難を乗り越えることなしに、統合性の確立は、ありえない。簡単に言えば、したいことだけをして、楽な生活をしている人には、統合性など夢のまた夢。その老後もまた、あわれでみじめなものとなる。

 そこで……実は私自身も含めてだが、「老後が不安」などと言っている人は、それだけで甘い人間ということになる(失礼!)。本来なら、そんなことを考えるヒマなど、ないはず。楽天的な言い方をすれば、そのときがきたら、また、そのとき考えればよい。

 ……ということで、私は、今日もがんばる。これから熱海まで行き、夕方は、伊東市の小学校で講演をしてくる。明日も袋井市での講演会が待っている。体の調子はあまりよくないが、電車の中で眠っていけば、だいじょうぶだろう。

 2007年9月10日、みなさん、おはようございます!


林様: 「老いる」ということは「生きている」ことです。 「老いて初めて老いを経験 するのです。 若いうちは分からなかったことを。 それだけ「学ぶ」ことになるの です。 めきめき老いながら、毎日感謝です。 有り難うございました。 田丸謙二

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私たちはそのときがきたら、自分の命を、つぎの世代の人たちに
還元していく。
「還元」という言葉は、藤沢市に住むI氏がよく使っている
言葉である。すばらしい言葉である。

孫の世話と庭いじり……それだけで老後を終えてはいけない。また
そんな老後を、けっして理想の老後と思ってはいけない。

大切なのは、私たちが得た知恵と経験を、つぎの世代の人たちに
伝えていくこと。つぎの世代の人たちが、それぞれ、よりよい
人生を送ることができるようにするために、である。

それを「還元」という。

「大人旅」については、また別の機会に考えてみたい。

:Is Japan a democratic country?

●月刊「現代」(3月号)を読む(Reading “Gen-Dai” (March Issue)
“Gen-dai”, a monthly issued magazine, is reporting about the problem of the Social Insurance Agency of Japan. My brain was filled with anger when I read the column, written by Tatsuya Iwase. Why can we remain calm when we know this fact? They should be punished but who must be punished? This is our bureaucracy system of Japan. Japan is not a country of democracy. Japan is a country of loyal bureaucracy. This fact lets us know it again.

月刊「現代」3月号で、社会保険庁問題が取り上げられていた。
題して「年金統合・大崩壊の現場」(岩瀬達哉)。
それを読んで、久々に、頭にカーッと血がのぼるのを感じた。

そのまま紹介させてもらう。

「……年金官僚たちは、われわれが納めた年金保険料をこれまで
7兆円も中抜きした上、グリーンピア(大規模年金保養基地)などの
拡充に浪費し、数百カ所にのぼる天下り先を確保して、2515名
ものOBを養っていたのである。

しかもそうした新たな職場では、キャリア官僚OBで、約2000万円、
ノンキャリアOBでも、500~1000万円近い年俸が、年金保険料
を使って支給されている」(P28)と。

で、その社会保険庁問題は、いっこうに解決のきざしが見えてこないという。
この怠慢。この無責任。このデタラメさ。

現在、「宙に浮いた年金記録5000万件」(民主党・長妻昭)が問題に
なっている。5000万件といえば、日本の人口の約半数ということに
なる。

が、だれも責任を取らない。第一、その追及の矛先(ほこさき)を、
どこへ向けたらよいのかさえ、わからない。

官僚制度の弊害、まさにここに極まれりといった感じがする。

*22 Refugees from North Korea who migh have been already executed!

●22人の脱北者(22 North Koreans who escaped from the country)
22 North Koreans might have been already executed after they were sent back to North Korea. These people, including children and women of some families, escaped from North Korea and captured by South Korean Navy ship. They were sent back to North Korea less than in three hours. In case they had been executed already, the present President of South Korea should have whole responsibility for it.

2008年2月8日、未明、22人の脱北者と思われる
北朝鮮の人たちが、韓国側の海域で漂流していたところ、
韓国軍によって、身柄を確保された。

北朝鮮では、船に女や子どもを同船させることは禁じられて
いるという。脱北を防ぐためである。
そんな常識を知ってか知らずか、その22人の脱北者と思われる
人たちは、その3時間後には、韓国軍兵士によって、北朝鮮へ
と送り返されてしまった。

その後の報道によれば、その22人たちは、すでに処刑されて
しまったという。

また韓国軍がそれらの人たちを送り返した理由として、北朝鮮側から、
遭難連絡があったからだという。すみやかにそれらの人たちを保護し、
北朝鮮へ送り返すよう、ホットラインを通して、要請があったからだという。

これに対して、韓国国内はもとより、世界中から、非難の声があがって
いる。「10年にわたる左翼政権の結果」(韓国紙)という記事も
目にとまった。

北朝鮮といっても、問題となっているのは、あの独裁者。そしてそれを
取り巻く小数の為政者たち。ほとんどの民衆は、その犠牲者にすぎない。

そういう人たちが、北朝鮮を逃れて、韓国へやってきた。
「3時間」という時間は、「即座」に近い。
事情を聞かれることもなく、即座に、北朝鮮へ送り返されてしまった。
しかし今の今も、まだ韓国は、ノ政権下にある。
言うなれば、これら22人の北朝鮮の人たちは、もしすでに
処刑されているとするなら、ノ大統領によって、殺されたと言っても、
過言ではない。

いつかかならず、あの独裁国家は、崩壊する。
そして金xx一派が、歴史の中で、見なおされる日がやってくる。
そのとき、それを助けたノ大統領たちも、無事ではすまないだろう。

心のどこかで、「これは北朝鮮の問題」と割り切ろうとするが、
どうも、スッキリしない。
が、「かわいそう」だけで、すますこともできない。怒りの向け先もない。
たとえて言うなら、ヌカに釘をさすかのような歯がゆさを覚える。

怒るに怒れないというか、金xxにしても、ノ大統領にしても、さらに
言えば、あの金大中にしても、どうも得体がつかめない。

韓国に亡命した、脱北者の一人(ホン氏、元北朝鮮外交官)は、こう言っている。

「漂流してきたといっても、みな韓国へ来た同胞でありお客さんだ。それほど忙しいわけでもないのに、その日のうちに22人全員の調査を終えて送り返すというでたらめなことをやる国が、韓国以外に一体どこにあるというのか」(朝鮮N報・080219)と

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(以下、朝鮮N報・2月19日版より)

今月8日に西海(黄海)上で漂流していたところ、韓国船に救助された北朝鮮住民22人が北へ送り返された事件に関し、脱北者の団体でつくる「北朝鮮民主化委員会」の副委員長で、北朝鮮の元外交官のホン・スンギョン氏(写真)は18日、「その日のうちに北朝鮮へ送り返すというのは、一言で言って韓国の国家機関の“職務放棄”だ」と述べた。

 ホン氏はタイの北朝鮮大使館に勤務していた当時、亡命を図ろうとして北朝鮮の工作員に捕らえられ、連行される途中に車が転覆して、九死に一生を得た経験を持つ。そのホン氏は「北朝鮮では、韓国側から漂流してきた人に対しては数カ月間調査を行い、北朝鮮の社会主義の優越性について教育を施した上で送り返している。これはどこの国でも行われていることだ」とした上で、「漂流してきたといっても、みな韓国へ来た同胞でありお客さんだ。それほど忙しいわけでもないのに、その日のうちに22人全員の調査を終えて送り返すというでたらめなことをやる国が、韓国以外に一体どこにあるというのか」と批判した。

 また、ホン氏は国家情報院の調査の内容についても不満をあらわにした。北朝鮮の法律上、家族はもとより親戚と一緒に船に乗ることも禁止されているため、複数の家族が一緒に漂流してきたのは、どう見ても亡命の意図があるとみるべきだ、というわけだ。

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(以下、朝鮮N報2月20日版)

  「北朝鮮民主化委員会」(ファン・ジャンヨプ委員長)など、脱北者や北朝鮮の人権問題に関する21の団体は19日、ソウル・世宗路の政府中央庁舎の前で集会を開き、今月8日に西海(黄海)上で漂流し、韓国の艦艇に救助された北朝鮮の住民22人をその日のうちに北へ送り返した事件について、「真相究明と関係者の処罰」を求めた。
 各団体は「処刑されたといううわさも出ている22人の安否からまず確認するべきだ。火のない所に煙は立たないはずだ」と主張した。
 また、北朝鮮民主化委員会のソン・ジョンフン事務局長は「今回の事件について、北朝鮮がいまだにコメントしていないことから考えると、22人に対して危害が加えられた可能性が高い」と述べた。許可なく中国へ行ってきただけでも処罰されるという状況で、韓国へ密航しようとして送り返されたのだから、無事でいられるはずがないというわけだ。

Tuesday, February 19, 2008

*Confidential Relationship between parents and teachers

●信頼関係
To trsut to each other is essential between Parents and Teachers. Otherwise education itself would be collapsed.

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教育は、信頼関係で、成り立つ。
改めて、それを思い知らされる事件が
あった。
「事件」というほど、おおげさな
ものではないが……。

しかし「大切なのは、信頼関係」。

Nさん、ほんとうに、ありがとう!

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ことの発端は、こうだ。
このところ反抗期に入って、何かとうるさくなってきた。
ああ言えば、こう言う式の反論を繰りかえす。
こちらの言葉尻をつかまえ、これまたああでもない、
こうでもないと言い返す。
頭もズバぬけてよいから、かなり知能的。

N兄(小3)君のことだ。

で、おとといの夜のこと。
そのクラスは、いつも午後7時ごろまでする。
本来は、6時50分に終わるクラスである。

が、その夜は、ワイフと映画を見に行くことになっていた。
で、子どもたちにこう言った。

「今夜は、6時50分に終わらせてね。
映画を見に行くから」と。

私はこういうとき、ぜったいに、ウソはつかない。
映画を見に行くから、映画を見に行くと言った。

が、翌日、N兄君の母親から、電話があった。
「うちの子が言うには、先生は、映画を見に行くから、
今夜は10分早く終わると言った。
先生がそんなことをするはずはないから、電話を
してみた」と。

いつもは7時ごろまでしているので、その子どもは、
10分、早く終わると誤解したらしい。
もしそうなら、つまり通常のレッスンを、勝手に
短縮すれば、親のひんしゅくを買って当然である。

私が親なら、怒る。
「映画に行くために、勝手に短縮するとは、何だ」
「不謹慎だ」と。

しかしN兄君の母親は、電話をしてくれた。
これが、私と親との信頼関係である。

私「N兄君は、このところ、私の悪口ばかり言っているでしょう?」
母「反抗期ですからね」
私「私が何をしても、気に入らないみたいです」
母「うちでも、そうです」と。

ついで、N弟君(小1)の話になった。
N弟君も、今、同じクラスに来ている。

母「N弟が言うには、先生は、教えてと言っても、先生は、
知らぬ顔をしていると言っています」
私「ハア~? N弟君は、私の真横で勉強していましたから、
そんなはずはありません。私の右手が当たるところに、N弟
君のノートがありましたから……」
母「そうですよね」
私「フィクションのような気がします」と。

この時期の子どもは、平気でウソをつく。
そのウソで、親や先生を操る。
ウソが悪いわけではない。
子どもはウソをつくことで、親や先生をコントロールし、
それでもって、おとなのもつ優位性を、破壊しようとする。
自立を図る。

こんな例もある。

いつも忘れ物ばかりしてくる女の子(小4)がいた。
そこで私がその女の子にこう言った。

「今度、忘れたら、お母さんに言いつけるよ」と。

が、その女の子は、先手を打った。
家へ帰ると、母親にこう言った。
「林先生は、問題ができないと、棒で私の頭をたたく」と。

それを聞いた母親が、びっくりした。
びっくりして、私に電話をかけてきた。
その女の子は、母親がまさか電話するとまでは思っていなかったらしい。

で、その女の子のウソは、そこでバレた。

……というようなケースは、この世界では多い。
日常茶飯事と考えてよい。

で、大切なのは、信頼関係ということになる。
その信頼関係があるから、母親たちは、私に電話をしてくれる。
が、もし、その信頼関係がなければ、そこで私とその子どもたちの
関係は、終わる。

N兄君について言えば、「林は、なんて、不謹慎な男だ」ということになる。
N弟君について言えば、「ひどい教室だ」ということになる。
さらにその女の子について言えば、「とんでもない教師だ」ということになる。

では、どうするか?

私の教室のばあい、教室は、全回、例外なく公開している。
参観は、いつでも自由。
どのクラスも、いつもたいてい1~2人。
幼児教室では、6~8人の親たちが参観している。
親たちは、いつも私の教え方や、姿勢を見ている。

信頼関係は、そういうところから生まれる。

もちろん失敗例もある。

+++++++++++++++++++++

●冗談は、ほどほどに

 夏の暑い日だった。幼稚園へ着いて、麦茶を飲んでいると、子どもたちがやってきて、こう聞いた。「先生、何を飲んでいるの?」と。そこで私はウイウウイと酔ったフリをしながら、「これはウィスキーと言って、命の水だよ」と。

しかしこの一言が、大問題になろうとは! 父母の間で、「あのはやしは、授業中に酒を飲んでいる」という噂(うわさ)が、たってしまった。私の耳に入るころには、当時の園長の耳にも入り、私はそれこそ、こっぴどく叱られてしまった。最近でもこんなことがあった。

 年中児でも乱暴な子どもは、乱暴だ。Kさん(五歳女児)もそうだった。「おはよう」と言いながら、その場で、私を足で蹴っ飛ばす……。そのときもそうだった。そこですかさずKさんに、私はこう言った。「ぼくは、君のような乱暴な女の子とは結婚しないからな。結婚するなら、丸山さんのような女の子がいい」と。

たまたま最前列に座っている丸山さんが、目に入った。が、それから一週間ほどたったときのこと。別の母親から、こんな話を聞いた。何でも丸山さんが、私の話を真に受けてしまったというのだ。それで「私はおとなになったら、はやし先生と結婚する」と言って、真剣に悩んでいる、と。

で、何とかしなければならないと思っていたら、そのまた数日後のこと。丸山さんの父親が、丸山さんを迎えにきていた。そこで私は父親をつかまえて、こう言った。「いやあ、先日は丸山さんに、結婚すると言ってしまいましたが、あれは冗談です。丸山さんの心をからかったみたいで、ごめんなさい」と。

私はこの道に入ってから、子どもの名前はすべて、名字で呼ぶようにしている。それがまずかった。その夜遅く、丸山さんの父親と母親が、私の自宅へ押しかけてきた。「どういうことだ!」「きちんと説明してほしい!」と。父親は、私と母親が、ただならぬ関係にあると誤解してしまった。失敗は続く。

 私はよく(虫)を食べたフリをする。(泣き虫)(怒り虫)(ジクジク虫)など。得意なのは、(オカマ虫)に(暴力団虫)。その日も怒り虫を食べたフリをして、子どもに怒ってみせた。プリントを丸めて、それで子どもたちをポンポンと叩いてみせた。が、これがいけなかった。

その夜遅く、Mさん(年長女児)の母親から電話がかかってきた。いわく、「先生は、授業中に虫を食べているそうですね。うちの娘が、気味悪がって泣いています。そういうことはやめてください。それに先生は、体罰反対ではなかったのですか。うちの娘は、何も悪いことをしていないのに、先生に叩かれたと言っています。きちんと説明してほしい」と。

 この事件のときは、説明するのに時間がかかったことといったらなかった。母親はいきりたっているため、私の話を聞かない。

私「いやあ、あれは怒り虫です。ハハハ」
母「何がおかしいのですか。笑いごとではすまされないでしょう!」
私「それを食べてみせてですね……」
母「みせた?」
私「だから、それを食べたフリをしたのです」
母「フリでも、そういうことをしてもらっては困ります。あなたは頭が、少しおかしいのではありませんか」
私「冗談です」
母「冗談で通る話と、そうでない話があるでしょ」
私「……」と。

 子どもに言う冗談には、くれぐれも気をつけましょう。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 信頼関係 親と教師の信頼関係 教育の基本 教師と親の信頼関係)

*Depression as to my case

●うつ(Depression as to my case)

I am often depressed and feel dull. Why do people get depressed and how can we get out of the depression. This is an article about it.

++++++++++++++++

うつについて考えてみる。
考えてみるというより、私自身に
ついて書いてみる。

何を隠そう、私は、そのうつ型人間
なのだア!

ハハハ!

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●一時的な問題

「うつ」にもいろいろある。
軽いうつから、重いうつまで。

そのときどきに、うつになる人もいれば、慢性的にうつ状態の人もいる。
そういうちがいはあるが、うつのメカニズムは、それほど、複雑ではない。

こんな例で考えてみよう。

たとえば会いたくない人と、会わなければならない状況になったとする。
仏教の世界にも、『怨憎会苦(おんぞうえく)』という言葉がある。
四苦八苦のひとつにあげられている。
会いたくない人と会うというのは、それだけでも、たいへんな苦痛である。
大きなストレスとなる。

(会いたくない)という思いと、(会わなければならない)という状況の中で、
人は大きく葛藤する。

心は緊張状態に置かれる。

よく誤解されるが、情緒不安というのは、情緒そのものが不安定になることではない。
心が緊張状態に置かれることを、情緒不安という。
そういった状態のとき、不安や心配が入り込むと、それを解消しようと、
心は、一気に不安定になる。
情緒が不安定になるのは、あくまでもその(結果)である。

ささいなきっかけでそうなる。

たとえば先の例で考えるなら、会いたくない人に会わなければならないという
ような状況になると、心は、緊張状態に置かれる。
そういうとき、あなたなら、あなたの子どもが、公園でけがをして帰ってきたとする。
頭から血が出ている。
それを見て、あなたは、いつも以上に、パニック状態になる。
ふだんのあなたなら、冷静なまま、子どもを病院へ連れていくことができる。
しかしそのときは、そうでない。
ワーワーとわめき散らす。

……という状況が、一時的なものであれば、問題はない。
会いたくない相手かもしれないが、会うことで解決する。
会うことで、たがいの関係が好転するということもありえる。

が、こうした状況が、毎日のようにつづいたら、あなたはどうなるだろうか。
来る日も、来る日も、会いたくない人と、会わなければならないとしたら……。

●何もしたくない

原因はさまざまだが、うつになると、脳の機能そのものが、変調する。低下する。
脳間伝達物質が、慢性的なストレスなどが原因で、正常に機能しなくなる。
つまりやる気を喪失する。

もう少し正確には、脳間伝達物質(セロトニンやノルアドレナリン)が、情報をつぎの
神経細胞に伝達する前に、もとの細胞に、取りこまれてしまう状態になる。
結果として、神経細胞どうしの情報の伝達が、スムーズに進まなくなってしまう。
そういう状態を、「うつ状態」という。

で、私もよくうつ状態になる。
そのときどきによって、きっかけはさまざまだが、うつ状態になると、
(1)行動面と、(2)精神面に、影響が出てくる。

行動面では、体がだるくなる。行動が鈍くなる。
精神面では、何もしたくなくなる。考えるのも、めんどうになる。

もちろん人に会うのもおっくうになる。
とくに理由はないのだが、とにかく、おっくうになる。
つまりこの段階で、私は、先に書いた、(会いたくない人と会う)というのと、
同じ状況になる。

相対的に、どの人とも、会いたくなくなる。
行動面についても、同じ。

実際、(何もしたくない)という状況のとき、それをしなければならないというのは、
苦痛である。

もう少し具体的に考えてみよう。

たとえば親しかった友人が、亡くなったとする。
通夜だ、葬儀だと、それなりに忙しく、自分を忘れることができる。
が、それが一段落したとき、どっと疲れが表に出てくる。
(何もしたくない)状態になる。
だれかが話しかけても、上の空。
ぼんやりと空を見つめている。

そういうとき、だれかに会って、仕事の段取りを決めなければならなくなったとする。
本当なら、家にいて、ぼんやりとしていたい。
しかし、仕事をしなければならない。

このとき、(したくないこと)と、(しなければならないこと)の間で、葛藤する。

●心の葛藤

いつもなら(したいこと)でも、脳の機能が低下してくると、(したくないこと)になる。
いつもなら(会いたい人)でも、脳の機能が低下してくると、(会いたくない人)になる。

繰りかえすが、相対的に、したくないことをし、会いたくない人と会うのと、
同じ状況になる。

一度、こうなると、あなたは、心の中で、慢性的に葛藤するようになる。
常に、(したくないこと)と戦わねばならなくなる。
これは先にも書いたように、相当なストレスとなって、はねかえってくる。
つまり心は、常に、ある種の緊張状態に置かれる。
ピンと張りつめたような状態になる。

たとえばこんなケースで考えてみよう。

受験勉強の最中(さなか)にある子どもがいる。
受験塾では、毎週のようにテストが繰りかえされる。
順位も張り出される。
その子どもなりにがんばってはいるが、成績は思うように伸びない。
その子どもは日常的に悶々とした状態になる。

そんなとき、母親が、「今度の成績は、どうだった?」と声をかけたとする。
母親は、軽いあいさつ程度のつもりでそう言う。
が、子どもは、そうではない。
その言葉を聞いて、突然、激怒する。
ふつうの激怒ではない。
狂人のような叫び声をあげながら、こう怒鳴る。
「ウッセー!」「バカヤロー!」と。

●反応

一度うつ状態になると、心はそれを解消しようと、さまざまな反応を示す。

基本的には、(何もしたくない)状態になる。
が、それをしなければならない。
それから生まれる不平不満は、妄想へとつながりやすい。

「こんなことをさせるのは、あいつが悪い」
「こんなに苦しんでいるのに、だれもわかってくれない」と。

あるいは、「こんな自分にしたのは、あいつだ」と思うこともある。

つまり(したくない)自分を棚にあげて、そういう自分を正当化しようとする。

これはある知人(女性)の例だが、母親の介護をするようになったときのこと。
毎日のように、あちこちに電話をかけ、こう言っていた。

「介護で時間が取られて、内職ができなくなった」
「町内会の仕事ができなくなった」
「送り迎えの自動車のガソリン代がかかるようになった」
「弟がいるが、何も助けてくれない」と。

要するにその知人は、介護をしたくなかった。
しかし「介護をしたくない」とは、言えない。
そこでその介護をしたくないという気持ちを正当化する(=ごまかす)ため、
こうした不平不満を、あちこちにぶつけた。

心理学の世界でも、こうした心理的反応を、「置き換え」と呼ぶ。
防衛機制(心を守るための心理的反応)のひとつである。
わかりやすく言えば、八つ当たりのこと。

●自責から他責へ、

うつを理解するためには、反対の心理状態を考えてみればよい。

たとえば(したいこと)を、している子どもを見れば、それがわかる。
したいことをしている子どもは、生き生きとしている。
輝いている。

さらにその状態が進むと、しなくてもよいようなことまで、するようになる。
他人の仕事まで引き受けたり、ばあいによっては、他人の責任まで、自分のものとする。

話は少し脱線するが、人は(子どもも)、大きく、2つのタイプに分けられる。

(1) 自責型人間と、(2)他責型人間である。

何かあるたびに、「ごめん」「ごめん」と、自分の責任にしてしまうのを、
自責型人間という。

反対に、何かあるたびに、「あなたが悪い」「私は悪くない」と、自分以外の人やものの
責任にしてしまうのを、他責型人間という。

たとえば台の上にあった花瓶を不注意で、落としたとする。
そのとき、「ごめん」とすぐあやまるタイプが、自責型人間。
「こんなところに花瓶を置いておく人が悪い」と、だれかに責任を転嫁するタイプが、
他責型人間ということになる。

他責型人間は、うつになりにくいという。
しかしひとたびうつになると、それまでは自責型人間であった人まで、
他責型人間になる。

話をもとにもどす。

生き生きと活動している子どもは、総じてみれば、自責型人間と考えてよい。
「ごめん」「ごめん」と言いながら、さらにその先を、自分でしようとする。

●私の場合

先にも書いたが、私も、しばしばうつ状態になる。
たとえば数日前もそうで、きっかけは、友人の死であった。

何とも重苦しい気分に包まれた。
何を考えても、悲観的。消極的。
加えて被害妄想だけが、どんどんとふくらむ。

原稿としてはボツにしたが、そのとき、「先細り人生」と題した原稿も書いた。
(あとで読みなおしてみて、あまりにもうつ的だったので、ボツにした。)

基本的には、「うつ型人間」と考えてよい。
ここでいう自責型か他責型かと問われれば、完全に自責型。
何があっても、まず、「ごめん!」という言葉が先に出てくる。

だからうつになりやすい。
が、うつになったとたん、今度は、他責型に変身する。
まるで自分の中に、2人の自分がいるよう。
ときに、そう思うことがある。

たいていは、ワイフに八つ当たりをする。

が、私には、すばらしい救世主がいる。
子どもたちという救世主である。

その子どもたちに接したとたん、私のばあいは、もとの私に戻ることができる。
そういう意味では、私にとっては、職場が、ストレス発散の場所になっている。

おとといも、昨日も、実は、仕事には行きたくなかった。
(行きたくない)という自分と、(行かなければならない)という自分が、私の中で、
はげしく対立した。

が、何とか、自転車にまたがり、仕事に出かけた。
とたん、いつもの私に戻ることができた。

……ということで、今のところは、かろうじて、自分を支えている。
が、いつまでつづくかわからない。
そのうちさらに症状がひどくなるかもしれない。

休みたい。休みたいが、休めば休んだで、自分がどうかなってしまいそう。
今は、そういう状態。

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みんさんも、うつには、どうか、お気をつけください。

なおWHO(世界保健機構)の統計によれば、約3~5%の人が、
うつ病の有病率だそうです。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist うつ うつ病 うつ状態)

Sunday, February 17, 2008

Freedom of Speech (part1)

【民主主義一考】
What is the Democracy for the Japanese?

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日本人にとって、民主主義とは何か?
私たちが「民主主義」と思っているものは、
それは外国から見れば、まるで異質のもの。

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私たちがもっとも恐れなければならないのは、独裁政治。
戦前の日本を見るまでもない。
現在の北朝鮮を見るまでもない。

そこで民主主義ということになるが、
「選挙をしているから、民主主義」ということにはならない。
むしろこの(選挙)こそ、魔物。
ときとして、世俗的愚衆が、国の進むべき道を誤らせることもある。
1人の代表者が、選ばれたことをよいことに、
好き勝手なことをすることもできる。
つまり選挙そのものが、独裁者の道具として利用されることもある。
戦前の日本を見るまでもない。
現在の北朝鮮を見るまでもない。
北朝鮮の正式な国名は、「朝鮮民主主義人民共和国」である。
「民主主義」という言葉が、そこにあることに注目してほしい。

そこでギリシア時代のアテナイでは、官職は、くじ引きで選ばれていた。
民イコール、国であり、国イコール、民であるという考えに根ざす。
つまり民主主義という制度は、制度の問題ではなく、その構成員である、
民衆の意識の問題ということになる。

その意識のない国民に、いくら民主主義の重要性を説いても、無駄。
その意識のない国民が、いくら選挙をしても、無駄。
まさにネコに小判(失礼!)。

よい例が、今の日本。

どこかのお笑いタレントが、知名度を利用して、いきなり、
どこかの県の知事になったりする。

あとはお祭り騒ぎに、バカ騒ぎ。
先日も私の近くに住む知人が、あのM県へ行ってきた。
どこかの観光地に行ったのだが、そこにたまたま、あの知事がいたという。
そこでその知人は、その知事と記念撮影。
その知人は、その写真を誇らしげに(?)、みなに、見せていた。

方向こそ逆だが、あの北朝鮮で、「金xx様、金xx様」と騒ぐ民衆と、
どこがどうちがうというのか。

民主主義に対しする一片の畏敬の念すら、ない。
あればそんなバカなことはできない。
私は何も、お笑いタレントが知事になってはいけないと言っているのではない。
そういう人を選ぶ、選挙民が、どうかしていると言っている。
いや、そういう知事に対して、批判的な人も多いはず。
しかしそういう声は、巨大な知名度の前では、ブルドーザーに立ち向かう、
立て札程度の力しかない(※1)。

そこで「思想」ということになる。
選挙について言えば、「弁論」ということになる。
しかしこの弁論ほど、これまたアテにならないものはない。

たいていは美辞麗句。うそにインチキ。大衆にとって心地よい言葉の羅列(られつ)。
へたをすれば、政治そのものが、個人の立身出世主義の道具として利用される。
つまりここにも、選挙がもつ限界が、潜む。

では、どうすればよいのか?

結局は、(考える力)ということになる。
たとえば政治家にしても、思想に思想を重ね、議論に議論を重ね、
その結果として、練りに練られた状態で、政治をめざすなら、よい。

知名度は、あくまでも、あとからついてくるもの。
が、この日本では、それが逆。
まず知名度を利用して、政治家になる。政治家になったあと、
思想らしきものを用意する(?)。

当のM県では、「観光客がふえた」とか、「新婚旅行客がもどってきた」とか言って
喜んでいるそうだが、それを喜ぶのは、まさに世俗的愚衆。
もし日本中の、あちこちの県が、それをまねたら、この日本は、どうなる?
すでに、その兆候は、あちこちに、見え始めている。

私たちは、あの戦争で何を学んだのか?
あの戦争の、どこをどう反省したのか?
アメリカという外圧によって与えられたものかもしれないが、民主主義という
ものを、どう理解しているのか?

民主主義というのは、攻撃的な姿勢で守って、はじめて守れるもの。
そこにある空気のようなものだと思っていたら、おおまちがい。

たとえば言論の自由とはいうが、この日本では、バカなことを
言ったり書いたりする自由は、ある。
しかし宗教団体や皇室、さらには建設業界や官僚を批判したら、
たちまち猛攻撃にさらされる。命の保証すらない。
仕事すら回ってこなくなる。

ちなみに、日本の報道の自由度は、先進7か国の中では最低の42位(※2)。
42位だぞ! 

いいのか、日本! このままで!

(注※1)

●知名度

かつて、こんな調査がなされた。「上司としてふさわしいのは、どんな人物か?」と。

その結果、テレビでの知名度順に、お笑いタレントたちが、ズラリと名を連ねた。それもそのはず。

こういう例で考えてみよう。

A氏、知名度90%。1億x0・9=9000万人の人がその名を知っている。

B氏、知名度10%。1億x0・1=1000万人の人がその名を知っている。

しかしA氏に対して嫌悪感を抱いている人は多い。約80%の人が嫌悪感をいだいているとする。で、残りの20%の人が、A氏を支持したとする。結果、支持者の数は、9000万x0・2=1800万人となる。

一方B氏のほうは、反対に約80%の人が好感をもっていたとする。従ってその支持者の数は、1000万x0・8=800万人となる。

A氏の支持者は、嫌悪感をいだく人が7000万人もいたとしても、1800万人。
B氏の支持者は、そのほとんどが好感をもっているとしても、800万人。

もしこういう計算が、選挙にも働くとしたら……。A氏とB氏が、同じ選挙区で立候補したら、その勝敗は、選挙の前に決まっていることになる。それがここで私が言う、「ブルドーザーに立ち向かう立て札程度」という意味である。

(注※2)

●報道の自由度、42位

パリ発10月26日の時事通信によれば、日本の報道自由度は、昨年と比べわずかにランクアップしたものの、先進7カ国中最低の42位だったという。報道の自由の擁護を目指す国際団体、「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は、世界167カ国の報道の自由度の順位を発表した。

 最上位は、デンマークやアイルランドなど北欧を中心とする欧州8カ国。最下位はランクづけ発表当初から3年連続で、北朝鮮だったという。 

 日本では、一応、報道の自由が確保されているかのように見えるが、国際的にみれば、どうも、そうではないということのようだ。

 くだらないゴシップ記事のような報道については、たしかに、自由はある。何を書いてもよいという、つまりは無責任な姿勢はある。しかし報道の自由といっても、あくまでも、そのレベル。

 日本の外で、よく問題にされるのが、皇室報道。さらには官僚批判。私も、いろいろなテーマについてものを書くが、こうしたテーマでものを書くときは、いつもどこかで、何かしらの(息苦しさ)を覚える。

 この(息苦しさ)こそが、日本の報道の自由の限界ということになる。日本は、世界に名だたる、官僚主義国家。日本の中だけに住んでいる人には、それがわからない?

 あのK国が最下位だったということについては、異論はない。しかしあのK国の人たちは、自分たちではそうは思っていない。「外の世界のほうが狂っている」と思っている。その国の人がもっている、意識というのは、そういうもの。

 しかしそれにしても、42位とは! この数字には、いろいろ考えさせられる。


Hiroshi Hayashi++++++++FEB.08++++++++++はやし浩司

●はびこるカルト信仰(Cult)

  ある有名なロックバンドのHという男が自殺したとき、わかっているだけでも女性を中心に、三~四名の若者があと追い自殺をした。

家族によって闇から闇へと隠された自殺者は、もっと多い。自殺をする人にはそれなりの人生観があり、また理由があってそうするのだろうから、私のような部外者がとやかく言っても始まらない。しかしそれがもし、あなたの子どもだとしたら……。

 一九九七年の三月、ヘールボップすい星が地球に近づいたとき、世にも不可解な事件がアメリカで起きた。「ハイアーソース」と名乗るカルト教団による、集団自殺事件である。

当時の新聞記事によると、この教団では、「ヘールボップすい星とともに現われる宇宙船とランデブーして、あの世に旅立つ」と、教えていたという。結果、三九人の若者が犠牲になった。

この種の事件でよく知られている事件に、一九七八年にガイアナで起きた人民寺院信徒による集団自殺事件がある。この事件では、何と九一四名もの信者が犠牲になっている。なぜこんな忌まわしい事件が起きたのか。また起きるのか。「日本ではこんな事件は起きない」と考えるのは早計である。子どもたちの世界にも大きな異変が起きつつある。現実と空想の混濁が、それである。

あの「たまごっち」にしても、あれはただのゲームではない。あの不可解な生きもの(?)が死んだだけで、大泣きする子どもはいくらでもいた。そして驚くなかれ、当時は、あのたまごっちを供養するための専門の寺まであった。ウソや冗談で供養しているのではない。本気だ。本気で供養していた。中には手を合わせて、涙を流しているおとなもいた(NHK『電脳の果て』)。

さらに最近のアニメやゲームの中には、カルト性をもったものも多い。今はまだ娯楽の範囲だからよいようなものの、もしこれらのアニメやゲームが、思想性をもったらどうなるか。

仮にポケモンのサトシが、「子どもたちよ、二一世紀は暗い。一緒に死のう」と言えば、それに従ってしまう子どもが続出するかもしれない。そうなれば、言論の自由だ、表現の自由だなどと、のんきなことを言ってはおれない。あと追い自殺した若者たちは、その延長線上にいるにすぎない。

 さて世紀末。旧ソ連崩壊のときロシアで。旧東ドイツ崩壊のときドイツで、それぞれカルト教団が急速に勢力を伸ばした。社会情勢が不安定になり、人々が心のよりどころをなくしたとき、こうしたカルト教団が急速に勢力を伸ばす。

終戦直後の日本がそうだったが、最近でも、経済危機や環境問題、食糧問題にかこつけて、急速に勢力を拡大しているカルト教団がある。あやしげなパワーや念力、超能力を売りものにしている。「金持ちになれる」とか「地球が滅亡するときには、天国へ入れる」とか教えるカルト教団もある。

フランスやベルギーでは、国をあげてこうしたカルト教団への監視を強めているが、この日本ではまったくの野放し。果たしてこのままでよいのか。子どもたちの未来は、本当に安全なのか。あるいはあなた自身はだいじょうぶなのか。あなたの子どもが犠牲者になってからでは遅い。

このあたりで一度、腰を落ちつけて、子どもの世界をじっくりとながめてみてほしい。

*Freedom of Speech (Part2)

●日本人の依存性を考えるとき(Dependance of the Japanese) 

●MSの『おくふろさん』

 MSが歌う『おふくろさん』は、よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多い。しかし……。日本人は、ちょうど野生の鳥でも手なずけるかのようにして、子どもを育てる。これは日本人独特の子育て法と言ってもよい。あるアメリカの教育家はそれを評して、「日本の親たちは、子どもに依存心をもたせるのに、あまりにも無関心すぎる」と言った。そして結果として、日本では昔から、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子イコール、「よい子」とし、一方、独立心が旺盛な子どもを、「鬼っ子」として嫌う。

●保護と依存の親子関係

 こうした日本人の子育て観の根底にあるのが、親子の上下意識。「親が上で、子どもが下」と。この上下意識は、もともと保護と依存の関係で成り立っている。親が子どもに対して保護意識、つまり親意識をもてばもつほど、子どもは親に依存するようになる。こんな子ども(年中男児)がいた。

生活力がまったくないというか、言葉の意味すら通じない子どもである。服の脱ぎ着はもちろんのこと、トイレで用を足しても、お尻をふくことすらできない。パンツをさげたまま、教室に戻ってきたりする。あるいは給食の時間になっても、スプーンを自分の袋から取り出すこともできない。できないというより、じっと待っているだけ。多分、家でそうすれば、家族の誰かが助けてくれるのだろう。そこであれこれ指示をするのだが、それがどこかチグハグになってしまう。こぼしたミルクを服でふいたり、使ったタオルをそのままゴミ箱へ捨ててしまったりするなど。

 それがよいのか悪いのかという議論はさておき、アメリカ、とくにアングロサクソン系の家庭では、子どもが赤ん坊のうちから、親とは寝室を別にする。「親は親、子どもは子ども」という考え方が徹底している。こんなことがあった。一度、あるオランダ人の家庭に招待されたときのこと。そのとき母親は本を読んでいたのだが、五歳になる娘が、その母親に何かを話しかけてきた。母親はひととおり娘の話に耳を傾けたあと、しかしこう言った。「私は今、本を読んでいるのよ。じゃましないでね」と。

●子育ての目標は「よき家庭人」

 子育ての目標をどこに置くかによって育て方も違うが、「子どもをよき家庭人として自立させること」と考えるなら、依存心は、できるだけもたせないほうがよい。そこであなたの子どもはどうだろうか。依存心の強い子どもは、特有の言い方をする。「何とかしてくれ言葉」というのが、それである。

たとえばお腹がすいたときも、「食べ物がほしい」とは言わない。「お腹がすいたア~(だから何とかしてくれ)」と言う。ほかに「のどがかわいたア~(だから何とかしてくれ)」と言う。もう少し依存心が強くなると、こういう言い方をする。私「この問題をやりなおしなさい」、子「ケシで消してからするのですか」、私「そうだ」、子「きれいに消すのですか」、私「そうだ」、子「全部消すのですか」、私「自分で考えなさい」、子「どこを消すのですか」と。実際私が、小学四年生の男児とした会話である。こういう問答が、いつまでも続く。

 さてMSの歌に戻る。よい年齢になったおとなが、空を見あげながら、「♪おふくろさんよ……」と泣くのは、世界の中でも日本人ぐらいなものではないか。よい歌だが、その背後には、日本人独特の子育て観が見え隠れする。一度、じっくりと歌ってみてほしい。

+++++++++++++

 この記事についての、批評、批判は少なくなかった。こうした日本の名曲を評論するのは、実際のところ勇気がいる。書くほうとしては、それだけのインパクトをねらって書くが、ばあいによっては、読者の逆鱗に触れる。で、この記事はその逆鱗に触れた。今日、からんできた人も、その一人だ。

 が、ここで改めて、日本人の依存性について書くつもりはない。それについては、もうあちこちで、何度も書いてきた。だからここでは、その先について、書く。

 こうした原稿を読んで、不愉快に思うなら、それはそれでよいのでは……? 私は、MSの『おふくろさん』のファンの人に、攻撃をしかけたわけではない。「こういう見方もある」という立場で書いた。それが逆鱗に触れたからといって、つまり私を個人攻撃しても意味はない。そういう攻撃を受けたからといって、私は一度書いたものについての意見は曲げない。(自分で訂正することはある。)また私が自説をひっこめたところで、どうにかなる問題でもあるまい。あるいは私が、「あの原稿の中で書いたことはまちがっていました」と書くとでも、思っているのだろうか。しかもその記事を発表してから、すでに一年半以上もたっている。アフターサービスという考え方からしても、すでに保証期間(?)は過ぎている。

 私はまったくフリーの立場にいて、公的な役職も、責任も、まったくない。要するに、私の意見に同意できなければ、「同意できない」ですむ話である。それをああでもない、こうでもないと批判するなら、その人はその人で、自分の意見を書いて、世に問えばよい。それが言論の自由というものではないのか。

 ときどき自分でも、「どうしてこんな仕事をしているのだろう」と思う。「私にとって、メリットは何か」とも。地位や肩書きなど、私にはもとから無縁だし、名誉といっても、地位や肩書きのように「中身」がはっきりしない。金銭的な利益といっても、こうして地方に住んでいると、ほとんど、ない。ここに「仕事」と書いたが、仕事にはならない。

 いや、もう少し若いころは、有名になりたいと思ったこともある。しかし今からでは遅過ぎる。そういう気力そのものが、消えた。いや、有名になることの虚しさが、自分でもわかるようになった。そしてそれにかわって、私はこの世の中に生きてきた痕跡(こんせき)を残したいと思うようになった。よく私は、「自分の書いたものは、墓石のようなもの」と書くが、それは本心である。私はワイフや息子たちに、「死んでも墓はいらない。私の書いたものを墓と思ってくれ」と言っている。遺言のようなものだが、これも本心である。

 だから私は書く。思ったこと、考えたこと、それを書く。それが評価されるか、されないかは、他人が決めることであって、私の問題ではない。
(02-8-20)※


Hiroshi Hayashi++++++++FEB.08++++++++++はやし浩司

【考える人】(Independent Thinker)

●「考える」こと

 「考える」ということと、「動物的」ということとは、反比例する。これを計算式で、表現すると、(考える)=(定数)/(動物的)ということになる。(こんな公式を作っても、意味ないが……。)

 つまり人間は考えれば考えるほど、動物的ではなくなるということ。動物が動物であるのは、考えないから。一方、人間が人間であるのは、考えるから。だから公式にするまでもなく、こんなことは当然といえば、当然。

 そこで改めて、「考える」ということは、どういうことなのかを、考えてみる。……と考えて、最初に思いつくのが、「言葉」。私のばあい、(おそらく、ほとんどの人にとっても、そうではないかと思うが……)、言葉があるから考えられる。もっとも言葉がなくても、考えることはできる。絵画や音楽、さらに芸術の世界では、言葉というのは、それほど重要な意味をもたない。

が、私にとっては、「考える」ことイコール、「言葉」ということになる。たとえば今、私はこうして文を書いているが、「書く」ということが、「考える」ということになる。実際、こうして書いているとき以外、私はほとんどものを考えない。……考えることができない。ヒラメキのようなものは、しばしば感ずるが、しかしそれは「考え」ではない。

●考える人 

 考える人からは、考えない人が、よくわかる。(多分、考えない人からは、考える人がわからないだろうが……。)たとえば、考えない人は、どこか動物的。ものの考え方が、短絡的。直感的。浅い。それにすぐ感情的になる。子どもでも、「スベリ台を、下からあがってきた子がいます。どうしますか?」と聞くと、「そういうヤツは、ぶん殴ってやればいい」と答える子どもがいる。原因はいろいろあるが、そういうような発想をする。

 一方、考えない人は、その分、反応が鈍くなる。子どもでもそうで、考える子どもは、どこか様子が重い。「重い」というのは、何かテーマを与えたりすると、それを頭の中で反芻(はんすう)するようなしぐさを見せる。もっとも、それは相対的なもので、考えない子どもと比較してみて、はじめてわかる。考えない子どもは、ペラペラと調子はよいものの、中身がない。

 ……となると、「考える・考えない」は、能力の問題というよりは、習慣の問題ということになる。あるいは教育の問題といってもよい。たとえば日本では、学校の授業でも、「わかったか?」「では、つぎ!」が、教え方の基本的な形になっている。しかしアメリカでは、「君はどう思う?」「それはいい考えだ!」が、教え方の基本になっている。この「形」は、家庭でも同じで、こうした形の違いが、やがて独特の日本人像をつくったともいえる。つまり日本人は、その構造からして、もともと、考える人間をつくる構造になっていない。

●違った意見

 日本人が、考えない民族であることは、世界へ出てみると、よくわかる。あるいは、小学生でもよい。外国の小学生とくらべてみてもわかる。ひとつの基準として、それぞれの子どもが、どの程度、違った意見をもっているかが、ある。それを知れば、それがわかる。

 たとえばオーストラリア人の子どもに、「将来、何になりたい?」と聞くと、それぞれが、てんでバラバラなことを言い出す。中には、「イタリアの女王様になりたい」と言う子ども(女児)もいる。おそらく一〇人に聞けば、一〇人の意見が出てくるのでは……。しかし日本では、子どもの意見というのは、そのときどきにおいて、流行に流される。そして子どもたちのものの考え方は、ある一定のパターンに集約される。……することができる。

 少し話がそれるが、この私の意見を補足するために、こんなことを書いておきたい。

 七〇年代に、中国の北京大学へ留学したオーストラリア人の友人がいた。その友人が、北京から帰ってきて、こう言った。「向こうでは、みな、テープレコーダーみたいだった」と。つまりどの学生も、同じ意見しか言わなかったというのだ。こうした傾向は、独裁国家ほど、顕著になる。ほかの意見をもたせない。もつことを許さない。つまりそもそも考える人間を必要としていない。

 では、日本はどうか。日本はどうだったか。日本も戦前は、今の北朝鮮のようなものだった。あるいは江戸時代は、今の北朝鮮以上に北朝鮮的だった。こうした傾向は、私が子どものときですら、何かにつけて、まだ色濃く残っていた。よく覚えているのは、政府を批判しただけで、父や母から、それをとがめられたこと。あるいは「天皇」と呼び捨てにしただけで、父に殴られたこと。岐阜県の田舎のほうでは、言論の自由はもちろん、思想の自由すらなかった。

●考える人間にするために

 こう考えると、日本人が考えない民族であることは、民族性というよりも、長くつづいた封建時代と、そのあとの君主(天皇)官僚制度の中で、「ものを考えない国民」に飼育されたためということになる。しかもそれがあまりにも長くつづいたので、「考えない」ということが、社会のスミズミまで、根をおろしてしまった。あるいは、脳の構造そのものにまで、影響を与えてしまった。

 言いかえると、日本人を考える国民にするということは、同時に、こうした過去の亡霊との決別を意味する。またその決別なくして、日本人を考える国民にすることはできない。教育の世界では、いかにして、中央による思想管理を排除するかということにもなる。家庭においては、いかにして、価値観の多様性を、親がもつかということになる。

たとえば教科書問題をひとつ取りあげても、いまどき、検定制度があること自体、おかしい。国としては、「まちがったことを教えたくない」という意図があるのだろうが、それは同時に、「思想統一」につながる。繰り返すが、中央政府が、思想を統一しようとすればするほど、それは国民から考える力を奪うことになる。

 今、この日本で大切なことは、たとえば「A」というテキストで学んだ子どもと、「B」というテキストで学んだ子どもが、たがいに自由に意見を対立させ、討論することである。「考える」という習慣は、そういう軋轢(あつれき)の中から、生まれる。

 家庭においても、同じで、今のように、「学校以外に道はなく、学校を離れて道はない」と親が考えているような状態の中で、どうやって子どもの個性を伸ばすことができるというのか。親自身が、ガチガチの思想にこりかたまっていて、子どもに向かって、「個性をもて」「もっと考えろ」は、ない。

●「考える」こと

 「考える」というテーマは、実は、このように奥が深い。そしてそのテーマは、個人の問題というだけではなく、社会や家庭など、あらゆる部分にからんでくる。もちろん「考える」ことによって、人間は、より人間らしくなる。つまり「人間とは何か」というテーマにもからんでくる。

 ……と書いても、こんなことは、実は、常識。識者の意見を並べてみる。

 よく知られているのが、パスカル(一六二三~六二、フランスの哲学者、数学者)。『人間は考えるアシである』(「パンセ」)と書いた、あのパスカルである。『人間は一本のアシにすぎない。自然のうちで、もっともひ弱いアシにすぎない。しかし、それは考えるアシである』と。彼は、同じ本の中で、こうも書いている。『思考が人間の偉大さをなす』と。「考えるから、人間は人間であり、そこに人間の偉大さがある」という。

 そのパスカルと、どこかで接点があったのかもしれない。さらに思考の重要性を、完結させたのが、デカルト(一五九六~一六五〇、フランスの哲学者)。『われ思う、ゆえにわれあり』(「方法序説」)という、有名な言葉を残している。「私は考えるから、私はここに存在するのだ」と。もうこの言葉を疑う人は、だれもいまい。

 「考えること」を、決して、粗末(そまつ)にしてはいけない。生きることの「柱」にしてもよいほど、重要な問題と言っても、決して言い過ぎではない。
(02-12-18)

【追記】

●一般論として、人間は、そのレベルに応じて、自分のまわりに仲間をつくる。そこで、では、そのレベルとは何かということになると、思考の深さということになる。思考の深い人は、深い人どうしで集まる。思考の深い人は、浅い人の間にいると、落ち着かない。同じように、思考の浅い人は、浅い人どうしで集まる。思考の浅い人は、深い人の間にいると、落ち着かない。実は、子どもの世界もそうで、もしあなたがあなたの子どもを客観的に、どういう子どもであるかを知りたかったら、あなたの子どもが、今、どんな友だちとつきあっているかを見ればよい。

●それはさておき、子どもでも、考える子どもと、考えない子どもは、かなり早い時期に分かれる。小学一年生くらいの段階で、かなりはっきりしてくる。考える子どもは、考えることそのものを楽しむ。そうでない子どもは、考えることから逃げる。こうした子どもの違いは、かなり早い時期に決まるのでは。おそらく生後まもなくからの、親の接し方によって決まる? 要するに、子どもを考える子どもにしたかったら、親の過干渉などで、子どもを振りまわさないこと。いつも親のほうが一歩、退いて、子どもが自分で自分の考えを言うまで、待つ。この「待つ」という姿勢が、子どもを、考える子どもにする。


Hiroshi Hayashi++++++++FEB.08++++++++++はやし浩司

●言論の自由(Freedom of Speech)

 週刊「B」が、発刊停止処分になった。元国会議員の娘の記事が問題になった。が、それに対して、東京高裁は、発刊停止を、無効とした。当然である。

 言論の自由は、あらゆる権利の中でも、神聖不可侵な権利である。国民の権利として、最大限尊重されねばならない。たかがこの程度の離婚問題で、言論の自由が制限されたら、たまらない!

 しかしなぜ、その娘の記事が、週刊「B」に載ったか? 理由など、述べるまでもない。それがわからなければ、反対の立場で考えてみればよい。

 あなたの周辺にも、離婚した人がいるだろう。しかしそういう人の記事が、週刊「B」に載ることはあるだろうか? ぜったいに、ない! その娘の記事が週刊「B」に載ったのは、あの元国会議員のT氏の娘だからである。

 娘は公人か、公人でないかという議論もある。しかしその娘のことは、私でさえ、よく知っている。母親のT氏と、よくマスコミにも、顔を出してきた。一方で、そうしてマスコミをさんざん利用しておきながら、「私生活を暴かれた」は、ない。

 ただ私にも、言いたいことはある。

 週刊「B」側は、言論の自由を盾(たて)にとって、自分たちの正当性を主張している。しかしこういうくだらない記事は、「言論の自由」というときの言論とは、意味がちがう。ただのゴシップ記事。そういう記事が問題になったからといって、言論の自由が侵害されたと騒ぐのも、どうかしている。

 週刊「B」側は、著名な文士をズラリと並べ、反論記事を掲載した。どの文士も、週刊「B」の息のかかった、イエスマンばかりである。東京あたりで、週刊「B」に嫌われたら、メシを食っていかれない。

 言論の自由。

 本当に、この日本には、言論の自由はあるのかという議論から、始めねばならない。もちろん、くだらないことを、そのレベルで、ギャーギャー騒いでいる間は、問題ない。元国会議員の娘の離婚記事など、その範囲の話題でしかない。

 しかしその範囲をひとたび超えて、たとえば、天皇制の問題、国歌、国旗の問題となると、そうはいかない。さらに日本にはびこる宗教団体の問題。政治と宗教の問題となると、さらにむずかしい。

 こうした問題について、率直な意見を書いたりすると、私のところでさえ、いやがらせの電話などがかかってくる。教室へ怒鳴り込んできた人さえいる。

 まあ、あえて言うなら、週刊「B」も、もう少し、高い視点から、日本をながめたらよいということ。今回の事件は、週刊「B」が、くだらないゴシップ記事を載せた。だから、書かれた人が、待ったをかけた。それだけの事件である。

 それを仰々しく、「言論の自由が侵害された」と、おおげさに騒ぐことのほうが、おかしい。週刊「B」は、たくみに問題をすりかえようとしている。しかし、そうはいかない。

 こうした軽薄なゴシップ記事を書かれた人は、ウソやまちがいがあれば、そのつど、名誉毀損(きそん)か何かで、出版社をどんどん訴えればよい。それは正当な権利である。決して、泣き寝入りしてはいけない。

*Volunteer Activities

●ボランティア精神・段階論(Regarding Volunteer activities)

 何らかのボランティア活動を始めると、ふつうでは経験しない、心の変化を感ずる。その変化を段階的に考えてみた。

【第一段階・とまどい】

 たいていは、何らかのきっかけでボランティア活動を始める。だれかの指導によることもある。仕事や趣味の延長で始めることもある。

 「何となくしている」と言った感じで、始まることが多い。同時に、やり始めたころは、他人の目が気になる。少し油断をすると、「してやっている」「してあげている」という思いにとりつかれる。

【第二段階・快感】

 他人が喜ぶのを想像することは、楽しい。実際、喜ぶかどうかは、別にして、想像するだけで、楽しい。

 しかしそういう思いをしたことがない人には、それはわからない。あるいはなかなかこの第二段階まで、くることができない。

 が、一度、どこかでそれを経験すると、別のボランティア活動をしても、意外と簡単に、この段階まで、くることができる。思考プロセスが、できあがっているためと考えられる。

【第三段階・葛藤】

 しばらくつづけていると、「何のために?」「どうして?」という疑問がわいてくる。みながみな、活動を正当に評価してくれるわけではない。

 草を好意で刈っていたら、そこへ見知らぬ他人がやってきて、「もっときれいに刈れ」と言われるようなことは、この世界ではよくある。

その相手も、何らかのボランティア活動をしていたというのなら、まだ納得できるが、そうでない人のほうが、多い。そういう人たちの、心ない言動で、キズついたりする。

【第四段階・無我】

 意識しないまま、つまりボランティア活動をしているという意識がないまま、自然な形で、そうした活動ができるようになる。

 何も考えず、何も求めず、何もキズつかず、無私の状態で、それができるようになる。それ自体が、生活の一部になる。

 以上、私の憶測も含めて、段階論を書いてみた。私自身、何か大きなボランティア活動をしているわけではない。あえて言えば、電話相談、講演会、子育て相談などが、そうした活動の一部ということになる。

 ただ講演会というと、多額の報酬を想像する人も多いと思うが、それは中央で活躍する有名人の話。

 いかに少ない額かは、近くのPTAの役員の人たちに聞いてみるとよい。もし金額のことを考えるなら、講演会の講師を務める人など、いないだろう。私は、講演を、ボランティア活動の一つと考えながら、している。

 電話相談や子育て相談は、もちろん無料である。

 しかしそうした活動についても、あれこれ文句を言ってくる人がいる。ときどき、やりきれなくなるときがある。

 理由の一つとして、こうしたボランティア活動そのものが、日本の社会に定着していないこと。つぎに、それをしている人が、まだまだ少数派であること。ボランティア活動をしている人を、お人好しのバカと見る風潮さえある。

 こうした日本人の意識を変えないかぎり、日本人全体は、成長しないと、私は思う。

 しかし、ボランティア活動には、その活動を超えた、何かがある。たとえて言うなら、ボランティア活動をしていない人は、小さな画用紙の中で、絵を描いているようなもの。が、ボランティア活動をしている人は、その画用紙をかぎりなく大きくすることができる。

 このことは、あなたの近所に住む、高齢者たちを見ればわかる。

 自分のことしかしない。自分のことしかできない。自分勝手でわがままな高齢者を見ていると、その(小ささ)に驚くことがある。

 一方、地元の世話役などになり、無私で活動している高齢者を見ると、反対にその(大きさ)に驚くことがある。私がここでいう「画用紙」というのは、そういう意味である。

*What is "Public Education"?  *Our leaders in Meiji Period

●「公」について(What is “Public”?)

 以前、教育改革国民会議は、つぎのような報告書を、中央教育審議会に送った。いわく「自分自身を律し、他人を思いやり、自然を愛し、個人の力を超えたものに対する畏敬(いけい)の念をもち、伝統文化や社会規範を尊重し、郷土や国を愛する心や態度を育てるとともに、社会生活に必要な基本的知識や教養を身につけることを、教育の基礎に位置づける」と。

 こうした教育改革国民会議の流れに沿って、教育基本法の見なおしに取り組む中央教育審議会は、〇二年一〇月一七日、中間報告案を公表した。それによれば、「国や社会など、『公』に主体的に参画する意識や、態度を涵養(かんよう)することが大切」とある。

 一読するだけで頭が痛くなるような文章だが、ここに出てくる「涵養(かんよう)」とは何か。日本語大辞典(講談社)によれば、「知識や見識をゆっくりと身につけること」とある。が、それにしても、抽象的な文章である。実は、ここに大きな落とし穴がある。こうした審議会などで答申される文章は、抽象的であればあるほど、よい文章とされる。そのほうが、官僚たちにとっては、まことにもって都合がよい。解釈のし方によっては、どのようにも解釈できるということは、結局は、自分たちの思いどおりに、答申を料理できる。好き勝手なことができる。

 しかし否定的なことばかりを言っていてはいけないので、もう少し、内容を吟味してみよう。

 だいたいこの日本では、「国を守れ」「国を守れ」と声高に叫ぶ人ほど、国の恩恵を受けている人と考えてよい。お寺の僧侶が、信徒に向かって、「仏様を供養してください」と言うのに似ている。具体的には、「金を出せ」と。しかし仏様がお金を使うわけではない。実際に使うのは、僧侶。まさか「自分に金を出せ」とは言えないから、どこか間接的な言い方をする。要するに「自分を守れ」と言っている。

 もちろん私は愛国心を否定しているのではない。しかし愛「国」心と、そこに「国」という文字を入れるから、どうもすなおになれない。この日本では、国というと、体制を意味する。戦前の日本や、今の北朝鮮をみれば、その意味がわかるはず。「民」は、いつも「国」の道具でしかなかった。

 そこで欧米ではどうかというと、たとえば英語では、「patriotism」という。もともとは、ラテン語の「パトリオータ(父なる大地を愛する人)」という語に由来する。日本語では、「愛国心」と訳すが、中身はまるで違う。この単語に、あえて日本語訳をつけるとしたら、「愛郷心」「愛土心」となる。「愛国心」というと反発する人もいるかもしれないが、「愛郷心」という言葉に反発する人はいない。

 そこで気になるのは、「国や社会など、『公』に主体的に参画する意識や、態度を涵養(かんよう)することが大切」と答申した、中教審の中間報告案。

 しかしご存知のように、今、日本人の中で、もっとも公共心のない人たちといえば、皮肉なことに、公務員と呼ばれる人たちではないのか。H市の市役所に三〇年勤めるK市(五四歳)も私にこう言った。「公僕心? そんなもの、絶対にありませんよ。私が保証しますよ」と。

とくに長年、公務員を経験した人ほどそうで、権限にしがみつく一方、管轄外のことはいっさいしない。情報だけをしっかりと握って、それを自分たちの地位を守るために利用している。そういう姿勢が身につくから、ますます公僕心が薄れる。恐らく戦争になれば、イの一番に逃げ出すのが、官僚を中心とする公務員ではないのか。そんなことは、先の戦争で実証ずみ。ソ連が戦争に参画してきたとき、あの満州から、イの一番に逃げてきたのは、軍属と官僚だった。

 私たちにとって大切なことは、まずこの国や社会が、私たちのものであると実感することである。もっとわかりやすく言えば、国あっての民ではなく、民あっての国であるという意識をもつことである。とくに日本は民主主義を標榜(ひょうぼう)するのだから、これは当然のことではないのか。そういう意識があってはじめて、私たちの中に、愛郷心が生まれる。「国や社会など、『公』に主体的に参画する意識」というのは、そこから生まれる。

 これについて、教育刷新委員会(委員長、安倍能成・元文部大臣)では、「本当に公に使える人間をつくるには、個人を一度確立できるような段階を経なければならない。それが今まで、日本に欠けていたのではないか」(哲学者、務台理作氏)という意見が大勢をしめたという(読売新聞)。私もそう思う。まったく同感である。言いかえると、「個人」が確立しないまま、「公」が先行すると、またあの戦時中に逆もどりしてしまう。あるいは日本が、あの北朝鮮のような国にならないともかぎらない。それだけは何としても、避けなければならない。

 再び台頭する復古主義。どこか軍国主義の臭いすらする。教育の世界でも今、極右勢力が、力を伸ばし始めている。S県では、武士道を教育の柱にしようとする教師集団さえ生まれた。それを避けるためにも、私たちは早急に、務台氏がいう「個人の確立」を目ざさねばならない。このマガジンでも、これからも積極的に、この問題については考えていきたい。
(02-11-4)

(読者のみなさんへ)
 私の意見に賛成してくださいそうな人がいたら、この記事を転送していただけませんか。みなさんがそれぞれの立場で、民主主義を声を高くして叫べば、この日本は確実によくなります。みんなで、子孫のために、すばらしい国をつくりましょう!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 公僕意識 公教育 道徳教育)


Hiroshi Hayashi++++++++FEB.08++++++++++はやし浩司

●明治の偉勲たち(Our leaders in Meiji Period)

 明治時代に、森有礼(もり・ありのり)という人がいた。1847~1889年の人である。教育家でもあり、のちに文部大臣としても、活躍した。

 その森有礼は、西洋的な自由主義者としても知られ、伊藤博文に、「日本産西洋人」と評されたこともあるという(PHP「哲学」)。それはともかくも、その森有礼が結成したのが、「明六社」。その明六社には、当時の若い学者たちが、たくさん集まった。

 そうした学者たちの中で、とくに活躍したのが、あの福沢諭吉である。

 明六社の若い学者たちは、「封建的な身分制度と、それを理論的に支えた儒教思想を否定し、不合理な権威、因習などから人々を解放しよう」(同書)と、啓蒙運動を始めた。こうした運動が、日本の民主化の基礎となったことは、言うまでもない。

 で、もう一度、明六社の、啓蒙運動の中身を見てみよう。明六社は、

(1)封建的な身分制度の否定
(2)その身分制度を理論的に支えた儒教思想の否定
(3)不合理な権威、因習などからの人々の解放、を訴えた。 

 しかしそれからちょうど100年。私の生まれた年は、1947年。森有礼が生まれた年から、ちょうど、100年目にあたる。(こんなことは、どうでもよいが……。)この日本は、本当に変わったのかという問題が残る。反対に、江戸時代の封建制度を、美化する人たちまで現われた。中には、「武士道こそ、日本が誇るべき、精神的基盤」と唱える学者までいる。

 こうした人たちは、自分たちの祖先が、その武士たちに虐(しいた)げられた農民であったことを忘れ、あたかも自分たちが、武士であったかのような理論を展開するから、おかしい。

 武士たちが、刀を振りまわし、為政者として君臨した時代が、どういう時代であったか。そんなことは、ほんの少しだけ、想像力を働かせば、だれにも、わかること。それを、反省することもなく、一方的に、武士道を礼さんするのも、どうかと思う。少なくとも、あの江戸時代という時代は、世界の歴史の中でも、類をみないほどの暗黒かつ恐怖政治の時代であったことを忘れてはならない。

 その封建時代の(負の遺産)を、福沢諭吉たちは、清算しようとした。それがその明六社の啓蒙運動の中に、集約されている。

 で、現実には、武士道はともかくも、いまだにこの日本は、封建時代の負の遺産を、ひきずっている。その亡霊は、私の生活の中のあちこちに、残っている。巣をつくって、潜んでいる。たとえば、いまだに家父長制度、家制度、長子相続制度、身分意識にこだわっている人となると、ゴマンといる。

 はたから見れば、実におかしな制度であり、意識なのだが、本人たちには、それが精神的バックボーンになっていることすら、ある。

 しかしなぜ、こうした制度なり意識が、いまだに残っているのか?

 理由は簡単である。

 そのつど、世代から世代へと、制度や意識を受け渡す人たちが、それなりに、努力をしなかったからである。何も考えることなく、過去の世代の遺物を、そのままつぎの世代へと、手渡してしまった。つまりは、こうした意識は、あくまでも個人的なもの。その個人が変わらないかぎり、こうした制度なり意識は、そのままつぎの世代へと、受け渡されてしまう。

 いくら一部の人たちが、声だかに、啓蒙運動をしても、それに耳を傾けなければ、その個人にとっては、意味がない。加えて、過去を踏襲するということは、そもそも考える習慣のない人には、居心地のよい世界でもある。そういう安易な生きザマが、こうした亡霊を、生き残らせてしまった。

 100年たった今、私たちは、一庶民でありながら、森有礼らの啓蒙運動をこうして、間近で知ることができる。まさに情報革命のおかげである。であるなら、なおさら、ここで、こうした封建時代の負の遺産の清算を進めなければならない。

 日本全体の問題として、というよりは、私たち個人個人の問題として、である。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 負の遺産 復古主義 教育の復古主義 武士道 封建主義の亡霊 封建主義的教育)

*Educational Faith

●学歴信仰は、迷信?(有M文部大臣への反論) 大学の教授は、高校の先生より、エライ。
高校の先生は、中学の先生より、エライ。中学の先生は、小学校の先生より、エライ。
小学校の先生は、幼稚園の先生より、エライ。少なくとも、大学の教授は、幼稚園の先生より、エライ。
誰しも、心の中でそう思っている。こういうのを学歴信仰という。
 家計がひっくり返っても、親は爪に灯をともしながら、
息子のために学費を送り続ける。が、肝心の息子様はそんな親の苦労など、どこ吹く風。
少しでも仕送りが遅れたりすると、ヤンヤの催促。それでも親は、「大学だけは出てもらいたい」と思う。
そしてそれが「親の務めだ」と思う。こういうのを学歴信仰という。
 浜松にもA高校からD高校まで、ランクがある。
やっとの思いでD高校へ入れそうになると、親は「C高校を」と希望する。そしてC高校が合格圏
に入ってくると、今度は「A高校。それが無理なら、何とかB高校を……」と希望する。親の希望には
際限がないが、そういう思いが、誰にでもある。こういうのを学歴信仰という。
 新聞記事だけなので、有M文部大臣の発言の真意は
わからないが、文部大臣が、母校のA高校へ来て、「学歴信仰があるというのは迷信」と
述べたとか(99年2月)。つまり「日本には学歴信仰はない」と。東大の総長という学歴の頂点に
立ったような人が、しかもその信仰の総本山の、そのまた法主の立場にある有M文部大臣が、
そういう発言をするところに、日本のこっけいさがある。学歴信仰がなかったら、誰も、
受験勉強などしない。誰も自分の息子を塾や予備校に通わせない。もし本当にないのなら、
成績に関係なく、東大の学生を入学させたらいい。あるいは文部省は、学歴に関係なく、役人を雇ったらいい。
 学歴のある人には、学歴は不要だ。しかし学歴のない人は、
それを死ぬほどほしがる。お金と同じだ。金持ちが、いくら「お金では幸福は買えません」と
言ったところで、その日のお金に困っている庶民には、説得力はない。私もある時期、
自分の学歴にしがみついて生きていた。特にこの教育の世界ではそうで、もし私に学歴がなかったら、
私の教育論になど、誰も耳を傾けてくれなかっただろう。反対に肩書きや地位がないため、
いかに辛酸をなめさせられたことか。
 話は変わるが、ニュージーランドのある小学校では、
その年から手話を教えるようになったと言う。教室の壁には、手話の仕方が描いた絵が、
ペタペタとはってあった(テレビ番組より)。理由は、その年から、聴力のない子どもが入学してきたからだという。
こういう姿勢、つまりその子どもに合わせて、学校が自由にカリキュラムを組むという姿勢の中に、
私は学校の本来、あるべき姿を見た。

反対にもし日本の小学校で、こういう身体に障害のある子どもが
入学してきたら、教師や父母は、どのように反応するだろうか。
さまざまな問題が起きるであろうし、その起きる背景に、
学歴信仰がある。天下の文部大臣にさからって恐縮だが、
文部大臣ももう少し庶民の側におりて、ものを考えてほしいと
思う。(以上、01年記「子育て雑談」)

(付記)

 この原稿を書いた時点(01年)と今では、
障害児に対する考え方が、大きく変わってきた。
15年ほど前のことだが、ある小学校(静岡県)で、
1人の身体に障害のある子どもを入学させようとしたことがある。
そのとき、「そういう子どもが入ってくると、
子どもたちの勉強の進度にさしさわりが出る」と、
反対運動を起こした親たちがいた。テレビなどでも、
報道されたので、覚えている人も多いと思う。

 たった15年前には、日本はまだそういう国だった。
が、今、そんな反対運動をすれば、反対に、その親たちが
袋叩きにあうだろう。日本の教育というより、
親たちの意識が、たしかに今、変わりつつある。
(はやし浩司 学歴信仰 学校神話 受験カルト)

*Liberalization of Education of Japan

●教育の自由化

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アメリカの教育は、実用的。その基礎を
つくったのが、ジョン・デューイ。

アメリカを代表する、哲学者、兼、教育者である。

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 アメリカの教育を考えるとき、ジョン・デューイをはずして語ることはできない。1859~1952年の人物である。彼は、「哲学と教育は密接に関連性をもつべきだ」と考え、哲学を教育の場で実践しようとした、最初の教育者であると考えてよい。

 彼は、日常経験を最重要視し、教育もまた、実用的(道具的)であるべきだと主張した。それ以前、つまりちょうど彼が生まれたころ、アメリカは、法律によって、「実用的なことを教えることが教育」であると、自らの教育の方向性を定めている(1862年)。その方向性に、デューイは、まさに理論的根拠を与え、補強したことになる。そののち、アメリカには、農業、工業など、実用的な教育を目ざした学校が、無数に設立された。

 どうして教育は、実用的であってはいけないのか?

 一方、この日本では、明治時代までの本山教育が、教育の基礎になっている。「寺子屋」という教育システムそのものが、それを踏襲したものと考えてよい。小僧を教育する本山では、毎日、一方的な詰めこみ教育が、その柱となっていた。その本山教育に、ドイツ流のアカデミック教育が混入した。

 それが今にみる、日本の教育の原型と考えてよい。

 が、今、日本の教育は、大きな転換期を迎えつつある。おおざっぱに言えば、アカデミックな教育から、実用的な教育へと脱皮しつつある。もっとわかりやすく言えば、アメリカ流実用主義的教育へと、脱皮しつつある。よい例が、英語である。

 日本の英語教育は、将来、英語の文法学者になるためには、すぐれた体系を整えていた。それもそのはず。もともと日本の英語教育は、その道の学者たちによって組み立てられていたからである。だから、おもしろくない。だから役にたたない。だいたい、子どもたちの中で、将来、英語の文法学者になるのは、何%いるのだろうか? そこで今の、小学校における英語教育が始まった。実用面に重きをおいた、英語教育である。

 数学教育も、理科教育も、同じ。さらに歴史教育も、同じ。暗記につづく、暗記。その方式こそが、本山における小僧教育そのものと言ってよい。明けても暮れても、修行という名目の、読経、写経。

 なぜ私たちが歴史を学ぶかといえば、過去の経験を、未来に生かすためである。年表を暗記し、登場人物を暗記するような歴史教育に、どんな意味があるというのか。たとえばスペインの小学校では、1年をかけて、1つのテーマについて、子どもたちは学ぶという(スペイン在住の読者より)。その報告を寄せてくれた人の子どもは、1年をかけて、フランス革命について勉強をしているとのこと。

 こうした教育が、なぜ、この日本では、できないのか?

 デューイは、とことん日常的経験にこだわった。そしてやがて「概念は、道具である」という、ある意味で、当然とも言えるべき結論に達した。わかりやすく言えば、道具にならない概念には、価値がない、と。空理空論だけでは、人は生きてはいかれない。またそういう幻想を、教育にいだいてはいけない。

 アメリカの中学校では、たとえば中古車を買うというテーマで、数学の授業を始める。そのテーマを通して、金利計算、損得の計算、少数の計算などなどを教える。ついでに小切手の使い方まで、教える。学んでいることが、そのまま社会に出てからも役立つ内容となっている。

 重要なのは、自ら考える子どもを育てること。知識ではない。自ら考える子どもである。

 日本の教育の最大の欠陥といえば、自ら考える子どもを育てないこと。いまだに明治以来の、「もの言わぬ従順な民づくり」が、教育の柱になっている。またそのワクから一歩も、抜け出ていない。むしろこの日本では、考える子どもを、異端視する傾向が強い。そういう子どもを嫌う傾向すらある。

 何も考えないで、受験勉強だけをしていれば、それでよいのか? またそういう子どもを、優秀な子どもと言ってよいのか?

 ジョン・デューイ流教育論にも、問題がないわけではない。しかしなぜ今、デューイかと言えば、この混沌とした混乱状況を見ればわかる。それもそのはず。旧態依然の教科書教育の上で、それをねじまげながら、ただ何とかしようともがいている。たとえて言うなら、歌舞伎という舞台の上だけで、現代映画を作ろうとするようなもの。この方式には、おのずと、無理がある。

 どうしてこの日本は、アジアのほかの国に先がけて、(検定)教科書を撤廃しないのか。

 今は、どう考えても、もう、そういう時代ではない。中央で作った教科書を、地方がありがたくいただきながら、子どもたちを教育する。そんな時代ではない。日本以外の先進国で、どの国が、検定教科書など、使っているか? 文科省は、「日本の教科書は、検定であって、中国や韓国のように国定ではない」という、どこか「?」な答弁を繰りかえしている。検定も、国定も、どこもちがわない。

 自由なる教育こそが、日本を発展させる。

 これから先のことはわからないが、しかしなぜ今、アメリカがアメリカであるかといえば、そこに自由な教育があったからにほかならない。ホームスクール(日本のフリースクール)をはじめとして、アメリカでは、学校の設立そのものが、完全に自由化されている。もちろん失敗も多いという話も伝わってきているが、そのダイナミズムこそが、一方で、アメリカの原動力にもなっている。

 ジョン・デューイが、すでに100年前の人と知って、改めて、私は驚く。この100年間の間に、日本の教育は何を学んだのか。日本の文部省は、何を学んだのか。ほかの省庁が、戦後こぞって欧米化を推し進めたのに対して、日本の文部省だけは、あえてそれに背を向けた。なぜか? どうしてか? 

 われわれはもう、文科省が心配しているような愚民ではない。
(はやし浩司 デューイ 日本の教育 教育の自由化)

【付記】

 韓国や中国が、日本の教科書にいちゃもんをつけてきたら、日本は、こう言えばよい。「日本には、もう、そんなものは、ありませんヨ~」と。「そんなものを使っている国は、全体主義国家だけだヨ~。ハハハ」と。

 気持ちいいだろうな。もし、そう言えたら、さぞかし、気持ちいいだろうな。

 それに教科書という名称は、もうやめたらよい。「テキスト」でじゅうぶん。で、オーストラリアにも、テキストの検定制度というのがあるには、ある。しかしその検定をするのは、純然たる民間団体。しかも検定するのは、暴力と性についての描写のみ。歴史については、検定してはいけないことになっている(南オーストラリア州など)。

 自由とは、「自らに由る」こと。日本が真に自由な国となるためには、まず教育から、自由化すること。子どもたちの世界から、自由化すること。なぜなら、この国の未来は、その子どもたちがつくるのだから。

 で、中には、「教科書がなければ、国がバラバラになる」と説く人がいる。それがどっこい。もしそうなら、アメリカやオーストラリアは、とっくの昔にバラバラになっているはず。ちがいますか?

 さらについでに、「日本の天皇制がなくなれば、日本人の心はバラバラになる」と説く人もいる。「日本人のアイデンティティは、天皇制にある」と説く人さえいる。

 本当に、そうかな? そう思いこまされているだけではないのかな?

 もしそうなら、中国や韓国は、とっくの昔にバラバラになっているはず。国の歴史ということになれば、中国や韓国のほうが、日本のそれより、はるかに長~イ。日本だって、中国の歴史の一部にすぎない。「東洋史」という考え方は、そういう視点においた歴史観をいうのですね。少なくとも、世界の歴史学者たちは、そう見ている。

 日本の歴史を、1500年とするなら、中国の歴史は、5500年。線で表現すると、こうなる。もとから、かないっこない。

 日本***************(15)
 中国*******************************************************(55)

 日本人も、ここらで、そろそろ意識革命する時期にきているのではないのかな? そう、意識革命。おかしな復古主義にこだわるのではなく、未来に向かって、前向きに進んでいく。そのための意識革命。

 それができたとき、日本は、アジアの中でも、真の先進国になれると思うのだがなあ……。(つぶやきでした。)

*Easy Education & Decline of Learning Ability of Children

●ゆとり教育

産経新聞(2月17日)は、「未来像…学力低下はさらに進む!!」と題して、つぎのように伝える。

『昨年12月下旬、福島県相馬市から県立S高校の2年生14人が、元文部大臣の有M朗人氏(77)を東京に訪ねてやってきた。 生徒たちは研究発表の資料を携えていた。「学力低下の要因の1つは『ゆとり教育』」「授業で習うことが社会で役に立たないから、学習意欲・関心が低下している」「教員の質も問題だ」…。資料には有M氏を詰問するかのような学力低下の“分析結果”が並んでいた』。

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私が過去に書いてきた原稿を集めて
みた。

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【日本の教育】

●英語教育

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外国人の客が、私の家にいるときは、
みな、英語で話すようにしている。

ワイフも、カタコト英語だが、懸命に
英語で話す。

それは客に不安感を与えないための、
最低限のマナーではないのか。

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●英語教育に「待った!」をかけた、文科相

 I文科相は、こう言った。「私は、(小学校での英語教育を)必修化する必要は、まったくないと思う。美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」と。

 こういうのを、パラドックスという。わかるかな?

 『張り紙を刷るな』という張り紙を張る。
 『私は逆らっていない』と言って、相手に逆らう。

 『美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ』と言って、きたない日本語を話す。

 「外国の言葉をやったってダメ」? ……美しい日本語では、「外国の言葉を学んでも、意味がありません」という。

 もう10数年も前から、同じような論理で、小学校での英語教育に反対している教授がいる。しかし今どき、「英語教育が必要ない」なんて……!!

●予定では…… 

中央教育審議会の外国語専門部会は、2006年3月、「小学5年生から、週1時間程度、英語教育を必修化する必要がある」という提言をまとめた。が、それに「待った」をかけたのが、ほかならぬ、I文科相だった。それが冒頭に書いた言葉である。

「やったって、ダメ」と。

 そこで各小学校では、総合学習の時間を利用して、英語教育というよりは、英語活動をするようになった。英語でゲームをしたり、リズム運動をしたりしている。結果、文科省の調べによれば、公立小学校の93・6%が、何らかの(英語の活動)を、授業の中に取り入れている。

 しかし現実には、過半数の学校では、月1回か、それ以下だという(以上、「朝日キーワード」2007)。

●現実はどうか?

 日本が国際社会で勝ち抜き、生き残るためには、国際語としての英語教育は、MUST! 数年前に書いた原稿を、そのままここに転載する。

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●遅れた教育改革

 2002年1月の段階で、東証外国部に上場している外国企業は、たったの36社。この数はピーク時の約3分の1(90年は125社)。さらに2002年に入って、マクドナルド社やスイスのネスレ社、ドレスナー銀行やボルボも撤退を決めている。

理由は「売り上げ減少」と「コスト高」。売り上げが減少したのは不況によるものだが、コスト高の要因の第一は、翻訳料だそうだ(毎日新聞)。悲しいかな英語がそのまま通用しない国だから、外国企業は何かにつけて日本語に翻訳しなければならない。

 これに対して金融庁は、「投資家保護の観点から、上場先(日本)の母国語(日本語)による情報開示は常識」(同新聞)と開き直っている。日本が世界を相手に仕事をしようとすれば。今どき英語など常識なのだ。しかしその実力はアジアの中でも、あの北朝鮮とビリ2を争うしまつ。日本より低い国はモンゴルだけだそうだ(TOEFL・国際英語検定試験で、日本人の成績は、一六五か国中一五〇位・九九年)。

日本の教育は世界の最高水準と思いたい気持ちはわからないでもないが、それは数学や理科など、ある特定の科目に限った話。日本の教育水準は、今ではさんたんたるもの。今では分数の足し算、引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。「小学生レベルの問題で、正解率は59%」(国立文系大学院生について調査、京大・西村)だそうだ。

●日本の現状

 東大のある教授(理学部)が、こんなことを話してくれた。「化学の分野には、1000近い分析方法が確立されている。が、基本的に日本人が考えたものは、1つもない」と。

オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本には数えるほどしかいない。あの天下の東大には、一人もいない(2002年時)。

ちなみにアメリカだけでも、250人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い。「日本の教育は世界最高水準にある」と思うのはその人の勝手だが、その実態は、たいへんお粗末。今では小学校の入学式当日からの学級崩壊は当たり前。はじめて小学校の参観日(小1)に行った母親は、こう言った。「音楽の授業ということでしたが、まるでプロレスの授業でした」と。

●低下する教育力

 こうした傾向は、中学にも、そして高校にも見られる。やはり数年前だが、東京の都立高校の教師との対話集会に出席したことがある。その席で、一人の教師が、こんなことを言った。いわく、「うちの高校では、授業中、運動場でバイクに乗っているのがいる」と。すると別の教師が、「運動場ならまだいいよ。うちなんか、廊下でバイクに乗っているのがいる」と。そこで私が「では、ほかの生徒たちは何をしているのですか」と聞くと、「みんな、自動車の教習本を読んでいる」と。

さらに大学もひどい。大学が遊園地になったという話は、もう15年以上も前のこと。日本では大学生のアルバイトは、ごく日常的な光景だが、それを見たアメリカの大学生はこう言った。「ぼくたちには考えられない」と。大学制度そのものも、日本のばあい、疲弊している! つまり何だかんだといっても、「受験」が、かろうじて日本の教育を支えている。

もしこの日本から受験制度が消えたら、進学塾はもちろんのこと、学校教育そのものも崩壊する。確かに一部の学生は猛烈に勉強する。しかしそれはあくまでも「一部」。内閣府の調査でも、「教育は悪い方向に向かっている」と答えた人は、26%もいる(2000年)。98年の調査よりも8%もふえた。むべなるかな、である。

●規制緩和は教育から

 日本の銀行は、護送船団方式でつぶれた。政府の手厚い保護を受け、その中でヌクヌクと生きてきたため、国際競争力をなくしてしまった。しかし日本の教育は、銀行の比ではない。護送船団ならぬ、丸抱え方式。教育というのは、20年先、30年先を見越して、「形」を作らねばならない。

が、文部科学省の教育改革は、すべて後手後手。南オーストラリア州にしても、すでに10年以上も前から、小学3年生からコンピュータの授業をしている。

メルボルン市にある、ほとんどのグラマースクールでは、中学1年で、中国語、フランス語、ドイツ語、インドネシア語、日本語の中から、一科目選択できるようになっている。もちろん数学、英語、科学、地理、歴史などの科目もあるが、ほかに宗教、体育、芸術、コンピュータの科目もある。

芸術は、ドラマ、音楽、写真、美術の各科目に分かれ、さらに環境保護の科目もある。もう一つ「キャンプ」という科目があったので、電話で問い合わせると、それも必須科目の一つとのこと(メルボルン・ウェズリー・グラマースクール)。 

 さらにこんなニュースも伝わっている。外国の大学や高校で日本語を学ぶ学生が、急減しているという。カナダのバンクーバーで日本語学校の校長をしているM氏は、こう教えてくれた。「どこの高等学校でも、日本語クラスの生徒が減っています。日本語クラスを閉鎖した学校もあります」と。こういう現状を、日本人はいったいどれくらい知っているのだろうか。

●規制緩和が必要なのは教育界

 いろいろ言われているが、地方分権、規制緩和が一番必要なのは、実は教育の世界。もっとはっきり言えば、文部科学省による中央集権体制を解体する。地方に任すものは地方に任す。せめて県単位に任す。

だいたいにおいて、頭ガチガチの文部官僚たちが、日本の教育を支配するほうがおかしい。日本では明治以来、「教育というのはそういうものだ」と思っている人が多い。が、それこそまさに世界の非常識。あの富国強兵時代の亡霊が、いまだに日本の教育界をのさばっている!

 今まではよかった。「社会に役立つ人間」「立派な社会人」という出世主義のもと、優良な会社人間を作ることができた。「国のために命を落とせ」という教育が、姿を変えて、「会社のために命を落とせ」という教育に置きかわった。企業戦士は、そういう教育の中から生まれた。が、これからはそういう時代ではない。日本が国際社会で、「ふつうの国」「ふつうの国民」と認められるためには、今までのような教育観は、もう通用しない。いや、それとて、もう手遅れなのかもしれない。

 いや、こうした私の意見に対して、D氏(65歳・私立小学校理事長)はこう言った。「まだ日本語もよくわからない子どもに、英語を教える必要はない」と。

つまり小学校での英語教育は、ムダ、と。しかしこの論法がまかり通るなら、こうも言える。「日本もまだよく旅行していないのに、外国旅行をするのはムダ」「地球のこともよくわかっていないのに、火星に探査機を送るのはムダ」と。私がそう言うと、D氏は、「国語の時間をさいてまで英語を教える必要はない。しっかりとした日本語が身についてから、英語の勉強をしても遅くはない」と。

●多様な未来に順応できるようにするのが教育

 これについて議論を深める前に、こんな事実がある。アメリカの中南部の各州の小学校では、公立小学校ですら、カリキュラムを教師と親が相談しながら決めている。

たとえばルイサ・E・ペリット公立小学校(アーカンソー州・アーカデルフィア)では、4歳児から子どもを預かり、コンピュータの授業をしている。近くのヘンダーソン州立大学で講師をしている知人にそのことについて聞くと、こう教えてくれた。

「アメリカでは、多様な社会にフレキシブル(柔軟)に対応できる子どもを育てるのが、教育の目標だ」と。事情はイギリスも同じで、在日イギリス大使館のS・ジャック氏も次のように述べている。「(教育の目的は)多様な未来に対応できる子どもたちを育てること」(長野県経営者協会会合の席)と。

オーストラリアのほか、ドイツやカナダでも、学外クラブが発達していて、子どもたちは学校が終わると、中国語クラブや日本語クラブへ通っている。こういう時代に、「英語を教える必要はない」とは!

●文法学者が作った体系

 ただ英語教育と言っても、問題がないわけではない。日本の英語教育は、将来英語の文法学者になるには、すぐれた体系をもっている。数学も国語もそうだ。将来その道の学者になるには、すぐれた体系をもっている。理由は簡単。

もともとその道の学者が作った体系だからだ。だからおもしろくない。だから役に立たない。こういう教育を「教育」と思い込まされている日本人はかわいそうだ。子どもたちはもっとかわいそうだ。たとえば英語という科目にしても、大切なことは、文字や言葉を使って、いかにして自分の意思を相手に正確に伝えるか、だ。それを動詞だの、三人称単数だの、そんなことばかりにこだわっているから、子どもたちはますます英語嫌いになる。ちなみに中学一年の入学時には、ほとんどの子どもが「英語、好き」と答える。が、一年の終わりには、ほとんどの子どもが、「英語、嫌い」と答える。

●数学だって、無罪ではない 

 数学だって、無罪ではない。あの一次方程式や二次方程式にしても、それほど大切なものなのか。さらに進んで、三角形の合同、さらには二次関数や円の性質が、それほど大切なものなのか。仮に大切なものだとしても、そういうものが、実生活でどれほど役に立つというのか。こうした教育を正当化する人は、「基礎学力」という言葉を使って、弁護する。

「社会生活を営む上で必要な基礎学力だ」と。

もしそうならそうで、一度子どもたちに、「それがどう必要なのか」、それを説明してほしい。「なぜ中学1年で一次方程式を学び、3年で二次方程式を学ぶのか。また学ばねばならないのか」と、それを説明してほしい。その説明がないまま、問答無用式に上から押しつけても、子どもたちは納得しないだろう。

現に今、中学生の56・5%が、この数学も含めて、「どうしてこんなことを勉強しなければいけないのかと思う」と、疑問に感じているという(ベネッセコーポレーション・「第3回学習基本調査」2001年)。

●教育を自由化せよ

 さてさきほどの話。英語教育がムダとか、ムダでないという議論そのものが、意味がない。こういう議論そのものが、学校万能主義、学校絶対主義の上にのっている。早くから英語を教えたい親がいる。早くから教えたくない親もいる。早くから英語を学びたい子どもがいる。早くから学びたくない子どももいる。早くから英語を教えるべきだという人がいる。早くから教える必要はないという人もいる。

要は、それぞれの自由にすればよい。今、何が問題かと言えば、学校の先生がやる気をなくしてしまっていることだ。雑務、雑務、その上、また雑務。しつけから家庭教育まで押しつけられて、学校の先生が今まさに窒息しようとしている。ある教師(小学5年担任、女性)はこう言った。

「授業中だけが、体を休める場所です」と。「子どもの生きるの死ぬのという問題をかかえて、何が教材研究ですか」とはき捨てた教師もいた。

そのためにはオーストラリアやドイツ、カナダのようにクラブ制にすればよい。またそれができる環境をつくればよい。「はじめに学校ありき」ではなく、「はじめに子どもありき」という発想で考える。それがこれからの教育のあるべき姿ではないのか。

また教師の雑務について、たとえばカナダでは、教師から雑務を完全に解放している。教師は学校での教育には責任をもつが、教室を離れたところでは一切、責任をもたないという制度が徹底している。教師は自分の住所はおろか、電話番号すら、親には教えない(バンクーバー市)。

だからたとえば親がその教師と連絡をとりたいときは、親はまず学校に電話をする。するとしばらくすると、教師のほうから親に電話がかかってくる。こういう方法がよいのか悪いのかについては、議論が分かれるところだが、しかし実際には、そういう国のほうが多いことも忘れてはいけない。

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 「英語を学んだから、日本語がおろそかになる」というのは、根拠のない、まったくのデマ。ウソ。たしかに乳幼児期に、バイリンガルの環境で子どもを育てると、言語中枢そのものの発達に、支障をきたすという報告は、しばしば耳にしている。しかし満5、6歳以上の子どもには、そうした影響はない。むしろこの時期のほうが、発音にせよ、感覚的に言語をとらえるため、すなおに身につけてくれる。

 さらに言えば、「美しい日本語」というのは、母親の会話能力によって決まる。母親が、子どもに向って、「テメエ、殺すぞ!」(実際、ある人がコンビニで耳にした会話)というような言い方をしていて、どうして子どもが美しい日本語を話すようになるというのか。

 文章能力(=作文力)にいたっては、英語を学ぶことによって、よい刺激を受けることはあっても、それで文章がへたになるということは、ない。

 I文科相の発言を聞いていると、「日本もこの程度」と思うと同時に、「日本も、ここまでだな」と思う。

 ちなみに、現在、アジアの経済の中心地は、東京から、シンガポールに移動している。アメリカでも、日本の経済ニュースですら、シンガポール発で、配信されている。

 ついでに日本の子どもたちの学力について。5年前に書いた原稿だが、その後、日本の子どもたちの学力が、よりさがったという話は聞くが、あがったという話は、聞いていない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
英語教育 日本の英語教育)

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【公立小中学校・放課後補習について】

 文部科学省は、公立小中学校の放課後の補習を奨励するため、教員志望の教育学部の大学生らが児童、生徒を個別指導する「放課後学習相談室」(仮称)制度を、二〇〇三年度から導入する方針をかためた(〇二年八月)。

 文部科学省の説明によれば、「ゆとり重視」の教育を、「学力向上重視」に転換する一環で、全国でモデル校二〇〇~三〇〇校を指定し、「児童、生徒の学力に応じたきめ細かな指導を行う」(読売新聞)という。「将来、教員になる人材に教育実習以外に、実戦経験をつませる一石二鳥の効果をめざす」とも。父母の間に広まる学力低下への懸念を払しょくするのがねらいだという。具体的には、つぎのようにするという。

 まず全国都道府県からモデル校を各五校を選び、(1)授業の理解が遅れている児童、生徒に対する補習を行う、(2)逆に優秀な児童、生徒に高度で発展的な内容を教えたり、個々の学力に応じて指導するという。

 しかし残念ながら、この「放課後補習」は、確実に失敗する。理由は、現場の教師なら、だれしも知っている。順に考えてみよう。

第一、学校での補習授業など、だれが受けたがるだろうか。たとえばこれに似た学習に、昔から「残り勉強」というのがある。先生は子どものためにと思って、子どもに残り勉強を課するが、子どもはそれを「バツ」ととらえる。「君は今日、残り勉強をします」と告げただけで泣き出す子どもは、いくらでもいる。「授業の理解が遅れている児童、生徒」に対する補習授業となれば、なおさらである。残り勉強が、子どもたちに嫌われ、ことごとく失敗しているのは、そのためである。

第二、反対に「優秀な児童、生徒」に対する補習授業ということになると、親たちの間で、パニックが起きる可能性がある。「どうしてうちの子は教えてもらえないのか」と。あるいはかえって受験競争を助長することにもなりかねない。今の教育制度の中で、「優秀」というのは、「受験勉強に強い子ども」をいう。どちらにせよ、こうした基準づくりと、生徒の選択をどうするかという問題が、同時に起きてくる。

 文部科学省よ、親たちは、だれも、「学力の低下」など、心配していない。問題をすりかえないでほしい。親たちが心配しているのは、「自分の子どもが受験で不利になること」なのだ。どうしてそういうウソをつく! 新学習指導要領で、約三割の教科内容が削減された。わかりやすく言えば、今まで小学四年で学んでいたことを、小学六年で学ぶことになる。

しかし一方、私立の小中学校は、従来どおりのカリキュラムで授業を進めている。不利か不利でないかということになれば、公立小中学校の児童、生徒は、決定的に不利である。だから親たちは心配しているのだ。

 非公式な話によれば、文部科学省の官僚の子弟は、ほぼ一〇〇%が、私立の中学校、高校に通っているというではないか。私はこの話を、技官の一人から聞いて確認している! 「東京の公立高校へ通っている子どもなど、(文部官僚の子どもの中には)、私の知る限りいませんよ」と。こういった身勝手なことばかりしているから、父母たちは文部科学省の改革(?)に不信感をいだき、つぎつぎと異論を唱えているのだ。どうしてこんな簡単なことが、わからない!

 教育改革は、まず官僚政治の是正から始めなければならない。旧文部省だけで、いわゆる天下り先として機能する外郭団体だけでも、一八〇〇団体近くある。この数は、全省庁の中でもダントツに多い。文部官僚たちは、こっそりと静かに、こういった団体を渡り歩くことによって、死ぬまで優雅な生活を送れる。……送っている。そういう特権階級を一方で温存しながら、「ゆとり学習」など考えるほうがおかしい。

この数年、大卒の就職先人気業種のナンバーワンが、公務員だ。なぜそうなのかというところにメスを入れないかぎり、教育改革など、いくらやってもムダ。ああ、私だって、この年齢になってはじめてわかったが、公務員になっておけばよかった! 死ぬまで就職先と、年金が保証されている! ……と、そういう不公平を、日本の親たちはいやというほど、思い知らされている。だから子どもの受験に狂奔する。だから教育改革はいつも失敗する。

 もう一部の、ほんの一部の、中央官僚が、自分たちの権限と管轄にしがみつき、日本を支配する時代は終わった。教育改革どころか、経済改革も外交も、さらに農政も厚生も、すべてボロボロ。何かをすればするほど、自ら墓穴を掘っていく。その教育改革にしても、ドイツやカナダ、さらにはアメリカのように自由化すればよい。学校は自由選択制の単位制度にして、午後はクラブ制にすればよい(ドイツ)。学校も、地方自治体にカリキュラム、指導方針など任せればよい(アメリカ)。設立も設立条件も自由にすればよい(アメリカ)。いくらでも見習うべき見本はあるではないか!

 今、欧米先進国で、国家による教科書の検定制度をもうけている国は、日本だけ。オーストラリアにも検定制度はあるが、州政府の委託を受けた民間団体が、その検定をしている。しかし検定範囲は、露骨な性描写と暴力的表現のみ。歴史については、いっさい、検定してはいけないしくみになっている。

世界の教育は、完全に自由化の流れの中で進んでいる。たとえばアメリカでは、大学入学後の学部、学科の変更は自由。まったく自由。大学の転籍すら自由。まったく自由。学科はもちろんのこと、学部のスクラップアンドビュルド(創設と廃止)は、日常茶飯事。なのになぜ日本の文部科学省は、そうした自由化には背を向け、自由化をかくも恐れるのか? あるいは自分たちの管轄と権限が縮小されることが、そんなにもこわいのか?

 改革をするたびに、あちこちにほころびができる。そこでまた新たな改革を試みる。「改革」というよりも、「ほころびを縫うための自転車操業」というにふさわしい。もうすでに日本の教育はにっちもさっちもいかないところにきている。このままいけば、あと一〇年を待たずして、その教育レベルは、アジアでも最低になる。あるいはそれ以前にでも、最低になる。小中学校や高校の話ではない。大学教育が、だ。

 皮肉なことに、国公立大学でも、理科系の学生はともかくも、文科系の学生は、ほとんど勉強などしていない。していないことは、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。その文科系の学生の中でも、もっとも派手に遊びほけているのが、経済学部系の学生と、教育学部系の学生である。このことも、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。いわんや私立大学の学生をや! そういう学生が、小中学校で補習授業とは!

 日本では大学生のアルバイトは、ごく日常的な光景だが、それを見たアメリカの大学生はこう言った。「ぼくたちには考えられない」と。大学制度そのものも、日本の場合、疲弊している!

 何だかんだといっても、「受験」が、かろうじて日本の教育を支えている。もしこの日本から受験制度が消えたら、進学塾はもちろんのこと、学校教育そのものも崩壊する。確かに一部の学生は猛烈に勉強する。しかしそれはあくまでも「一部」。内閣府の調査でも、「教育は悪い方向に向かっている」と答えた人は、二六%もいる(二〇〇〇年)。九八年の調査よりも八%もふえた。むべなるかな、である。

 もう補習をするとかしなとかいうレベルの話ではない。日本の教育改革は、三〇年は遅れた。しかも今、改革(?)しても、その結果が出るのは、さらに二〇年後。そのころ世界はどこまで進んでいることやら! 

日本の文部科学省は、いまだに大本営発表よろしく、「日本の教育レベルはそれほど低くはない」(※1)と言っているが、そういう話は鵜呑みにしないほうがよい。今では分数の足し算、引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。「小学生レベルの問題で、正解率は五九%」(国立文系大学院生について調査、京都大学西村和雄氏)(※2)だそうだ。

 あるいはこんなショッキングな報告もある。世界的な標準にもなっている、TOEFL(国際英語検定試験)で、日本人の成績は、一六五か国中、一五〇位(九九年)。「アジアで日本より成績が悪い国は、モンゴルぐらい。北朝鮮とブービーを争うレベル」(週刊新潮)だそうだ。オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本には数えるほどしかいない。あの天下の東大には、一人もいない。ちなみにアメリカだけでも、二五〇人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い(田丸謙二氏指摘)。

 「構造改革(官僚主導型の政治手法からの脱却)」という言葉がよく聞かれる。しかし今、この日本でもっとも構造改革が遅れ、もっとも構造改革が求められているのが、文部行政である。私はその改革について、つぎのように提案する。

(1)中学校、高校では、無学年制の単位履修制度にする。(アメリカ)
(2)中学校、高校では、授業は原則として午前中で終了する。(ドイツ、イタリアなど)
(3)有料だが、低価格の、各種無数のクラブをたちあげる。(ドイツ、カナダ)
(4)クラブ費用の補助。(ドイツ……チャイルドマネー、アメリカ……バウチャ券)
(5)大学入学後の学部変更、学科変更、転籍を自由化する。(欧米各国)
(6)教科書の検定制度の廃止。(各国共通)
(7)官僚主導型の教育体制を是正し、権限を大幅に市町村レベルに委譲する。
(8)学校法人の設立を、許認可制度から、届け出制度にし、自由化をはかる。

 が、何よりも先決させるべき重大な課題は、日本の社会のすみずみにまではびこる、不公平である。この日本、公的な保護を受ける人は徹底的に受け、そうでない人は、まったくといってよいほど、受けない。わかりやすく言えば、官僚社会の是正。官僚社会そのものが、不公平社会の温床になっている。この問題を放置すれば、これらの改革は、すべて水泡に帰す。今の状態で教育を自由化すれば、一部の受験産業だけがその恩恵をこうむり、またぞろ復活することになる。

 ざっと思いついたまま書いたので、細部では議論もあるかと思うが、ここまでしてはじめて「改革」と言うにふさわしい。ここにあげた「放課後補習制度」にしても、アメリカでは、すでに教師のインターン制度を導入して、私が知るかぎりでも、三〇年以上になる。オーストラリアでは、父母の教育補助制度を導入して、二〇年以上になる(南オーストラリア州ほか)。

大半の日本人はそういう事実すら知らされていないから、「すごい改革」と思うかもしれないが、こんな程度では、改革にはならない。少なくとも「改革」とおおげさに言うような改革ではない。で、ここにあげた(1)~(8)の改革案にしても、日本人にはまだ夢のような話かもしれないが、こうした改革をしないかぎり、日本の教育に明日はない。日本に明日はない。なぜなら日本の将来をつくるのは、今の子どもたちだからである。
(02-8-28)※
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(※1)
 国際教育到達度評価学会(IEA、本部オランダ・一九九九年)の調査によると、日本の中学生の学力は、数学については、シンガポール、韓国、台湾、香港についで、第五位。以下、オーストラリア、マレーシア、アメリカ、イギリスと続くそうだ。理科については、台湾、シンガポールに次いで第三位。以下韓国、オーストラリア、イギリス、香港、アメリカ、マレーシア、と。

この結果をみて、文部科学省の徳久治彦中学校課長は、「順位はさがったが、(日本の教育は)引き続き国際的にみてトップクラスを維持していると言える」(中日新聞)とコメントを寄せている。東京大学大学院教授の苅谷剛彦氏が、「今の改革でだいじょうぶというメッセージを与えるのは問題が残る」と述べていることとは、対照的である。

ちなみに、「数学が好き」と答えた割合は、日本の中学生が最低(四八%)。「理科が好き」と答えた割合は、韓国についでビリ二であった(韓国五二%、日本五五%)。学校の外で勉強する学外学習も、韓国に次いでビリ二。一方、その分、前回(九五年)と比べて、テレビやビデオを見る時間が、二・六時間から三・一時間にふえている。

で、実際にはどうなのか。東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、興味ある調査結果を公表している。教授が調べた「学力調査の問題例と正答率」によると、つぎのような結果だそうだ。

この二〇年間(一九八二年から二〇〇〇年)だけで、簡単な分数の足し算の正解率は、小学六年生で、八〇・八%から、六一・七%に低下。分数の割り算は、九〇・七%から六六・五%に低下。小数の掛け算は、七七・二%から七〇・二%に低下。たしざんと掛け算の混合計算は、三八・三%から三二・八%に低下。全体として、六八・九%から五七・五%に低下している(同じ問題で調査)、と。

 いろいろ弁解がましい意見や、文部科学省を擁護した意見、あるいは文部科学省を批判した意見などが交錯しているが、日本の子どもたちの学力が低下していることは、もう疑いようがない。同じ澤田教授の調査だが、小学六年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子どもが、二〇〇〇年度に三〇%を超えた(一九七七年は一三%前後)。

反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、二〇〇〇年度には三五%弱しかいない。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていない。少なくとも、「(日本の教育が)国際的にみてトップクラスを維持していると言える」というのは、もはや幻想でしかない。

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(※2)
 京都大学経済研究所の西村和雄教授(経済計画学)の調査によれば、次のようであったという。

調査は一九九九年と二〇〇〇年の四月に実施。トップレベルの国立五大学で経済学などを研究する大学院生約一三〇人に、中学、高校レベルの問題を解かせた。結果、二五点満点で平均は、一六・八五点。同じ問題を、学部の学生にも解かせたが、ある国立大学の文学部一年生で、二二・九四点。多くの大学の学部生が、大学院生より好成績をとったという。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 学力 日本の子どもの学力 子供の学力 英語力 (はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 教育の自由化 ゆとり教育 ゆとり教育の弊害 逆行する日本の教育 自信をなくす日本の若者たち)

Thursday, February 14, 2008

* A friend of mine who has passed away.

●友、逝(ゆ)く

昨夜遅く、30年来の友が、急逝(きゅうせい)した。
その連絡が、友の妻から、今朝、入った。
「突然でした・・・」と、妻は言った。
「ぼくも覚悟していましたが・・・」と言ったきり、言葉がつづかなかった。

10年ほど前、脳梗塞で倒れ、それ以来は、ずっとリハビリをつづけていた。
つい先週、施設から病院へ移ったという。
そんな連絡を受けたばかりだった。

その友との思い出が、走馬灯のように、頭の中を横切る。

手紙を出すたびに、かならず返事をくれた。
脳梗塞をしてからというもの、文字は乱れ、傾いたままだった。
読みづらい文字だった。

で、たまたま遊びに行ったときのこと。
偶然、道端で、その友に会った。
「どこへ行くの?」と声をかけると、「ちょうど、あなたのところに手紙を出すところです」と。

私は、友の体を支えて、ポストまでいっしょに歩いた。
「ここで手紙を渡してもいいのですが、切手を張ってしまいましたから」「ポストへ入れます」と。
私と友は、大声で笑った。

今夜は、通夜。
葬儀は明日。

ポーランドのボランスキー博士という人物に傾注し、その学者の本を何冊も翻訳している。
ポーランドで、厚生大臣を務めたこともあると聞いている。
私はそのボランスキー博士に2度ほど、会ったことがある。
その友が紹介してくれた。

・・・などなど。こうして私のまわりから、また大切な人が、1人、消えた。

今は、さみしいというより、まだその事実を受け入れられないでいる。

おかしなことに、ほんとうに、おかしなことに、目の前の時計だけは、相変わらず、カチカチと音をたてて回っている。空は青く、空気は澄んでいる。

こういう現実を、どう理解したらよいのか。

2008年2月11日


はやし浩司++++++++++++++++++++++Hiroshi Hayashi

●逝った人

逝(い)った人は、静かだ。
ほんとうに静かだ。
まるで何ごともなかったかのように、この世を去っていく。
そして時だけは、何ごともなかったかのように、過ぎていく。

だれのことでもない。
それは私のこと。
あなたのこと。

いつか私やあなたも、この世界を去る。
しかしこの世界は、何も変わらない。
そしてそのときから、時だけは、何ごともなかったかのように、過ぎていく。

その不思議さ。
その深淵さ。

逝った人は、ほんとうに静かだ。


はやし浩司++++++++++++++++++++++Hiroshi Hayashi

●グレグ・ケッツ

実は、もう一人、昔の友が逝った。

オーストラリアの別の友人から、連絡が入った。
名前を、グレグ・ケッツという。
マッド・レンガ(泥レンガ)の研究者で、
その世界では、よく知られた人物である。
何冊か、本も書きのこしている。

「ケッツ」というのは、聞きなれない名前だが、
お父さんが、中国人だったからだそうだ。

「2年前に死んだ」と、その友人は言った。

「若すぎるのに(So young?)」と言うと、
「そうだ(Yes)」と。

グレグの思い出というより、グレグのガールフレンドのほうが
印象に強く、残っている。

かなりはげしい気性の女性で、何か気に食わないことがあると、
ギャーギャーと騒いだ。怒ったり、泣きわめいたりした。

そんなガールフレンドをグレグはもてあましていたが、
別れることもしなかった。

そのあとその女性と結婚したかどうかは、知らない。

グレグの話をしながら、頭の中ではあのガールフレンドの
ことを思い浮かべていた。


はやし浩司++++++++++++++++++++++Hiroshi Hayashi

●生きている人

いくつか悲しみが重なった。
そんな思いで、子どもたちに会うと、
子どもたちは、いつもの子どもたち。

明るく、屈託がない。
ワイワイと、いつものように騒いでいる。
そこはまったくの別世界。
生きる力が、満ちあふれている。

その落差。
信じられないほどの落差。
その落差は、どうすれば、心の中で
埋めることができるのか。

「この子たちも、いつかは死ぬのか?」と
思ったところで、思考が止まってしまった。

こちらはこちらの世界。
あちらはあちらの世界。

そう割り切ることの、残酷さ。
ニヒリズム。

死んでいく人は、ほんとうに静かだ。

Feb 14th 2008

●復刻版(Reprinted Edition of Books)

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日本だけのことかと思っていたら、
世界でも、そうだという。

欧米で、Pブックスと言えば、知らぬ
人はいない。

そのPブックスでも、復刻版だけが、
この出版不況下にあって、売り上げを
伸ばしているという。

復刻版というのは、著作権の切れた、
日本でいう、古典的な本をいう。
たとえば夏目漱石の本とか、森鴎外の
本など。

オーストラリアのPブックスの支店に
勤める、Tさん(女性)が、そう話して
くれた。

++++++++++++++++++

●私のおしゃれ(My Fashion)

私には私流のおしゃれのし方がある。
たとえば映画『大脱走』に出てくる、スティーブ・
マクウィーンの服装をまねるとか、
『タクシードライバー』に出てくる、
ロバート・ディニーロの服装をまねるとか、など。

今日は、ロバート・ディニーロの『タクシー
ドライバー』の服装で決めた。

髪の毛は、ぼさぼさ。赤いチェックのシャツに、
タンク兵のジャンパー。もちろん左肩には、
「キング・コング」のワッペン。

「キング・コング」というのは、戦車部隊の名前である。
またジャンパーの背中には、「BICKLE.T」の文字も
印刷されている。
『タクシードライバー』の中の主人公の名前である。

それを着て、オーストラリアの友人に会うと、すかさず、
「Are you talking to me?」(君は、オレに話しかけて
いるのか?)と。

「それは何だ?」と聞くと、「ロバート・ディニーロが、
映画の中で言った、セリフだ」と。

知らなかった!

すかさず私がまねをして、「Are you talking to me?」と
言うと、「そんなやさしい言い方ではだめだ。
もっと、相手を脅かすような言い方をしろ」と。

さすが、本場。日本でこの服装をしていても、それに
気づく人は、まず、いない。

右手を伸ばし、相手を指差しながら、そう言うのだ
そうだ。

ナルホド!
また新しいことを学んだ。
これからは、その服装をしたら、みなの前で、
こう言ってみよう。

「Are you talking to me?」と。

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●ジョーク(Who is the President of China?)

アメリカのブッシュ大統領が、ライス国務長官に
こう聞いた。

「中国の主席は誰だ?」(フー・イズ・・・?)と。

それに答えて、ライス国務長官がこう答えた。

「フー(胡)が、中国の主席です」(フー・イズ・・・・)と。

わかるかな、このジョーク。

日本では、「コ・キントウ」と、音読みにする。
しかし正しくは、「胡」は、「フー」だそうだ。

わかるかな、このジョーク。

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●毒入りギョーザ事件(Poisoned Chinese Food)

中国政府が、とんでもない声明を発表した。
「ギョーザに毒を入れたのは、中国側ではない」
「中国側で、毒を入れるのは、不可能」(2月13日)と。

結構!

そういう声明を出すらなら出すで、かえって
日本人は、中国食品に不信感をもつだけ。

買うか、買わないかを決めるのは、この私たち。

どうぞ、ご勝手に!

「だれが、ギョーザに毒を入れたか?」(Who put poison into Gyo-za?)
「フーが、ギョーザに毒を入れた」(Ho put poison into Gyoza.)


●捕鯨反対(What is “Research Whaling”?)

オーストラリアの友人が、こう言った。
オーストラリアでは、連日、日本の捕鯨船の話が、
新聞のトップ記事になっている。

が、日本へ来てみて、それがまったく話題になって
いないのに、驚いた、と。

オ「どうして、日本政府は、捕鯨を容認しているのか?」
私「どこかの地方の利権問題とからんでいるからだ」
オ「オーストラリアでは、大問題だ」
私「おおいに問題にして、日本の捕鯨船団を、追い出せばいい」
オ「いいのか?」
私「かまわない。だいたい調査捕鯨という名前が、おかしい。
『調査』といいながら、実際には、クジラを殺して、肉を取っている。
その肉は、東京の赤坂あたりでは、珍味として、もてはやされている。
つまり政治家の胃袋に入るだけ」と。

日本も、もう、こういうインチキなことはやめようではないか。
何が、「調査」だ? 「調査捕鯨」だ?
笑わせるな!